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『Fly to ... 』
レナード=クークka6613


 久しぶりに郵便受けに届いたのは、黒い縁取りの葉書だった。



「っ……!」

 レナード・クーク(ka6613)は、祈るように繰り返し葉書の文を目で追う。けれど薄墨で書かれた文字列は幾度確かめてみようと、最後の友人の訃報を淡々と告げるばかりだった。

「また、」

 逝ってしまった。
 皆、逝ってしまった。
 最後に残った友人も、ついに。

 机に突っ伏し、声にならない慟哭をあげる。
 かつて、星を護るために活動していたレナードと仲間達は、星を護るため邪神との最終決戦に挑んだ。邪神の力は強大で、父のように慕っていた龍騎士や、多くの仲間達が命を散らした。
 彼らの犠牲と引き換えに平和を得た世界で、生き残った友人達も、また。
 長寿のエルフであるレナードは、ハンターとして活躍した頃と変わらぬ見目を保っているが、短命種の友人達は皆老いていってしまった。そうして、逝ってしまう。

「また、」

 ――ひとりぼっちだ。"また"ひとりぼっちになったんだ、俺――

 そう自覚した途端、見慣れた部屋が酷く狭く感じた。四方から壁が迫ってくるような錯覚に襲われ、開いた口から懸命に酸素を取り込もうともがく。倒れた椅子がガタンと大きな音をたて、幼い頃"家族"に浴びせられた怒声と重なった。
 幼い頃穿たれた孤独への恐怖は、今も抜けない楔となって、レナードの胸に刺さり続けていたのだ。

 ――いやだ、いやだ、もう独りになるのは……暗くて、怖くて、冷たくて、寂しくて、苦しくて、悲しくて、……帰りたくない、戻りたくない、もう、もう二度と……!

 必死に耳を塞ぎ、固く両眼を閉ざす。そうしてじっといれば、幸せな日々が瞼の裏に蘇る。
 故郷から逃れ、初めて訪れた賑やかな街。
 初めての依頼、初めてできた友達。
 華やかな式典に、友人と背を預け合って戦った日の事。
 そして、自分の笑い顔を受け入れてくれた、不思議な言葉を話す魔術師。

 決して安寧な日々とは言えなかったけれど。それでもハンターとして駆け抜けた数年間の思い出が、孤独にかじかんだレナードの心を少しずつ溶かしていく。
 今となっては、あの頃に思い馳せる事だけが――亡き友人達との思い出に揺蕩う時だけが――レナードを孤独から解き放ってくれるのだ。


 どれ位そうしていただろう。
 我に返ると既に陽は落ち、部屋の中はすっかり暗くなっていた。暗がりの中、滅多に大きく開かれる事のないレナードの双眸が炯々と輝く。それは久方ぶりに金の光を宿していた。

「そうだ」

 小さな小さな呟きが、部屋の空気を揺らす。

「取り戻せるかもしれない。だって俺は、」

 ――魔術師なんだから。

 マテリアルを灯した瞳に、妖しい色味が差した。




 魔術師には禁呪とされている術が幾つかある。
 星の法則を犯すもの、自然の秩序を乱すもの――合成獣の創造や、人体錬成などがそれにあたる。当然、死者を蘇らせる事も。
 そうとは知りつつレナードが最初にした事は、魔術師教会が厳重に管理する書庫へ忍び込む事だった。反魂術について記された禁書を持ち出すために。

 それからは自室に篭り、禁書の解読に明け暮れた。
 来る日も来る日も机に向かい、ペンを走らせる。食事を摂る事さえ煩わしく、眠る間も惜しんで禁書を読み解く日々。外出する事もほとんどなくなった。

 禁書を奪った事に罪悪感は感じない。
 魔術師の道を外れる事さえ厭わない。


 彼は決めたのだ。
『如何なる手段を使っても、友人達を取り戻す』と。


 社会と断絶した暮らしの中でも、レナードは孤独に苛まれてはいなかった。魔術師の古い隠語や、狂気さえ感じるほどの緻密な術式の数々――それらを読み解く事は、友人達を取り戻す一歩になるのだから。
 禁書に触れる時、頭は物凄い勢いで考察を繰り広げたが、心は友人達の夢に満たされていた。研究を進めるにつれ、思い出に慰めてもらうだけでなく、次第に彼らを取り戻した後の日々が思い描けるようになったのだ。
 幸福な記憶や想像に思い馳せながら、迫る孤独の影を振り切るよう、研究に没頭していった。

 解読を終えると、術に必要な物を調達し駆けずり回る。禁呪に用いる品だ、容易に手に入る物などひとつもない。時に危険な人物との交渉に臨み、財産と呼べる物も全てはたいた。
 一番苦労したのは、亡き友人達の身体の一部を集める事。
 様々な罪悪感を麻痺させてきたレナードだったが、友人の墓を暴くのは流石に胸が痛んだ。

「ごめん……きっともうすぐ、還してあげるから」

 そう詫びながら、ひとり、またひとりと、友人達の欠片を集めていくのだった。




 ――そうしてとうとう、最後の友人の墓前へ辿り着いた。
 レナードが研究を始めてから、世間では人間達が世代交代する程の長い年月が経っていた。

 青白い満月と、立派な教会の建物が見下ろす中、土を掘り起こしていく。
 反魂術に必要なものは、もうあとふたつきり。レナードは逸る胸を押え、慎重に棺から骨の欠片を取り出す。

「やっと、やっとここまで来たよ……もうすぐだから」

 掠れがちに囁き、教会の鐘楼を駆け上がる。遺骨を蒼い満月の光に一晩中晒す必要があった。
 より月に近い鐘楼の天辺で、集めた友人達の欠片を並べた。傍らに腰を下ろし、乾いた骨が月光を吸うのを待つ。

「これでいい。あと要るものは、」

 ――無垢な魂。
 この意味をレナードは今も計り兼ねていた。生贄を、というのは分かる。動物では済まない事も。けれど何をもって無垢と言うのか。欲を知らぬ赤子か、純潔の乙女か、聖職者か……唯一確かなのは、人を手にかけなければならないという事だ。

 ――それでも。

 レナードは強く拳を握りしめる。爪が食い込み、指の間に紅いものが滲んだ。

 ――ここで止めるわけには……もう、独りぼっちは……でも……



 随分長い事葛藤していたらしい。気づけば東の空が白んでいる。蒼い月の魔力によって生前の艶を取り戻した欠片達は、復活の時を今か今かと待ちわびているように、レナードには感じられた。
 その時だ。

「だぁれ?」

 不意にかけられた声に、驚き振り返る。鐘突きらしい少女が不思議そうにレナードを見ていた。

「えっと」

 言い淀みながら、後ろ手で友人達の欠片を隠す。そんなレナードに、

「具合が悪いの? 酷い汗、これ貸してあげる」

 少女は酷く心配そうな顔でハンカチを差し出した。
 それ見た途端、レナードは雷に撃たれたような衝撃に見舞われた。次いで唐突に理解する。
 無垢な者とは、性別や職を指すのではないと――どう見ても胡乱な自分へさえも、躊躇わず手を伸べてくれるような――彼女のような者を指すのだと。


 細い瞳から金の光が失せた。
 少女の手をやんわり押し返し、数十年ぶりの笑みを浮かべる。

「大丈夫やでー、ありがとなぁ。この鐘の音が好きなんや、ここで聴かせてもろてもええかなぁ?」
「良かった、勿論!」

 地平から太陽が顔を出すと同時、少女が打つ鐘の音が鳴り渡った。新たな日の訪れを告げる鐘の音は、全てを清らにしていくようで。役目を終えて戻っていく少女を見送った。

 レナードは気負いなく手摺をまたぎ越すと、友人達の欠片を押し抱く。
「随分待たせてもうたなぁ。今、行くから――向こうで俺を、叱って、」
 そして一歩、踏み出した。
 一瞬の浮遊感。身体を打つ東風。瞼越しに目を焼く金色の朝日。気持ちは酷く穏やかだ。そして――全てが黒く塗り潰された。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6613/レナード・クーク/男性/17歳/魔術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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長らくお待たせしてしまいました、レナードさんの『もしも』のお話、お届けします。
ダークに、という事でしたので思うまま書かせて頂ききましたら、思ったよりもダークになってしまいました。
レナードさんであれば最後の一歩は踏み誤ることはないのかな、と思った結果こういうラストに相成りました。
おまけノベルはこの続き、といった風です。
気になる点等ございましたらお気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命頂きありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2018年04月09日

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