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『桜と仔猫 』
猫野・宮子ja0024


 18歳、未成年である。
 成人しても酒が飲めるようになりたいとは、しかし私は思わなかった。
 酒が入るというのは、こういう事だからだ。
「来た来た来た来たぁ、期待の新人君! ちょっとぉイイとこ見てみたいっ!」
「ほら一気、一気、一気、一気に行けやコラァ!」
「いや、あの……自分まだ未成年……」
「おめーよォ、子供だからって許してもらえンのぁ高校生までなんだよ!」
 うちの大学の運動部が、桜の樹の下で酔っ払っている。
 いや、酔って騒いでいるのは20歳以上の上級生たちだけだ。未成年の下級生数名が今、彼らに酒を飲まされそうになっている。
 とある公園。
 ちょうど桜の時季で、天気も良い。まさに花見日和であるが、私は花見と言うか散歩に来ただけだ。
 うっかり目が合ったら、この連中は、そんな私にまで何かセクハラめいた事をやりかねない。
 私は背を向けた。
 1人の少女が、そこにいた。
「ふやぁ、大変大変……ここは魔法少女の出番だねっ。変身しなきゃ、変身しなきゃ」
 木陰で、そんな事を言いながら変身をしている。
 変身と言うか、着替えである。大木の陰で、隠れているつもりなのだろうが私のいる所からは丸見えだ。
 慌てて目をそらせた私の網膜に、脳裏に、1匹の猫が焼き付いた。サブリミナル効果のように。
 わけがわからずにいる間、少女は変身を完了していた。
 ひらひらとした、いくらかゴスロリ調のコスプレ衣装。それが、凹凸の控え目なボディラインそのままに可愛らしく起伏している。綺麗な鎖骨の窪みは見えても、胸の谷間は見えない。胸は、私の方が大きい。
 ふわりと花弁のように広がったスカートからは、愛らしく引き締まった両脚が伸び現れている。猫の尻尾もだ。
 さらりと艶やかな金髪にも、見事な猫耳が装着されている。
 美しさ、よりはまだ可愛らしさが前面に出ている顔立ちも、どこか仔猫を思わせる。
 そんな少女が、本物の猫の如く軽やかに桜の大木を登攀して樹上に立ち、高らかに名乗った。
「そこまでにゃ! お花見を台無しにする悪い酔っ払いには、この魔法少女マジカル♪みゃーこがお仕置きにゃ!」
 肉球グローブに包まれた手が、運動部の連中をビシッと指差す。
 指差された酔っ払いたちが、半ば呆然としながらもニヤニヤと面白がっている。
「……何だぁ? 誰かコスプレ風俗でも呼んだのかよ、おい」
 嫌らしく笑う運動部員の顔面が、次の瞬間グシャリと歪んだ。
 自称・魔法少女が、言われた通り降りて来たところである。
「誰がっ! コスプレ風俗にゃーッ!」
 飛び蹴りだった。
 すらりと形良い右脚が、空中から槍の如く伸びて男の顔面を直撃している。おぞましい笑顔に、肉球ブーツがめり込んだ。
 ひらひらとしたスカートが、あられもなく風にめくられる。純白の下着にプリントされた猫が、またしても私の脳裏に焼き付いてニャーと鳴いた。
 顔面に肉球の跡を刻印された男が、そのまま吹っ飛んで行く。
 着地した魔法少女に、酔っ払い運動部員たちが一斉に襲いかかった。
「こォのメスガキ……子供なら許してもらえるとでも思ってんのかあっ!」
「残念、俺ぁロリコンだからよォ! 子供相手だと本気で燃えちまうんだなァーこれが」
 喚く男たちの顔面がグシャッ、ばきっ! と片っ端から歪みひしゃげ、あるいは肉球の形に凹んでゆく。
 魔法少女の片足が離陸し、凹凸控え目ながら健康的にくびれたボディラインが竜巻のように捻れ、柔らかく引き締まった太股がスカートを撥ね退ける。それが繰り返された。
 猫が、ちらちらと見え隠れする。
 その度に、回し蹴りと後ろ回し蹴りが交互に一閃した。体育会系の酔っ払いたちが、ことごとく薙ぎ倒されてゆく。
「その煩悩! みゃーこの魔法で粉砕にゃ!」
 運動部員たちの中でも特に大柄な、恐らくは部長と思われる男に、自称・魔法少女の拳がボコボコと叩き込まれる。いや、平手打ちかも知れない。とにかく左右の肉球グローブが、大男の全身を滅多打ちにしている。
 その凶悪な顔に、岩のような胸板と腹筋に、肉球の跡を無数、刻印された部長が、白目を剥いて倒れ伏す。
「ま……魔法?」
 私は思わず呟いたが、そんな場合ではなかった。
「がっ……ガキがぁ……ッ!」
「うへ、うへうへ最高だったよぉ、お嬢ちゃんのパンチラキック」
 蹴り倒された運動部員が2人、左右から少女の足首を掴み、柔らかなふくらはぎにしがみ付き、下方からスカートの中を凝視している。
 しがみ付かれた両脚を、少女はとっさに折り曲げた。眼球を血走らせる男たちに向かって、己の全体重を落下させていった。
 半ば座り込むような左右の膝蹴りが、運動部員2名の頭部を地面にグシャリと押し付ける。
 その近くでは別の2名が、のろりと上体を起こしつつあった。
「……やって、くれンじゃねーか嬢ちゃん」
「そのコスプレ衣装、ひん剥いてやらぁーなあああ……俺ぁオタクがでえっ嫌えだからよぉお」
 両名の顔面に、肉球グローブが叩き込まれる。
「コスプレ違う、変身にゃ!」
 上体を起こしかけていた運動部員2名を、少女は両手で地面に押し付けている。ぐりぐりと肉球を刻印している。
「煩悩魔人AからD! この必殺魔法マジカル肉球ぐりぐりスタンプで、君たちの煩悩を押し潰してあげるにゃ!」
 そんな事を言いながら少女は今、四つん這いである。両手・両膝で、男4人を押さえ込んでいる。
 煩悩魔人C及びDを膝で地面に押し付ける、少女の下半身。愛らしく引き締まった太股は瑞々しく力を漲らせて踏ん張り、やや未熟な白桃を思わせるお尻は、フリル付きのミニスカートと作り物の猫尻尾を震わせながら元気に揺れている。
 そこへ、運動部員の1人が迫った。
「あー……イイっすねぇ〜お嬢さん。そのままクソ先輩どもを押さえてて下さいよぉお」
 酒を飲まされそうになっていた下級生が、恩人であるはずの少女のスカートをめくり上げている。
「おほう、こここのプリッとしてキュッと締まった、生意気そうなお尻に白いパンティー! たったたたたまんねっす」
「ぼ、煩悩魔人E! 駄目にゃ、スカートめくったらダメにゃ! 撮影はもっとダメにゃー!」
 悲鳴を上げる少女を、運動部下級生たちがスマートフォンで撮影している。
 私は撮影ではなく、通報のためにスマートフォンを取り出した。
 だがその時、煩悩魔人Eが致命的な一言を放った。
「お尻ふりふりしてる割に、胸は全然揺れないッスねえ……」
「……………………!」
 仔猫が猛虎に変わった、と私は感じた。
 作り物であるはずの猫の尻尾が、生き物の動きで煩悩魔人Eを殴り飛ばしていた。
 私が、はっきりと視覚で確認出来たのは、そこまでである。
 気が付けば、そこには屠殺場のような光景が広がっていた。
 運動部員たちが1人残らず、まるで解体中の牛か豚の如く、桜の大木から縄で吊り下げられている。とんでもなく卑猥な縛り方をされてだ。
 全員、辛うじて生きてはいた。
 少女が、木陰でいそいそと着替えをした。否、変身を解いた。
 そして独り言を発しながら歩み去ろうとしている。
「あー、桜の季節! お天気もいいし、お散歩に来て良かった♪」
 私は思わず、呼び止めていた。
「あ、ええと貴女……今のは」
「えっ、なっ何ですか。人違いですよ、ボクは魔法少女マジカル♪みゃーこじゃありませんってば」
 少女が、どぎまぎと愛想笑いを浮かべた。
「通行人・猫野宮子と申しますっ! お姉さんも、桜を楽しんでねー」
 ひらひらと手を振りながら、少女は軽やかに逃げ去って行った。


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登場人物一覧
【ja0024/猫野・宮子/女/14歳/鬼道忍軍】
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年03月26日

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