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『確認しようそうしよう 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 猫足のソファの真ん中から隅っこへもぞもぞお尻を移動させてようやく落ち着いたりしながら、スノーフィア・スターフィルドはアンティークホワイトの応接テーブルの上に置いた炭酸水のペットボトルの蓋をひねった。
 まだこの様変わりした部屋に慣れないわけだが、それは当然だ。なにせ彼女は少し前まで“彼”だったし、こんな「ファンタジーのお嬢様ならこんなとこに住んでるんだろー?」的な真っ白い部屋じゃなく、ごく普通のアパートで暮らしていたのだから。
 変わったといえば部屋だけじゃない。自分自身もだ。性別は置いておいて、能力値というか。
 炭酸が逃げないよう固めに締めていたはずなのに、過ぎるほどあっさり開く。おじさんだったころは勢いをつけたり、息を詰めて力んだりした気がするのだけれど。
「これはやっぱり、私がスノーフィアになったからよね」
 もしゲームをプレイしていたころのスノーフィア、その能力値を継承しているのだとすれば……
 スノーフィアは最後にあのゲームをプレイしたころの記憶を掘り起こす。
 第一作からキャラクターレベルを引き継ぎながら、常に最高レベルをキープしてきた。
 エンドコンテンツを遊んでエクストラボスを倒し、全数値を最大値にもした。
 ダウンロードアフターストーリーの裏技で能力値の上限を解放し、過去作から最新作までのラスボスが次々登場する“無限城”を周回してカンストさせた。
 ついでに、その合間合間でスノーフィアの追加ボイスやドレスをダウンロード購入、彼女を彩どったりなんだりも。
「そう思えば、ペットボトルの蓋が簡単に開くのも納得、だけど」
 魔王と一対一で斬り合えるまで育て上げたスノーフィアだ。蓋が溶接されていたとしても、おそらくはあっさり引きちぎるくらいの筋力はある。
「こんなに細い腕なのに」
 腕を折り曲げてみても極々なだらかな盛り上がりができるくらいで、けして力こぶができるようなことにはならない。でも。
「できてしまうのよね……」
 二本指での片手腕立て伏せが。百回こなしてもまるで疲労感なく。
 以前の“彼”では考えられない強さ。それは猛烈な違和感に――なることも特になかった。
「成長したのです。うん、そういうことなのです」
 思えば第一作のスノーフィアは年端も行かぬ少女だった。“彼”はそれでもがんばり、勇者についていこうとする彼女に惹かれて――ようするに萌えてしまったのだ――パートナーに迎え入れた。
 思えば果てしなくはずかしい父性愛。人間冷静になってはいけないことがあるのだなと、今さらながら思い知るがさておき。
 なんだろう、我が事のように思い出されるじゃないか。ひとつひとつ技と魔法を憶え、冒険して自分を研ぎ澄まし、ついには勇者抜きでも地獄の底を突っ切れるほどの力を備えた二十四歳のレディへと成長して……
 ここで思わず、“彼”がスノーフィアの得意技として設定し、鍛錬と課金とでオリジナル技にまで昇華した“金刃六花”を手刀で再現してしまった、その瞬間。
 空気に描き出される金の雪結晶。
「うそうそ! 今のはそうじゃないんですーっ!」
 わーっと両手でかき消せば、発動直前だった技がかき消えた。
 危ない危ない。もう少しで部屋が滅茶苦茶になってしまうところだった。いやそれよりも、使えるのかスノーフィアの技。だとすればきっと。
「火の素、風の素喰らいて赤を為せ」
 果たして掌上に灯る小さな赤炎。魔法使いの見習いがいちばん最初に習う発火魔法がその効果を現わしたのだ。
 慎重に火を吹き消してスノーフィアはうなずいた。
 もうまちがいない。このスノーフィアは、ゲームで“彼”が鍛え抜いたあのスノーフィアなのだ。
 心のどこかに転がっていた小さな疑問、「自分は本当にあのスノーフィアなのか?」が今度こそ砕け散った。
 それと同時に新たな疑問が湧き上がる。
 スノーフィアの能力値はいったいどれくらいのものなのか?

 ということで。
 スノーフィアはキッチンに立った。
“スノーフィアの手料理”という回復アイテムを定期的に出現させるため、調理器具や調味料、食材(すべて課金アイテム)は大量にそろえてある。
「さて」
 まな板の上に置いたのは大きなかぼちゃ。
 その頂点に、なんとも華奢な包丁の刃をあてがい、ほんの少し力を込めれば、すとん。
 固いかぼちゃが紙みたいに断ち切れた。それなのに、まな板にはまったく傷がついていない。
「筋力、瞬発力、クリティカル値を上げる幸運。それだけではなくて、「弱点看破」と各能力をサポートする「熟練」、勇者にラストアタックボーナスを保証するための「手加減」のパッシブスキルも機能しているようですね」
 能力の最大効力を試すことはさすがにできなくとも、たったこれだけのことで身体的なポテンシャルの高さは知れる。
 一応、半分になったかぼちゃを重ねて同じように切ってみたが、やはり手応えもなくするりと両断できた。
「敵のスタン攻撃に対抗する姿勢制御のパッシブも効いている? 確か無限城でもセットしていたはず……だとすれば、セットしていないスキルは使えない? 装備品依存の技や魔法は? ううん、悩ましいわね。確認できる環境があればいいのだけれど」
 思い悩みながらも手は勝手に動き、鍋に水を張ってかぼちゃの煮付けを作っていく。
「そういえばお醤油とかお出汁もあるのよね。ゲームだからこそなんでしょうけど、統一感がなさすぎよね……」
 クイーン・アン様式のキッチンで、どうにもならないくらいの和食。
 これまで消費してきた“スノーフィアの手料理”を思い、スノーフィアは息をついた。
 そもそもかぼちゃを煮付けてしまうような料理スキル、“彼”にはないのだ。なのでこれはゲーム内のスノーフィアが備えていた能力ということになる。ゲームではさすがに料理の内容が表示されることもなかったが、きっと和洋中混在だったのだろう。
 彼女の手料理をもらえることがうれしくて、あえて使うようにしてきたわけだが、今となってみればひどく惜しいことをしたものだ。せめて内容が知りたかった。
「初めての手料理をいただきます。とか言ってましたね私。……これ、実は黒歴史というものなのではないでしょうか?」
 まあ、悩んでいてもしかたない。
 串を刺してみれば、かぼちゃはよく煮えている。なにはともあれせっかくの手料理ですし、おいしくいただくことにしましょう。
 ずいぶんスノーフィアのマイペースさに侵食されてるなと思いつつ、白磁のお皿にかぼちゃを盛って、いただきます。
「ほくほくしておいしい」
 スノーフィアを褒めてしまうと自画自賛になってしまうのがちょっとアレではあったが。

「お腹は落ち着いたし、今度は」
 なにをする? と考えてはみたが、思いつかない以前にすることがない。なにせ無職なので。
 なるほど。会社というものには人生という“間”を埋める機能もあったのですねぇ。妙に納得してみても、そこですることは終わるわけである。
「とりあえずお昼寝でも」
 これも、なるほど。人は疲れたから眠るばかりのものではないのだ。暇だから眠り、埋められないはずの“間”を埋めることもある。
 天蓋付きのベッドはふかふかで、実に心地いい。
 干すときは普通の布団と同じように布団叩きで叩けばいいんだろうか? やくたいもないことを考えているうち、スノーフィアは淡い眠りの海へ落ち込んでいった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて彼女は彼女と確かめる。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年04月05日

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