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『素直の因果 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)
 ファルス・ティレイラは空になったバックパックを後ろ手で投げつけた。
「っと!」
 魔族の少女はこれを払い退けようと手を伸べたが、指先が触れた瞬間、バックパックに潜められていた火球が起爆。全身を赤炎で包まれる。
「うわーやーられたーって、残念! これじゃあボクは溶かせないなぁ」
 さらりと炎をかき消した少女がにやにや、ティレイラに舌を出してみせた。
「今さらなんの用!? まさか仕返しって……仕返しするの、むしろ私でしょー!」
 去年のバレンタインシーズンに、魔法の師にして勤め先の魔法薬屋の主であり、誰よりも大切な姉的存在のシリューナ・リュクテイアの悪徳商法に心を損耗させられたティレイラが逃げ込んだ、魔法の小箱。そこを勝手に占拠していた魔族こそが今、背後から迫りつつある少女なのだ。
 思い出すだけで腹が立つ。飴にされてさんざん弄ばれて……まあ、半分以上は他ならぬシリューナによってなのだが、とにかく酷い目に合わされた。
「でも、ダイエットできたのもボクのおかげだよね?」
「それはすっごくありがとう――じゃなくて! どうして私のこと追っかけてくるのか訊いてるんだってば!」
 少女は「んー」と小首を傾げ、短く切り整えた亜麻色の髪先をいじりつつ。
「辻斬りっていうか、辻撃ちしに? あれからボク、甘いものもガマンして修行したんだ。その成果をキミで試したいなぁって。ほら、程よく勝てるだろうなって相手だし?」
 あまりに身勝手な話! ティレイラは憤りを魔力に換え、シンプルながら太い術式を編む。
「配達も終わったし、そういうことなら思いっきり相手してあげる。私だって去年のままじゃないんだから!」
 沸き立つ炎が幾筋ものフレアとなり、空気を焦して少女へ降りかかった。
「あつあつ!」
 ばたばたと逃げ回る少女だったが、フレアは軌道を変え、四方から追いかけていく。
「名前はまだつけてないけど、私のオリジナル魔法なんだから! 完成までに何回お姉様からダメ出しされたか……」
 ダメ出しと共に繰り広げられた、シリューナの特訓。思い出すだけで血が冷える。あれは本当にひどかった。思いつきで追加されるメニューはもれなく拷問だったし。
「あのときの私みたいに泣きながら焦げちゃいなさい!」
「そんなのただの八つ当たりじゃないかー!」
 少女は逃げ回る中、手の内に潜めていたものを投じる。それは固いようでやわらかい、透明な塊で、ティレイラには妙な見覚えがあって。
「水飴スライム!?」
 フレアの一本で迎え討てば、スライムは一瞬で溶け崩れて地に落ちた。
「もうだまされない! これのせいで私……ダイエットできたのはありがとうだけど」
「その割に変わってないみたいに見えるんだけど?」
「それは、その、3キロ分猶予もらえたなーって、ちょーっと多めに食べちゃったらいつの間にか」
「あっさり戻ってたわけだ」
「そうだけどきっと成長期だし!」
「背も多分伸びてないよね? で、どこが成長期?」
「いろいろっ!」
 言い合う間にも、ふたりはフレアと水飴スライムを投げ合っている。目まぐるしく駆けて立ち位置を変え、言葉で相手の集中を乱し、隙を突いて攻め立て、打ち払い、間合を離して機を窺って。しかし。
 水飴スライムはフレアの鞭に、フレアは水飴スライムの盾に、それぞれ弾かれて本体まで届かないのだった。
「で、ボクを焦すのはいったいいつごろになるのかな?」
 わかりやすい少女の挑発。
 もちろんこんなことで激高はしないが、長引かせれば悪巧みに巻き取られる可能性も否めない。
「今すぐよ……!」
 ティレイラから竜の角が、翼が、尾を伸び出し、さらにその体が巨大化、鮮やかな紫鱗に包まれた。
 果たして顕現する紫竜。これこそがシリューナの本性、真なる姿であった。
「そっちがそう来るなら、ボクも」
 少女もまた巨大化し、赤い獣毛に包まれた魔物の本性を顕わした。
 互いにこうなれば、生半な魔法は通じない。だからこそ、爪牙や拳に魔力を乗せ、互いの体にねじり込む!
「――って、思った?」
 噛みつこうと顎を開いたティレイラの口の中に、ぴん。魔物がなにかを弾き入れた。
「んぐっ」
 クセなく甘いとろみ……これは、水飴?
「ぜんぜん成長できてなかったみたいだね」
 魔物が口の端を吊り上げた。
 ティレイラはすぐに防御魔法編み、水飴の魔力に抵抗するが。
「雷ってさ、ただ落ちてくるだけじゃないんだってね? 地面からお迎え電気ってのが出て、それ目がけてドーン! ってさ」
 よろめいた足が動かない。いつの間にか足元が透明なもので固められていたのだ。正体はすぐに知れた。フレアで溶かされ、地面に撒き散らされた水飴だ。
「おかしいと思わなかった? 普通の水飴だったらフレアの熱で蒸発するよね? 形を変えただけで、ボクの飴はそこにあったんだよ。あとは“お迎え飴ちゃん”をキミに食べさせれば、ね」
 ティレイラの体内に入った水飴が、彼女の魔法生成を阻害しながら地の水飴の標となって引き寄せる。
「これがボクの習得したオリジナル魔法。どんな相手も飴細工にする“飴雷”魔法さ」
 少女の姿を取り戻した魔族の高笑いの中で、ティレイラは紫に艶めく飴の竜像と化していった。
 そして固まりきる間際、ぎちぎちと顎をもたげ。
「お、姉様――!」


「んー、やっぱ苦みが深いねぇ。今までいろんな子、飴にしてきたけどさ、キミみたいな深みが出せる子はいなかったよ」
 ティレイラの鱗の先を舐めとり、少女は満足げにほくそ笑む。
 と。
「いつかティレをいっしょに味わった仲なのに、独り占めはないんじゃないかしら?」
 ぎくりと少女が振り返れば、いつ現われたのかも知れぬシリューナが、薄笑みを傾げて立っていた。
「あー、どうしてこんなとこに?」
 少女の問いにシリューナは肩をすくめ。
「帰ると言った時間を守らない子じゃないのよ、ティレは。だからいつものアクシデントだろうと思って、魔力を辿ってきただけ」
 心の中で少女は「えー!?」。ティレイラの存在はこの場所ごと、結界を重ねがけして隠蔽したはずなのだ。それをあっさり見つけて来るなんてこの女、マジで何者!?
「……まあ、成り行きってやつでさ。もちろん独り占めなんかしないよ。どうぞどうぞ、駆けつけ三杯ってことで」
 少女がティレイラの爪先を折り、シリューナへ渡した。
 シリューナはそれをながめやり、おもむろに口へ含んだ。
 少女が抑えきれずに口の端を吊り上げる。その爪にはボクの魔力がたっぷり含まれてる。つまり“お迎え飴ちゃん”なんだよ。それを食べたキミはもう逃げられないのさ。
 地面に残された飴が泡立ち、シリューナの足元へ――
「なるほどね。忍び込ませた魔力で内から相手の魔力を阻害、分離した魔力を引き寄せる磁石のように働かせる。なかなかに考えられた魔法だわ」
 10メートルは離れていたはずのシリューナが今、少女の眼前にいる。
 え? これ、なんで?
「GI値くらいは勉強しておくべきだったわね?」
 身体のエネルギーである血糖の上昇速度値を表わすものがGI値。シリューナは少女の魔力を濾過しながら飴の糖質と共に吸収、純然たるエネルギーとして燃焼させ、瞬発的に身体能力を高めてみせたのだ。
「今日はあなたにかまっている時間が惜しいから、追い出すだけでゆるしてあげるわ」
 重力を撓めて極小の疑似ブラックホールを生みだし、問答無用で少女を蹴り落としたシリューナは手早く後始末を済ませ、ティレイラの飴像と向かい合った。
「さあ、不出来な弟子にお仕置きを。でも困ったわね。あなたが痩せ細るほどに私は肥え太ることになりそう。ダイエットは――後で考えましょうか」


 シリューナはティレイラが佇むその場へ年代物のリクライニングチェアを召喚し、オットマンに脚を投げ出して像を見やる。
 像から漂い出す甘い香りに、蟻を始めとする虫たちが、それを目当てにした鳥が、さらには虫や鳥と同時に飴をも味わおうと小動物が集まり来て、ひとつの食物連鎖の図を見せた。
「数多の生と死に飾られた甘露――ティレは綺麗ね。そこに在るだけでも目を奪うほど強い存在力を見せておきながら、食まれることで真逆の儚さまでも魅せる」
 いつも思うのだが、ティレイラの美はライティングの質を選ばない。自然光の下では輝かしく、人工光の内では風情をもって、さまざまな形での美の有り様をシリューナに知らしめるのだ。
「お裾分けが過ぎては私の取り分に障るわね。あなたたち、そろそろ譲ってもらうわよ」
 シリューナの魔力圧がごくささやかに、ティレイラのまわりへたかっていたものたちを打ち据え、追い立てる。
 こうして“ふたりきり”になったことを入念に確かめたシリューナは、あらためて飴像のまわりを巡ってそのきらめきに見入った。
 硬い竜鱗は端々が欠けていた。飴にされるまで、ずいぶんもがいたのだろう。抵抗して、しきれず、血糖に乗った魔力を内から流し込まれて細胞組織を飴に変じられて……竜面に固定された苦悩は色濃く、開かれた顎の奥から伸び出した舌には、今にも音を発するのではないかという臨場感が映しだされていた。
「なにを言おうとしたの? それとも誰かを呼んだのかしら? それが知れないのはもどかしくて、愉しい」
 色即是空。仏門にはひと言で万物の無常を語る言葉が存在するが、それは突き詰めて言えば、結果を生み出す因果の連なりがその有り様を解き、結果そのものを滅することとなる道理である。
 今、シリューナに見えるものはティレイラの為した結果のみであり、それまでの過程……因果を知る術はない。いや、彼女の魔法をもってすればそれすらも不可能ではないのだが、シリューナはけして因果を暴こうとは思うまい。
 物も事も、不完全なればこそ趣となる。それを好事家である彼女は誰よりも知っているから。
「私は凡俗に過ぎないのだもの。どれほど歳を重ねても、この魂に刻まれた宿業からは逃れられない」
 身の程を知ればこそ、素直になる。
 ましてや、その身の程を見せてしまってかまわないティレイラを前にしているのだから、なおさらに。
 シリューナは薄衣をまとっただけの肢体を像へと寄せた。
 飴の匂いの奥に、ティレイラ自身が放つ花のような芳香が感じられて――たまらず抱きすくめた。
 舌をその首筋に這わせれば、甘味のただ中にほろり苦みがとあふれ出し、シリューナの味蕾を痺れさせる。
 ティレがいけないのよ。これほどに寂びた美を見せつけるだけじゃなく、侘びた風味まで。抑えきれるはずがないでしょう?
 悩ましい息をつき、シリューナはティレイラの甘苦い舌先を吸う。
 と。夢中になり過ぎてはいけない。解呪した後に障りが出ない程度に、少しずつ味わわなければ。でも、もう少し。もう少しだけ。
 貪りながらシリューナは竜舌蘭(アガベー)を思い出した。それはテキーラの原料となることでも有名だが、ティレイラはまさに、強い酒のごとく彼女を酔わせてしまう。そして感じさせるのだ。アガベーがもたらすアガペー――神の愛を。
「私がティレを愛でているつもりで、本当は私がティレに愛でられているのかもしれない。それならそれでいいわ。むしろそれが、いい」


「……なんだか私、すっごく体重、減ってるんですけど」
 シリューナの書斎。
 じとりとした目でティレイラがシリューナをにらみつける。
「苦労せずに痩せられるなんて得したわね。私はしばらく減量生活だわ」
 やけに色艶を増した頬に薄笑みを浮かべ、書斎の主はしれっと応えた。
「私のこと、食べちゃいましたね? ビタースイートが味わい深いーとか言って、お酒のおつまみにしちゃったんですね?」
「どうかしらね」
 ふわりとティレイラの追求をかわしつつ、シリューナは目を半ば閉じた。
 お酒なんて飲まなくても酔いしれたわ。あなたは極上のアガベーで、私にとって代わりなんてありえない、唯一無二のアガペーなんだから。
「お茶にしましょうか。いただきもののパウンドケーキがあるから、好きなだけお食べなさい」
「え? あれってかなりお高い――それにせっかく体重落ちましたし――」
「大丈夫よ。不本意に減った分をいくらか取り戻すだけのことでしょう? たとえ一本食べきったとしても、まだまだ余裕があるはずだわ」
「……ですよね!」
 かくてティレイラはいそいそ茶の準備を開始する。
 ティレがなくなってしまって困るのは私。だからあなたを早く取り戻して。私が次の至福を味わいたくなる前に。
 シリューナは今度こそ目を閉ざし、こみ上げる万感に心を委ねた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シリューナ・リュクテイア(3785) / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
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2018年04月09日

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