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『雪上に咲く薔薇 』
レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001)&狒村 緋十郎aa3678

●女王の暴威
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は雪上を走っていた。共鳴した事で五感が研ぎ澄まされている。全盛時には遠く及ばないが、それでも彼方から漂う獣血の臭い、下賤な唸り声はハッキリと耳に聞き取れた。脚力もずっと高まり、地吹雪のように粉雪を巻き上げながら彼女は木立の間を駆け抜けていた。
『(……成程、ね)』
 走りながら、レミアは己の置かれた状況を整理していく。どうやら、彼女は今、狒村 緋十郎(aa3678)という男の肉体に憑依し、己の姿に変じさせているらしい。男の意識は一体化した魂の奥深くへ沈み、代わりに彼女が意識の表面へ現れているようだ。
『(この男と自分の霊力が共鳴して、力が増幅されてる……というわけね)』
 雪原を踏みしめる脚の感覚は、既に蹴飛ばせば折れそうな華奢なそれではない。両手に伸びた深緋の爪も、今や刃物のような鋭さを取り戻していた。嘗ての世界の力は、その大半を失ってしまったが、それでもこの世界に現れた時よりははるかにましだ。
 右手を己の眼前に差し出し、レミアは霊力を込める。冬の冷気が右手を取り巻き、黒ずむ瘴気となって五指の爪を取り巻いた。
『ふふ。せっかくなら……この切れ味、試してみたいものね』
 レミアは顔を上げる。唸り声は、すぐ近くに迫っていた。丁度いい。彼女は身を低くすると、一気に木立の間を駆け抜けた。

 白雪が深紅に染まっている。首だけになった兎が転がり、臓腑の残骸を引きずり出された熊が横たわっている。その熊の亡骸に覆いかぶさるようにして、一体の従魔が肉と血を貪っていた。人とも獣とも、あるいは蟲ともつかぬ容姿のそれは、両手の鎌を熊の首筋に突き立て、掻っ切った。その傷口に口を押し付け、血を啜る。その身に霊力が染み込み、この従魔の存在を徐々に強めていく。
 やがて従魔はその身を起こし、立ち上がって周囲を見渡す。兎を殺し、熊を殺した。己の食欲に任せて。しかし、この山に入って最初に出会った人間は取り逃した。仕留めようとした矢先、坂を転げ落ちてどこかに行ってしまったのだ。
 従魔はさらなる血を求めた。人間の血を。獣の血を啜ってもそれが満たされる事は無い。歯を剥き出して笑うような表情を作ると、従魔は坂道を下ろうとする。
『待ちなさい』
 しかし、不意に声を掛けられ従魔は思わず足を止めた。振り返るが、その冷然とした声の主の姿は見えない。従魔は首を傾げる。
『こっちよ、うすのろ』
 今度は頭上から声が響いた。従魔ははっとして眼を向けるが、既にそこにも姿は無かった。緊張感が従魔の中に走る。鎌を擦り合わせ、火花を立てて威嚇すると、従魔は唸りながら眼前に目を戻し――
『見てくれ通りの間抜けね、おまえ』
 鋭く伸びたヒールの先が従魔の顔面に直撃した。鼻から体液が噴き出し、従魔は呻きながら後退りする。
「(こいつだ。こいつが……!)」
 緋十郎が従魔の姿を見て激情を露わにする。レミアの見ている世界は、どうやら今の状態の緋十郎にも見えているらしい。煮えたぎるような感情が全身に伝わってくる。その感情に呼応して、全身を満たす霊力も高揚した。
 蒸気機関。ブリテン島で開発されたという最新技術の話が脳裏を過ぎる。悪くない。レミアは独り小さく頷いた。
『(憤怒……私が力を得るには相応しい感情ね)』
 七つの大罪の一。その力を感じながら、レミアは目の前の獲物を睨んで傲岸不遜に嗤った。
『さあ、狩られる側になった気分はどう?』
 問いかけた瞬間、従魔は吼えた。背中の小さな羽根を震わせ、鈍い音を立てて怒りを露わにすると、いきなりレミアに向かって鎌を振り下ろした。
 レミアは半身になって刃を躱す。その腹に向かって軽い拳の一撃、さらに当身を見舞って従魔を再び突き飛ばした。従魔の身体はくの字に折れて吹っ飛び、太い木の幹に叩きつけられた。衝撃は木にも伝わり、幹はめりめりと砕け散る。
『その程度なの? もっとその生き汚さを見せてみなさいよ』
 レミアは両手を広げ、一歩一歩、悠然と従魔に向かって歩み寄る。血だらけの顔を歪めると、従魔はレミアに向かって弾丸のように飛び出した。鎌の切っ先をレミアの胸に向かって突き出すが、その刃が届く前に、今度はドレスの裾を振り乱した回し蹴りが従魔の横顔を打ち抜いていた。口から血やら歯の欠片やら飛ばして、従魔はその場に倒れ込む。
『ふふふ。下魔風情が、いい気なものだったわね?』
 レミアは従魔を踏みつけ、ヒールで毛むくじゃらの甲殻を抉る。従魔は呻き、鎌を地面に突き立て跳び上がる。その身を弾き返されたレミアは、ふわりと宙を舞って地面に降り立つ。
 従魔は吼えると、再び鎌を振り上げ、レミアの肩口めがけて振り下ろす。
 レミアは素早く手を突き出すと、刃を爪先で器用に受け止めた。そのままレミアは黒い瘴気に包まれた鎌に爪を立てる。鎌は悲鳴を上げて罅割れ、砕け散っていく。そのまま右手を振るい、刃を完全に真っ二つにしてしまった。
 折れた切っ先からも、名状しがたい色味の体液が溢れる。従魔は悲鳴を上げ、脈々と何かが流れだす腕の先を見つめた。
『全く、吸血鬼を気取って血を啜るなんて、大層な真似をしたものね』
 レミアは袈裟懸けに爪を振り下ろす。緋十郎には鋼鉄のように固く感じられた甲殻が、紙細工のように易く切り裂かれた。従魔はぐらりと傾ぎ、その場に膝をついた。
『(どれほどの強さかと期待したけれど……拍子抜けね)』
 彼女は従魔の哀れな有様を蔑む。弱すぎて張り合いがない。
『(それなら……)』
 ふとある事を思いついた。よろめきながらも、目の前の脅威をうち払おうと襲い掛かってきた従魔を前に、レミアはその左手を差し出した。
 薙ぎ払われた一撃が、レミアの腕に突き刺さる。肉が薄らと裂け、冷たい血が溢れる。
「(ぐうっ……!)」
 内側で緋十郎が呻いた。上腕を切り裂かれた痛みが緋十郎に伝わっているのだ。
『どう? 痛覚だけは貴方に残しておいてあげたの。……主の痛みを肩代わりした感想はどうかしら、下僕』
「(……貴方の、お役に立てて、本望……です)」
 緋十郎はすぐさま応えた。レミアはその答えを聞いて、思わず笑みを零した。その言葉に迷いは無かった。どうやら本心からの答えらしい。
『(やっぱり、この男は珍獣ね。面白い)』
 レミアは緋十郎にも聞こえぬように呟くと、再び従魔を突き飛ばした。無防備になったもう片方の鎌の腹を、爪で貫く。刃はいとも簡単に砕け散り、ばらばらと雪原の上に散らばった。
『契約の贄となりなさい』
 レミアは鋭く一歩を踏み出すと、従魔に向かってその爪を幾度となく突き立てた。動脈を綺麗に躱した爪は、従魔の身体を易々と抉っていく。その全身からは薄汚れた血が脈々と溢れだす。
「……!」
 従魔は声にならない悲鳴を上げた。死ぬに死ねない。急所を避けた、ただひたすらに痛みだけを与える攻撃が従魔を苛む。
 甲殻を切り開かれ、臓物を引き出される。目を抉られる。顎を砕かれる。その度に、従魔は痛みでもがいた。ついには、毀れた腕の切っ先で、己の首を掻っ切ろうとさえした。しかし、その手をレミアは容赦なく押さえる。
『わたしの楽しみを勝手に終わらせようとするなんて、いい度胸ね』
 うっすらと笑みを浮かべて言い放つと、左手で従魔の喉笛を掴んで宙へと突き上げた。
『いいわ。お前の望み通りにしてあげる』
 それだけ言うと、レミアは一際強く瘴気を発し、深紅の爪を黒く染め直す。そのまま手刀を作ると、従魔の心臓に向かって鋭く爪を突き立てた。
 その一撃は従魔の背中を突き破り、噴き出した鮮血で辺り一面に薔薇の華を咲かせる。従魔は天を仰いで口をぱっくりと開くと、そのままがっくりと崩れて動かなくなった。少女はくるりと身を翻すと、従魔を雪原へと放り出した。従魔は力無く地面に倒れ込み、そのまま霧散する。
『この世界の戦いも、案外悪くないかもしれないわね……』
 レミアは呟くと、爪に残った血をぺろりと舐める。血の色に染まっていた月は、再び蒼い光を放つようになっていた。

●結ばれた誓約
 ゆっくりと二人の身体が分かたれる。緋十郎はその場に倒れ、レミアは隣で雪原の上にすくと立った。緋十郎の方を見れば、出会った時の満身創痍は粗方消えていたが、その左腕には鋭い刀傷が残っている。レミアの艶めいた肌には一切の傷が無い。
『(……便利なものね。これは)』
 滴る血。緋十郎は呻いた。その声色にはどこか、悦楽に似た響きが籠っていたが。
『どうして昂っているのよ。その傷はわたしが与えたものではないわ』
「……しかし、主人に成り代わって受けた傷ならば、主人によって刻まれたものに等しいと、俺は思う。だから……」
 つくづく自身の欲求に正直なようだ。レミアは呆れた眼差しを緋十郎へと向けた。
「ありがとう。俺の名は狒村、緋十郎だ」
『……ふん』
 レミアは腕組みをして緋十郎を見下ろす。彼女を見上げる緋十郎の眼は、相も変わらず惚れた女を見るような眼。否、もっと卑しい。差し詰め、雌を見て欲情した獣のようだ。
『(憤怒の次は色欲……この男は、情動を抑える術を知らないのかしら)』
 吸血姫となったレミアの身は永遠に幼い。そんな彼女の肢体に欲情するこの男は、随分と倒錯した性癖の持ち主らしい。気色の悪い。そう言ってしまえばそれまでだが、レミアはこの男に一つの可能性を見ていた。
『(しっかり躾ければ、良い従僕になりそうね)』
 心の奥底で呟くなり、レミアは不意に緋十郎の髪の毛を鷲掴みにし、いきなり雪の上に引き倒した。くぐもった呻き声が漏れる。肩を軽く小突き回して寝返りを打たせると、ヒールの踵で緋十郎の腕の傷を踏みつけた。そのまま、ヒールの先を傷の奥へと食い込ませるが、緋十郎は頬を赤くして嘆息するばかりだ。痛いの一言も無い。
『誓約を結んだ以上、貴方の血は全てわたしのものよ。わたしが欲しいと言ったら必ず差し出す事。いいわね』
「もちろんです。一滴残らず、貴方に捧げます」
 レミアが緋十郎に囁くと、緋十郎はすぐさま頷いた。
『それだけじゃないわ。わたしが下した命令には必ず従いなさい。わたしの御前において、如何なる反逆も、如何なる隠し事も、これを認めはしないわ。誓いなさい』
「はい。誓います。貴方の命令に、俺は従います……」
 戯れぶって問いかける問答にも、緋十郎は疑いも躊躇いもせずに応える。出会って一刻ほどだというのに、大した忠誠心だ。ふむと頷くと、ようやくレミアは傷口からヒールを外した。
『そう。……なら、私との契約は確かに結ばれたわね』
 彼女は懐から零れ落ちた紅玉を手に取る。ドレスの背中から一房の黒紐を抜き取ると、器用に紅玉を結ぶ。緋十郎の髪の毛を掴んで無理矢理起き上がらせると、レミアは作った紅玉の首飾りを緋十郎の前にちらつかせた。
『わたしの名前はレミア・ヴォルクシュタイン。ヴォルクシュタイン家の末裔にして、神に叛いた血華の女王』
「レミア・ヴォルクシュタイン……良い、名、です」
 緋十郎は半ば恍惚とした調子で応える。レミアは微笑むと、緋十郎の首に飾りを結び付ける。レミアによる支配の証。
『これは首輪で手綱。貴方がわたしの従僕である証よ』
 月を背にして、レミアは緋十郎に向かって微笑んだ。緋十郎は褒められた犬のように頷く。
『これからは私の僕として生きるのだから、大切になさい』
「はい。この命に、代えても……!」

 緋十郎の言葉に、レミアはどこか満たされたような気分になる。この男をどう扱ってやろうか、それを考えるだけで何やら心が躍るのだった。


 “血華の吸血姫”レミア・ヴォルクシュタインがこの世界に生まれ落ちた。彼女は寄せ来る愚神や従魔の脅威に物怖じせずに立ち向かう事になるが、それはまた後々の話である。


 To be continued…




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)
狒村 緋十郎(aa3678)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。

今回もリメイクと言いますか、リブートのような感覚で書かせて頂いています。某ゾンが某ゾンズになるような感じです。普段は文字数に阻まれて色々と消化不良で終わっているのですが、今回は存分に戦闘描写を書かせていただきました。満足していただけたでしょうか。

問題などありましたら、リテイクお願いします。

それではありがとうございました。また御縁がありましたら。

カゲエキガ
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2018年04月17日

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