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『One Of Thousand 』
ジャック・J・グリーヴka1305

 グリーヴ家のトレーニングルームは、その次男坊――ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の意向もあって格別の設備が整っていた。リアルブルーの進んだスポーツ科学や力学に基づいて作られた最新機器は、作られるたびに商人の立場を生かしてモニターを申し込んだり、実際に買い揃えたりと余念がない。
 それらによって鍛え上げられた彼の肉体は当然一朝一夕のものではなく、同じ男が見ても思わずため息を漏らしてしまうほどのバランスを保っている。
「……まだだ、まだ足りねぇ」
 懸垂棒に脚を引っかけ、宙吊りで上体を起こしながら彼はふと呟く。反動で飛び降りて床に着地すると、今の今まで苛め抜いた腹を手のひらで撫でてから傍らのタオルで汗を拭う。その足でプレス台へ歩み寄ると、息を整えながら寝そべって、両脇の柱に支えられたバーベルへと手を掛ける。
 部屋の片隅には、手に入れた肉体美コンテストの賞状やトロフィーが飾られている台がある。その隣に同じように、だが無造作に壁に立てかけられた古びた戦斧があった。ところどころ黒ずんだ刃は長く使われていないように見えたが、それでも埃は被っておらず最低限の手入れはしてあるよう。それは、彼がハンターに成りたてのころに愛用していた武器の1つだった。
 そもそもハンターになったのは、彼にとっては大した理由ではなかった。

 ――貴族である自分は平民を、人々を護らなければならない。
 
 それは当たり前に抱いていた価値観であり、疑いようもない指針。それはこの仕事が板についた今になっても決して変わることはない。
 だが貴族の、それも口悪く言えば“成金”の生家において、剣や弓の扱いよりも商売――カネの扱いを学んだ彼にとって、己の命を張って戦うというのは見知らぬ領域でもあった。刃がなぜモノを切れるのかということすらも定かではない。そこで目を付けたのが斧だった。
 重量感はあったが、斧は何よりもそれが武器。“斬る”ではなく“割る”。振りかぶって力いっぱい当てればいい。そのシンプルな扱いは単純明快であり、右も左も分からない自分にとって光明にも見えた。
「……まだ足りねぇ」
 彼は持ち上げたバーベルを支柱へ戻すと、そのままぐったりとベンチに横になる。額の汗がこめかみから耳元へ垂れたが、それを拭うこともせず天井へと伸ばした手の平を見つめていた。
 今その手にあるのはバーベルの重く冷たい感触。だが一瞬でも気を抜くと骨肉を断つ柔らかい感触が、ミミズが這うように指先から二の腕までぞぞりと駆け巡った。咄嗟に顔をしかめて、その感覚の元を握りつぶすように開いた拳を握り締める。ギリギリと力が入り、張り詰めた前腕に血管の筋が浮かび上がった。
 腕を伝った幻覚が消え去ると、彼は大きく1つ息をついてその身を起こす。そのままベンチに腰かけて傍らの大きなダンベルを持ち上げると、もう片方の腕で二の腕を抑えつけ、ゆっくりと前腕だけで上下させていく。
 
 ――斧はその手に馴染まなかった。
 命を断つその感触が、耐えられなかった。
 そもそも歪虚に宗教的な意味での“命”があるのかどうか分からない。だが、少なくとも今目の前で動き、声を発している存在であるならばそれは命だ。人々を護るために別の命を奪う。その事がどうしようもなく彼の刃を鈍らせた。
 ――自分は結局、命を救っているのか。それとも奪っているのか。
 答えのない自問がぐるぐると頭の中を渦巻いて、叫び声をあげたい夜もあった。だが、それでも彼はハンターの仕事を止めることはなかった。
 
 ――貴族である自分は平民を、人々を護らなければならない。

 その責務が何よりも彼の背中を支え続けた。責務に背けば、自分はもうジャック・J・グリーヴではいられない。強く、自信に満ち溢れた――“俺様”の幻想は砕かれる。それだけはあってはならない。
 その時――彼は銃と出会った。
 衝撃的だった。今までは前線で身体を張る度胸がない者が使う武器であると、だから俺様は持たないのだと、心のどこかで卑下していた自分がいた。
 だが、この武器は命を奪った感触を伴わない。
 それは暗闇と霧に閉ざされた行く末を照らす新たな光明であった。勿論これは武器であり、行われるのは生殺与奪の傲慢な行為であることに変わりはない。それでも火薬の爆ぜる音と硝煙が迷いを包み込んでくれているような、そんな気にさせられていた。
 
 彼はダンベルを床に転がすと、引っ掴んだタオルで汗を拭う。それからコリをほぐすように肩を何度か回して、上着と一緒に部屋の隅に放った愛用の銃を手に取った。
 ワン・オブ・サウザンド――1000丁に1丁の確率でできるという、ミクロ単位で発生する部品成型のズレや素材の状態、それらが生み出すエネルギーが奇跡的に最高のポテンシャルとして噛み合い、組み上がった奇跡の銃。出会えたことも奇跡だが、彼にとってはどこか必然的な想いもある。大層な呼び方はされようと、結局銃であることに変わりはない。命を殺すための兵器なのだ。そこに芸術的な価値観や、史学的な意味を付与したところで、その本質が変わることは決してない。一本筋の通った、極限まで“殺めることに正確無比”な銃。それは己の至らない部分を補ってくれているようで、同時に自分もまた“護るために使うのだ”――と、貴族としての気概を銃へと与える。
 ジャックは銃を構えると、ターゲットドール目がけて引き金を引いた。乾いた音が屋敷に響き、銃弾は寸分たがわずにドールの頭部、その中心を穿った。
 火薬の匂いと硝煙が部屋を漂う。その中で彼はゆっくりと銃を下しながら、もう一度だけボソリと呟いた。
「……やっぱり、足りねぇ」
 火薬の爆ぜた衝撃、振動、それが腕を伝わって心臓を揺らす。肉を断つ感触こそないが、使い込めば使い込むほど、今度はこれが己に課せられた“命を奪った感覚”であることを知る。幾ら鍛えようと、その感覚を拭うことはできない。斧の時よりもマシだ。罪悪感だって強くない。なによりも、今自分はこれを手にハンターを続けられている。
 
 それでも鍛え続ければいつかは完全に消え去るのではないだろうか――淡い期待に、彼は再びダンベルを手に取る。その鍛錬が終わるのは、おそらく自分が戦わなくて良い世界……それが来た時なのだと知っていたとしても。
 
 
 
 ――了。

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【ka1305/ジャック・J・グリーヴ/男性/22/闘狩人】
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2018年03月28日

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