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『すぷりんぐとれーにんぐっ 』
雁屋 和aa0035)&十影夕aa0890


「休日ね……」
 突然だが十影夕(aa0890)はこの時、まさかあのようなことになるとは思いもしなかった。
 いつもと変わらぬ、ただの平凡な休日の朝である。
 少し違うのは、いつもより少し早起きしてしまっただけ。
 でもって、春めいて天気もいいわけだからちょっと家を出てぶらぶらしようかな〜、と。
 それが、しばらく歩いたか歩かなかったかという時のことである。
 ――たったった。はっ、ほっ、ふっ……。
 軽快な足音と一定のリズムを刻む息遣いが近付いてくるのに気付いた。
 女性である。
「あ……」
 見知った姿だ。
「ん?」
 声を掛けようとしたところ、女性も気付き先に口を開いた。
「おはよう」
 エンジ色のジャージ姿でランニングしていたのは雁屋 和(aa0035)だった。
「おはよ……」
 夕、それだけ返した。
 ただ、一体なぜ走っているのだろうという思いはある。
「……トレーニングよ」
 和、そんな雰囲気を察したか立ち止まり説明する。
「トレーニングか……」
「私、戦うときは前衛だから」
 オウム返しをした夕にしっかりした口調で返す和。
 いや。
 和の言葉は夕に語り掛けたものではないのかもしれない。いつかの戦いでもう少しやれたという思いからか、はたまたまだ見ぬ強敵との対峙に高ぶる心を抑えるためか。
 夕、そんな様子に思わずこぼした。
「俺もやりたいな」
「え?」
 和は意外そうな顔をする。
「雁屋さん、腕力のプロみあるから……教えて」
「腕力のプロって……」
「あ……ごめんなさい」
 戸惑う和。
 夕の方は何を言ったか気付いた。思わず顔を両手で隠したくなる。
 が、救われた。
「いいけど」
 無言で顔を上げる。和はもう特に戸惑っている様子はない。
「普段鍛えてるの?」
 続けて聞いてきた。もう視線はランニングの行先に向けられている。
「普段は軽いストレッチと筋トレを……」
 答えたが、ここでわずかに身の危険を感じた。
 夕が食いついてきたのだ。まっすぐこちらを向いている。
 教えてと言った手前、教わる準備ができていると判断されてもおかしくない。もちろん和レベルで教わる準備ができている、と取られるに違いない。もしそうなれば見た目普通ながら力強そうな和のことだ、地獄の一丁目が待っているかもしれない。
 だから方針転換して付け加えた。
「……やったりやらなかったり」
 これを聞いた和はふうっ、と息をついた。勢い込んでいた様子は和らいだ様子。
 で、改めて肩をすくめ柔らかに言った。
「じゃ、休みだし軽く10キ……」
 ――え?
 耳を疑う夕。
 ――軽く、10?
 そんな視線になっていた。
「……5キロ。5キロ流しましょうか。自転車とか乗れる?」
 ――ほっ。
 夕、助かった瞬間である。
 そればかりではない。
 和の顔に笑顔がある。夕も思わず軽く表情を緩めた。
 心の通い合った、分かり合えた瞬間である。
 ただし、それはどちらも苦笑いに近いものではあったのだが。



 てっきり自転車に乗ってついて来ると思った――。
 和の心境である。
 ちら、と横を見る。
 たったっと規則正しくランニングを続ける隣に、はあふうと息の荒い夕の姿がある。
 距離は半分に減らしたが、まさか走ってついて来るとは思わなかったのだ。
 とはいえ、そのフォーム。
「くっ……ふぅ……」
 何というか、目も当てられない。
 顎は上がり肩が揺れている。
 フォームがバラバラなので余計疲れるだろうと思う。
 もちろん、疲れているからフォームが乱れているという見方もできる。普通のランナーならそうだろう。
 ただ、夕の場合は走り始めから姿勢が悪かった。
 ――自転車でもよかったのに。
 少なくとも、走るよりも疲れは軽減されるから姿勢よく効果的な運動ができるのに、と思う。美しいフォームで軽やかに走ればもっと気持ちよくトレーニングできるのに、とも。
 だがアドバイスなどはしない。
 その姿は、一生懸命。
 何より和には夕の義足が見えている。
 頑張っているのだ。
 それを和は励みにした。
 私も頑張ろう、と。
 なお、夕。
 幼少時から義足の生活で成長に調整が間に合わずバランスの悪い状態でいることも多かった。このため基本的に運動音痴だったりする。
 自転車は乗れないしプールに入れば溺れているような泳ぎ方だが本人は気にしていない。ゆえに改善することもない。
 ただ、それでも今は付いてきている。
 和にはそれで十分だった。

 しばらくして河原に到着。
 かたんことん、と遠くの鉄橋で電車が過ぎ去る音がする。サクラはつぼみでまだ花見には早い。トレーニングには快適な環境である。
「ふぅ」
 夕、早速土手に腰を下ろし一息ついた。
 が、和は一休みする様子もなく軽く右肘の内側に伸ばした左肘を巻き込みストレッチをしている。ぐいぐい、と引き込み今度は左肘の内に右肘を入れ込んで。
「そういうのはやってる」
 座っていた夕が見上げてそう言うのは、きっと馴染みがあるからであろう。
 和、少し共感を覚えた。
「運動前のストレッチは大切よね」
 が、これを聞いた夕は少し固まっていた。
「……?」
「何でもない」
 どうしたの、と視線で聞いた和に視線を逃がす夕。
 強豪校の運動部並みのトレーニングを続けている者と、美容体操レベルの運動をしている者との認識の差である。そしてなにより和にとって目的の準備のための手段が、夕にとっては目的そのものだという事実。はじらいを覚えないわけにはいかない。
 ともかく和、しゃがんでジャージのズボンの裾をたくし上げた。
 何をしているのかと覗いた夕が再び固まる。
 それもそのはず。
 和、両足首に装備していたパワーアンクルを外して両手首に装着したのだ。
 そしてウエストバッグの中から縄跳びを取り出した。
「……縄跳びで鍛えるの?」
「ううん。……こうやって」
 おもむろに縄跳びの持ち手二つを重ねて右手で持つ。さらにその上を左手で握った。長物を持つ握りだ。
 そして振りかぶり――。
「振り抜く」
 ひゅん、と二つ折りにした縄跳びの先が円弧を描いた。
 どっしり腰を落とし、腕などにえらく力が入っている。明らかに鞭の扱い方ではない。
「……これを鈍器のように扱うの」
「え?」
 聞いた夕、眉をひそめている。
「普通の鈍器はヘッドの重さで威力が左右されるの。武器に頼らず威力を出そうと思ったら……」
 和、再び振り向く。
 速さと力強さをはらむ一撃がそこにはいない敵を襲う。和のイメージでは敵の盾ごと押し潰したか、それとも受け防御の武器を弾き飛ばしたか。
 とにかく、手首に重りを付けたのはこのトレーニングのためだった。
「……やってみる?」
 興味深そうに夕が見ているのでつい聞いてみた。
「俺?」
 頷くと夕は腰を上げた。
 あまり乗り気ではなさそうなのだが、和が手首からウエイトを外しているので申し訳ないと思っているからかもしれない。もちろん、トレーニングを一緒にやりたい、と言った手前もあるだろう。
「……え」
 装着した夕、思ったより重かったようで慌てて腰を落とし棒立ちから姿勢を改めていた。
「これ、何キロ?」
 振り向き聞いてくる。
「え?」
「……」
 無言の間が流れたのは、和自身もう覚えていないから。
「……腕力、どのくらいあるの?」
 改めて聞いてくる夕。
「ええと……自分の体重ほどのバーベルを持ち上げられるようになった、かな?」
 エージェントになってから2年トレーニングを続けた成果だ。
 継続の成果である。
 そんな、これまでの思いに心を馳せていたのでつい無言で縄跳びを手渡してしまった。
 夕にとってそれは、無言の「やって」である。
「……っ!」
 重さと軽さに戸惑いながらも取り組む夕。結構真面目である。



 が、数回するとしんどくなってくる。息も上がる。
 「殴れば相手は斃れるのだ!」を信条にどんな武器でも鈍器の様に扱う和の真似を慣れない者がすればそうなるだろう。
 それでも夕、繰り返す。
「……頑張るね」
「最近は前衛を務める機会も増えてるから……」
 翌朝、脇とか脛とか意味わからない部位が筋肉痛になりがち。
「無理すると筋肉痛になるかも」
「知ってる……」
 もう、明日の朝は諦めている。
 というか、いまも諦めた。もう振ることはできない。
「お疲れ様」
 上がった息を整えていると和が明らかに見直したという感じで声を掛けてきた。
「……雁屋さん筋肉すごいんでしょ」
 今ならしみじみ分かる。恨めしそうに聞いてしまった。
「え?」
「見たい。触らして」
 何の気なしにそう続ける。というか、ああ聞いてしまったので当然の流れだという認識だ。
「筋肉を。触る。……十影さん、その、ええと……私一応女、なんだけれど……」
 一応!
 女!
 ……女性にそんなことを言わせてしまったッ!
「ほんとごめんなさい……」
 ああ。
 ついに本当に顔を覆ってしまう夕。
 カッコイイ戦士という印象を持っていたためでもあるのだが、不用意だった。
 ただ、和としてははじらった姿を見られないで済んだ面もある。というか、こんな和でも流石に男性に触られるのは抵抗があった様子。
 で、しばし間が流れるが、どちらともなく相手の様子に気付きくすっと小さく笑った。
「休憩、しようか」
 言われてパワーアンクルを返す夕。先に土手に腰を下ろした和の隣に座る。
「……体育の授業と違って……しんどいね……」
「……体育の授業とかあれ軽くない?」
 体育座りの膝に顔を沈める夕に、汗たら〜な和。
「リンカ―になって、身体能力が上がっているんだね」
「いや、リンカー以前に基礎体力が……」
 沈む夕だが、気付いているだろうか。
 会話は、弾んでいる。
 これがトレーニングの一番の成果かもしれない。



   おしまい



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
aa0035/雁屋 和/女性/21/人間・攻撃適性
aa0890/十影夕/男性/18/アイアンパンク・命中適性

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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雁屋 和 様

 この度はご発注ありがとうございます。
 うららかな春の日のトレーニング風景のお話をお送りします。
 初段は十影夕さん寄りの視点。二段目は雁屋和さん寄りの視点。そして最終段は第三者視点です。
 ランニングだけでは物足りないかな、とキャラ情報を拝見しますと、おお、鈍器な人ではありませんか、と。とはいえランニングに鈍器持たせるわけにもいかず、作中のような扱いに。【どんな武器でも鈍器のように扱う】、いやあ、素晴らしい。
 一方、夕さんの方はアクセ類が嫌いかー、でもパワーアンクルはアクセじゃないからいいよね(普通そうだろ)、ということで装着。いや、きっと女性のパワーアンクルなので花柄だったりキラキラストーンでデコったりしてるかも……(ちら、と和さんの顔色を見る)……ってことはないですね、すいません(ぁー
 というわけで、口数少ない二人の口調も弾んだというオチでよろしくお願いします。

 それではご発注、ありがとうございました。
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2018年04月11日

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