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『Beautiful World 』
シャロン・S・グリーヴka1260)&ジャック・J・グリーヴka1305


 その日は、窓を開けたときから素敵な予感がした。
 シャロン・S・グリーヴはまだ朝露の名残を感じさせる、湿り気を帯びた空気を胸いっぱいに満たす。
 葉っぱの赤ちゃんの、うすい緑色。
 こぼれるように開き始めた、野ばらの白色。
 刷毛でさっと塗ったような雲を浮かべた、柔らかな空の色。
 春風は鮮やかな色彩を運んでくる。
「いいおてんきね。きっとこんなひには、とってもすてきなことがあるのよ」
 いつもパンくずをやっている鳥たちに、大事なことを教えるようにささやくシャロン。
 朝日を浴びて輝く金色の髪、夢見るような新緑色の瞳。
 グリーヴ家一族の皆が愛してやまない、宝物のような少女である。

「シャロン!」
 突然、木立の中から名を呼ばれ、シャロンは目を見張る。
 姿は見えなくても、もちろん声で分かる。次兄のジャック・J・グリーヴだ。
「おはよう、ジャックにーさま!」
 窓枠に手をついて、身を乗り出して兄を探す。
「おい、落ちんじゃねえぞ!!」
 木陰から飛び出したジャックが、慌てて窓のほうへ駆け寄ってきた。
 口調は少し荒っぽいが、目に入れても痛くないほどシャロンを可愛がっているのだから当然だ。
「だいじょうぶですわ。いつもこうしてそとをみてるのですもの」
 ジャックは愛らしい妹の姿に、まぶしそうに目を細める。
「そこからの眺めは好きか?」
「ええ、とっても! 大きな木も、空も、大好きですわ」
 その言葉にジャックがいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
「なぁシャロン、知らない世界を見てみたくはねえか?」
 シャロンはきょとんとした表情で、小首をかしげる。
「窓からの眺めも悪くはねぇと思うけどよ。まだ見たことのない眺めも偶にはいいと思うぜ?」
 ジャックが少し芝居がかった調子で、両手を広げて見せる。
「どうだい、お姫様。俺様と一緒に、すごいモンを見に行く気はないか」
「とってもみたいですわ、ジャックにーさま!」
 シャロンは知っている。
 こういうとき、ジャックは何か素敵なことを用意しているのだ。
「よーし、じゃあさっさと朝飯をすませて出発するぜ!」
 シャロンは刻々と頷くと、急いで支度にかかる。

 お気に入りの白いドレスに、レースの手袋、そして大好きなレースの日傘……の、いつものお出かけスタイルの予定だったが。
「今日はこっちだな」
 ジャックが優雅な白いつば広の帽子をかぶせ、恭しく手を差し伸べた。
「お手をどうぞ? お姫様」
 シャロンがくすくす笑う。
「わたしがおひめさまだったら、にーさまはおうじさまね?」
「ハハッ、そりゃ光栄だな」
 嬉しそうに笑うジャックは、シャロンが「王子様」と呼ぶにふさわしい装いだった。
 自称『成り上がり』貴族であるグリーヴ家だが、立ち居振る舞いについては文句なく貴族である。当然ながらジャックも最低限の振る舞いは身に着けている。
 外の世界が好きで、商売が好きで、普段は堅苦しいことを好まないが、今日は持てる力の全てを使って、シャロンの王子様であろうと気合を入れている。
 上機嫌で、馬を引き出してくると、小鳥のように軽いシャロンをふわりと抱き上げて背に座らせた。その後ろに、ジャックもひらりとまたがる。
 高い馬の背中からの眺めに、シャロンの頬がばら色に蒸気する。
「とてもたかいですわ、にーさま。おうまでどこへいきますの?」
「それは後のお楽しみだ。さ、行くぜ」
 ジャックが合図すると、よく馴れた馬は、ダンスのように美しい足並みで歩み始めた。


 新緑の香りの風が頬に心地よい。
 暑くもなく寒くもない、まさにお出かけ日和だ。
 日差しは少しまぶしいほどだが、若葉からこぼれるように落ちてくる輝きは、世界が笑っているようでもある。
「シャロン、乗り心地はどうだ? 眩しくはないか?」
 ジャックは忙しくあたりを見回すシャロンを気遣う。
「だいじょうぶですわ、にーさま。おうまさんはとってもかしこいのですわね」
「こいつもシャロンを乗せるのは楽しいんだぜ」
「ほんとうですの? わたしもおともだちになれますかしら?」
「そうだな。もう少しシャロンの背が伸びたら、俺様が教えてやるか。乗馬は淑女の嗜みでもあるからな」
 シャロンが頭をそらし、ジャックを上目遣いで見上げる。
「まあすてきですわ。わたしもにーさまみたいにりりしくおうまにのりますの」
 ジャックはしばし考える。
(……淑女って横乗りだよな?)
 まあまたがって乗る淑女がいてもいいだろう。シャロンがそう望むなら、叶えてやるまでだ。
 ほかの兄弟から文句が出そうな気もしたが、皆シャロンには弱いのだから問題ない。

 それからしばらく、他愛のない話をしながら馬を進める。
 のどかな日差しの下、それはとても楽しく穏やかな時間だった。
 だがジャックは不意にその手のひらを妹の前に差し出す。
「……にーさま? なにもみえませんですのよ?」
 シャロンの長いまつげがぱさぱさと手のひらに触れる。
 目をぱちぱちさせてびっくりしているシャロンの表情を思い浮かべて、ジャックはくっくと抑えた笑いを漏らす。
「少しの間だけ我慢してくれ。損はさせねえからな」
「どれぐらいですの?」
「そうだな、何か歌を聞かせてくれ。馬も喜ぶぜ」
「なにをうたえばいいですの?」
「お任せだ。シャロンの歌なら何でもいい」
「わかりましたわ」
 シャロンはかわいらしい声で、春のお祭りの歌を歌う。
 1曲歌い終えると、シャロンが声を上げる。
「にーさま、おうたをうたいましたわ。まだですの?」
「まだだ。俺様が最高の瞬間をプレゼントしてやるからよ、もう少しだけ我慢してな。俺様がシャロンに嘘ついたことがあるか?」
「ありませんですわ、にーさま」
「じゃあそういうことだ!」
 ジャックは少しだけ馬の歩みを早める。

 軽快な蹄の音を伴奏に、シャロンが歌うように囁いた。
「ねえ、にーさま。かぜのにおいがかわりましたわ」
「さっすがシャロン、鋭いぜ。あともう少しだ」
 上り坂になった道を駆け上がり、その先でジャックが馬を止まらせる。
「さあ着いたぜ、お姫様。俺からのプレゼントだ、ゆっくりと目を開けてみろよ」
 そこでそうっと手のひらを外す。
 シャロンは言われたとおりにゆっくりと目を開いた。
「まあ……!」
 そこは上り坂を上がりきった高台だった。
 地面はすぐ先で途切れ、そこから見えるのはどこまでも広がる青い空と青い海。
 日差しを受けて海面はきらめき、突き出た岩の周りでは白い波を立てている。
「うみですわ、にーさま。どこまでもつづいて、はてがみえませんの」
「ああ。海は遠く外国まで続いてるからな。船に乗ったら、周り中海だぜ」
「あのしろいとりはかもめですの」
「そうだ、よく知ってるな。航海を終えて陸地が近づくと、あいつらが出迎えてくれる」
「しろいとりがいっぱいでおでむかえなんて、とってもすてきですのね」
 ジャックはカモメたちがあまりお行儀よくなくて、があがあうるさいことも知っている。
 けれどシャロンがすてきと言えば、なんだかとても素敵なんじゃないかと思えてきた。
「少し下に降りてみるか。怖くないか、シャロン」
「ぜんぜんこわくありませんですわ。にーさまといっしょですもの」
「よし、じゃあ行こう」

 何の見返りも疑念もなく、心から自分を信じてくれる存在。
 ひたすら純粋で、優しくて、まっさらな妹の笑顔は、一緒にいるジャックの心まで浄化してくれるようだ。
 だからもっとたくさんの綺麗なものを、素敵なものを、シャロンに見せてやりたくなる。
 世界は綺麗なものだけでできているわけじゃない。
 ジャックはそれを知っているが、綺麗なものがたくさんあることも知っている。
 だから綺麗なものを集めて、この愛しい妹をくるんでやりたいのだ。


 細い脇道を降りていくと、静かな砂浜に出た。
 そこでシャロンを馬から降ろす。
「にーさま、なみのおとがおおきくなりましたわ」
「おいシャロン、あんまり近づくな!」
 馬を繋いで振り向いたジャックは、興味津々で波が寄せるのを見つめているシャロンに驚いた。
 急いで駆け寄るのと、急に押し寄せた大きな波にシャロンがびっくりして飛びのくのはほぼ同時だった。
「にーさま!」
「おっと!」
 飛びついてきたシャロンを抱きかかえ、風に飛ばされそうになった帽子もしっかりキャッチする。
「ごめんなさいにーさま、にーさまのあしがぬれてしまったわ」
 シャロンの言う通り、波はジャックの足元をさらっていく。
「気にすんな。俺様のは乗馬靴だからな、後で洗っときゃいいんだ。それよりもシャロン、波は急に大きくなるからな。少し沖に気を付けとくんだぜ」
「わかったわ、にーさま!」
 それからしばらく、シャロンは足元と沖を忙しく見比べながら、波打ち際をうろうろしていた。
 やがて少しずつ大胆になって、わざとぎりぎりのところまで避難するという遊びを始める。
「みて、にーさま! わたしのあとをなみがついてきますの!」
「にーさま、かいがらですわ!」
「にーさま、ここになにかいますわ!」
 普段は深窓のご令嬢という風情のシャロンが、年相応の女の子の顔をしてはしゃいでいる。
 お人形のようなシャロンを愛してやまないジャックだが、こういう表情もやっぱり愛らしいと思うのだ。

 太陽はすでに真上を過ぎていた。
「さすがに腹が減っただろ。ちょっと休憩しようぜ」
 馬に積んできた敷物と荷物を開く。
 並んで座って食べるのは、チーズとハムを挟んだパン、干した果物、チョコレートなどの簡単な食事だったが、シャロンは大喜びだ。
「にーさま、どうしてかしら。いつものおひるよりおいしいですの」
「外で食べるとなんでもうまいんだぜ」
 ふと、シャロンが言葉を切って海を見つめる。
「シャロン?」
「にーさまは……いろんなところにいって、わたしのしらないことをたくさんしっていますのね」
 それは感心しているようでもあり、少し寂しげでもある言葉だった。
 ジャックは少しの間、言葉を探す。
 シャロンにはできれば知ってほしくないことだって、世の中にはたくさんある。
 けれど彼女にはいつまでも鳥籠のお姫様でいてほしいと思うのは、自分のわがままではないだろうか。
「……シャロンだってそのうちいろんなことを覚えるさ。今日海も見ただろ?」
 シャロンがにっこり笑って頷く。
「そうですわね。にーさまがまたいろいろおしえてくださいますわね」

 それからまた波と戯れ、楽しい時間はあっという間に過ぎる。
 そろそろ日は傾きつつあった。
「さて、みんなが心配する前に帰るぜ」
「そうですわね、にーさま」
 そう素直に答えるシャロンだが、ちょっと名残惜しそうだ。
 ジャックは思わず笑いだす。
「そうがっかりすんなよ。また連れてきてやるさ」
「ほんとうですの? にーさま、やくそくですわよ!」
「ああ、また海が見たくなったら俺に言えよ」
 馬の背に揺られ、ゆっくりゆっくり家路につく。
「にーさま、夕日がきれいですわ」
 空はオレンジ色とばら色と紺色に染まっていた。
「ああ、綺麗だな。明日もいい天気だ」
 シャロンと眺める夕映えは特別に美しく思えた。
 この世界はやっぱり美しい。
 美しくなければならない。 
 この空が割れて虚無に呑まれることなど、あってはならないのだ。
「安心しろ、シャロン。お前が大人になる頃には、きっと全部が良くなってる」
 ジャックは自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
 腕にかかる柔らかな重みに顔を覗き込むと、シャロンはいつの間にか眠っていた。
「ははっ、お姫様はお疲れでおねんねだ」
 ジャックは妹を起こさないよう注意しながら、そうっと頭を撫でる。
 この命の重みを知るからこそ、戦えるのだ。

 海岸沿いの道を、ゆっくりゆっくり、馬が行く。
 宝物を腕に抱いた男の横顔を、赤い夕陽が鮮やかに染め上げていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1260 / シャロン・S・グリーヴ / 女性 / 10 / 人間(クリムゾンウェスト)/ 猟撃士】
【ka1305 / ジャック・J・グリーヴ / 男性 / 22 / 人間(クリムゾンウェスト)/ 闘狩人】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
ご兄妹の仲良しエピソードをお届けいたします。
好きに書いていいとのお言葉に、嬉々としてかなり好き放題詰め込んだ気も致しますが。
もしお気に召しましたら大変うれしいです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました!

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2018年04月20日

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