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『ひとつの決意 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 午睡に落ちて1時間半。スノーフィア・スターフィルドは唐突に目を醒ました。
 眠気が壊滅しているせいで理由もはっきりわかる。夢の中で敵にかけられた睡眠魔法への対抗魔法を放ったつもりが、現実に発動させてしまったのだ。
 彼女が“彼”だったころは、無自覚ながら相当なゲーマーだった。空き時間のほとんどはスノーフィア・スターフィルドがヒロインのひとりとして存在するゲームに費やしてきたし、寝落ちも度々やらかした。そして、夢の中でもゲームの続きをプレイしたりして。
「うう……これからは迂闊に夢も見れませんねぇ」
 習慣でうんと伸びをしたスノーフィアはふかふかの布団から這い出して、ペットボトルに残った炭酸水を飲み干した。
「……そういえば冷蔵庫、残っているのかしら?」
 すっかり様変わりしてしまった部屋ではあるが、その様変わりはゲームで“彼”が整えたというか、定期的に出される課金アイテムを買いそろえたまま再現されているらしい。
 だとすれば。
 スノーフィアは先ほど立ったキッチンへ向かう。
 コンロの上にはかぼちゃの煮付けの鍋があったりする脇を抜けて、奥に置かれた猫足の箱を指先でノック。すると。
 彼女の魔力に反応してがぱーっと開いた。火魔法に“反転”の呪法を掛け合わせて分子活動を抑え、生み出した冷気で物を冷やす冷蔵庫がそこにあった。
「……普通に電源コードもついているけど」
 どうやら形状はともあれ、方式は普通に現代日本のものを流用しているらしい。そういえばコンロも、ゲームでは魔法式だったはずだが、しっかり都市ガス用のホースがついていた。
「コンセントがあるなら、普通にいろいろと使えるわけね」
 その流れでひとつひとつ、家電を確認していく。冷蔵庫だけではなく、炊飯器もレンジもトースターもコーヒーメーカーもあるし、洗面所には洗濯機、フェイスカッター、電動歯ブラシ、ついでにシェーバーまでそろっていた。つまりは“彼”が使っていたようなものは今もきちんとある。
 ただ、すべてが妙にレトロチックでファンタジックな外装に変わっていて、探知魔法によればもれなく魔力が感じられた。つまりは電気式というわけでなく、電気+魔法のハイブリットになっているということだ。そういえば電灯なんかはスノーフィアの都合に合わせて勝手に点いたり消えたりしているようだし。
「シャンプーはすっかり別物に……」
 愛用していたスカルプケアシャンプーのプラスチックボトルは、陶器の容器に収められた花の香りがするものになっていた。うん、地味に痛い。だってあれ、高いんですからねー?
 ともあれ、この部屋が和洋折衷ならぬ現幻折衷な有様に変容したことは理解した。暮らすに困ることはないだろうことも。
「問題があるとすれば、供給をどうするか。さすがに沸いてくるようなことはないでしょうし」
 預金通帳があるのは確認済みだ。だからしばらくは大丈夫。困る少し前に考えれば間に合うはず。などと、ぽんやり考えてぽーい。未来の自分に問題を丸投げた。
 本当に不思議なものだ。“彼”だったころなら、どうしようどうしようと慌てふためいたはずなのに、今はなんとなくなんとかなるでしょうという楽観が先に立つ。
 ――スノーフィア・スターフィルドは強いのだ。
 能力値やスキルばかりのことではなく、その心が、強い。
 うらやましいなぁと思いかけて、スノーフィアは小さくかぶりを振った。
 今は私自身の強さなのですから、むしろ自然にそうあることができるよう慣れていかなければ。
 拳を握りかけて、やめた。まだこの体に慣れていないのだ。先のように意図せず技や魔法を放ってしまうかもしれない。
「南無三南無三、焦らないでひと休み、ですね」
 どこかの小坊主のようなことを言ってしまうのは、元の年齢のせいなんであった。

 後にしてきたはずの寝室へ戻ったスノーフィアは、白木のタンスを前に息を整える。
 このタンスは課金アイテムのひとつで、スノーフィアの装備やアイテムを無限に収納できる効果がある。“彼”をスノーフィアへと変えた誰かの都合が働いているのなら、元の効能を発揮している可能性が高い。
 果たして開いてみれば、あった。
 装備品のティアラや姫騎士甲冑、イベント用のドレス、靴、消耗品の数々から、溜め込んできた万能回復薬やら完全魔力回復薬やらの便利アイテムまで、どのようなしかけなのか知れないが収まっていて、しかも簡単に探すことができる。
「それにしても……私って貧乏性ですね」
 貴重なアイテムはもちろん、スノーフィアの歴代装備からどうでもいい消耗品まで、全部放り込んであるのだ。普通は冒険の進行に合わせて換金するものだろうに。
 ……貧乏性なのはまちがいなかったが、なんというか、スノーフィアとの冒険の軌跡を損なってしまう気がして、売るに売れず、ここまで来た。
 が、今は感慨よりも気になることがあった。
「装備があるということは、そういうこと、なんでしょうか?」
 この世界には、これらの装備が必要となるような事態が起こる?
 外に出たときには、ごく普通の世界に見えた。
 なのに、ごく限られた空間とはいえ科学文明と魔法が混在していて、スノーフィアという人を超えたものが在る。
「……ここは本当に、私が知っている東京なんでしょうか?」
 こんなことなら、覚悟を決めて会社に“私”がいるか確かめてくるのだった。行方不明になっているなら元の世界だし、代わりの自分がいるか存在しないなら並行世界かなにかへ飛ばされたのだと知れる。
「とりあえず異世界に来たのだとしましょう」
 悩むのはスノーフィアの性に合わない。だから状況をそのまま受け入れる。けして満ち満ちているわけではなくとも、影には魔法や超常の力が確かな形をもって潜む、“彼”の知らない東京へ放り出されたのだと。
「そこそこ引きこもっていますけれどもね」
 ため息をついてタンスに向かい、スノーフィアの装備品のひとつである白革のレッグバックを引っぱり出した。
 このバックは単体で二十のアイテムを収納することができる。バックパックなら倍以上の五十入るが、大きさ的に目立つし、荒野や迷宮ならぬ街中では大仰過ぎる。
「いざというとき、とりあえず切り抜けられる程度のものを……なにがあるかわからないのだから」
 店売りの体力回復薬、魔力回復薬、バッドステータス回復薬をそれぞれ六つずつ収めたスノーフィアは、魔法武器である竜爪のレイピアと竜鱗のラウンドシールドも入れてみた。大きさなど関係なくするっと入ったところからして、こちらもゲームと同じご都合的な仕様であることが知れる。
 あくまで最低限ではあるが、装備が手元にそろったことで心は鎮まった。
 あとはビキニアーマーでも装備しようか。シリーズ何作めかのエピソードのひとつ、通称「海回」で入手した水着とは名ばかりの高レベル防具だ。それを自分が着るとなると……ご褒美とはとても思えないが、服の下につけられるので、見られても気づかれないはず。
「私をここに連れてきたどなたかにも、お話をうかがいたいところね」
 それも含めて、ひとつひとつ確かめていくしかないのだろう。
 それはそれでいい。
「幸い無職で時間はある。だから焦らず進めましょう」
 今のスノーフィアは“彼”という普通のおじさんではないのだから。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 果たして世界は彼女を待つ。彼女の踏み出せし一歩をこそ。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年04月05日

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