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『注意事項はちゃんと読みましょう。 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 その日。

 別世界より異空間転移してこの東京に訪れた紫の翼をもつ竜族にして、この世界では人間の姿を取り魔法薬屋を営んでいるシリューナ・リュクテイアは。
 同族にして魔法の弟子でもある――妹のように可愛がってもいるファルス・ティレイラを連れて、とある豪華ホテルを訪れていた。

 そう、これは日常の疲れを癒す為の「姉妹」の優雅な休暇――と言いたいところだが、当のホテルの支配人からの依頼を受けて、その為に出向いたと言うのが本当のところである。…まぁ、報酬がてらその依頼が済んだら――と言うか依頼の合間の小休止時にもだが――客室を使ってくれていい、と言う話にもなっているのだが。
 そんな訳で、まずはなかなかに居心地のいい高級スイートルームに二人は通された。そこで、持参していた手荷物をざっと片付けてから――早速、肝心の依頼の方に取り掛かる事になる。

 依頼の内容は――ホテル内の魔法的な感応調査。それも、他のお客様が寛ぐのに差し障らないよう、目立たないように行う、と言うのが最優先事項。
 つまり、調査自体を半分客のような恰好でやる事を望まれている訳である。

 実地での調査自体は、手分けして行う。…そもそもホテルと言う場所自体が広いのでそう簡単に終わらないし、シリューナとティレイラの二人が一緒に連れ立って回るのでは効率が悪い。そして調査自体は魔法を扱うのを旨とする魔力持ちでさえあれば特に難しいものでもない――となれば、二手に分かれるのは自然の成り行きである。
 取り敢えずホテルの見取り図とにらめっこの上、お互い回り易いよう、担当の区画を決める。それからざっと時間も区切り、区切っただけの時間が経ったら――「何処まで済んだか」の擦り合わせと、役得でもある「小休止」を挟む為に客室に戻って合流する事も決めた。

 そして今度こそ本当に、依頼された調査に取り掛かる。



「んー…よし、ここは問題なし!」

 うん、と勢いよく頷きつつ、ティレイラはたった今『視た』区画の調査結果を手元の見取り図に書き込む。…まぁ問題が無ければちょこっとチェックを付けるだけとも言うのだが。…ちなみに何故こんな調査が必要とされたのかと言うと、立地の関係でこの場所の先住者である元素――に関わる精霊の活性が様々変動する事があり、その活性の偏重具合によってホテル側でも色々と対応する必要が出てくるとかで…まぁ何やかんやと難しい事は言われたが、要するにティレイラとシリューナがやる事と言えば場の精霊がどのくらい騒いでいるかはたまた特に何もなく静かなままか――場所毎に様子を『視て』来てくれと言うだけの話である。

 ともあれ、今の時点ではティレイラの調査は順調そのもの。見取り図上のチェックが増える毎に、まだまだ頑張るぞ〜! とやる気がどんどん満ちて来る。見取り図上の、自分に割り当てられた区画分の空欄を見る。次の区画は――お風呂場。大浴場。確か、お湯は温泉が引かれているとも聞いている――おおお、と個人的にも興味が湧く。
 時間も確認。時計も見る――まだ、次の小休止までの時間はある。休み時間になったらお姉さまも誘って入りに来よう♪ と思う。
 …でも今はまだ依頼のお仕事の時間だから頑張らなくちゃ、と思い直す。とは言え当の区画――脱衣所に入って折角のお風呂を前にすると、入りたいなーと言う気分もまた大きくなってくる。でも依頼のお仕事が先――と見取り図を持ったまま脱衣所を通り越しお風呂場に入ろうとして、ふと足を止めた。

 お風呂場でこの恰好のままって、ちょっと変なような。
 そう、お風呂場なんだから、お風呂に入る時の恰好で居た方が自然だよね? と思う。

 決して、言い訳では無い。
 …だって、目立たないように、他のお客さんから見て不自然じゃないように調査をする為に、私とお姉さまがここに来て依頼を受けている訳なんだから。

 だから。



 お風呂場に入るなら、お風呂場らしい恰好で居るべき。

 そう思い、脱衣所で服を脱いで――いそいそとバスタオルだけを体に巻いて、いざ依頼の調査に向かう。…決して、広いお風呂でゆっくりしてしまおうと言うつもりは無い。あくまでお風呂場に居て不自然で無いような恰好で居る為であって、あくまで調査の為なのだ。…見取り図を持ち込んでないのも、その為だ。

 うん、と自分にそう言い聞かせつつ、ティレイラは当のお風呂場にて調査を開始する。

 注意して『視る』のは元素系精霊の活性不活性の具合。…お風呂場だから、水属性が主で、温泉だからか――火属性や土属性もやや混じって偏在しているようでもある。
 ほんの少し、騒がしくなっているような気もする。…今すぐ何かが起こる、程の事は無いだろうが、取り敢えず要注意としておいた方がいい程度かもしれない。
 そう判断すると、ティレイラはそのまま脱衣場に戻ろうとする――するだけはするが。

 …ここまで入って来ておきながら、湯船に入らないのって変じゃないかな、と足が止まる。
 と言うか、今の自分の恰好が裸にバスタオルを巻いているだけなので、幾ら空調が確り効いていると言えども…何となく、ちょっと肌寒い気がしてしまうのだ。





 …。





 ちょっとくらい、いいよね?



 湯船に入るならまず身体を洗ってから、がマナー。ティレイラも勿論それは承知。なので、石鹸と言うかボディーソープと言うか、まずはそれを探す――否、探すまでもなく、御自由にお使い下さい、な使い切りのセットが脱衣所に用意されているとの案内表示がある事にすぐに気付いた。
 で、一旦脱衣所に戻ってそれらを拝借すると、またお風呂場の方に戻る。そして開封したセットからこれまたホテルのグレード通りに高級そうでいい匂いのする石鹸を取り出して、使わせて貰う事にした。

 が。

 取り出そうとしたそこで、その石鹸を手の中で弾くような形でうっかり取り落としてしまう。場所がお風呂場と言う事で、フロアはしっとりともしている訳で――その落っこちた石鹸はフロアのタイルをするんと滑って移動してしまった。咄嗟に拾おうとするがまたつるんと滑って取れず、わわわ、と少し慌ててティレイラは石鹸を追い掛ける――ティレイラの意識が殆ど全部、石鹸の方に向いた。

 途端。

 自分の足元の方が疎かになり、ティレイラは滑って思い切りすっ転ぶ。わわわわわと慌ててバランスを取ろうと咄嗟に紫竜の翼と尻尾を――ついでに角も――出すが、そんな咄嗟に風に乗ってバランスが取れる程の高度じゃない。間に合わない――反射的にタイルにぶつかる衝撃に備え、ぎゅっと目を瞑る。

 の、だが。

 想像していたような衝撃は、来なかった。
 が、代わりに何やら、妙に狭い場所に押し込められているような感じがした。思ったように手足が――翼や尻尾も、何故か伸ばせない。
 あれ、どうなったんだ? と頭上に疑問符浮かべつつ、ティレイラは今の自分の状況を確認する。…まず、何故か空中に浮いている。それはティレイラは竜の翼を以って飛翔する事は出来るが、今は自発的に飛んでいる訳では無い(と言うかそもそも翼を羽ばたかせられる状況に無い)。ならどうなっているのか――と更に辺りを見回し、確認してみる。

 …自分が巨大なシャボン玉――のような球体の中に居る事がすぐにわかった。

 ええええ!? と思う。取り敢えず、狭い場所に押し込められているような窮屈な感じ、がする理由はわかったが、シャボン玉なら割ればいいだけじゃないかと思い、えい、とばかりに内側から割ろうと試みる。手足を思い切り張ってみたり、膜をべしべし叩いてみたり、爪を立ててみたり――それこそ頭に生えた尖った角で突いてみたりと色々やってみるが、何故か割れない。
 …ここに至り、これ魔法の膜だ…! とやっと気付いた。より、焦燥が増す。絶対にやりたくなかった「失敗」の二文字が脳裏に過ぎる。さーっと血の気が引く。早く何とかしなきゃと球体の中で色々奮闘するが――何をやっても、精々で球体自体がふよふよとタイルの上を跳ねるくらいの影響しかない。

 ど、どうしよう、これ…!



 ふぅ、と軽く息を吐きつつ、ひと仕事終えてきたシリューナは時間を確かめる。

 初めに通された小休止用の――そして同時に役得として用意されていた場所でもある客室で「純然たるお客様」よろしく寛ぎつつ、ティレイラが戻ってくるのを待っている。
 …もう、示し合わせていた時間が過ぎて随分経つ。
 それでもティレイラは戻って来ない。

 何かあったんだろうか、と思う。
 まぁ、今日の依頼の内容からして、そうそう何かあるとは思えないのだけれど。

 それでも、可愛いティレが戻って来ない事は確かである。



 いいかげん気になったので、シリューナはティレイラを捜しに出る事にした。見取り図を見、調査がティレイラの割り当てになった場所――ティレイラが向かった筈の場所を順繰りに巡り、ティレイラの姿を捜す。
 そして辿り着いたのが、大浴場。
 中へ入って――その姿を認めた時点で、はぁ、と盛大な溜息。

「…ティレ」
『お、お姉さまぁっ〜!!』

 いったい何をやっているのかと呆れる。人一人入れる程度の巨大なシャボン玉――の中に窮屈そうにぎゅうぎゅうに押し込められているのが、捜していた当のティレイラだった。殆ど身動き取れないのだろうその状態のまま、頼りなくほよんほよんと俄かに弾むようにして転がっている。
 シャボン玉の中のティレイラはと言うと、シリューナを認めた途端、うわぁあああんと安心したように泣き出してしまう。…つまり何かやらかして閉じ込められてしまい、自分だけでは如何ともし難い状況だった、と言う事なのだろうが――とそこまで考えて、シリューナはホテルのパンフレットに書かれていた事を思い出す。

 大浴場やプールサイドでは転倒時の安全確保の為に、特殊な術式が敷いてある旨。
 …つまり必然的に滑り易く転び易いだろう場所に於いては、転んだ時に頭を打ったり怪我をしないように、魔法的術式でのエアバッグ――のようなものが用意されていると言う事だ。
 そして解除の方法は、「自分がもう安全だと認識する」、だけの事だとも。…逆を言うなら、その設定されたキーを入力しなければ、そう簡単には解除されない。
 即ち、解除するのに魔力や魔法的素養すら必要では無い。…必要なのは事前に施設の注意事項を確かめておくだけの事である。パンフレットの熟読で事足りる。

「…」
『お姉さまっ、お願いです助けて下さい〜!!』

 ティレイラは、その注意事項を忘れているのかそもそも読んでいないのか、どちらにしても全く気付く様子が無い。…まぁ、普段封印魔法の対象にされ遊ばれているから、このシャボン玉状況に却って危機感が煽られてしまったと言う弊害もあるのかもしれないが。
 どちらにしても、拍子抜けするしかない事態である。

 ひとまず、シリューナは嘆き喚くティレイラの入ったシャボン玉を、とん、とビーチボールのような扱いで軽く突付いてみる。突いた勢いのままぽよんと弾み、何するんですかああ助けて下さいいぃ、とまたティレイラが半泣きで騒ぎ出す。その様子を眺めつつ、シリューナはまたティレイラ入りのシャボン玉に近付いたかと思うと、今度は毬のように――と言うか緩ーくバスケットボールでドリブルをするかのように、ぽーんぽーんとつき始めた。
 その振動に合わせて、うにゃああああ、とティレイラが騒ぎ出す。勘弁して下さいお姉さまああと声を上げつつ、シャボン玉の中でじたばた。
 その様を見て、シリューナは相変わらず無言。

 やがて、ぎゅー、とバランスボールにでも乗っかるようにして、シリューナはティレイラ入りのシャボン玉に寄り掛かる。だからなんで何も言ってくれないんですか! 助けてくれないんですかあ! とティレイラはまだ騒いでいる。…その様はまぁ、いつも通りに可愛い事は可愛いのだが。
 やっぱり、ティレイラはシャボン玉の解除方法に思い至った様子が無い。となればさすがに、そろそろ自力で辿り着くのは無理か、と思う。
 だが、何と言うか…シリューナとしては、今回の件のお仕置きがてらもう少し、今のまま弄って遊んでやろうかと言う気になっている。

 …さて、いつ解除方法を教えてやるべきか。



 教訓:注意事項はちゃんと読みましょう。

【了】



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 紫の翼を持つ竜族な御二人にはいつもお世話になっております。
 今回も発注有難う御座いました。
 そして最早毎度の如くになってしまっているのですが(汗)、またもお渡しが遅くなってしまっております。大変お待たせ致しました。

 内容についてですが、こんな形になりました。
 プレイングからすると依頼はティレイラ様の方にあって、シリューナ様の方が付き添いみたいな感じか? とも読み取れる気はしましたが、二人に依頼があって、客に交じる形で目立たないよう依頼をこなしてくれという要望があった的な流れにしてみました。
 元のピンナップがお風呂場な感じだったので、シャボン玉についてもこんな理由にしてみたり。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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東京怪談
2018年04月16日

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