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『共宴、幕間 』
狒村 緋十郎aa3678)&ヴァルヴァラaz0114

 H.O.P.E.の廊下はいつも賑やかだ。
 だがここ数日は特に――……。

「ヴァルヴァラ、」

 狒村 緋十郎(aa3678)は喧騒の中で、そっとヴァルヴァラ(az0114)の名前を呼んだ。
「?」
 色のない髪を翻し、愚神が振り返る。その左右には警備のエージェントが共鳴状態で立っていて、つられるように緋十郎へ目を向けた。
「どうも、……お疲れ様、だ」
 緋十郎は彼らに丁寧に会釈をすると、ヴァルヴァラと会話をしても構わないかという旨の言葉を投げかけた。緋十郎がことさらヴァルヴァラに懇意にしていることは警備の者も既知のことで、一礼の後に半歩下がり許可してくれる。
「ヴァルヴァラ、戻る途中……か?」
 歩み寄る彼に、少女の愚神は「うん!」と変わらぬ笑顔で微笑みかける。それに心をほぐされつつ、緋十郎は言葉を続けた。
「食事、まだだよな。……H.O.P.E.の食堂に、行かないか?」
「私はいいよ! ねえ、食堂にいってもいい?」
 頷いたヴァルヴァラが警備の者を見やる。まあ、警備の者と緋十郎もいるので……ということで、その希望には許可が下りた。
 よかった、と安堵しつつ――同時に許可してくれた警備の者にも感謝しつつ、緋十郎はヴァルヴァラと共にH.O.P.E.の廊下を歩き出す。

 それは梅の花が満開を迎えた時期のこと。
 H.O.P.E.の廊下のざわめきは、いつもと違う雰囲気がある。
 春が近いから、などという平和な理由ではない。むしろその平和さとは対極である。

「……」
 愚神に憎悪を抱く者は、ヴァルヴァラへ、そしてヴァルヴァラへの愛を示す緋十郎へ、刺々しい視線を向ける。けれど緋十郎はそれをどこ吹く風と、ヴァルヴァラを護る様に堂々と歩いていた。傍らではヴァルヴァラが気ままな歩調で歩いている。大柄な緋十郎の一歩と、小柄なヴァルヴァラの一歩は大分と距離が異なる。少女の歩みに合わせると、自ずと緋十郎の歩みは随分とゆっくりしたものになっていた。
 緋十郎はヴァルヴァラを気遣うようにそっと目をやった。己は周りの視線に対して泰然としていられるが、彼女はどうか。だが彼の心配に反して、ヴァルヴァラは怯えたり不安げな様子は皆無だ。よかった、と緋十郎はそっと安堵の息を吐く。
「……すまん。H.O.P.E.にも……色んな考えの者が居る……ゆえな」
「愚神だってそうよ。悪性愚神に善性愚神って分かれてるように」
「ああ、……それもそう、か」
 そんなやりとりをして 食堂に着いたのは間もなくだ。いつでも食堂には人々が集まっているが、夕刻のこの時間はことさらひとけに満ちている。
 なので、その中でもできるだけ人目に付かないような場所――隅の方の席へ向かった。窓に面した横長の机。窓の向こうにはテラス席と、支部の敷地の景色が見える。空は綺麗な夕焼けだ。明日も晴れだろう。
「何が喰いたい? 以前は温かい物が好きだと言っていたが……善性愚神になって好みは変わったか?」
 ヴァルヴァラの座る椅子を紳士的に引いてやり、それからメニューを差し出しつつ、隣に座した緋十郎は愚神に問うた。
「熱すぎないものがいいわ。あとー、辛すぎるのもヤダ! んー……日本の食事って良く分からないのよね。緋十郎が選んで?」
「そうか。じゃあ……」
 メニューに目を落とす。あっけらかんにいうとヴァルヴァラは子供舌に思える、のでそういったものがいいのだろう。無難にオムライスを。それから……。
「甘いものは好き……か?」
 と、デザートが記されたページを開く。会議室でヴァルヴァラがクッキーを食べていたことを思い出していた。愚神は「うん」と頷きを返す。
「ならば……食後のデザートに、この大きなパフェでも頼むか」
 指さしたのは、イチゴのパフェ。「食べる!」とヴァルヴァラは二つ返事であった。

 ほどなくして、緋十郎が注文品を運んでくる。(緋十郎が注文品を取りに行っている間は、警備の者がしっかりとヴァルヴァラを見張ってくれていた)
 ヴァルヴァラの分はオムライス、緋十郎自身の分はグロリアビールと焼ソーセージ。それから、席に着いた緋十郎はヴァルヴァラに小さな霊石も差し出した。愚神にとって、人間と同じ食事は……言ってしまえばただの娯楽に過ぎない。彼ら愚神の本当の食事は、ライヴスを食らうことなのだから。
「いいの? ありがと〜っ」
 無垢にお礼を言って、ヴァルヴァラは「いただきまーす」と白い手を合わせた。スプーンを手に、オムライスを少しずつ、ふうふうと冷ましながら食べていく。緋十郎はその姿をじっと見守っていた。こうして――ほっぺをいっぱいにして美味しそうに食べている姿を見ていると、本当にただの少女のようで……多くの人間を殺めたことがある愚神だとは、にわかに信じがたい気持ちになって来る。
「美味しいか……?」
「うん! おいしいよ。緋十郎はごはん食べないの?」
「む? ああ、すまん……ヴァルヴァラがあんまりにも、おいしそうに食べているのでな……つい、見惚れてしまった」
 文字面だけを見ると伊達男のような歯の浮く台詞だが、決して気取ってなどいない緋十郎の純粋な本心だ。「ふーん」と、ヴァルヴァラは照れたりする様子もなく、唇についた赤いケチャップをぺろっと舐める。
(――、)
 その姿に、一瞬、赤い血を舐めとる英雄の姿が、表情が、眼差しが、牙の覗く唇が、緋十郎の脳裏を過ぎった。
「冷めちゃうよ?」
 と、ヴァルヴァラの声。「食べないの?」と一口も手が付けられていないソーセージと、緋十郎とを愚神が見やる。
「む……ちょっと一瞬、考え事をな。……そうだな、俺も食べるとしよう」
 緋十郎は小さな苦笑を浮かべて、フォークを手に取った。ぷつ、とソーセージの皮をフォークの矛先が貫くと、ジューシーな肉汁がこぼれた。マスタードもケチャップもつけず、がぶりと大きな口でそれを食らう。できたてよりは少しだけ冷めていて、けれどまだ温かかった。
「おいしい?」
 緋十郎の真似をするように、今度はヴァルヴァラが問うてきた。
「ああ、……美味い」
「そっか」
 人懐こい声音だ。一心の愛を込める緋十郎に対して、少女のものは友人に向けるようなそれであるが。でも、緋十郎にはそれでも構わなかった。もちろん、直球的に欲を言うならば、ヴァルヴァラが愛に目覚めてくれれば、それこそ天上の至福であるが。
「ヴァルヴァラ……お前とH.O.P.E.の食堂で並んで飯が喰える日が来るなど……俺は……未だに夢でも見ているのではと……思う」
 そう、今この状況がそもそも奇跡なのだ。あの時は思いもしなかった――善性愚神、だなんて。善性愚神が現れるまで、ずっと愚神とは絶対的な敵であり、倒さねばならない存在で。緋十郎はぐいっとビールを喉に流し、ジョッキを置いて、遠くの夕焼けに目を細めながら、独り言ちるように続けた。
「この一年……俺はずっと……お前を捜していた。消息の掴めぬお前が……もしや討伐されてしまったのでは……或いは他の愚神に捕食されてしまったのではと……気がかりだった。無事で居てくれて……本当に……良かった」
「うん、遅くなっちゃってごめんね! あの時は私も、エージェントは敵だって思ってたから、ひどいこといっぱいしちゃった」
「いや、いいさ」
 ひどいこと――その中には殺人がある。この笑顔の過去、雪娘は何人も殺した。そのことは緋十郎にだって分かっている、分かっているけれど……詫びる眼差しを向けるヴァルヴァラを責めることは、男にはできなかった。人の命の重みを考慮すれば、「いや、いいさ」なんて軽い一言など、不謹慎で許されないことなんだろう。そんな自罰を、自責を、H.O.P.E.エージェントの使命に矛盾する葛藤を、残ったソーセージを強く噛んで腹の中に押し流す。
「なぁヴァルヴァラ……」
 飲み込んで、またビールを一口。横目に、緋十郎はヴァルヴァラを見やる。
「きっと色んな連中が色んなことを言ってくるとは思うが……、俺は今度こそ……お前の傘に……盾になる。俺はもう二度と……お前を……裏切らない」
 握り締めたジョッキ。残った冷気をほんのりと指に感じる。太陽は彼方に沈もうとしていた。もうすぐ夜が来る。賑やかなこの空間で、されど隔絶されたような静けさを緋十郎は心に感じていた。
「この状況の背景に何が潜んでいたとしても……俺は……人類からも愚神からも……“王”の意志からも……ヴァルヴァラ……お前を必ず……護ってみせる」
「だからー、“王”は悪い存在じゃないの。だから“王”から私を護るっていうのは違うのよ」
 真剣な決意の言葉とは対照的に、ヴァルヴァラの声音はこの通りだ。「む……」と緋十郎が口をへの字にする。ヴァルヴァラは真ん丸な目で男を見上げた。
「でも、」
「……ん?」
「うふふ。……うん、約束、破っちゃだめだからね? 緋十郎にはもう私しかいないんだから。緋十郎は私が一番大事だって言ったんだから。命までかけてくれるって言ってたんだもん。 ねえ、そうでしょう?」
 声音は優しい。どこまでも優しい。笑顔は愛らしい。どこまでも愛らしい。可憐な白い頬。つい、手を添えて包み込んでしまいたくなる――そんな感情を強く律し、緋十郎は「ああ」と笑顔で頷いてみせた。

 ――パフェが来たのは間もなく。イチゴをたっぷりと飾った、可愛らしいパフェだ。
 ヴァルヴァラは小さな体躯に反して良く食べる。「イチゴいっこあげる!」と分けてくれたイチゴを、緋十郎は大事に大事に噛み締めた。それから――ヴァルヴァラがもうパフェを半分ほど食べたところで、「しまった」と思う。折角スマホを持っていたのに。パフェとヴァルヴァラの様子を一枚収めればよかった。そのことを口にすると、少女は微笑んでこう言った。

「じゃあ、ごちそうさましたら、一緒に撮りましょ。食べ終わるまで待ってて?」
「ああ、承知した……いつまでも待とうッ……!」



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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狒村 緋十郎(aa3678)/男/37歳/防御適性
ヴァルヴァラ(az0114)/女/12歳/愚神
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2018年03月30日

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