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『彼の愛した柘榴の話 』
アーテル・V・ノクスaa0061hero001

 それはアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)がまだ“アーテル”ではなかった頃の話だ。
 仮に“ある弓使いの傭兵”と呼称しよう。
 ある弓使いの傭兵は、もともとは地球ではない世界にいた。そこは地球のような文明と科学が世界を征した場所ではなく、魔法と神秘が覇を唱えていた幻想的な場所だった。
 傭兵として生計を立てていた彼には、二人の仲間がいた。屈強な男の戦士と、麗しい女の魔術師だ。傭兵……と表現したが、戦場で戦争をすることが専門ではない。彼らの仕事は、依頼を請けて魔物の討伐や、遺跡や魔物の根城――いわゆるダンジョンの探索をすることであった。

 ――その日の仕事は、とあるダンジョンにいる魔物の討伐だった。

「ふう」
 弓使いの傭兵は息を吐き、構えていた弓を下ろした。視線の先には、彼の矢によって射抜かれた魔物がちょうどドサリと倒れたところで。
「順調だな」
 仲間達へそう声をかけた。戦士は魔物から戦利品をはぎ取りつつ(これは冒険者の基本だ)「おう」と頷き、魔術師は地図を確認しつつ「油断なくね」と仲間に告げた。
 三人は連携も緻密、経験も豊富で、それなりに高い難易度の依頼でもこなせる実力を有していた。実際、三人に傷はない。まあ今回が高難易度で危険なものではないということもあるが。
「この調子だと、今日中には町に帰れそうだな」
 野宿よりも宿屋のベッドの方がうんといい。地図から顔を上げた魔術師が、弓使いへ同意の笑みを向けた――弓使いは、彼女の笑顔が好きだった。正しく述べるならば、彼女のことが好きだった。尤も、今は彼の片想い。秘めたる恋慕であった。それを悟られぬように表情を作ることも、最近では慣れてきたものだ。
「事前の情報によると、そろそろこのダンジョンの主がいる場所に着くわ」
 髪をかき上げる彼女は、弓使いの恋慕に気付いていない。弓使いは「そうか」と頷いた。
「なら、少し休憩してから、万全の状態で臨もうか」

 ――そして、戦いは一方的だった。

 前線の戦士が少し負傷した程度で、大きな損傷はなし。魔術師が弓使いの弓に炎のエンチャントを施し、彼がそれで強敵の喉を射抜いて、戦いは決した。
 よし、勝った。お疲れ様――弓使いは弓を下ろして、仲間にそう告げて。
 その時、異変に気付いたのは魔術師だった。
「ちょっと待って。ここにある魔法陣、これは…… いけない、爆発する!」
 彼女の鋭い声が響いて、直後に一同の意識を殴り付けたのは閃光と爆発音と――……。


 ――……。

 ……。


 は、と弓使いは目を覚ました。
 真っ暗闇だった。それから、体中が痛むことに気付く。ひとまず五体満足ではある。弓も矢も無事だ。そこに安堵しつつ、彼は所持品の中にある松明に火を点けた。
「……っ!」
 彼がいた空間は崩落していた。大小数多の瓦礫がそこかしこを埋めている。まさかこんな罠があっただなんて。見抜けなかった己の不甲斐なさに歯噛みしつつ、そんな彼の脳裏をよぎったのは仲間のことだ。
「ッ……おい! XXX! XXXX! 無事か!?」
 仲間二人の名前を呼んだ。闇に弓使いの声が吸い込まれて、遠く反響する。
 と、近くで物音がして、弓使いの名前を呼ぶ声があった。振り返れば、戦士の男が松明の明かりを頼りにこちらへ来る姿が見えた。負傷し流血しているが、命に別状はないようだ。
「XXXX……無事だったのか、良かった……」
「ああ、なんとかな……。XXXは?」
 戦士が言ったのは魔術師の名前だ。弓使いは、ついさっき目を覚ましたばかりであることを告げた。弓使いも魔術師も後衛、近くにいた。だから彼女はこの近くにいるはず、ゆえに二人は松明を頼りに辺りを見渡し、彼女の名前を必死に呼んだ。

 魔術師が見つかったのは間もなくだった。
 巨大な岩に下半身が押し潰されている状態だった。
 ――息はあった。
 でも、助からないのは――助けられないのは、目に見えていた。

「ころして」
 吐いた血に半ば溺れながら、彼女はそう言った。
「そんなこと、」
「いいから。それは あなたたちで つかって」
 制する彼女がそう言ったのは、弓使いの手に回復のポーションがあったからだ。私は助からない。だからそれは貴方達で。そして、私を殺して。この激痛から解放して。彼女はそう言ったのだ。この世界では、自らの命を絶つことは禁忌とされていたがゆえに。
 弓使いは泣き叫んだ。それは一生分の涙だ。嫌だ嫌だと叫び続けた。でも、惚れた彼女をこれ以上苦しめることもできなくて。弓使いは、震える指で弓を引いた。
 彼女は目を閉じた。血で汚れた唇で、美しく微笑んだ。

「ありがとう。ごめんね」



 ――元来た道は崩落しており、そのダンジョンから脱出する為に、残された二人は大きく回り道せねばならなかった。
 二人は回復魔法を使えない。ポーションを分け合い、節約し、歩き出す。もともと、長期滞在を想定していない探索だ。時の流れも分からぬ暗闇を行くうちに、食料はすぐに底をつく……はずだったが。
 防腐と保存の魔法がかけられた袋――もともとはすぐに腐ってしまうようなアイテムを保持するためのものだ――から、戦士が取り出したのは新鮮な肉だった。魔物の肉だと戦士は言った。弓使いは虚ろな目でそれを見た。松明の明かりに照らされたそれは赤々としていて、つやつやしていて……甘美な香りすら錯覚する。疲弊しきった体は栄養を求めていた。涎が溢れてきた。調理器具も紛失していた上、そもそも調理する心の余裕すらなくて、弓使いは渡された肉を生のまま、それこそケダモノのように食らった。乾いた喉を血で潤した。

 美味かった。美味かった。美味かった!
 この世にこんな、嗚呼、こんなに美味なものがあるなんて!

 おかげで二人は餓死することなく――命辛々、近隣の町までの生還を果たした。
 一行は行方不明扱いになっていた。だが、生きて帰って来た――奇跡だ、と誰かが言った。
 そこからは火が燃え上がるように。奇跡だ。英雄だ。偉大なことだ。
 万雷の喝采、大きな栄誉、彼の赤い目を見よと民衆は弓使いの目を指差した。
 あの赤い瞳は英雄の証。おお! おお! 聖なるかな、聖なるかな!

 ――英雄達に喝采を!

 されど。
 英雄となった弓使いは、一人、赤い目から涙を流しつつ町から逃げ出した。
 彼は英雄などではなかった。
 あの肉は、美味と感じたアレは、愛したひとのそれだった。
 懺悔するように、戦士の口から告げられたのだ。己が死した彼女を削いだのだと。命を繋ぐためだったのだと。騙してすまなかったと。許さなくていい、呪ってくれと。

「――」

 夜空、喉が枯れるまで弓使いは慟哭した。もう何を憎んで何を呪えばいいのかも分からなかった。空を仰ぎ、星を映した赤色は、英雄の証などではない。罪人の証、忌むべき色だ。
 嗚呼、己は英雄などではない。

 嗚呼――己は――怪物だ……。







 それは、アーテルの心の奥深くにて、雁字搦めの錠と鎖で封印した物語。
 異なる世界にまで付いてきたその呪いを、アーテルが思い出すことはないだろう。今は未だ。

 朝、目を覚ましたアーテルは洗面所へ赴く。鏡の中の自分と目が合った。顔を洗おうと眼帯を外した、右の瞳は赤い色。
「……、」
 男はわずかに眉根を寄せた。それから、赤色から逃げるように、冷たい水で顔を洗う。
 流れ落ちていく水の音――記憶の箱が開くのはいつの日か。



『了』




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2018年04月04日

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