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『本当のことはいつだって意外 』
狼谷・優牙aa0131)&プレシア・レイニーフォードaa0131hero001
 狼谷・優牙がプレシア・レイニーフォードと出逢ったあの日。
 従魔による小学校襲撃の報を聞いて駆けつけてきた両親に、膝小僧に擦り傷があるだけの優牙がおどおど切り出した。
「えっと、あの、はぅっ。その、僕、らら、ライヴスリンカーに、なっちゃって。この子、僕の、え、英雄、なんだけど……」
 ライヴスリンカー――テレビ画面の向こうにしかいないと思っていた、世界を守るヒーロー! 信じられないよね。僕だって信じられないもの。でも。
 となりには金瞳という、常人ではありえない彩を見せるプレシアがいて。
「僕、プレシア・レイニーフォード! 優牙と契約した英雄だよ! よろしくねー♪」
 両親は一瞬とまどいはしたがすぐに優牙の無事を喜び、プレシアと握手して言った。「じゃあ今日からプレシア・レイニーフォード・狼谷だね」。
 優牙はひた隠しにはしてきたが、両親は息子がいじめられっこだと知っていたはずだ。どう救えばいいのかを悩んでもきたのだろう。だから。
 独りぼっちで戦い続けてきた優牙の初めての戦友を、全力で受け入れる。そう決めたのだと、後の優牙は悟ったものだが、ともあれ。
 狼谷家にはもうひとり子どもが増えて、優牙は無二の“兄弟”を得たのだ。

 事件から二週間が経ち、ようやく小学校の授業が再開した。
 いつものようにおどおど教室へ向かった優牙を待ち受けていたものは、嘲りや悪意ならぬ畏敬だった。
 積極的に話しかけてくる者はなかったが遠巻きに視線を寄せ、優牙がそちらを見れば逸らす。うーん、怖がられるわけじゃ、ないよね。
 ホームルームが始まり、皆が席につく。
 しかし席は全部埋まることなく、いくつか空いていて……それは優牙をいじめていた子たちが座っていた席で……
 僕には勇気がなくて、だからいじめられて。
 今だって勇気なんかないし、リンカーの力で世界を救うなんてできないけど、でも。
 僕はもう、誰かが助けてくれるのを神様に祈ったりしないから。そしていつか、誰かの祈りに応えてあげられるようになる――予定で、予定は未定、だけど。


「ん? なんか優牙、弱々なこと考えてるのだ?」
 電柱の影をわらわら行き交う蟻の列からはっと顔を上げたプレシアが、なにかの電波をキャッチして眉をひそめた。
 優牙といっしょに学校へ行くという案も出たのだが、それはプレシアが断った。
 バディだからといっていつもべったりいっしょではメリハリってやつがつかなくなる。いや、授業が全部体育なら行ってやってもよかったのだが、国語や算数という邪魔者がデカイ顔で居座っているらしいので却下、却下なんである。
 まあ、そんな感じなので、朝ご飯を食べてから昼ご飯を食べるまでの間は特にすることもなくて。だから今日みたいに天気のいい午前中は、好き勝手散歩など嗜んでいるわけだ。
「ありさんのすくつを突き止めるのだ」
 暇人ならではの気合で行列の行方を追いかけるプレシアだったが。
「おあー」
 進路をプレシアに塞がれたキジトラ猫が抗議の声をあげた。
「おー、にゃんこさんなのだ♪ いっしょにありさん追っかけるのだ!」
「にゃにゃ」
 なんとも渋い顔で唸る猫。気乗りしていないのが丸わかりだ。
「じゃあ、戦いごっことかして遊ぶ?」
「しゃぎゃ!」
 ガキにかまってる暇なんざねぇ! 言い捨てて塀の上に跳び乗り、駆け去っていく猫。テンション高い子どもは、猫族にとって天敵のようなもの。まともに相手をしてなどやるものか――そのはずだったのだが。
「追っかけっこなら負けないのだー♪」
 後ろには同じく塀に跳び乗ってきたプレシアがいて、ひまわりみたいな笑顔で追いかけてきた!
 塀から屋根へ、屋根から茂みへ、茂みから塀へ。猫はプレシアを撒こうと目まぐるしく駆け回る。
 しかしプレシアはぴたりと後ろに貼りつき、時には地形から次の猫の向かうだろうポイントを読んで先回り、逃さない。単純明快な元気娘なのは確かだが、このあたりはジャックポットの真骨頂というやつだろう。
「はっはっはっ。僕の勝ちなのだー」
 最後は息も絶え絶えに転がった猫を裏返し、その腹を存分にもふり倒すプレシアだった。


 ずっと視線に追いかけられ続けた学校がようやく終わり、優牙は家ならぬ裏山へと向かう。
 山と言っても標高20メートルほどの築山――ようは人の手で土を積んだもの――で、地元の名士が近隣住民に開放している私有地である。
「おーそーいー! 僕とベンキョー、どっちが大事なのだ!?」
「ええっ!?」
 待ち受けていたプレシアに、人類史上未だ誰ひとり解明に至っていない永遠の命題を突きつけられ、うろたえる優牙。そんなこと言われても、学校は学校だし、プレシアはプレシアだし。
 と。
 連絡用のスマホがコミュニケーションアプリへのメッセージ受信を告げ、優牙があわてて確かめてみれば。
 クラスの女子たちからの吹き出しメッセージが満載。学校じゃ話せなかったけど――優牙くんてさ――日曜日、遊びに――どれもみな好意的なというか、結構本気というかなんというか。
「……優牙、もてもて?」
「はぅ、そ、そんなこと、ないよぉ」
 のぞきこんでくるプレシアから画面を隠し、優牙は必死でごまかした。これじゃ、僕とオンナノコとどっちが大事ーって、また怒られちゃうよぉ!
「もてもて、いいね♪」
 プレシアはにかっと笑ってサムズアップを決める。
 あれ? え? そうなの? うろたえる優牙に何度もうなずいてみせ、プレシアは辺りを指さした。
「そういうことなら、にゃんこさんの犠牲もしょうがないのだ」
 言われて見れば、プレシアのまわりに何匹もの猫がぐったり横たわっていた。一様に腹の毛並みがぐしゃぐしゃで……いったいどれほどもふられればあんな風になるものか。
 ごめん。僕、別に寄り道とかしてないんだけど、僕のせいでこんなにもふられちゃったんだよね。
 優牙は猫を一匹ずつ抱え上げ、安全な場所へ避難させる。今度お詫びにカリカリとか持ってくるから。
 そして気合を入れなおしてプレシアへ向きなおり、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「よし! 始めるのだ!」
 プレシアはショートパンツのポケットから抜き出したオートマチックを優牙へ渡す。
 弾倉は空で、引き金を引いてもなにが撃ち出されることはない。
 でも、それよりもなによりも。
 銃は重いんだ。
 プレシアと出逢って以来、毎日手にしている銃。誰かを殺すために在るその重みは、優牙の手を引きずり落とし、顔をうつむかせようとする。
 この重さに負けない勇気を、僕は持たなくちゃ。
 弾が詰め込まれれば、銃はもっと重くなるだろう。空の銃になんて負けていられない。
 出逢った翌日、「訓練するのだ!」と言い出したプレシアに従ってきたのは、その思いがあればこそだ。
「じゃー最初はかけっこだー。僕についてこーい!」
 同じくオートマチックを手にしたプレシアが駆け出した。
 ふたりは手を入れて隙間を大きく空けた竹林を、銃を構えたままじぐざぐに駆け上り、駆け下りる。
 優牙の息が切れてからたっぷり10往復、ようやく駆け足を止めたプレシアが次の指示を出した。
「次はだーって転がってぴたーって狙ってぱーんって撃つ練習!」
 実のところ、プレシアは教えるのがうまくない。
 まだ子どもだからというのもあるのだろうが、見たままの感覚派だから。
「それ、だーっじゃないのだ! だーっでぴたーっでぱーんだってばー!」
 そのくせ、超厳しい。
 いや、わかっている。戦場でゆっくり狙って撃つなんてこと、そうそうできるはずがないし、動きながら狙って当てられなければ自分が傷つけられるだけ。
 優牙は地面に転がり、銃口をぶらさないよう両手でグリップを押さえつけてカチリ、引き金を引いた。
 僕が怪我したらプレシアも痛いんだ。それはすごく、やだから。
 運動はもともと得意ではないから、訓練も人よりうまくできていないのはわかっている。それでも必死で食い下がっているのは、自分じゃない誰かが傷つくのを見たくないからだ。弱い心が吐き出す甘ったるい願いなのかもしれないが、それでも。
「もっとどがーって突っ込むのだー! くっついて撃ったら外れないしね!」
 プレシアはあんまりいろんなこと考えてないみたいだけど……。

 そして抜き撃ちや弾倉交換の練習を経て、かっこいいガンカタのやりかたに脱線、プレシアとの模擬戦――互いに竹林を駆け回って狙い合い、「ぱーん!」の口鉄砲で応酬する――を終えて、ようやく今日の戦闘訓練は終了した。


「ただいま……」
「ただいまなのだ!」
 優牙がくすんだ声で、プレシアが元気いっぱい帰宅を告げれば、迎えに出てきてくれた母親が苦笑する。
「そのままお風呂に直行ね」
 泥々に汚れたふたりの姿はすでに見慣れたものだ。ライヴスリンカーがどういうものかはよく知らなくても、ふたりががんばっていることは誰より知っているから、あえてなにをしてきたのか訊かずにもっとも重要なことを質問した。
「今日の夕ご飯、なにが食べたい?」
「お肉ーっ♪」
 その脇をよろよろすり抜け、優牙は風呂場へ向かう。
「僕、先に入るね」
 とにかく疲れていた。順番を待っているとそのまま寝てしまいそうだし、プレシアはまだまだ元気そうだから大丈夫だろう。

 体の泥をこすり落とすと、下に隠れていた擦り傷がひりっと痛む。我慢して頭を洗い、やっとの思いで湯船に浸かった。
「あー」
 熱い湯が心身に染みて、自然に声が出た。眠い――いけない。倒れるならちゃんと体を洗いなおして、着替えてからだ。
 と、ようやく優牙が重い体を湯から引き上げた、そのとき。
「おじゃまするのだー」
 いきなり入ってきたプレシアに目の前を塞がれた。
「ぷ、プレシア? 僕が出るまで待っててよぉ」
「そんなヒマないのだ! 生き馬の目とか抜かれちゃうのが世の中だー」
 よくわからないことを言いながら踏み込んでくるプレシア。もちろんその腰にタオルを巻いてなどいない。豪快なまでに“まっぱ”である。
 まあ、男同士だからいいけど。
「――おとこ、どうし?」
 あれ?
 あれがあれで、あれがない。男の子のはずのプレシアに“男の子”が見当たらない!
「あの、ま、まさか、はさんでるとか?」
「なにをはさむのだ?」
「なにって! なな、ナニか!」
「なに言ってるのだ? へんなやつー」
 あっはっは。勝手に壁際へ後じさっていく優牙を押し込む形で、プレシアは洗い場のイスに腰を下ろし。
「優牙、そこにいたら鏡見えないのだ――あや、かわいい象さんがいるのだ?」
 はうううううううううう!!
 果たして、ベストポジションからナニかを直視された優牙の絶叫轟き。
「おー、ちょっとお鼻伸びたのだ」
 プレシアの無慈悲なコメントが追い打ちして。
「ちょ、あの、はぅ、見ないでぇ!」
 どばしゃー。優牙は足をすべらせて湯船に墜落した……。


 夕食後、子ども部屋へ戻った優牙はプレシアに「座って」。
「象さんの秘密が明かされるのか?」
「明かされないよ!?」
 わーっとプレシアの言葉をかき消し、優牙は深呼吸で自分を無理矢理落ち着かせた。
「プレシア、その……女の子、だったんだね」
 平たい胸を張り、プレシアはうなずく。
「女の子なのだ!」
 ただそれだけのことなのに、見てはいけないものを見ているようで、優牙は思わず目を逸らしてしまった。
「? 優牙、お話するときはちゃんと僕の顔見なきゃだよ」
 顔だけならいいけど、今すっごく意識しちゃってるから!
 頑なに顔をそむける優牙。
 プレシアはむぅと頬を膨らませ、いきなり立ち上がった。
「ちゃんと見るのだ!」
「やめっ」
 プレシアに組みつかれた優牙はとっさに抵抗する。たった二週間だけど、二週間前の僕より強くなってるんだから!
「甘いのだ」
 あっさり転がされ、組み敷かれる。それはそうだ。プレシアは二週間前から今の優牙よりずっと強かったのだから。
 プレシアが、優牙の顔をまっすぐ見下ろす。
「僕はプレシア。優牙は優牙。ちがう?」
「……ちがわない」
 女の子みたいだといじめられていた優牙が男の子であるように、男の子みたいなプレシアが女の子だった。それだけのこと。
「プレシアはプレシア、だよね」
 満足そうにうなずくプレシア。
 でも、一向に優牙の上から動かなくて。
「あの、そろそろ、どいてくれる?」
「だめなのだ。優牙が象さんの秘密をお話するまで、僕は絶対どかないのだ」
「ふぇ! あ、ちょっとそこは、そこはぁ〜っ!」
 はうううううううううう!!
 窓を突き抜けた絶叫が星空に溶け消えていく。
 優牙の安らかな夜は、まだまだ遠いようだった。


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【狼谷・優牙(aa0131) / 男性 / 10歳 / アバタイト】
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2018年04月13日

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