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『一人の小部屋 』
橘 由香里aa1855)&飯綱比売命aa1855hero001

 夜、月も見えないくらい夜。揺らめく街灯と人気のない路地は無限に続いていくかと思われた。
 けだるい足、鞄を下げた腕は筋肉が伸び切り棒のよう。
 当然だろう、連続でH.O.P.E.の依頼をこなして『橘 由香里(aa1855@WTZERO)』は今。やっと、自宅に帰ることを許されたのだから。
「…………」
 ただ、この疲れの原因は肉体的疲労、それだけではないのだろうなと由香里は察している。
 数日前に起きた事件。事件というと自分でも笑ってしまうのだが、確実に由香里の心を蝕んでいったあの出来事。
 仕方ない。そう何度も自分に言い聞かせて。
 なるべくことが、なるようになっただけ、そう何度も自分に言い聞かせて。
 見えない路地をさまよい続けるように、それでも答えを求め続けて。
「お〜う。やっと着いたんじゃ〜」
 そうのんきに隣で声をあげたのは『飯綱比売命(aa1855hero001@WTZEROHERO)』
 彼女は連日の疲れも感じさせない軽やかな足取りで見えてきた自分の家を目指す。
「やっと羽をのばせるのぅ」
 甘い声を出しながらそうドアを押し開くと、タオルの準備もしないままにお風呂場へ。
 シャワーの音が静かな部屋にBGMとして流れる。
 そして、漏れ聞こえる飯綱比売命の鼻歌を背景に由香里は立ち尽くしてしまった。
「ただいま」
 誰も答えてくれない言葉を部屋に残して、由香里は自室に閉じこもる。 
 扉をぱたんと占めたなら。
 相棒の上機嫌な鼻歌はもう聞こえない。
 由香里は扉に背を預けた。
 彼女はどんな時でも明るい。悩みなどないかのように。
 本当は気を使ってくれているのだと知っているけれど、今は静かにして欲しかった。
 荷物を由香里は投げ捨てると由香里は着替えもしないで自分の机に突っ伏す。
 ひとたび動きを止めれば襲ってくる疑問、あれが頭から離れない。
 希望的観測と、やっぱりそれはないんだという絶望と。何故こんな結末になってしまったのだろう、そんな答えの出ないなぜを探す旅路。
「一番でいさせてくれれば、大体の事は許容できたのに」
 他の女に懸想していたって、恰好悪くたって私の傍にいてくれればそれで良かったのに。
 最後に自分の元に戻ってきてくれればそれで。
「私がいけなかったの?」
 今までの時間はなんだったのか。
「あなたがいけなかったの?」
 近づけたと思った距離はなんだったのか。
「違う、そうじゃない、問題の根本はそうじゃないの」
 由香里の胸中はゆれうごく。
 恨みたくて、怨めなくて、そんなことを考えている自分が嫌いで。自己嫌悪で。
 でも自分を嫌うこともやめようと誓った……けど。
 その誓いを聴いてくれた彼はもう、遠くに行ってしまった。
「いつも、私を置いていくんだから……」
 子供っぽい正義感で私の手を引いてくれて。
 子供っぽい笑顔で私を受け入れてくれて。
 子供っぽい万能感で他人は自分を好きでいるのだと勘違いして。
 子供っぽい潔癖感で自分のやった事に耐え切れずに去ってしまった。
「私の気持ちはいつも置き去り」
 夢の世界でおいて行かれた時もこんなに胸がかきむしられたことはなかったのに。
 自分は愛される資格がないからと。そう別れを告げられた時は激怒した。
 彼が他の娘に想われているのだと自惚れていたのではない。
 自分の気持ちを受け止めないまま切り捨てられたと思ったからだ。
 自分に怒るチャンスもくれないのか。

「おこちゃまめ……」

 その声だけが乾いた部屋に木霊する。
 この部屋は寒かった、ひどく、ひどく寒い。
 かじかんだ指先から、徐々に心まで氷っていくようだ。
 そんな指先が何かをひっかいた。
 見れば、月明かりが写真たてを照らしている。
 頭を上げると、机の上の写真が目に入った。
 皆で一緒に写っている写真。
 もう戻らない日常。早く片付ければ良かった。
「でも、帰ってきたのは久しぶりだったわね」
 由香里は部屋を見渡した。ここは思えば辛すぎた。
 彼の思い出がたくさんある、彼のくれた物、彼がいた場所、どこにでも彼の面影を見て、彼の思い出がちらつく。
 由香里は写真立てを持ち上げる。椅子の背もたれに体重をかけると、キィと軋む音がやけによく響いた。
 いつの間にか由香里を取り巻く環境は無音で。
 いつの間にか水音と鼻歌が止まっている。背後に飯綱の気配を感じた。
 飯綱比売命はタオルを体に巻いた状態で、ビール缶を片手に由香里を眺めている。
 廊下から漏れる明りで逆光となっている彼女、その表情は暗かった。
 まるでこの世の終りみたいだ。
 いつもの彼女からするとおおよそありえない。尊大な態度とはまた違って、まるで犬を前にした狐のようにおろおろしている。
 そんな飯綱比売命が口にする言葉を迷っていると由香里の方が声をかけてきた。
「……終わっちゃったのね」
 そう由香里は名残り惜しそうにぱたりと、写真立てを机に伏せる。飯綱比売命は缶のプルタブをカリカリとかいた。
「よしっ」
 告げると由香里は立ち上がった。
 飯綱比売命の視線が由香里を追う。
「もう大丈夫」
 告げると由香里は腕を持ち上げて背中を伸ばした。
「前を向こう。私は私。誰のものでもない」
 由香里は思う。自分は、自分の意志で自分の道を行くだけ。ただそれだけ。
「でなければ自由を手に入れた意味がないもの」
 それは彼と一緒に探したもののはずだった。彼と一緒に手に入れたものだった。
「ありがとう。いろいろあったけど、感謝しているのは本当よ」
 そう倒した写真に感謝の言葉を告げる。自分に自由をくれた子に、最後の感謝を。
 告げると由香里は飯綱比売命に向き直る。
「それでいいんじゃな?」
「私はもう、昔とは違う」
 その言葉に飯綱比売命は微笑んだ。
 少し心配していたのだ。依存対象が両親から彼氏に変わっただけではないのかと。
 だがそれは飯綱比売命の思い過ごしだった。
 少女は成長していた。手を引かれるだけじゃない。今や少女は少年を追い越すこともできるのだ。
「ひどい顔じゃなぁ」
 しかし由香里の頬には涙はない。
 そんな彼女の顔を手で覆って飯綱比売命は告げる。
「それが良いことかはわからんが、頑張ったことには敬意を表そう」
 そう飯綱比売命は由香里の頭を撫でてみせる。
「皆まで言うまい。そろそろ一人前じゃな」
「沈んでられないしね。私にはやらないといけないことが沢山あるから」
「お主も言うようになったのう。では景気づけに一杯」
 そう、プルタブに手をかけた飯綱比売命だったが、ぷしゅっという景気のいい音を聴く前に、由香里に取り上げられてしまった。
「あら、駄目よ。先月の食費赤字でしょ? 我慢しなさい」
 由香里はそう悪戯っぽく笑った。だんだんと逆らえなくなりつつある飯綱比売命。
「うう、そのように成長はせんでもよいのじゃぞ」
 そう飯綱比売命は俯いて悲しそうに縮こまった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『橘 由香里(aa1855@WTZERO)』
『飯綱比売命(aa1855hero001@WTZEROHERO)』
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、鳴海ございます。
 この度はOMCご注文ありがとうございます。
 今回原文が素晴らしかったので、それを生かしつつ情報を補てんできるように意識してみましたが、いかがでしょうか。
 また本編でもお世話になると思いますがよろしくお願いします。
 それでは鳴海でした。
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2018年04月26日

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