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『さながら竜の涙のような 』
ファルス・ティレイラ3733

 大掃除の手伝いをしてほしい。なんでも屋であるファルス・ティレイラの元にそんな依頼が届いた事に納得がいってしまう程には、その部屋はひどい散らかりようであった。
 研究のためか、あるいはコレクションか。室内にはいわゆる魔法道具や呪具の類が大量に飾られ、本棚からあぶれた何冊もの書籍が床へと乱雑に置かれている。何やらもぞもぞと動いている、怪しげな魔法生物までもいる始末だ。
「ごめん、研究に夢中になるとどうしても片付けまで手が回らなくなっちゃって……」
 ティレイラの耳を、おずおずとした少女の声がくすぐる。年は恐らくティレイラと同じくらいだろう、この部屋の主であるいかにも魔女といった風貌の依頼人の少女は、どこか申し訳なさそうにティレイラの方を見やった。
「大丈夫! 私に任せて!」
 しかし、なんて事がないようにティレイラは首を横へと振ってみせる。つややかな黒髪を揺らし笑う彼女の明るい声に、ホッとした様子で依頼人も微笑みを返した。
「よーし、じゃあ、一緒に頑張ろう!」
「うん!」
 ティレイラの声を合図に、二人は協力して大掃除に取り掛かり始めるのであった。

 ◆

 片付けはさくさくと問題なく進んだ。このまま順調に行けば、予想していた時間よりもずっと早く終わる事が出来そうだ。
 部屋の散らかり具合よりも、いたるところに置いてある不思議な本や呪具の方がティレイラにとっては厄介であった。なにせ……気になる。どうしても気になってしまうのだ。ティレイラは、好奇心が旺盛なのである。
(片付けも大体終わったし、少しくらい良いよね?)
 そう思ったティレイラは、一番気になっていた物の前へとこっそりと移動する。
 それは、口を開けた状態で鎮座している巨大な二枚貝だった。人一人くらいなら軽く入れてしまいそうな程に大きなそれは、部屋に入った瞬間からインパクトを放っておりティレイラの興味を一際ひいていたのだ。
 こんなにも大きな貝でもしパールが生成されたら、それもきっと巨大に違いない。思わず、そっとその貝へと触れてみる。手触りは普通の貝とは変わらない。だが、これもやはり何かの魔法道具なのであろう。触れた箇所から、微かに何らかの魔力が伝わってくる。
 いったいどのような効果を持つ魔法道具なのか。ティレイラはますます興味がわき、覗き込むように貝の中を観察し始めた。
 ――そんな時だ。突然、何かがティレイラの背中へとぶつかってきたのは。
 依頼人である少女の悲鳴と、どうやら転んでしまったらしい彼女にぶつかったティレイラの悲鳴が甲高いユニゾンを奏でる。
「う、嘘……」
 呆然と、魔女の少女は呟いた。先程までそこにいたはずのティレイラの姿が、ない。
 突き飛ばされ巨大貝の中へとティレイラが倒れてしまった瞬間、パクリ、とまるで食べ物を口に含むように貝は閉じてしまったからだ。

 ◆

(あれ? 何これ、なんだか凄く、気持ちが良い……)
 ――最初、ティレイラは自分が置かれた状況を把握する事が出来なかった。
 まるで海の上をたゆたっているような、ふわふわとした感覚に包まれ自然と目を瞑る。肌を覆う冷たい何かが心地よく、このまま眠ってしまえばきっと良い夢が見れる気がした。
「……ラさん! ティレイラさん!」
 だが、どこか遠くから聞こえてくる声に、ハッと彼女は瞼を開く。
(そうだ、私、貝に飲まれちゃったんだ……!)
 恐らく、ここはあの巨大な貝の中だろう。脱力しそうになるのを必死に堪え、ティレイラは貝から抜け出そうと出来る限りの抵抗をし始める。
 しかし、どうにも上手く体が動かない。何か冷たい膜のようなものが、包み込むように身体に絡まっているようだ。
「ティレイラさん!」
 先程からティレイラを呼んでいた声が、今度はしっかりと聞こえた。その声と共に、光が差し込んでくる。どうやら、依頼人である少女が貝を力づくでこじ開けてくれたようだ。
 安堵の息を吐き、ティレイラは魔女に向かいお礼を口にしようとする。が、先程から上手く動かない身体は治るどころかむしろ悪化しており、唇一つ動かす事すらも今のティレイラには難しかった。
(どうしよう、か、体が……!)
 助けを求める事すら出来ず、ただティレイラは心の中で叫ぶ。
 ティレイラは、全身を貝の魔力のこめられた薄い膜に覆われてしまっていた。少女の異常に気付いた魔女が何とかしようと試みるが、その膜は彼女の体にぴったりと貼り付いてしまっている上に何層にも重なっており、引き剥がす事も出来ない。
(や、やだ、このままじゃ私……! 誰か、助けて!)
 貝の薄膜は、時間が経つと共に徐々に硬質化していった。自らの体が石のように固まっていく恐怖に、ティレイラは悲鳴をあげる。しかし、それすらも言葉にする事は出来ない。
 大慌てで、あれでもない、これでもないと魔女が色々試してみたものの、その努力のかいはなくついにティレイラの体は、頭のてっぺんから足の指先まで余す事なく全て固まってしまうのであった。

 瞬きすら出来なくなってしまったティレイラを見て、ぽかんと依頼人である少女はしばし呆ける。魔女は恐る恐るといった様子で、ティレイラの肌へと触れた。つい先程まで明るい笑顔を浮かべ元気に動き回っていた事が嘘のように、温度を失った冷たく無機質な感触がそこからは伝わってくる。
「……す、凄い!」
 だが、魔女がこぼしたのは感嘆の言葉であった。
「まるで人型のパールだわ。凄い凄い、本当に固まってる! もっと細かく調べないと!」
 魔女は、固まってしまったティレイラの姿にすっかり夢中になってしまったらしい。興奮した様子でティレイラに抱きつき、彼女の身体をくまなく調べ始める。その美しい光沢はさながら人魚の……いや、竜の涙のようだ。
 もはや依頼人の目には、ティレイラの事は研究材料にしか映っていなかった。触る手付きに遠慮なんてものはなく、好き放題に触れてはその感触を確かめるように楽しみ始める。部屋はまだ完全に片付いてはいないが、大掃除の事など魔女の頭の中からはさっぱりと消えてしまっていた。

 ◆

 中途半端に片付いている、とある魔女の少女の部屋。その部屋の机の上には、彼女が最近夢中になっているとある研究について記されたレポートが置かれている。
 研究のテーマは、『巨大貝に封印された者』
 部屋に飾られている二枚貝の中央には、驚愕の表情を浮かべたまま固まっている一人の少女が、今もなお佇んでいる。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございました! ライターのしまだです。
魔女と貝とティレイラさんのお話、このようになりましたがいかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら幸いです。
それでは、またいつか機会が御座いましたら、その時も是非よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年04月25日

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