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『散華 』
温羅 五十鈴aa5521
 鬼は何処からともなくやってきた。
 見上げるほどの巨躯に凄まじき形相――人々はひどく恐れたものだが、鬼はけして人々を喰らいも殺しもせず、それどころかたつきを害する大熊を、男衆が十人がかりでも満足に引き絞れぬ強弓で退治て山へと身を隠した。己の姿が人々を怖がらせてはならぬと。
 人々はその意を受けて山へ立ち入らぬことを誓ったが、中には鬼を慕って山へ向かう者もあり、いつしか山中には小さな村ができたのだという。
 この地方で長く子らの寝物語に語り継がれてきた優しき鬼、その名は“温羅”。
 しかし、今日このときからは――


 人が立ち入ることを禁じられた深山のただ中。
 生い茂る木々をわずかに押し広げて築かれた小集落があった。
 棚田には数十人が生きられるだけの米が育てられ、畑もまた然り。およそ現代の日本とは思えない有り様ではあったが、確かに人がいて、日々の営みがある。そして。
 温羅 五十鈴は、その穏やかな時の流れの内で生きているのだった。

 十日に一度の村集会で、上座へついた五十鈴の父が集まった村人たちへ視線を巡らせた。
「なにか変わったことはないかな?」
 やわらかく問えば、村人たちが口々に。
「稲は問題なく」
「青菜の育ちも順調ですよ」
「水路はそろそろ藻を掻いてやらないといけませんねぇ」
 報告のひとつひとつにうなずき、問題があれば優先度を決めて指示を出していく。
“鬼”の子孫である温羅の家長は代々、村長(むらおさ)を務めることが定められているのだが、父はその中でも特に評判高く、慕われる長であった。
 五十鈴には、そんな父がなにより誇らしいのだ。
「五十鈴ちゃん。村長に見とれてばっかりじゃ、お茶が冷めちゃうよ」
「あぅ、ごめんなさい……」
 女衆のおばさんに苦笑され、あわてて盆に乗せた茶を人々に配る。
「やれやれ。こんなにお父さん子の五十鈴ちゃんが、ちゃーんとお婿さん取って温羅の血、繋いでくれるもんかねぇ」
 あちらこちらで笑い声が弾け、五十鈴ははずかしくてどうにもできなくて、真っ赤な顔を父へ振り向け助けを求めたが。
「それを考えるのはまだ早いと思うが、そうも言っていられないのかもしれないね」
 え? 五十鈴が顔を上げる。――お父さん、もしかして! でもだって私、まだ中学生だよ!?
 父は娘のとまどいぶりに苦笑し、かぶりを振った。
「すまない。おまえを今すぐ、という話ではないんだ。しかし」
 父は人々に向きなおる。
 真剣な表情に、人々もまた表情を引き締め、姿勢を正した。
 それを確かめた父は、ゆっくりと、言葉を選ぶように、語り出す。
「人が増えるにはひと組の夫婦が三人の子を成す必要があるわけだが。この村にとってはなにより難しい問題だ」
 閉ざされた村であるがゆえ、血の濁りという問題は深刻だ。この場にある全員、すでに親戚関係であり、だからこそ婚姻がためらわれる風潮もあって、村は過疎の一途を辿っている。
「若い者は外に出しているが、“鬼”の縁者と知られて難渋しているしな」
 昔話で“鬼”は悪しき存在ならず人に添う友として語られてはいるが、それでも自らの血脈に「人外」の血を進んで混ぜようという人間はなかなかいない。たとえそれがただの言い伝えで、“鬼”の末裔がただの人そのものであってもだ。
“鬼”の力なんて、私もみんなも持ってないのに。五十鈴は唇を尖らせた。
 彼女もまた、他の子らと共に下界の学校へ通っている。どちらかといえばおっとりした彼女だが、それでも感じずにいられないのだ。まわりからの“区別”を。
 長の子として村の子らを取りまとめ、問題を起こさぬよう尽力してはいたが、どうしても思ってしまう。やさしい鬼とライヴスリンカー、いったいなにがちがうの?

 ――1995年1月に勃発した『世界蝕』の後、この村にも鬼ならぬライヴスリンカーの力に目覚める者が現われた。しかし、異世界から訪れた英雄と誓約を交わした者はごく少数であり、そのような者は、父や古老の気づかいにより、村の外へと送り出されていた。その力は村などよりもっと大きなもののために使うべきだと。

 だから五十鈴はライヴスリンカーというものを見たことがなかった。いや、もしかすれば未だ英雄と出逢っていない能力者はいるのかもしれないが……ともあれ、“鬼”もライヴスリンカーと同じく人を護って戦ったのに、こうも扱いがちがうのは納得がいかない。
「リンカーとなった者たちががんばってくれている。いずれこの村の風評も改善されていくだろう。そうしたら、五十鈴たちは外で暮らしていけるようにもなる」
「お父さん――どうしてそんなこと言うの? 私、みんながいるこの村のこと、大好きだよ。ずっとみんなで暮らしていきたいからがんばっ」
 突然の轟音が村を揺るがし、五十鈴の言葉をかき消した。
「皆動かないように!」
 父が駆け出していく。
 木板がへし折れ、瓦が砕け、鶏がけたたましく鳴き叫び……たまらず父の後を男衆が追う中、立ちすくむ五十鈴の手を女衆のおばさんが引いた。
「五十鈴ちゃんは出ていっちゃダメだよ!」
「子どもたちを蔵に!」
 数々の声が乱れ飛ぶ隙間を聞き覚えのない声音が貫き、五十鈴の耳へ突き立つ。
「鬼は愚神の血筋である! そのことはすでに幾人もの研究者が言及しているものである! 程なく貴様らが愚神の命を受け、従魔となるのだと!」
「愚神? 従魔? 鬼はそんなのじゃない!」
 思わず言い返した五十鈴の口が塞がれ、彼女は強引にその場から引き剥がされた。
「しゃべっちゃダメだって! 村長たちに任せときな!」
 飛んできて集会場の障子戸を引き裂いたものは、砕かれた土壁の塊だ。そしてその向こうに見えたのは。
 破壊された村と、父に向かって振り上げられた日本刀が照り返す白銀。
 お父さん!!
 五十鈴は必死に父を呼ぶ。しかしその塞がれた口はわずかな音を漏らすばかりで、声音を成すことはできなくて。
「麓でも噂は聞いたぞ? 人目を避けて隠れ集まり、なにを企んでいるものか知れんとな! 天下太平を護るため、我ら愚神の使徒たる鬼を退治る!!」
 身勝手なことを考えて、身勝手なことを言って、身勝手な天下太平とやらのために暴力を振るう。私たちがあなたたちになにをしたの!?
 思いながら、思い知る。人々は、五十鈴が感じていた以上に不安なのだと。愚神勢力の侵攻により、この世界は脅かされている。その中で自分たちだけは安全に暮らし続けられるのだと思いたい。そのためにこそ、得体の知れない“鬼”は退治されなければならないのだ。
 不安の芽を摘み、人々の心を救わんと向かい来た彼らはきっと、正義の味方なのだろう。
 だからって私たちは!
 五十鈴は叫ぶ。押さえつけてくる手を振り払い、叫び、叫び、叫んだ。しかしそれは村だった場所を揺らす数多の音に遮られて落ちた。
 届かない。私の声も、私たちの気持ちも、なんにも、届かない。
 いつしか五十鈴の音が消えた。どれだけ振り絞っても思いは声音を成さず、かすれた隙間風のごとく喉をすり抜けていくばかり。
 それでも彼女は叫び続けた。
 届いて! 誰でもいいから、私の声を聞いて! お願いだから――

 わめくな、五月蠅い。

 ぽつり、ぽつり。
 ぽつりぽつり。ぽつりぽつりぽつり。
 降りだした雨の向こうから聞こえた声音。
 なにも見えないのに、五十鈴へ近づいてくるのがなぜか知れた。
 私の声が、聞こえたの? 音なき声で問えば、声音は不機嫌な調子で。

 嫌になるくらいな。

 雨を連れてきた声との出逢い。
 それが五十鈴のすべてを変える。


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【温羅 五十鈴(aa5521) / 女性 / 16歳 / 命の守り人】
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2018年04月25日

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