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『隠 ―はじまり― 』
御子神 藍jb8679)&夕貴 周jb8699


 藍ちゃん。

 あなたが笑顔なら、僕の心は安らぐ。
 あなたが幸せなら、僕の心は満たされる。

 あなたが自分に迷わず、“あなた自身”で在ることが出来るのなら――



 ……――“俺”は。




 此の現世は、九泉への下り道。










 ごく普通の村に生まれた、番いなる子ら。
 身寄る者もおらず、息を繋ぐ日々。

 一人は幼き、双子の姉。

 海の底の髪。
 青の底の瞳。
 和肌に咲く雪。
 身体に咲く患。

 愛(めぐ)し名を――藍(jb8679)

 ごく普通の風姿ではない、異形なる子ら。
 親寄る者もおらず、命を繋ぐ日々。

 一人は幼き、双子の弟。

 灰に翳む髪。
 碧に翳む瞳。
 見集み凪ぐ嗤。
 見隠し凪ぐ笑。

 妙(くは)し名を――周(jb8699)

 後ろ指を指され、石を投げられ、疎まれ、蔑まされた。
 だから。
 売られる前に、捨てられる前に、殺される前に――



「逃げよう、藍ちゃん」



 護りたかった。





 月無の夜。
 刻は暁。

 吐息すら白く凍り、土砂の霜が素足を刺す。

「藍ちゃん、僕の背中に」
「え……? う、ううん、いいよ」
「胸、苦しいんでしょう? 呼吸で分かります。ほら、早く」
「でも……」
「誰かが追いかけてきているかもしれない。捕まったら僕達は離れ離れになりますよ。それでもいいんですか?」
「やっ、やだ! あーちゃんと離れるなんて絶対にいやだよ! 怖いこと言わないで……傍に、いて」
「いますよ。僕はちゃんと、あなたの傍にいる。……ほら、のって」

 背中から伝わってくる、弱々しい鼓動。

「ありがとう、あーちゃん」

 耳に触れたのは、安堵の吐息。
 真一文字を結んだのは――偽る唇。

「(……追手なんて、来ているはずがない)」

 頬を撫でてきた海の絹髪から、花の香りがした。

「(僕達は、忌み子なのだから)」



 からから。
 からから。



 冥い坂を、空っぽの瓶が嘲笑うように転がっていく。

 落ちていく。
 堕ちていく。

 あの先には、何が広がっているのだろう。
 あの先には、何が待ち受けているのだろう。

 例え、相応しい地獄に巡り会えたとしても――



「(どうせ……瓶の中身が満たされることなんて、ないんだろうな)」



 彷徨ったのち、朽ちるのだろう。










 如何に、歩いたであろうか。

 当ても無く、只。
 当ても無く、唯。

 深く闇い森は、大口を開けて双子を喰らった。眩暈へと繋がる光が渦を巻き、そして――……





 再び目を開けた時には、別の場所にいた。

 夢から覚めた時のような、朦朧たる沼へ沈んだかのような、そんな感覚であった。
 しかし、そんな海と灰の朧さを、五感が貫く。

 穏やかに溢れゆく“色”。
 柔らかく降り注ぐ“雨”。
 清らかに響き渡る“音”。

 それはまるで、うららな春の下の――“永遠”。

「何なんだ……此処は……。僕達は常夜にでも来てしまったのか……?」
「……ううん。違うよ、あーちゃん。こんな綺麗な世界なんだもの、常夜のはずない。むしろ……」

 名として、在るとするならば――



「桜の、常世……」



 幾千もの桜から舞う花弁が、譫言のように呟いた周の音を攫っていく。

 花桜の雪が、葉屑の付いた髪や肌を洗っていく。
 散り敷かれた薄紅の泡が、泥と血に塗れた足先を優しく包んでいく。
 浄妙たる淡い芳香が、曇った心をしめやかに撫でていく――。

 惜しげも無く散り、又、咲き誇る、桜。

 藍と周は対照的な面差しで、桜花の空を仰いでいた。
 その時、



「――おや?」



 竪琴にでも合いそうな声音が、僅かな慮外を帯びて降ってきた。
 頭上を見上げる前に、二人は思わず目を瞑る。颯と風が吹いたからだ。

 薄らと開けた双眸の先――花吹雪に彩られる世界で、一人の男が佇んでいた。

「招き入れた覚えはないが……ふむ、桜が隠したかな?」

 艶な濡烏の髪。
 雅な翡翠の瞳。
 耽溺に浮く謳。
 欠如に浮く詩。

 男が着流す黒地の着物に、桜の雪が儚い色を差していた。

 用心に欠ける姉を護る為、周は咄嗟に彼女の前へ出る。
 しかし。

「あーちゃん……?」
「……。……藍ちゃんは僕の後ろにいて」

 それだけが理由ではないような気がした。

「(気持ち悪いな)」

 名状し難い念を抑圧しながら、周は眼前の男へ向けて警戒心の棘を張る。
 そして、何者か、と、問うた。

「ふむ……どう告げれば君達に伝わるのだろうか。そうだな……ヒトの世界では、こう呼ばれているのかな。“神隠しを起こす、万年桜の鬼”――と」

 男が浮かべた微笑みに、桜の漣が呼応する。

「神隠し……鬼……」

 それは、前に村で耳にしたことのある、くだらない法螺話。
 年寄りの、程度の低い妄想。

 ――の、はずだった。

 周は、男が発した言の葉を反復しながら、その語りに疑念を持てなかった。

 禍いをもたらすような妖艶さは、正しく“鬼”。
 反面。
 尊さを示すような影向さは、正しく――



「桜のひと、は……かみさま……?」



 少女の鈴声に、無垢な想望が宿っていた。

 しかし、鬼からの返答は無い。
 代わりに言い渡されたのは、ささやかな“拒絶”。

「此処は君達が来るような処ではないよ。さあ、見逃してあげるから、お家へお帰り」



 ――それは、当ての無い逃亡のはずだった。
 だが、何処か、心の片隅で縋っていたのだろうか。

 妄想に見た、一縷の望みに。





「……僕達を、隠してくれませんか?」

 口を衝いて出たその言葉に最も驚いたのは、周自身だった。




 桜降りしきる、道のない路。
 導かれたのは、春霞な下でひっそりと佇む、黒塗りの拝殿。

 藍が名を尋ねると、桜杜の鬼は――流架(jz0111)、そう名乗った。そして、二人に必要なものを与えた。

 着物。
 食事。
 寝床――。

 鬼は、此処に居ていい、とは言わなかった。しかし、出ていけ、とも言わなかった。

 ひとつの宣告を除いて――。

「杜を拠り所にする限り、人としての生を終えることは出来なくなる。よく考えた上で、好きにしなさい。……暫くの間は、ね」

 それは、此の世界で“隠れて”いる限り、人ならざる者になっていくということ。
 だが、顧みても二人にゆくあてなどない。

 幼い姉弟は視線を交わす。――“今”の答えは決まっていた。





 天真爛漫で懐こい藍は、すぐに鬼を慕った。
 鬼が移動する度に後へ付いていき、素気ない態度をとられてもめげず、何時も彼に笑いかけていた。

 物静かだが気強い周は、事ある毎に鬼と口論をしていた。
 病弱な姉が息を切らせて彼の背中を追うのも、大切な姉が彼の横顔を見つめるのも、気持ちに合わなかったからだ。

 反面――彼に惹かれていたのも又、事実であった。

 鬼は、履物のない周達に下駄を用意してくれた。
 藍には、白鼻緒に桜を彩った赤塗りを。
 周には、赤鼻緒に波を彩った黒塗りを。

 赤な足先で花弁と戯れる藍は、外界(そと)では見せたことがないくらい、よく笑った。

 藍が病に伏せれば、薬を煎じてくれた。
 夕餉に何が食べたい、と聞かれたから、何とはなしに稲荷寿司と返答したら、色豊かな太巻き寿司と一緒に食卓の上に出てきた。
 悪夢を見た時は、揺籃歌を歌ってくれた。
 周の心の内に時折現れる“葛藤”には、心無い提言を浴びせてきた。立腹しながら反言すると、鬼は黙して微笑んだ。――何時の間にか、胸がすいていた。

 風のように気まぐれだが、隠桜(おに)の美しさは変わらない――。

 だからこそ、双子は鬼を愛した。
 鬼も、双子を慈しんだ。





 月日は経ち。
 姉は月の光のように、弟は夜の花のように、美しく成長していた。

 ――ある日。

 鬼は御伽噺を読み聞かせるかのように、二人へ告げた。

「君達は近いうちに、子供でなくなる。だから、俺がこれから言うことをよくお聞き。



 節目となる成人を迎えたら、君達に淘汰を課す。
 杜を出て行くか。
 杜に留まるかを、ね」

 それは、

「人として生きるか、鬼として生きるか――自らの生き方を決しなさい。それが出来なければ、俺は君達を喰らわなければならない」

 ――この世界の掟。

「懸案が許されるのは、子供までだ」

 わかっていた。
 不自由のない幸せは、永遠には続かないということを。

 世界は何時だって不確定だ。

 そうして姉弟は、成人を迎えた。





 黒繻子に咲く、桜月夜。

 無防備であどけない寝顔の藍を寝床に残し、周は下駄を鳴らす。

 胸の内は、降り積もった雪のように静かだった。
 だが、夜風に乱舞する桜の花弁は、何処か、歪な意志をさざめかせていた。

 はらはら。
 ほろほろ。

 薄紅の意識を辿っていく。

 奥へ。
 奥へ。

 踏み込んではいけない――



「いけない子だ」



 満天桜の、領域(みくら)へ。

「夜の逍遥には、遅い刻だよ」

 鬼は、周に背を向けながら佇んでいた。
 右手には、ぽたり、朱液のようなものを垂らす、まあるい、“提灯”をぶら下げていた。ごろり、地面へ転がす。
 鬼の白下駄の許には、“何か”が倒れていた。それは、何処か見覚えのある、着物の柄。

「僕はもう、子供ではないんですよ」

 此の杜に迷い込んだのだろうか。それとも、万年桜の鬼を、“誰か”を、探しに――“殺し”に来たのだろうか。

「そうだね。彼方の君は、俺の知らない君となる」

 けれど、そんなことはどうでもいい。桜の花弁が白い渦のように、首(こうべ)の無い“それ”を隠していった。

「はい」

 血を吸った桜が、童の遊戯のようにはしゃいで踊る。



 互いの心に、波紋はなかった。

 周は、濁り無い瞳を鬼の背へ注いだ。
 親愛なる――

「あなたがいてくれて、よかった」

 あの日、この杜で交わったことを、奇跡と呼ぶなら――

「僕の願いは、今迄も、これからも、きっと……意味を無くさない」

 ――この想いも。



「僕は、杜を出ます」



 それは、澄んだ音叉のような音色だった。

「あの子には?」
「伝えました。藍ちゃんがどうするかは……姉から直接、聞いて下さい。まあ、僕から言わなくてもあなたはわかっているでしょうけど」

 わからないよ――鬼はそう云った。

「言わなければ、わからない。何事も、伝えなければ、伝えられなければ、隠せばいいんだ」

 例え、隠しても――

「僕は……」

 迷わないと決めた。

「僕は、鬼にはなれない。人として生を受けたからには、限りある命の中で、生きていきたい。人に触れ、人を愛していきたい」

 心の内に抱えた醜い“鬼”を、美しい隠桜が、隠してくれたから。



「――それでいいんだよ、あーちゃん」



 優しい声音が、周の背を撫でた。

 二人が振り返ると、儚い笑みを口許に浮かべた藍が立っていた。
 見つめ返す周の双眸は、意志の強さを表すかのように、冴え冴えとしていた。

「私、あーちゃんに寄り添いたかった。護りたかった。でも、あーちゃんは私なんかよりもずっと強くて……結局、私は足手まといだった」
「僕は一度もそんな風に思ったことはないよ」
「……あーちゃんは優しいね」

 違う。

「優しくなんかないよ」

 只、察していただけだ。

「(藍ちゃんは……ずっと、苦しんでいた。弱いのは自分の方だと。僕にずっと縋っていたと――彼の胸で、泣いていた)」

 双子の姉が、甘えを零し、弱音を吐けるのは、片割れの自分では無く、鬼であった。
 だから、余計に理解が出来た。
 彼の優しさに、繊細な心に惹かれたのは、姉だけではなかったから。

「だから、それでいい」
「え?」
「いいえ、何でも」
「……うん。ねえ、あーちゃん」
「はい」
「大丈夫、笑って生きるよ、私。だから、あーちゃんも好きな道を選んでいいんだよ」
「……はい」

 周は、目許に清々しい微笑を湛えて頷いた。そんな彼に背中を押されたような気がして、藍は、鬼の名を呼んだ。

「――流架さま。私……流架さまの傍にずっといては駄目ですか? ……胸が痛いんです、離れたくない」

 藍の切情な言の葉に、桜の花弁が色濃く装われて、霞む。

 鬼は、薄い瞼を思慮深く上下させた。
 そして、

「好きにしなさい」

 涙を流す時のような儚さで、口許に微笑みを置いた。



 人には、それぞれの生き方があり、“幸せ”がある。
 鬼である、

「流架様」

 彼にも。

「藍ちゃんをよろしくお願いします。僕の代わりではなく、あなたが、あなた自身の心で――彼女を愛してあげて下さい」

 望みを告げ、背を向けると、自分の名を呼ぶ彼の声が聞こえた。

「生きることは厳しい。けれど」

 忘れないでほしい。





「君は、独りではないよ」





 周は、振り返らなかった。
 今は、別れも、涙も、桜に全て――隠してもらいたかった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8679 / 御子神 藍 / 女性 / 外見年齢:20歳 / 海桜の姉】
【jb8699 / 夕貴 周 / 男性 / 外見年齢:18歳 / 灰桜の弟】
【jz0111 / 御子神 流架 / 男性 / 外見年齢:26歳 / 万年桜の鬼】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、愁水です。
和風奇譚の万年桜の神隠し、先ずは前編をお届け致します。

ご依頼の内容が当方の大好物で、構想自体はすぐに練ることが出来ました。
今回は情景に心情を重ねたような描写をメインにさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
淡と読めるが、淡とし過ぎず、淡い中に在る濃さも感じて頂けましたら幸いです。又、お任せ頂いたシーンも楽しんで頂けましたら嬉しい限りです。

素敵なご縁とご依頼を誠にありがとうございました。
後編でも何卒よろしくお願い致します。
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エリュシオン
2018年04月16日

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