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『【死合】嘘と呪 』
柳生 楓aa3403
 シベリア。
 固い雪を押し詰められた大地はゆるやかな起伏を描き、剥き出しの日ざしを照り返して柳生 楓の碧眼を灼く。
 一年半前、私はこの雪原に最初の一歩を踏み入れた。
 そして今、最後の一歩を踏み出す。
 その魂のすべてをもって狼を騙る白アヒルを運命の軛から解放し、共に生きるがため。
 あのときと同じ「無音」のルールを敷かれたこの場では、なにを叫んだとて伝えることなどできはしないが。
 私の心のすべてをもって、あなたの嘘を――狼の皮を、斬り剥いでみせます。
 楓がただひとつの思いをもって向かい風を押し割り、歩を進めた、そのとき。
 冷えた空気が歪み、音にならぬ悲鳴をあげる。
 ああ、見るまでもない。楓は“救済之輝”の銘を与えたレアメタルシールドを掲げ、裏から体で押し込みつつ踏んばった。
 果たして。盾の上部をこすって飛び去った12・7mm弾が、前へ倒し込んだはずの重心を浮き上がらせる。
 バランスを崩した楓は一歩、二歩と後じさり、左足を雪に突き立てて停止、凜然と引き締めた面を前へ向けた。
 ライヴス式アンチマテリアルライフル“ラスコヴィーチェ”によるヘッドショット。まちがいない、これはリュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチの狙撃だ。
 リュミドラさんのメッセージ、受け取りましたよ。
 テレポートショットならぬ通常射撃で撃ち込まれた弾は告げる。あたしはここだ。
 駆け出した楓を迎え撃つ大口径弾。リズムを変え、角度を変え、襲い来る銃撃を、楓は盾で受け止め続け、いなし続け、駆け続ける。
 これは試験。リュミドラさんの前に立つ資格があるかを試すもの。
 楓は奥歯を噛み締め、口の端を不敵に吊り上げた。
 聖女を気取るつもりなんてありませんから! 卑怯未練に這い寄ります!
“救済之輝”を飾る天使の羽はすでに、これまで受けてきた弾によって削られ、へし折られていた。しかし、主たる志狼の覚悟を映して輝く盾は揺るがず、楓を護り、導く。
 一歩、一歩、一歩一歩一歩。
 刻むごとに、近づく。
 鋼の宿縁結びし敵――嘘の皮を被った白アヒルへ。
 そして。
 相対した。

 来たな、楓。
“ラスコヴィーチェ”を構えたリュミドラが、白面に薄笑みを刻む。
 来ましたよ、リュミドラさん。
 レーヴァテイン“断罪之焔”を抜き放ち、楓が腰を据えて身構えた。
 やっとおまえと縁が切れるな。
“ラスコヴィーチェ”が静かに振れて12・7mm弾を吐き出せば、楓の視界は歪み、裂け、爆ぜる。
 無機質であるはずの世界を殺しながら飛び来る弾に、楓は自ら踏み出して。寝かせた盾を下から肩でかち上げた。心眼による見切り――30秒間の絶対射撃防御である。
 弾の回転が盾の表面を削り、天使の羽をもぎ取って去く。それを見送ることなく、楓はさらに進む。
 やっとあなたの嘘を断てます。
 リュミドラの眼前で前に出した左足を踏み止めれば、前進力と慣性力が反動へと変じ、薙がれた“断罪之焔”の遠心力をさらに加速した。
 息を吹き抜いたリュミドラは刃を脇腹で受け、そのまま自身をスライドさせる。こちらは敵の攻撃を最小限のダメージで切り抜ける呼吸法だ。
 リュミドラはそこから足をたぐってサイドステップ。楓の脇に回って前蹴りを放つ。威力を捨てて迅さを実現し、相手の動きを止めるための一撃。
 対して楓もまた薙いだ剣を止めず、そのスイングに乗せて体を回転させた。リュミドラの蹴りを青きバトルドレスの裾で絡め取り、一気に引き倒しにかかる。
 意図を察したリュミドラが“ラスコヴィーチェ”を撃ち込んだ。
 心眼に守られた楓は盾でこれを受けるが――両足が固定され、追撃に移れない。
 リュミドラはすかさずその盾にライフルのストックを打ちつけて反動をつけ、捕らわれかけた蹴り足を引き抜いた。
 は! あたしの牙は銃だけじゃないんだよ!
 盾の縁に指をかけ、リュミドラが跳んだ。左腕にその脚が絡みつき、手首を、肘を、肩を、綺麗な手順を重ねてひねりあげていく。これまでの戦いで見せることのなかった飛びつき腕十字固め……ヒョルド直伝の軍隊格闘技である。
 あなたが強いことなんて、ほかの誰より知っています。その私が傷つくことを恐れるなんて思いますか?
 楓はためらうことなく“救済之輝”を手放した。それが雪に落ちるより速く自らの体を投げ出し、関節の向きを変えながら前転。極められるのを避けつつ、剣の柄頭をリュミドラの首筋へ突き落とした。
 リョミドラが反射的にこわばり、動きを止めた。結果、今なお動き続ける楓の体と距離が開き……これでは、柄頭ではなく刃を突き下ろす間合を与えてしまう。
 ち! 楓の腕から我が身を振り落としたリュミドラが雪を転がり、追ってきた“断罪之焔”の切っ先を避けて距離を取った。
 覚悟はしてるってことか……!
 立ち上がったリュミドラは、雪に突き立てたライフルのストックを蹴り上げ、さらなる楓の突きを払う。
 払われた剣先を振り戻し、12・7mm弾を斬り飛ばした楓は体を深く沈み込ませて左フックをやり過ごし。
 覚悟なんて、あなたと出逢ったあの日から決めていますよ。
 左腕がうまく動かない。おそらくは靱帯がちぎれかけているのだろう。しかし、少しでも動くなら使い道はあるからかまわない。たとえば。
 左手ですくい上げた盾をリュミドラに放る。
 当然のごとく12・7mm弾が盾を撃ち、大きく弾き飛ばしたが、それで充分だ。強く踏み込み、渾身の一閃を振り下ろすには。
 ギヂッ! 刃の鋼が銃身の鋼に食らいつき、わずか1ミリ潜り込んだ。
 あなたがあなたを偽るためにすがったその牙を、私の志の爪で断ちます――!
 右腕に体重と膂力、そして思いのすべてをかけて、楓は刃を引き下ろす。
“ラスコヴィーチェ”に刻まれた傷が、ミクロン単位でじりじりその深さを増していく。
 私はあなたを救いたい。それはきっと、あなたに私が救われたいから。
 なぜでしょうね。恋しても愛してもいないはずのあなたを、これほどまでに想うのは。
 いえ、わけなんてないんでしょうね。
 宿縁というものは、そうしたものなんでしょうから。
 楓が所属する小隊の長、その契約主がよく口にするフレーズを思い、楓は笑んだ。
 ィン。ついに両断された“ラスコヴィーチェ”の向こうに見えた、リュミドラの笑みを見下ろして。
 不思議だな、楓。いや、不思議じゃないんだろう。あたしがあたしでいたいのと同じで、おまえはおまえでいたいんだ。似てるんだな、有り様ってやつが。でも。
 あたしでいたいあたしは、おまえでいたいおまえより必死なんだよ。
 ここに来るまで、あたしは欲しくてたまらなかったものをたくさん失くして、それでもすがりついて、引き留めた。だから。
 あたしは狼でいなくちゃいけないんだよ。
 半ばから斬り折られた銃身を楓の腹へ突きつけ、リュミドラは言った。
 あたしは最期まで狼として生きて、それまでついてきた嘘の罪を背負って逝くべき獄へ落ちるだけだ!
 引き絞られたトリガーがリュミドラの鬼気をライヴスに変え、12・7mm弾へ点火した。
 充分な回転を与えられなかった弾はそれでも楓のドレスを突き破り、その肉を、臓腑をかき回して突き抜けて。
 楓は崩れ落ちてリュミドラへかぶさった。

 逝くのか。
 音なき世界でリュミドラが問うた。
 そうですね。残念、ですけど。
 音なき世界で楓が応えた。
 震える唇を寄せ、最期の音を絞り出す。
「私の分まで、生きてください」
 リュミドラは熱を失くした楓を抱え、楓の残したやさしき呪いを胸に、ただただ途方に暮れた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【柳生 楓(aa3403) / 女性 / 18歳 / 志狼】
【リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチ / 女性 / 16歳 / 白狼(NPC)】
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2018年04月16日

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