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『夢でも会えたら 』
桜庭愛jc1977

 歓声が聞こえる――それに気づき桜庭 愛がハッとした途端、大歓声が耳に飛び込んで

「どうした? いまさら怖気づいたか」

 拳が届く距離に、紫のハイレグ水着で不健康そうな白い肌を露わにした若林 優が侮蔑のまなざしを向け、笑みを浮かべていた。

 人差し指を下に向け、優へと突き出した。

「何を言ってるの、優ちゃん。私が今日という日をどれほど楽しみにしていたか、知らないわけじゃないでしょ?」

 馴れ馴れしく声をかけるも、「知らん」と冷たく突っぱねられ背を向けられる。またまた―と言わんばかりに大きく肩をすくめ、愛も背を向けてコーナーへと戻っていく。

 愛のコーナーには優と同じ顔をした雅、それに自分の全てを預けたシェインエルが待ってくれていた。

 背中越しにちらりと優以外に誰もいないコーナーへ目を向け、それから雅へ。

「雅ちゃんは優ちゃんのコーナーで待ってあげてほしいな。コーナーで誰かが待っていてくれたら、それだけでも力になるから」

「いいのか、相手が強くなっても」

「いいんだよ。私は優ちゃんと試合するのが楽しみなだけなんだし、110%の優ちゃんと戦いたいから」

 微笑みかける愛に「わかった」と、雅は回り込んで優のコーナーへと向かうのだった。

 その背中を羨ましそうに愛は追う。

(私にはもういないものだから、大事にしてほしいんだ)

「……いけるか?」

 心中を察したシェインエルが声をかけると、「大丈夫」と笑顔をふりまいて、リングの中央へと向き直った。

 ちょうど優も振り返り、2人の視線がリングの中央で火花を散らしている――と勝手にではあるが、愛はそう思っている。少なくとも優も負ける気がないのはよくわかっていた。

 そしてもちろん、自分も。

「それじゃ――勝ってくるね」

 肩を回しながら中央へと歩き出す愛を、ゴングが送り出す。

 甲高いゴングの音と同時に愛が走り出すと、優も走り出していた。そして中央で愛がリングをも踏み抜かんばかりの一歩を踏み出し、体重と衝撃をその背中に乗せて繰り出す――が、優もまったく同じ動きで背中を突きだしていた。

 リングの中央で肉と肉がぶつかり合っているものとは思えない重く、鈍い破裂音が響きわたる。

 そして次の瞬間、愛が目にしたのはマットだった。

 顔を上げれば得意げに見下ろしている優――まったく同じ技で自分が負け、コーナーにまで吹き飛ばされてバウンドし、そのままマットに沈んだのだと、やっと理解する。

 理解した瞬間、カッと頭が熱くなった。

 熱くなりはしたが、クリアな思考の愛はマットに這いつくばったまま両腕を立て、そこを支点に身体をひねりつつも滑らせ回転し、脚で優の膝裏と足首を挟むようにして優をマットへと引き込んだ。そのまま腹ばいとなった優の両脚を両脚で絡め、上に乗って両手を取ると、横に転がって優の身体を天に向け――るはずが、つかんだ手がいとも簡単に外されてしまう。

「でもまだ脚があるよ!」

 落ちてきた優の下敷きになりながらも優の首に右腕を回し、再び横に転がり優をマットに這いつくばらせたまま、絡めていた脚を捻りながら優の首を引っ張りエビ反りにする。

 完全に極まった――そう思ったのだが、力を入れていたはずの腕は首から外れ身体は宙を浮き、マットに叩きつけられた。脚の力だけで愛をマットに叩きつけ、悠然と立ち上がり先ほどと同じように愛を見下ろしている優。

(技の練度は私の方が高くても、優ちゃんの力が私よりもずっと上すぎるんだ)

 だから最初の鉄山靠が押し負け、今も異常とも言える強引な返し方をされたのだと理解する。

 少しは体が痛むがダメージを感じさせない勢いで起き上がり、優に背を向けコーナーポストへと跳躍。コーナーポストを蹴ってさらに高く跳躍し、縦の高速回転も加えて空中で右足を繰り出した。それが優の肩にクリーンヒットし、勢いの反動を利用して顔面を左足で蹴り上げようとするも、左の足首をつかまれその力の流れに沿って愛を振り回し、マットに叩きつけられた。一度だけではなく、愛ではたきがけでもするかのように、左右に何度も何度も。

 だが叩きつけられながらも愛はつかまれたままの左足を縮め、残った右足で優の腹を何回か蹴りつけていた。

 何度か叩きつけられた後、水平に振り回されロープに向けて投げ飛ばされる愛。ピンと張られてそこまで伸びるはずのないロープが尋常ではないほど伸びきって、同じ勢いで弾き返す。そして腕を水平に伸ばして、優が待ち構える。

 不安定な空中だが一瞬で姿勢を立て直した愛もまた、腕を水平に。

 2人が交差し、2人の腕が2人の首を刈る――ここでも力に物言わせた優が首を刈ったまま、愛をマットへと沈めるのだった。

 こんなほぼ一方的な試合展開が続き、愛の蓄積したダメージを表す様に、蒼いハイレグ水着はボロボロになっていく。だが優も顔に汗を浮かべ、痛みを鎮めるかのような深い呼吸を繰り返し、むしろボロボロの愛の方が元気に見えるほどである。

「……いい加減、倒れろ。それだけのダメージでなぜ動ける」

「やだよ、優ちゃん。プロレスは我慢して何ぼでしょ?」

 もともと大雑把な優の動きはさらに雑になり、力任せのパンチやキックが目立ち始め、それに合わせて的確に優の腹と足へとカウンターを叩きこむ愛。腫れた瞼の奥を光らせ、虎視眈々とその時が来るまで待った。

 もう何度繰り出したかわからないキックを出した優――戻した蹴り足がたたらを踏んだ。

「ここ!」

 叫ぶ愛は最初の一撃と同様、マットを踏み抜かんばかりの一歩。全体重とその衝撃全てが一本筋の体幹を通り、背中へと伝わっていく。

 開始早々の一撃と寸分変わらず、全くブレのない鉄山靠。

 同じ様に同じ技で迎えうつ優だが、踏み込みもタイミングも体幹も、全てがバラバラ。結果――優が弾き飛ばされた。

 それを見届けた愛は優がマットに沈むのと同じタイミングで、自身もマットに倒れ込む。2人して微動だにしないでいると、レフェリーが覗き込み、そこで試合終了を示すゴングが鳴らされるのであった。

 引き分けになってしまった――が、愛は満足そうである。

「優ちゃんの方がパワーは上だけど、スタミナもタフさもまだまだだね。疲れで体幹がブレるなんて、鍛え方が足りないぞ」

「お前が阿呆みたい頑丈なだけだ」

「だってレスラーだもん……でも優ちゃんもしっかりレスラーしてたね。全部受けて全部返す――立派なプロレスラーだったよ」

「そしてお前は劣勢を覆す、逆転プロレスラーか……」

 倒れたままなので優の顔が見えはしないが、屈託なく笑っているような気がする声だった。

 嬉しくなって「優ちゃん」と、呼んだ。

「なんだ」

「プロレス、楽しいでしょ?」

 その問いに優は――……




「桜庭選手、時間です!」

 その声で愛は目を覚ました。

 ここはと一瞬思ってしまったが、ああそうだと思い出す。

「今日はフルアウルプロレスの初試合――しかも相手はアウル異種格闘技のチャンプ……とても大事な、試合」

 それなのに眠ってしまうとは――が、調子はすこぶるいい。集中力がすでに尋常じゃないほど昂ぶっている。まるでひと試合したかのように。

 楽しくていい夢を見たのだろうと、愛は軽快に立ち上がり、出入り口へ。そして少し振り返る。

「それじゃ、行ってくるね。優ちゃん――」




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1977@WT09/桜庭愛/女/17/オーディエンスを湧かせるベビーフェイス】
【jz387/シェインエル/男/?/今回はモブ】
【jz0390/若林 優/女/17(見た目)/ああ、ちょっとだけ、な】
【若林 雅/女/22/今回もモブ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご発注、ありがとうございました。字数の関係上と、シングルノベルにしては人数が多くなりすぎるからと、シェインエルや雅の出番は限界ギリギリまで減らしました。その分、優との試合はそこそこ濃く書く事が出来ましたが、いかがだったでしょうか?
またのご発注、お待ちしております
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年04月19日

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