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『1 Credit 1 Play 』
鬼塚 陸ka0038

 薄れゆく意識の中でキヅカ・リク(ka0038)が見たのは、目を覆いたいほどの青緑色の光の束だった。
――あっ、死んだのかな。
 思いのほか軽くそう思ったのは、きっと体中に痛みなんてなかったせい。
 痛みどころか身体の感覚がない。神経が通っていないのか、もしくは既にこの光の中にどろどろに溶けてしまったのか。カレー鍋の中で煮込まれていくジャガイモってこんな気分なんだろうな……と、感傷とも言えない想いに浸る。
――初めから、抗うつもりはなかった。
 最後にある記憶は帰り道の交差点。消える地面。見上げる白い格子模様。点滅する緑の光。
 “ながら”歩きをしていたのは自分の不注意だ。だから諦めなんて最初からついていたし、逆にこんな自分を轢いたせいで今後の人生を棒に振るだろうドライバーの方が気の毒に感じる。
――どうせ、大したことない人生だった。
 十余歳の分際で――と、偉い大人に怒られたとしても、今日この日までの人生が自分の全てで、精いっぱいであることに変わりはない。それを否定するつもりはないし、誰かに否定させるつもりもない。だが、そこまで胸を張れるものなのかと言われると、それも否定はできない。
――自分なりに精いっぱい生きてきた。
 自分が何者にもなれないことは、自分が一番よく知っている。何をやっても平凡。奇抜なセンスもなく、寝ても覚めても勉強漬けだった日々は、心から打ち込めるモノも与えることはしなかった。
――人と比べることは、とっくにやめた。
 中学受験の失敗を機に、両親は自分に期待することをやめた。だが、それよりも早く自分は自分に期待することをやめた。諦めたつもりはなかった。だけど、諦めなければすべてうまくいくのなら、そもそも自分のような人間はこの世にいない。期待するのをやめたら、同時に諦めることも楽になった。
――後悔はない。
 期待のない人生に後悔はない。きっとこの先、二度と暖かいご飯を食べることもない。ビニール袋の中の温度みたいに家の中は冷え切って、レンジで温めたくらいで元に戻るものではないことはよく分かっていた。毎朝、誰もいなくなった食卓の机に置かれた千円札が唯一の繋がりで、それ以上の事を自分も望みはしなかった。――本当に後悔はない?
 それを考えると嘘になる。来週稼働する予定のガンシューティングは久しぶりの正統後継機で、触ることができないのは本当に残念だ。今稼働しているバーションは、センター内ではTOPをマークしている。全国ランクになれば上には上がいるものだけど、それでも地元じゃまだ記録を塗り替えられてはいない。
――あそこには居場所があった。
 ある日、食事が喉に通らなくて、だけどそのまま財布に入れておくのも気が引けて、千円札を握り締めて入ったゲームセンター。その日の食事代は、たった30分で全部なくなった。
 千円と言えば学生にとってはそれなりのお金だからその呆気なさに驚きはしたけれど、残して遺恨が生まれるよりはいい、と食欲がない日はこうしてお金を捨てにゲームセンターへと立ち寄った。
――コインを入れれば、自分ではない誰かになれた。
 ゲームの中の自分は勇敢だ。危険な前線で命の危険を顧みずに戦ったり、実際は相当な訓練が必要であろうマシンを軽々乗りこなしたり。何もできず、逃げてばっかりの自分とは正反対の者ばかりだった。
 クレジット1つで、自分は彼らになれる。
 通い詰めるにつれて次第に腕が上がって来ると、はじめは30分で退店していた滞在時間が1時間、2時間と増えていく。それに比例して、他の誰でもない“自分の名前”がレコードリストを流れていく。学校の順位表に一度も出た事がない自分の名前が。
――初めて目にした生きた証だった。
 何者にもなれず、何もできない自分が認められる世界があった。だけど、次の日目にした時にはリストから自分の名前が消えていた。スコアが上書きされて、表示の外へ追いやられてしまった名前。再び取り戻すためにクレジットを放り込んだ。
 昨日のはこれまでで一番のハイスコア。それが塗り替えられた今、再び名を残すにはそれ以上の結果を示さなければならない。
――やってやろうじゃないか。
 初めて心が震えた。魂が燃えるというのはこういうのを言うんだろうなと、自虐的に考えたこともあるけれど、それを差し引いても自分が本気になったのを確かに感じていた。
 はじめのうちは自分の名前をレコードに残し続けるために。
 名前が載る機会が増えれば、それを目にした人間が次第に自分の周りに集まって来た。彼らとはセンターの中でしか会うことはないけれど、だけどそれは“誰かの中の自分”になれた瞬間でもあった。
 そうやって上達していくうちに、次第に見えてくるのはTOPレコードの座。そんな時、仲間の1人がこう言った。
――大会に出てみれば?
 誘われるがままに参加した大会――結果は惨敗。
 仲間達は笑って慰めてくれたけれど、はらわたが煮えくり返るほどに悔しい自分がそこにいた。負けることが当たり前だった自分が、負けることを悔しいと、恥ずかしいことだと理解した。
 その悔しさを払拭するにはどうしたらいい?
 答えは簡単だ――もっと強くなればいい。
 スコアを追い求める戦いは、いつしか対人戦による明確な勝敗を決めるための戦いへ。
 1人黙々とやっていたゲームは、仲間との切磋琢磨へ。
 自己満足を、他人に認められる自分へ――そうやって、“ランカー”リク・キヅカはここにいる。
――その名誉の喪失に後悔はないか。
 後悔は……ない、と思う。欲しかったのは名誉ではなく、自分がそこに居るという事実。証拠。証言。それは自分という存在があって初めて生まれるものだから、死んでしまったならそれまで。後悔してまで求めるものじゃない。
――本当に死んでいるのなら。
 光の中に浸りながら、ふとあふれ出る思考を止めた。
 自分は死んだのか――死んだんだろう――死んだと思う。
 秋葉原の交差点で意識を失うなんて、事故以外考えられない。
 考える――思えばずいぶんと考える時間があるものだなと、ふと我に返った。死後の世界への通り道にしては、ずいぶんと長い。いや、そもそもこれが死後の世界なのだろうか。
 だとしたら、こんな永遠に考え続けられるような地獄なんかじゃなくってスパッと意識を奪い去って欲しい。いや、これこそが結局何者にもなれなかった自分に対する地獄なのだろうか。“自分”は“自分”でしかない。“自分”独りで永遠に考え続け、“自分”と永遠に対話し続ける地獄――ずいぶんと酷なものを、閻魔様も考えるもの。
 
――だけど、もしもそうでないのなら。

――もしくは、生まれ変わることができるのなら。

 その時、自分はどうするだろう。何をして生きていくのだろう。
 またゲーセン通いも悪くない。今度はもっと早いうちから通い始めて、最年少ランカーとして名を馳せるのも良いだろう。
 だけど、そうだな。
 もしも、自分がキヅカ・リクのまま居ることができるなら――
 
 
 
――その時は等身大の自分のままで、誰かのための“キヅカ・リク”でありたいと願う。



――了。

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【ka0038/キヅカ・リク/男性/19歳/機導師】
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2018年04月12日

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