『当たり前のように、幸せな 』

水無瀬　文歌（jb7507）＆水無瀬　快晴（jb0745）

「‥‥うん、さっき連絡があったから、そろそろ来るはずだよ」
「そうか‥‥俺はどうしよう、かな」

　暖房でしっかりと暖められた室内で、水無瀬快晴と文歌の夫婦が、並んでソファに腰掛けていた。肘掛けの方へ寝そべるような姿勢の文歌が、端末を片手に快晴に冒頭の言葉を伝えると、快晴は思案顔で天井を見上げる。
　やがて、インターホンが音を鳴らして来客を告げた。
「あ、来たかな」
「俺が行くよ」
　体を起こそうとする文歌を制して、快晴が立ち上がった。

　ドアを開けると、男女の二人連れが立っていた。いずれも快晴と同年代かそれよりも年下に見える。いきなり開くと思っていなかったのか、ドア近くに立っていた女の子は目をまん丸にして固まっていた。
　外見というよりもその様子が、妻から聞いていた話と違和感なく結びつく。

「ミュゼットさんにアルグスさん、かな。‥‥ようこそ、水無瀬家へ」

　　　＊

「あっ、文歌さあん」
　中へ通されたミュゼットは文歌の姿を見つけると、ぱたぱたと彼女へ走り寄った。
「ミュゼットさん、お久しぶりですね」
「えへへぇ、そうだねぇ」
　戦争が終わって日が経ち、そろそろ『疎開』という言葉が日常的には聞かれなくなってはいたが、未だに地方で暮らしているミュゼットたちと、文歌がこうして顔を合わせるのは久しぶりのことだった。文歌が快晴とともに卒業して学園を離れ、撃退士稼業での収入を元手にこの新居に移り住んでからは初めてである。
「アルグスさん、髪が伸びたんですね」
「ん、ああ‥‥」
　ミュゼットもアルグスも、服装はすっかり現代の一般人という感じで馴染んでいる。アルグスの方は背丈も伸びたようで、随分大人びた外見になった。短く刈りそろえていた金髪が伸ばされており、町中では目を引きそうな美少年だ。
　一方、ミュゼットについては外見の印象はそれほど変わらない。空色の髪は目立つからかニット帽を深く被って隠していたが、それも室内に入って取ってしまうと全く以前のままだった。戦っていた頃のような重さが抜けたせいか、当時よりも幼く見えるほどであった。

　そのミュゼットが、文歌の傍で屈み込むと驚いたような声をあげた。
「わあ‥‥お腹、おっきくなってるねえ」
　それは、ソファに半ば寝そべっている文歌のお腹を見ての感想であった。文歌は頷く。
「はい、もう安定期に入りましたから‥‥随分目立つようになってきましたね」
「新しい命が、ここでそだっているんだねえ、すごいねえ」
　妊娠中の文歌を見ながらミュゼットは何度もすごい、すごいと繰り返した。
「ねえ、お腹‥‥ちょっと触ってもいい？」
「もちろん、いいですよ」
　許しを得たミュゼットは、そうっと膨らみへ手を伸ばす。服の上から優しくさするようにすると、また「すごいねえ」と笑顔をほころばせていた。
　文歌もその様子を微笑ましく見ていたが、ふと男性陣二人が所在なげにこちらを眺めていることに気づく。
「‥‥カイもお腹、撫でる？」
「んっ‥‥、いや、俺はいい、から」
　突然振られて、快晴は咳払い。
「それより、やることがあるんじゃないの？」
　問いかけると、お腹に夢中になっていたミュゼットの方がはたと顔を上げた。
「あっ、そうだった‥‥アルグスぅ」
「はいはい」
　アルグスが手に提げていた荷物をミュゼットに渡す。ミュゼットは中を開いて文歌に見せた。
「ほらあ、いろいろ買ってきたんだあ」
「わっ、本当ですね‥‥」
　文歌の方も興味深そうに覗き込んだので、快晴も中をみようとしたが‥‥。
「カイは、後でね」
　と文歌に隠されてしまうのだった。

　　　＊

「それじゃ、私とミュゼットさんでしばらくキッチンを使うから、二人は‥‥」
　ソファから立ち上がった文歌がエプロンをつけながら、快晴とアルグス、それから室内をぐるりと見渡す。
「‥‥そうだ、まだ子供用品とか全然ないし、今から用意しておいてもいいかも」
「子供用品？」
　ピンとこない様子で快晴が言った。アルグスも「俺もか？」という顔をしている。だが文歌は有無を言わさず、快晴の肩に手を乗せると強引に後ろを向かせた。
「はい、じゃあカイはアルグスさんと二人でお買い物、ね？」
「わっとと‥‥」
　そのまま玄関へと快晴を押し出していく。
「二・三時間は帰ってこなくていいから‥‥よろしくお願いしますね、旦那様！」

　というわけで水無瀬邸の外に追いやられた快晴とアルグスは、とりあえず顔を見合わせた。
「‥‥といっても何を買ったら良いものか、ねぇ？」
「俺に聞かれても‥‥」
　肩をすくめつつ快晴が言ったが、アルグスも困り顔をするほかない。
　男二人で玄関先で立ち尽くしていると、通りすがりの人が不思議そうに見ていく。
「ここで突っ立ってても仕方ないし‥‥。確か駅前にそれっぽいお店があったから、行ってみよう、か」
「はあ」
　何はともあれ、連れだって歩き出すのだった。


●
「それじゃあ始めましょうか、ミュゼットさん」
「はあい。これ持って行くねえ」
　自分の持ち込んだ荷物を抱えてミュゼットがキッチンに向かう。文歌もその後に続いた。
「ミュゼットさん、あれからお料理はされていますか？」
　ミュゼットが地方へ旅立つ直前、文歌は料理教室へ彼女を誘ったことがあった。そのときの彼女は全くの料理初心者だったが‥‥。
「えへへぇ、任せて！」
　得意げに、ミュゼットが胸を張った。
「おじいちゃ‥‥清水さんのおうちでお手伝い、いっぱいしてるからねえ」
「そうなんですね」
　屈託のない様子に、文歌は微笑んだ。
「アルグスがねえ、あんまり外に出るなってうるさいから」
「それは‥‥やっぱり『ネメシス』を警戒してのことですか？」
「うん、たぶんね」
　ミュゼットはやや不満げに口をとがらせた。すでに戦争の終結が叫ばれて久しい。ミュゼットのような堕天使を追討する組織であった『ネメシス』が活動を再開したという話も、その必要性も、文歌の耳には届いていないが──。
「もともと、あれは天使にとって、怖いおとぎばなしみたいなものだったから」
　その脅威が完全に払拭されるということはもしかしたら無いのかもしれない。文歌の代わりに戸棚から調理器具を出しつつそう言ったミュゼットの横顔は、達観めいていた。
「でも、横浜のゲートが解体されたら戻ってくるつもりだよ。復興のお手伝いとか、私たちも出来たらいいと思ってるんだ」
「ふふ。それならきっと、そんなに先にはならないんじゃないでしょうか」
　ある種の確信を持って、文歌はミュゼットにそう告げた。
　かつて放棄せざるを得なかったあの町へ帰る日。ゲートの主とも言葉を交わした文歌には、その日を具体的に想像できるだけの根拠があるのだった。

「よしっと、じゃあお湯わかすねえ」
　やりとりが一段落したところで、ミュゼットが鍋を手に取る。
「お願いします。私は、これ刻んじゃいますね」
「えっ、そういうのは私がやるからあ、文歌さんは‥‥」
「これくらいなら平気ですよ♪」
　包丁を手にウインクする文歌。
　その後もミュゼットが身重の文歌を気遣いつつも、二人和気藹々と料理に勤しむのであった。

　　　＊

　快晴とアルグスの二人が訪れた店はマタニティからベビー、キッズまでの様々なグッズを専門的に取り扱う大規模なショップだった。
「‥‥これ全部、子供用なのか？」
「そうみたい、だね」
　初めて入ったのか、アルグスは目を丸くしている。快晴にしたところで、いま文歌のお腹にいる子が初子なのだから似たようなものだ。
　とりあえず中を進んで、目に付いたものを取り上げてみる。プラスチックのひよこのおもちゃは、お風呂に浮かべて泳がせるよくあるあれだ。
「そのうち使う‥‥、かな」
　自分が子供をお風呂に入れるシーンをぼんやり想像して、快晴はおもちゃをかごに入れた。
「こういうのはどうだ？」
　アルグスが手に取って見せたのは、振ると小気味のいい音が鳴る、いわゆるガラガラというもの。
「‥‥うん、買っていこうか」
　少し考えて、快晴はガラガラをかごに入れた。

「肌着‥‥は、たくさんあった方がいい、よね」
　とりあえず手触りの良いものを選んで、数着まとめてかごに入れる。

「絵本とかはどうだ？」
「ああ‥‥そうだね」
　低年齢向けのものを数冊かごへ。

「あ、そうだ‥‥おむつを買っておかないと」
　お徳用パックを二つ、アルグスが持つ。

「よだれかけとか‥‥抱っこ紐？　なるほど、こういうのも必要、かな」
　見るものすべてが必要なものに見えてきて、かごの中身が増えていく。

「あとは、これとか‥‥」
「こんなのは‥‥」

　なお、若い男性二人が子供用品を買い求める姿は周囲の（特に女性の）目を大いに引いたらしいが、それはまた別の話。

●
　買い物を終えた快晴とアルグスが水無瀬邸へと帰ってきた。
「ん‥‥？」
　ドアを開けて、まず漂ってくる甘い匂い。快晴は小首を傾げた。

「二人とも、おかえりぃー‥‥」
　一方でまずぱたぱたと迎えに出て来たミュゼットが、二人の様子に軽く固まった。
「カイ、アルグスさん、おかえりなさ‥‥」
　遅れてゆっくりと出てきた文歌も、目を見開いて立ち尽くす。

「何が必要かな、って考えながら買ってはいたんだ、けど」
　快晴も自覚があるのか──。
　やや申し訳なさそうにしている彼は両手にそれぞれ二つずつ、特大の袋を提げていた。後ろのアルグスについては、言わずもがな。
「それ、全部子供用品？」
「カイ‥‥さすがにそれは買いすぎだよ」
　苦笑するほかはない文歌であった。

　　　＊

「それで、文歌‥‥この匂いは？」
「それはね‥‥」
　快晴が尋ねると、文歌はいたずらっぽく笑みを浮かべて、彼の手を取った。大量の荷物はひとまずおいて、リビングへと導いていく。
　扉をくぐると──テーブルの上に、たくさんの料理が並べられていた。
　──と思ったのだが‥‥よく見ると、並んでいるのはどれもこれもすべて、スイーツの類。皆チョコレートがふんだんに使われているものばかりだった。
　文歌は快晴を席に着かせる。
「これは、私からカイへの気持ちだよ」
　テーブルの上の料理とは別に、文歌が快晴にラッピングされた小箱を手渡した。
　快晴は小箱を見て、それから首を巡らせ、カレンダーを確認する。

「あ‥‥今日、バレンタインデーか」
　改めてチョコの匂いを嗅いで、快晴は得心した。
　小箱を開けると、可愛らしくまとめられたトリュフチョコが数個、収まっている。快晴は一つを口に運び、味わう。
「ん‥‥旨い。ありがとう、文歌」
「どういたしまして♪」

「はあい、アルグスには、私からねえ」
「え、ミュ、ミュゼット様が俺にですか？」
　一方、アルグスも主であるミュゼットからチョコを贈られて、こちらは狼狽していた。
「アルグスさんに渡したらどうかって、私からミュゼットさんに言ったんだよ」
「いつもお疲れさま、アルグス」
「は、はい、ありがとうございます‥‥！」
　最後は直立不動になっていた。

「それじゃ、この後は皆でチョコパーティだよ。ミュゼットさんが材料をたくさん持ってきてくれたから、張り切っちゃった」
　テーブルの上のチョコケーキや、チョコフォンデュ──それらを示して、文歌が言った。
「文歌、動きすぎてない？」
「大丈夫だよ。ミュゼットさんにいっぱい手伝ってもらったから」
　お腹の方を気遣わしげに見た快晴に、文歌は安心させるように言った。
「そう、か‥‥ミュゼットさんも、ありがとう」
「どういたしましてえ」
　ミュゼットも快晴に笑顔を返した。

「──あっ」

　不意に文歌がお腹を抑えて声をあげた。「文歌！？」快晴が顔色を変える。
　だが文歌は、ゆっくりとお腹をさすりながら、嬉しそうに目を細め、言った。
「今、動いた‥‥」

「わあ、本当？」
　ミュゼットがぱっと顔を輝かせる。快晴も身を乗り出した格好のまま、ほっとしたように相好を崩した。
「うん、すごく元気だよ。ほら、カイ」
　文歌に呼ばれ、快晴はそっとお腹に耳を押し当てる。

　そこにある、確かなもう一つの命。それを伝える振動が、快晴にも伝わってきた。

「産まれてくるこの子ともども、これからもよろしくね♪」
「うん、子供含めてこれからもどうぞ宜しく、ね？」


　二人の様子を見て、ミュゼットとアルグスは微笑みあう。
　水無瀬邸は、今日も幸せに包まれていた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7507／水無瀬　文歌／女／17／もうすぐお母さん】
【jb0745／水無瀬　快晴／男／20／もうすぐお父さん】
【NPC／ミュゼット／女／？／人間界に馴染みつつある堕天使】
【NPC／アルグス／男／？／まだちょっと浮いてるミュゼットの部下】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました！　2018年のバレンタインの一幕をお届けします。
ミュゼットたちにもお声がけありがとうございました。
あんまりお二人の邪魔になりすぎないように気をつけたつもりですが‥‥。

生まれてくる命をよろこびながら、皆でチョコを作ったり、食べたり。
平和で幸せな一日をお楽しみいただければ幸いです。

イベントノベル（パーティ）

嶋本圭太郎

エリュシオン

2018年03月28日