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『とある神社の第二回直会で 』
音無 桜狐aa3177)&ATaa1012hero001)&猫柳 千佳aa3177hero001)&水上 翼aa3177hero002)&セレン・シュナイドaa1012
「春じゃのぉ」
 石畳を履く竹箒を止めた音無 桜狐は、冬を押し退け顔を出し始めた春の気配を狐耳いっぱいに受け、心地よさげに目を閉じた。
 彼女が縁あって巫女を務めることとなった小さな神社は、敷地だってもちろん狭い。ともすれば、住居を兼ねる社務所のほうが神社よりも空いている境内よりも大きいかもしれない。
「……ま、五人もおればの」
 社務所には彼女のほか、彼女の契約英雄がふたりと、知己のひと言では片づけられないだけの縁を結んだライヴスリンカー及びその契約英雄が住んでいる。
「合縁奇縁、なのじゃ……」
 うむうむ。桜狐は感慨深くうなずき、社務所を振り向いた。
「掃除終わったにゃ!? だったらこっち手伝ってにゃー!」
 桜狐の第一英雄、猫柳 千佳がキーならぬニャーと声をあげた。
「忘れてたよ、三月十四日はホワイトデーだって。私も昔は――と、こんなところで語るは野暮だね」
 ATが思わせぶりに肩をすくめてみせる。
 社務所の中には、ひと月前と同じく大量の「奉チョコ」が積まれているわけだが……そのチョコはすべてホワイトチョコで、さらには「献マシュ」やら「奉クッキー」やらも多数混じっていた。
「それにしても、この神社って捧げ物が偏ってるよね……」
 ATの契約者であるライヴスリンカー、セレン・シュナイドが苦笑した。彼はその間にも紫と金のオッドアイを巡らせ、チョコ、マシュマロ、クッキー、キャンディを的確により分けていく。
「いいじゃないか。みんなの気持ちが形になっているのさ。さて千佳ちゃん、今日もひとつ、腕を振るおうじゃないか」
 ATがクールに促せば。
「にゃー! ひと月前からこの日のためにいろいろ考えたり考えなかったりしてきたにゃよ!? やってやるにゃーん!!」
 おー、と盛り上がるATと千佳をよそに、桜狐の第二英雄、水上 翼はにこにこ。
「僕宛てのお返しもあるんだよ! なんだかんだ言って、みんなも僕のこと女の子だって思ってくれてるんだなー」
 桜狐はおっとり小首を傾げて思う。どう見ても翼の配った以上の数お返しが集まっているのは、ホワイトデーにかこつけたガチ百合勢のせいなんじゃなかろうか。
 ま、本人が喜んでおるならよいか。
「ちゃんと桜狐宛てのもあるんだからね」
 翼に言われて見れば、捧げ物ばかりではなく桜狐個人へ宛てたものも多数積まれていた。
「……ぬ、女子たるわしになぜ? ま、もらえるならもらうがのぉ……」
 表情こそ淡いが、その耳はぱたぱた、うれしげに動く。
 と、桜狐は耳を押さえてこほん。
「……三月もこうして甘いものが集まった。よいことじゃのぉ……」
 皆の目が桜狐に集まる。期待と予感を押し詰めた視線、視線、視線、視線。
「白いとはいえ、ちょこれーとじゃからの……。菓子もそうじゃが……しまい込んでおくと、悪くなってしまうかもしれぬ」
 というわけで。
「……第二回、直会を執り行うのじゃ……」
「宴会にゃーっ!!」
 うおーっと拳を突き上げた千佳を先頭に、ATと翼が駆け出していった。
「……元気じゃな」
「みんな騒ぐのが好きだから」
 顔を見合わせる桜狐とセレン。
 と、桜狐は袂からそっとなにかを取り出して。
「……おぬし、ばれんたいんにわしへきーほるだーをくれたじゃろ?」
「え? ああ、大したものじゃなくてごめん」
 あの日、彼が桜狐、そして翼へ贈ったものは手作りのキーホルダー。渡したことさえ忘れていたような、本当になんでもない贈り物だったのだが。
「お返しなのじゃ……」
 桜狐が手を伸べ、セレンの手になにやら長方形の紙を置いた。
「桜狐ちゃん、これって」
 ちまちまとかわいらしい字で書きつけられた文字は「肩たたき券」。丁寧に点線で区切られた十一枚綴りである。
「……回数券は、一回分お得なのじゃ……」
 うむうむ、うなずきながら去って行く桜狐の小さな背中へ、セレンは小さく言葉を投げた。
「奉ったりしないで、ちゃんと使わせてもらうからね」
 と、桜狐が足を止めて。
「……ツッコミ待ちだったのじゃが」
 ほんのり眉根をしかめて、困ったように振り向いた。
「お守りじゃ……。霊験のほうは、ちと自信ないがの……」
 ちょこちょこ後ろ歩きで戻ってきて、あらためてセレンへミサンガを渡す。
 少し目の粗い、手作りなのがひと目でわかるそれは、セレンの瞳の色を意識したのだろう、黄と紫の糸を四つ編みで太めにまとめた一品だった。
「……巻く場所で、効果が変わるそうじゃぞ?」
 今度こそ去って行く桜狐。
 セレンはとりあえず利き手の手首に巻き、より分け作業へ戻った。
 奉ったりしないって決めたから、使うよ。

「火を熾せにゃー! ガンガン焚くにゃよー!」
 境内の真ん中に積み上げた枯れ枝の束に落ち葉をトッピング、火を点けた千佳がにょははー、高笑った。
「猫なのに火は大丈夫なの……?」
 首を傾げるセレンだったが。
「猫じゃないにゃ! 猫耳魔法少女にゃっ!」
 千佳はさらにテンションを上げるばかり。
「買ってきたよー」
 ボロボロのママチャリのカゴにエコバッグを積んだ翼がズシャー。後輪を滑らせて器用に停車する。
 このママチャリは神社の境内に置き去られていたもので、ようは捨てチャリだ。それを捧げ物としてありがたくいただき、修理をして使っている。ただブレーキパッドがなく、止まるにはかなりのアクロバットが必要なので、もっぱら運動神経のいい翼が使っていた。
「どうするのじゃ……?」
 桜狐の問いにATは「それは後のお楽しみさ」。
 ふむ、料理上手のATが言うのだから、楽しみにしていればいいか。

 翼からエコバッグを受け取り、台所へ入ったATは、さっそく大きめの鍋に牛乳をあけ、弱火にかけた。
 それと同時、同じ弱火にかけた小さめの雪平鍋にクリームチーズを投入し、少しずつ牛乳を加えて溶かしていく。
「この前はブラウニー(なぜか私は食べてないんだが)だったから、今日はチーズチョコタルトにしてみようか。色味が邪魔しないし、クリームチーズと合わさるとコクが増すからね」
 翼が買い物に行っている間に焼き上げておいたタルト台を作業台に置けば、ふわり。バターのいい香りが立ちのぼった。
「ふわぁ、いい匂い!」
 ……窓の外から流れ込んでくるスルメのにおいはちょっと邪魔だけれども。
「火っていったらスルメにゃ! おいしく丸まれにゃ!」
 にょわっはっはっは。千佳の大笑いをカットすべく、窓を閉める翼。
「猫ってさ、イカ食べると腰抜かすんじゃなかったっけ?」
「魔法少女だから大丈夫なんじゃないかな」
 いろいろと謎の多い猫耳なんだった。
「翼、牛乳が沸騰しないように見張っていてくれよ? 私はチョコチーズを作ってしまうから」
「了解!」
 ATが細かく刻んだホワイトチョコを雪平鍋に加え、混ぜ込んでいった。
 チョコ料理の基本は調理技術よりも手際と見極めだ。焦さないよう注意しながら、手早く仕上げる。
「ATさん、いつでもお嫁さんに行けちゃうよねぇ。ナイスバディだし」
 自分の平らかな体を見下ろし、ため息をつく翼。
 ATは息をついて「どうかな」。
「神社だからってわけじゃないが、縁というものは奇しきものだ。翼ちゃんのほうが私より早く縁の糸をたぐることになるかもしれないよ」
 翼はあたたまってきた牛乳の火をもう少し弱め、「そうかなぁ」と首を傾げた。
 そんな彼女を見てATは思う。本当に縁なんてわからないものさ。こうして私がみんなといっしょにいられるなんて、出逢う前には思ってもみなかったんだから。
 ともあれ、仕上がったチョコチーズを、ほどよく冷めたタルト台に流し入れ、表面をならして冷蔵庫へ。
「今日は特別な日だからね。神様も電気代には目をつぶってくれるはずだよ」

 一方、火の番という名目でたき火の前に陣取った千佳は、ひな祭りにご近所さんが奉納してくれた白酒をやりつつスルメをかじっていた。
「いやいやもう一杯だけ――あと一杯でやめるにゃよ?」
 誰かに言い訳しながら、足元に置いていたマシュマロとクッキーを蹴り跳ばしてしまわないよう避難させ、湯飲みに白酒をいっぱいいっぱいに注ぐ。
「白酒はにゃー。回りやすいから注意しないとにゃ」
 表面張力分を急いですすり込めば、火にかけたスルメがきゅうっと丸まった。
「あつあつっ! でも焼きたてを指で裂いてってのがまたたまんにゃいんにゃあ」
 で、口がしょっぱくなったら、枝の先に刺したマシュマロを炙ってとろけさせ、クッキーに挟んでぱくり。
「あつうまにゃ〜♪」
「……なにをひとりで食らっておるのじゃ」
 ぺしんと千佳の頭に平手をくれた桜狐がとなりに座り込み。
「桜狐も食べるかにゃ?」
「うむ……」
 千佳の作ってくれたマシュマロサンドクッキーをもそもそ食べる。無表情はあいかわらずだが、尻尾が思わずぱたぱた振れてしまうのもまたあいかわらずだ。
「早速始めてるね」
 そのままいただく用のチョコを抱えたセレンが苦笑しながら加わって。
「もうひとつは冷やしてる最中だけど、せっかくだからあったかいのも食べてみてくれるかな。なかなかない機会だからね」
 ATが湯気のたつタルトを抱えて加わり。
「ミルクココア。ここにマシュマロ入れるんだって」
 お盆に五つのマグカップを乗せて持ってきた翼が加わり。
 たき火を囲む輪ができあがったのだった。
「……あらためて、直会を始めるのじゃ……」
 火の上でマグカップの縁を合わせ、炙られた手をあわてて、カップを引っくり返さないように引き戻して、五人は宴会ならぬ直会を開始した。
「甘いのぉ……とろとろで、うまいのじゃ……」
 タルト台からとろりとこぼれ落ちるチョコチーズを味わい、桜狐がほうと目を細めた。
「ホワイトチョコは苦み成分が除去されてるからね。甘みがさらに引き立つわけさ――っとと」
 ATは応えつつ、マシュマロを加えたためにカップからあふれ出そうになったココアをすする。
「マシュマロが溶けてとろとろになるにゃ。マシュマロもいい感じにゃよ」
 千佳は半溶けのマシュマロを口の中で転がし、湯飲みの白酒で流し込んで。
「うまいにゃー。甘いマシュマロココアと甘い白酒、組み合わせの妙にゃねー。で、しょっぱいのを」
 スルメで口直し、またココアをひと口補給する。
「ほんとなら今日は僕ががんばらないといけないんだろうけど……いただきまーす」
 右手にタルト、左手にカップを持ったセレンも甘味を味わいにかかった。
「あ、そういえばセレンさんにバレンタインのお返ししなきゃって思って」
 だだっと駆け去った翼が引っぱってきたのは、自分の使っているのとは別の古自転車だ。
「これはブレーキもちゃんとついてるからね。自転車あればたくさん一気に買いだしできると思うし♪」
「わぁ、ありがとう翼ちゃん。大事に乗るよ」
 セレンは心からの礼を述べた。パシらされやすくなった未来に気づくこともなく……。
「にゃはは、男の子と女の子がさかさまにゃね」
「そんな縁もあるものだよ」
 からかう千佳と、千佳の湯飲みから白酒を回し飲みしてマシュマロクッキーをかじるAT。早くも不穏な雰囲気になってきた気がするのだが……。
 桜狐は淡いあきらめ顔を左右に振り、捧げ物の山に目をやった。
「……外じゃと、ふぉんでゅ……というわけにはいかんのじゃな」
 このままでは五人では食べきれず、余らせてしまうかもしれない。
 少し考え込んで、ぽむ。桜狐は手を打ち、社務所へ向かった。


「おお、桜狐ちゃーん。オレらも混ぜてもらっていいのかい?」
 ご近所ネットワークを駆使して桜狐に招集された近所のじいさん連中がぞろぞろとやってきた。
「……うむ。直会は、みなで直らう(なおらう)からこそ直会なのじゃ……共に直らおうぞ」
 バレンタインデーにもホワイトデーにも、ご近所さんはいろいろ差し入れてくれている。この場で少しだけお返ししておこう。
「これは料理も追加しなくちゃだね。千佳ちゃんはそのままご近所さんにマシュマロを配ってあげて」
「了解にゃ! 焼いて焼いて焼きまくるにゃよー」
 じゃき。両手の指の間にたくさんのマシュマロをぶっ刺した枝を挟んで構えた千佳が応える。
「桜狐ちゃんはかわええなぁ」
「尻尾かい? 尻尾がいいのかい?」
「むぅ……もふるのは……やめるのじゃ」
 言いながらもじいさん連中に愛でられる桜狐。
「ところで翼君はどうだい? うちの孫娘が」
「なんならうちの子になってくれても」
「いやその、僕、男の子じゃ」
 いつもの闊達さはどこへやら、じいさんパワーに押されてうろたえるばかりの翼。
「桜狐ちゃんと翼ちゃん、大人気だね」
 セレンがこっそりATにささやきかけた。
「ああ。たくさんの誰かと縁を結ぶあの子たちのまわりにはいつだって円ができるのさ」
 応えたATは笑みをこぼし、セレンと共に台所へ向かう。
 と。
「ウチのじいさんがうれしそうに出かけてくもんだから、つけてきちゃった」
「料理作るんでしょ? 手伝わせてもらうよ」
 じいさん連中を追っかけてきたらしいばあさんやおばさんが、ATを加勢すべく集まってきた。
「ATのまわりにも円、できてるね」
 セレンが微笑んだ瞬間。
「セレちゃんもお料理できるようになっときなよ? 女の子なんだからさぁ」
 女性陣にしたり顔でうなずかれ、笑みを引き攣らせた。

「里芋の煮っ転がしと、牡蠣とイカとじゃがいもの煮物と、長芋の刺身ですー」
 ATとセレンが女性陣といっしょに運んできた大皿を見て、じいさんたちがうおおおと盛り上がる。
「イモばっかりにゃ! にゃけど、それがいい!」
 千佳も渾身のサムズアップ。
 全員がなぜか酒瓶を抱えていて、当然のごとくにできあがっていた。
「……魔法みたいじゃった……酒瓶が、次々現われて、の」
 じいさんにもらったらしい酢昆布をかじりながら桜狐が解説する。その無表情にはあきらめの影がさしていた。
「ATさんもいっしょにどうよ? いける口なんだろ?」
 誘われたATは千佳のとなりに腰を下ろし。
「いけるかいけないかで言えば、いけますね」
 駆けつけ三杯の勢いで芋焼酎を一気飲み。
「先月飲みきれなかった神酒、まだあったよね」
 ひと月ぶりのいやな予感に、桜狐と翼は顔を見合わせる。
「これ、ダメな流れだよね?」
「……社務所まで遠いしのぉ。困ったものじゃ……」
 ふたりがかりであれこれ考え込んでいると、桜狐の前に煮つけた油揚げを山盛った皿がどんと置かれた。
「こっちは桜狐ちゃんへのお返しね。口直しに食べて」
 ばあさん連中が桜狐へ笑みかけた。
「……ぬ、お返し? ……わしはむしろもらってばかりの気がするのじゃが……まあ、ありがたくもらうがのぉ」
 油抜きした後、きちんと絞ってから煮つけた油揚げ。おかげで出汁がしっかり染みている。あえて砂糖を使わず、煮きった酒だけで甘みづけしているのは、煮干しの味を引き立たせるためか。簡単な料理に見えて実に奥が深いものだ。
「お疲れさまでした。みなさんもひと息ついてください」
 ひと仕事終えた女性陣にセレンがマシュマロココアを配り、ホワイトチョコを勧める。
 その後ろではひっきりなしに、ATと千佳、じいさん連中の大笑いの合唱が沸き立っていた。
「ママの書き置き見て来ましたー」
「いやだからさぁ、なんか食うんだったら俺たちにも知らせろって!」
 学校から帰宅してこちらの騒ぎに気づいたらしい小学生軍団が押し寄せて。
「翼くーん、来ちゃった!」
「セレンにお返ししたくて……」
 翼目当ての女子やらセレン目当ての男子やらもやってきて。
 狭い境内は円も描けないほどの賑わいとなった。
「うわ、牛乳ぜんぜん足りない。買いだしに行かないとだめかな」
 セレンが男子から微妙に隠れながらつぶやけば、心得顔のじいさんがどこかに連絡を飛ばす。
「おう、オレだオレ。牛乳持ってきてくれー! あ? うるせーや! あるだけ持ってこいってんだい!」
 果たして軽トラの荷台いっぱいの牛乳が運び込まれ。
「こんなにどーすんの! 飲みきれないだろ!?」
 ばあさんが怒り。
「風呂だ! 風呂に入れてもらえ! 牛乳風呂ってあんだろ? 捧げ物だよ捧げ物!」
 じいさんが陽気に笑い飛ばし。
「僕、とりあえずお風呂沸かすから」
「じゃあ、僕が牛乳運ぶね。みんなのココア用の牛乳も用意しないと。タルトってみんなに行き渡るかな……」
 翼とセレンが算段しながら駆け出して。
「セレンのお返しがマシュマロ……オレ、キャンディがいいんだけど」
「それよりセレンさん、右手にミサンガって、恋愛運上昇狙ってる!? あのさ、俺、ちょっといいカフェとか調べ――知ってるんだけど」
 セレンの後を追う男子が切ない想いを口にして。
「え? セレンさん恋愛!? 誰と!?」
 ごく一部しか聞いていなかった翼がセレンに詰め寄る後ろから、翼狙いの女子たちが追いすがり。
「ホワイトチョコのお返しにあたしのミルクを翼くんにー!」
「どこかふたりっきりになれるとこ! 神様の目もほかの女の目も届かないとこに」
 まさに混沌としか言い様のない有様をながめやり、桜狐はふむとうなずいた。
 行くあてもなくてこの神社に流れついた当初は、ただただやり過ごすばかりの毎日を送っていた。お稲荷様の化身だとまちがわれ、捧げ物をいただくようになって……それは今でも変わらないのだけれど、でも。
 千佳、翼、セレン、AT。縁を結んだ五人の小さな円ができて、今やこんなに多くの人との縁を得て、大きな輪を作るに至った。
 ……もらうだけでなく、少しでもなにかをお返しできるようになったかのぉ……
 そう思えば、このお返しをする日であるホワイトデーには大きな意味がある。
 ホワイトチョコを万感と共に噛み締めて、桜狐は小さくつぶやいた。
「……よきかな、よきかな」
 だが。
「あはははは! いや、実にいい飲みっぷりですね! 私もまだまだイケますよ! なにせ体、鍛えてますからっ!!」
 ぶわーっと上着を脱ぎ捨てるAT。
「うに、僕だって負けてないにゃ! 女はトータルバランスにゃー!!」
 負けじとばさーっ。着物をはだける千佳。
「千佳ちゃん、すばらしい脱ぎっぷりだね!」
「脱いでなんかないにゃ! 世界が僕の服なのにゃー!」
 じいさん連中は神妙な顔でふたりを見守っている。なぜだか正座である。正座待機なんである。
 ため息をついた桜狐はどこからか大麻を引っぱり出し、さらにパージしようと目論むふたりをばっさばっさ祓いつつ社務所へ追い立てる。
「……脱ぐなら風呂へ行って、心ゆくまで飲め……」
「ちょっと待ってにゃ! お風呂まだ沸いてにゃ」
「冷えてしまうよ! 私たちの火照った体が――いやそれはそれで」
 じいさんたちは女性陣にしばかれ、千佳とATは桜狐にしばかれ。それでも宴はまだ終わらない。

「うう、頭痛いにゃ。体ふやけて……あったかいにゃ」
 風呂場で目を醒ました千佳は霞む目でぼんやり辺りを見回す。
 外はすでに真っ暗で、どれほどの時間が経ったものかわからない。
「おかしい……肌がもっちりすべすべだ……」
 牛乳風呂の湯から突き出した脚を確かめたATがさすさす。
「あん♪ って、それ僕の脚にゃよ」
 正気に返ってみれば、ふたりの体は狭い浴槽の内で複雑に絡み合っていた。
「今回はさすがにまちがいはない、よね?」
「こうなってるのがもうまちがいって気、するにゃあ……」
 と。風呂の戸が引き開けられ、翼と桜狐がずかずか入ってきた。
「もうみんな帰っちゃったよ。僕たちもお風呂入るんだから、いいかげん出ちゃってよね」
 翼は絡まったふたりの四肢を解きにかかる。
「いやちょっと、そちらには曲がらない」
「あぎゃ! 引っかかってるにゃー!」
「……暴れるでない。余計に絡まるじゃろうが……」
 ふたりの悲鳴を聞き流し、桜狐は強引に手を動かした。
「タオル、用意しておきましたから」
 風呂の外からひかえめなセレンの声が飛び込んでくる。
 最近はいつもどおりになりつつある騒ぎとその収束。それでもこの縁が描く円は壊れることなく姿を保ち続ける。
「……これもまた日日是好日、じゃな」
 神道ならぬ禅の言葉ではあるが、今を表わすのにこれほどにふさわしい言葉もあるまい。こんなひとときもまた、すばらしき毎日の一幕なのだから。


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【音無 桜狐(aa3177) / 女性 / 14歳 / アステレオンレスキュー】
【AT(aa1012hero001) / 女性 / 18歳 / エージェント】
【猫柳 千佳(aa3177hero001) / 女性 / 16歳 / むしろ世界が私の服】
【水上 翼(aa3177hero002) / 女性 / 14歳 / エージェント】
【セレン・シュナイド(aa1012) / 男性 / 14歳 / エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 狐巫女は縁結び、人詰まりし大円を成す。
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2018年03月28日

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