▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 ■ 銀の月3 ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


 たとえば、魔法道具によってオブジェ化した“もの”の腕がぽっきり折れたとしよう。
 実は多次元的に繋がっていてオブジェ化を解いてからでも繋ぎ合わせれば元通りになるもの。オブジェ化を解く前に繋ぎ合わせないと大惨事になるもの。どうにもならないもの。…などと、結果はさまざまであり、それらは魔法道具がもつ魔法の術式によって当然違ってくる。
 違ってくるからこそ、シリューナは常に細心の注意を払ってオブジェを堪能していた。
 だから。
「え? なっ…ティレ!?」
 それは言葉を失う光景だったに違いない。
 オブジェの頭部が無くなっているのを見つけた時、一瞬思考が停止して、足下に転がったワイングラスが甲高い音をたてるのをどこか遠くで聞いていた。



 ▼


「素敵だわ…」
 感嘆にこみ上げてくる笑みを抑えるでなく、スキップを踏みたくなるような気分と共にシリューナは白銀の角に触れてみた。一番に手を伸ばした先がそれだったのは、実はずっと彼女の角には触れてみたいと思っていたからだ。魔族と自称し上位魔族である事を象徴するかのような4本角。しかし彼女のその形状は多くの魔族の持つそれとは違っていた。その事がシリューナの興味をそそったのだ。木の枝のように細く勝手気ままに伸びる様は雄鹿のそれを思わせるが、彼女は女性なのでここはトナカイの角と形容すべきか。
「もっと触らせてくれればいいのに」
 その角の感触を楽しむようにシリューナは愛撫していく。オブジェ化が解けた後、是非にも実際の角と撫で比べてみたいものだが、彼女はいつも角に触れられることを全力で拒んでいたから無理だろう。シリューナに鑑賞される事を望んでいる割には冷たい。
「しょうがないわね」
 今はこの角で我慢しておく。
 それから、完全に意表をつかれポカンとしている愛らしいその頬を撫でた。白い肌、赤く濡れた唇が今は銀色の硬いそれに覆われている。それでも見た目はふくよかに見えて、そのギャップが楽しめた。大きく見開かれた瞳も乾いている筈なのに潤って見えて、思わず口づける。
 当の本人はオブジェとなってシリューナに堪能される事を本望としていたようだが、そんな希望があろうとなかろうと、希望に添う理由がシリューナにあろうとなかろうと、愛でずにはおれない造形美がここに顕現していた。
 こうあってはもう堪能しないのは失礼だろう。硬質な金属のもつ質感とは裏腹に柔らかなぬくもりさえ感じる銀のオブジェは肌に心地よく馴染んで、うっとりとシリューナを陶酔の淵に送り込んだ。
 しかし、それもそう長いことではない。
 何故なら、彼女の隣には弟子であり妹のような存在でもあるティレイラの同じく白銀に染まったオブジェが並んでいたからだ。ティレイラの長い髪が背中で揺れているような錯覚さえ覚えるほど精巧なオブジェである。
「本当に素晴らしいわ」
 シリューナはしみじみ心の底から呟いてティレイラのオブジェをまじまじと見入った。
『お姉様のいじわるー!!』
 というシリューナへの、その一方でまんまとはめられたティレイラ自身への、複雑な憤りと哀しみが、ない交ぜになった嘆きを訴え佇むその姿の妙なる可愛らしさに頬が緩んで仕方がない。
 シリューナは誘われるまま抱きつき全身で余すことなくオブジェを味わう事にした。
 白銀とはいえ、月明かりによって微妙に色を変えるオブジェ。絶妙な色合いと陰影が2つのオブジェをよりいっそう引き立たせる。淡く黄みがかって金色にも見えたり、赤みがかかってベルベットのような高級感を纏ったり。そうすると撫でる感触まで違って感じられるような気がするから不思議だ。
 かくてシリューナは昼夜を忘れる勢いで2つのオブジェを飽きるまで満喫したのだった。


 ▼


 その魔法道具の名は“銀の月”という。その名の由来は数多あり、その弱点もまたその名に由来していた。館に引きこもっていたシリューナは、だから“その日”がそうだとは気付かなかったのだ。
 その日。
 少し喉を湿らせたくてキッチンから中身の入ったワイングラスを手にシリューナが庭に戻ってくると、2つのオブジェの首が無くなっていて、思わず気が遠のきかけた。
「え? なっ…ティレ!?」
 手から滑り落ちたワイングラスがけたたましい音をたて、床に赤い染みを作ったがそんな事は大した問題ではなかった。そもそも首がないなどあってはならない事なのだ。
 銀の月の魔法の術式がどうであったかと脳内でぐるぐる術式が巡る。しかしきちんと確認してもいないものをわかろうはずもない。ただ、自分が銀の月のオブジェとなった時、意識は途切れていたから時間は止まっていると考えていい筈だ。何とか元に戻す方法を。それよりも、消えた頭部はどこへいったのか。床にも転がっていない。視線だけで辺りを見回す。
 と。
 消えているのは首の上だけではない事に気付く。いや、ゆっくりと、だが確実に現在進行形で“侵食”は広がっていた。
 肩まで消えたところでようやくシリューナはそれに気付いて足を動かした。確認するようにオブジェに近づき手を伸ばすと、手はそこにある筈の頭部にも肩にも触れる事が出来た。
「なるほど…」
 銀の月の弱点――月蝕。
 それは、天にある月とシンクロしたように闇に姿を消していただけだったのである。見えないだけでちゃんとそこにあるのだ。割れたわけでも欠けたわけでもない。人騒がせ甚だしい事に。
「…………」
 シリューナは安堵したように息を吐いた。
 答えがわかってしまえば恐れる事はない。ただ静かに目を閉じる。銀の月のこれが短所であるなら長所ともたりえよう。これもまた一興。すなわち視覚以外の部分でオブジェを堪能すればいいわけだ。
「これはこれで面白い趣向だわ」
 シリューナは目を閉じたままオブジェに頬を寄せた。何度もその手で指で全身で感じたオブジェたちだ。それを更に深く知覚せよという事か。
「ふふふ。見えていなくてもはっきりと視えるものなのね」
 手探りでその稜線を紡ぐ。それがもたらす曲線美を脳裏に浮かべながら。
 覚えている。2つのオブジェの秀美なたたずまい。妖美な肢体が作る名花。
 触れる毎に形作られていくオブジェ。目を閉じているせいか銀の感触がより強く肌を伝ってくる。あまり感じる事の無かった金属のもつ独特の香りが鼻孔を刺激していた。指でなぞる時の擦れる音、銀を弾いて鳴る涼やかな音。
 指先は髪に触れる。心地いい。本当に髪に触れているかのような繊細な銀線。何度も触れた筈なのに、違って感じるから不思議だ。
 頬を寄せた先は手のひらか。
 自然うっとりと吐き出されるため息は熱を帯びてシリューナを更に酔わせた。
 こんな堪能の仕方があったなんて。頭部が無くなっていた時には肝を冷やしたが、銀の月とはこれほどまでにいろいろと楽しませてくれるものとは思わなかった。新しい発見にシリューナはどっぷり浸かって銀の月のオブジェを楽しんだ。
 おかげで1ヶ月は瞬く間に終わってしまった。


 銀の月の呪縛が解けて。
 嘆きの表情をしていたティレイラは。
「酷いです、お姉さま!!」
 とあまり変わらぬ拗ねた顔でシリューナを睨みつけてきた。想像通りでいつも通りにシリューナは苦笑を禁じ得ない。
「まぁまぁ…」
 と宥めるだけだ。
 それでいつものようにティレイラは不承不承引き下がってくれる。
「美味しいケーキを用意してあるのよ。万成亭のチーズケーキ。ティレも大好きだったでしょう?」
 そう付け加えると、満面の笑顔になって機嫌をなおす。
「しょうがないですね。お茶いれてきます」
 もう、オブジェ化された事などなかったかのようにスキップを踏みながらキッチンへ駆けていく。
 一方、意表をつかれた顔をしていた少女の方は、頬を上気させ悦楽に耽ったような顔で荒い息を吐いていた。よほど嬉しかったのだろうか。しかしご満悦のようではあるが、何やら思いついたような顔もしている。彼女の事だから、懲りずにまたティレイラやシリューナをオブジェにして堪能したいとか、新しい魔法道具を使ってみたいとか、そんな事を考えているのに違いない。
 当のシリューナはといえば。
 こちらも少女と大して変わらぬ事を考えていた。
「満足かしら?」
 シリューナが声をかけると。
「ええ」
 と頷く。それから。
「これからたっぷり聞かせてもらえるなら、更に感無量なのだわ」
 少女が言った。どんな風に自分を愛でたのかを聞きたいらしい。
「しょうがないわね」
 シリューナは肩をすくめてみせる。
 月蝕によるアクシデントも含めて語りたい事はたっぷりあった。
 少女はあの月蝕を体験した事があるのだろうか。前回そんな話はなかったから、していないに違いない。
 さぞ羨ましがる事だろう。
 そんな事を考えながらシリューナはリビングのソファに腰を下ろした。
 少女が向かいに腰を下ろす。
 程なくティレイラが紅茶とケーキを運んできた。
 たっぷりと時間はある。
「それはそれは素晴らしい時間だったわ」
 そうしてシリューナはこの1ヶ月の事を話し始めたのだった。





 ■大団円■



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】
【NPC/少女/女/不明/魔族】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 いつもありがとうございます。
 楽しんでいただけていれば幸いです。

東京怪談ノベル(パーティ) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年03月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.