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『引いて、押して 』
ルナ・レンフィールドka1565)&ユリアン・クレティエka1664

 バレンタインが近づいている。
 作るんでしょう? と聞かれたらルナは頷くしかないけど、言いようのないそわそわと不安はずっと心に残っていた。

 だって、彼の気持ちがわからない。
 悪しく思われてないのはわかる、自分にしては中々きわどい事をしてアピールしてるのだと思うのだけど、彼は柔らかく微笑むだけで。
 ――彼の心の音が聞こえて来ないの。

 もしかしたら、彼にとって私はそういうのじゃないのかもしれない。
 でも拒絶されてないから期待もしてしまう。
 好意に自信がないから臆病になってしまうけれど、少しでも可能性を引き寄せたいから、彼の手を引く事はやめられない。

 チョコを前に暫く悩んだ挙句、重すぎないように、いかにも趣味で作りました的な音符と星型のチョコレートにした。
 そこまで凝ったものにはしていない、チョコレートを湯煎で溶かして、固め直しただけ。最初から逃げ道を用意してしまうなんて、後ろ向きもいいところだと思う。
 だって、可能性が絶えてしまうのが怖かった。答えを迫らなければ、彼に少しだけ親しい女の子でいられるのだ。

 …………。

 いかにさりげなさを装おうが、意識している以上、バレンタインの呼び出しは緊張するものだった。
 線引されるかもしれない事がちらつかない訳じゃない。
 一方的に好意を押し付けて来る子だと思われるのも怖くて、勇気を固めるには少し気合が必要だった。

 前日に彼の姿を探して、修理を出した楽器を取りに行くので14日に付き合って欲しいと声をかける。
 彼は少し考えこむ素振りを見せたけど、頷いて、わかったと了承してくれた。
 じゃあ当日に、と言って別れて、彼が見えなくなった所でルナはどっと脱力していた。
 まるで息を止めていたかのよう。本当の意図を隠している自分はちょっと邪だなって思うし、でも彼が了承してくれた事に、ひたすら胸踊る気持ちを感じていた。

 +

 当日、待ち合わせは少し余裕のある時間帯に設定していた。
 身支度を進めながらも、ルナは緊張を抑えられない。ふわふわとどきどきが少しずつ、だろうか。

 桜色のマニキュアを見つめてから、蓋を開けて丁寧に指先へと施していく。爪の色と殆ど変わらないけど、光の当て加減を変えれば確かにその色を主張していた。
 マニキュアが乾くのを待って、仕上げに珊瑚色の口紅。
 口紅にしたのは自分だけれど、彼が選んでくれた色だから、唇につけるのに少しむず痒さを感じている。

 待ち合わせ場所へ向かう、そうじゃないかなって思ってたけれど、彼はやっぱり先に来ていた。
 虚空を見つめる彼の横顔は何を考えているのかわからない。風が吹けばいなくなってそうな存在感の薄さがあって、それがたまらなく放っとけない気分になる。
 錯覚を振り払いたくて、ルナは目一杯元気よく声をかけようと思った。

「ユリアンさんっ」
 彼の目が自分の元に戻ってくる事に安心する、照れたように笑って、お待たせしました、と小さく頭を下げた。
 大丈夫だよと口数少なく、でも柔らかい口ぶりでフォローしてくれるのにも慣れた。慣れてたけど、似合ってる、と彼が一言付け足してくれたから、言葉が出て来るのに暫し要してしまった。

 ちゃんと見てくれた、褒めてくれた。
 それだけの事だけど、たまらなく嬉しい。
「有難うございます、今日は宜しくお願いしますねっ」
 なんとか言葉はつっかえさせずに言えたと思う。頬を染めるほどの歓びを内心にしまって、ルナはユリアンと共に街へと歩き出していた。

 …………。

 クリーム色のケープを翻して、彼女が自分の少し前を歩く。
 跳ねるような足取りに柔らかな笑顔、その姿で凪いだ心が少し緩むのを感じていた。
 彼女と出かける回数は確実に増えた。感想を聞かれると困ってしまうけれど、悪しく思っていないのは確かだと思う。
 少し肩に力が入っているように見えるのは相手が緊張しているからか。歩く位置、声のかけ方、彼女はどれもこちらを伺うようにぎこちなかったけれど、少しすればそれも解け、柔らかな歩みになっていく。

 彼女の唇を色づけるのは、柔らかな春の色。
 どういう色が似合うかと問われた時に、暖かく柔らかで、前向きに咲くところが彼女の色だと思って答えた。
「……もう少し大人っぽい色が好みだった?」
「え?」
 自分が答えた色を、彼女は口紅に選んだ。
 他にも試していたのは、大人っぽい紫色。その時はコメントを避けたのだけれど、もしかしたら、彼女はそういうのが好きだったのかもしれない。
 心の内を明かすのに少しぎこちなくなる、補足を受けると彼女は得心がいったように頷いて。
「大人っぽく見てもらえるかなとは少し思いましたけど」
 いつもと違う自分を試してみたかっただけなのだと言う。

「付けてくれて有難う」
 可愛いと思うよ、と続けたら、彼女は手を頬に当てて恥じらう素振りを見せた。
 素直な反応も好ましく思う、暖かくて、心地よくて、……魅力的に思っている、ただ、この距離感を壊せないだけ。
「大人っぽくなった、……そうだね、ともすれば妹よりも」
 素直な感想を口にしたはずが、ルナはあれ? と首を傾げる。
「エステルちゃんよりは年上だと思いますよ?」
 今度は自分が口を閉ざす羽目になった、……うん?
「多分……ユリアンさんと、同い年だと思ってるんですけど……」
 思わずじっと見つめてしまう、外見年齢は妹と同じかやや下くらいだと思う、でも振る舞いや内面を考えれば納得できる部分もあって、そうなのか、と考える自分がいた。
 妹と同じカテゴリ――要は恋愛対象外――にされたのが不服なのか、ルナは真剣な顔でユリアンを見つめ返すと、一言ずつ区切って口にする。
「私は、ユリアンさんと、同じ年齢だと思います」
「…………うん」
 それ以外に何かを言えるはずもなかった。

 +

 会話が途切れてしまったまま、目的地についた。
 工房からリュートを受け取り、試し弾きのためルナの誘いで公園へと向かう。
 年齢についてルナからあれ以上の言及はなかった、気遣いをする彼女にしては珍しく、だからこそ少しの臆病さと、それだけ真剣に受け取って欲しいという気持ちが混ざってる気がした。

「あ、そうそう。これ、日ごろの感謝の気持ちです。いつもありがとうございます」
 さらっとした口ぶりでルナから渡されたのはお菓子が入ってるような軽い箱、そういえば今日はそういう日だったと直感で中身を理解する。
「有難う、大事に食べるよ」
「ちょっと見た目は悪くなっちゃいましたけど……味は大丈夫だと思います」
 あは、とルナが照れたように笑う、誤魔化すようにリュートを手にとって、この子の音を聞いてあげないと、と言って弦を爪弾き始めていた。

 嬉しいし、有り難いと思っている、意味をわかっていない訳ではない。
 でも話を逸らされた事に安堵をしているのも本当で、お互いに有難うだけで収まる二人には、少し浮ついた心地よさがあった。
 追及を退けたという事は彼女にも迷いがあるのだろうか、或いはまだ結論を出したくないのか。
 何にせよ、猶予はあるのだろう。それに甘えて、追求せず、演奏を始める彼女をじっと見つめる事にした。

 音楽に入り込んでる彼女は先程までのぎこちなさを全部振り払って、伸びやかに曲を奏でていた。
 その姿を綺麗だと思う。力強く、前向きで、そんな彼女を見るのも好きで、幾らでもこうしていられると思えていた。

 じゃあ自分に向けられる表情はどうなのだろう、瞳を、想いを、自分はどう思っているのか。
 楽器を奏でる指先は自分が贈った桜色で染められている、それは彼女の手を引くような繋がりにも似て。
 ……自分の狡さを、今確かに自覚した。

 父親を語る時、母親は自分たちに向けない特別な表情をする。
 そして、父さんをズルいと言うのだ。
 ……ああ、やり方は違うけど、自分は確かにその血を引いているのだろう。

 ふと、視線を自分の肩に向けた、そこには彼女から贈られた、彼女の瞳の色を飾ったマント留めがある。
 つけている位置もあってか、彼女が傍らで自分を見上げてくる感じにも似ていた。

 ――ユリアンさん。
 彼女が自分を呼ぶ声は明確に思い出す事が出来た、何度も呼んで貰ってるからだろうか。

 ――私は、ユリアンさんと、同じ年齢だと思います。
 妹と近しければ安心出来た気持ちはあったかもしれない、家族だって大切な相手には変わらないのだから。

「ユリアンさん」
 考え事に耽っていたせいか、ルナの呼ぶ声で我に返った。
 えへへ、と笑う様子を見るに、チューニングは問題なかったのだろう。
「今日は有難うございます」
 ルナの様子に微笑みを向け、こちらこそ有難うと彼女から貰った包みを示す。

 彼女への思いが変化している、少しずつ魅かれていくのを自覚している。
 でも、今を壊すまでには至らない、そこまで手を伸ばす事が、ユリアンには出来なかった。

「送るよ、ルナさん、また明日」
「はい!」

 ――この距離感は、いつまで続けられるのだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1565/ルナ・レンフィールド/女性/16/魔術師(マギステル)】
【ka1664/ユリアン/男性/19/疾影士(ストライダー)】
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2018年04月04日

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