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『神様の一意! 』
スノーフィア・スターフィルド8909
「ふぅむ」
 どこからともなく回されてきた書類の束を手に、“神様”は重いため息をついた。
 書の一枚一枚は、ひとつの魂が辿ってきた生の記録をまとめたものであり、それが“神様”の手に渡されるということは、すなわち魂が生を終えてこの“螺旋のるつぼ”へ戻ってきたことを指す。
“神様”は書類をめくっていった。古い記録が上になっているので、最新版を見たければいちばん最後の紙を出せばいいだけなのだが、あえて一枚ずつ確かめる。
 一回めの生(村人D)=轢死。四回めの生(魔法使い)=餓死。十回めの生(勇者)=孤独死。三十六回めの生(サイボーグ)=圧死。七十四回めの生(白竜)=墜落死。
 数十枚めで、“神様”は手をひとたび止めた。ちょっともう、疑問が抑えきれなくて。
“神様”は慎重に結界を張り巡らせ、万物の干渉を禁じた。これで確実に“神様”だけ。それを確かめてから、くわっと口――そもそも“神様”に形はないので、概念上のものでしかないのだけれども――を開いた。
「どの生でも確実に死んでおきながらひとつとして同じ死因がない!! いったいなんの才能なのだそれは!? 我はそのようなものを与えてやったことなどないというのに、いったいなにをどう修行すれば身につくのだぁーっ!! ……むしろこれだけの力をくれてやったのに、なぜこうもあっさり死にくさる?」
 ……そうなのだ。“神様”はこの、すぐに死んでは戻ってくる魂をなんとかして長生きさせてやろうと融通していた。常人には持ち得ない素質を惜しみなく練り込み、医療や社会保障が発達した物理的に死ににくい環境を厳選し、子に精神的安寧と明るい将来をもたらすことまちがいなしな地位と人柄を兼ね備えた男女をフォーリンラヴさせたりなんだり。詰め将棋のように揺るぎない生を設計し、万全を期して魂を放り込んできたのだ。
 なのに。
 あっさり死ぬ。酷く死ぬ。華麗に死ぬ。自分で死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死ぬ。
 怒りの勢いに任せて書類を一気にめくりきり、最後――最新の記録へたどりつけば。
 .(ピリオド)回めの生(女神)=概念死。
 こやつ、やりおった! 万能と不死はもちろん、統べるべき世界までもを持たされながら、見事に死んでみせおったぁ!!
 ここまでくると、絶対死ぬチャレンジなどしているのではないかと疑いたくなる。いや、記憶もなにも継承させず、成り立ちも有り様も異なる世界へ送りこんでいるのだから、そんなことがありえようはずはないのだが。
「付き合いもずいぶん長くなってしまったがな」
“神様”はこの魂との出逢いを思い出す。
 この魂、もともとは他の神の間をたらい回しにされていた。理由はつまり、どうやってもすぐ死ぬから。
 担当者となった神がいかに手を尽くしても、どこに欠損があるわけでもないのに、なぜか長く生きられない。
“神様”がその魂を引き取ったのは、神の内で最高峰ゆえの責任感であり、たまには全能を振るってやろうかという軽い気持ちからのことだった。まあ、結果は推して知るべしなわけだが。
 出来の悪い子ほどかわいいではないが、“神様”らしからぬ愛着を感じるまでにはなっていた。しかし。
 この魂とも此度で別れなければならない。
 .(ピリオド)は、その生を終えた後に処分されることが確定している魂につけられるもの。だからこそ不死である女神の座へつかせたのだが、それすらも越えて戻ってきた以上は。
“神様”は螺旋のるつぼの底に据えつけられた件の魂を見やる。
 ピリオドは終着点であり、その向こうは虚無。おまえがなぜそうまでして滅びたいものかは知らぬが、願いを叶えてやるのが最後の慈悲というものであろう。
「おまえを砕き、螺旋の滋養として他の魂が生まれ行く力とせむ」
“神様”は万感を込めて、魂に概念の手を伸べ、握り潰す――と、“神様”の手があやういところで止まった。
 本当にそれでよいのか?
 あの魂は我らの策のことごとくをすり抜けて戻ってきた。つまりあやつを滅するは我らの敗北ではないのか。
 しかもあの魂が不条理に重ねてきた死により、数多の世界に歪みが生じてもいる。それはごく小さなもので修復は容易いのだが、そこまでしでかした責を問わずに逝かせるは、あまりに無責任というものでもあろうよ。
「咎を負ったものには責を果たさせるが正しかろう」
“神様”は魂を手から放し、再び向き合った。
 おまえは神の威信へ挑んでおるのやもしれぬが、ならば我もまたおまえの不条理に挑もう。無聊の慰みと思うておったが、甘かったわ。これは我とおまえとの戦いぞ。
“神様”が虚空から一枚の書類を抜き出した。魂の生を記録するその一枚には、未だなにも書きつけられてはいない。
 まずはナンバリングをと思い、“神様”は悩む。この書へ記されるべき魂にはもう、“.”がつけられていた。あらためて番号をつけるのは他ならぬ“神様”が決めた規則に反する。
「“。”ならばよかろう」
 ピリオドと同じ意味を持つ句点をつけてみた。途端、不思議なほどに言い訳が溢れ出す。そう、これはあくまで新たな転生ではなく、不条理の修正であり、半ばであった転生のβ版である。
 だとすれば転生体は女神でなければならないのだが、そのまま世界を移したくらいでこの魂が生を全うするはずがない。しかけが必要だ。
“神様”は記録の束の最後から二枚め――女神のひとつ前の生を確かめた。この魂が凄まじい力を無碍にして死に続けるものだから、投げ槍に転生させてみた“普通の日本人男性”。
 うむ、意外に長らく生きていたようだ。結局は自死しおったが……いや、それよりも長らえた理由はあるのか? そうだ、思い出した。ゲームとやらに興じておった。しかもこやつ、女神キャラの育成に勤しんでいたのだ。ああ、我はこれを見てこやつを女神にした。もっとも、げんなりしたがゆえにまるでちがう姿にしてやったのだが。今にして思えばそれが悪かったのやもしれん。
 ならば。
 こやつが執着を見せた姿を与えてやろう。姿ばかりでなく、心と力も。完全なる封印は女神の万能と相性が悪い。互いに干渉して思わぬ事態を引き起こすことは先の死で知れた。死にまつわる記憶など、いくつかのものにだけ厳重な封をし、あとのものには薄布をかけるばかりでよい。男であったものが女となった違和感に目を向けさせてやれば、他のことに構う余裕は持てまい。
 ゲームから抜き出した「女神」の性格や能力の情報を魂に上書きしながら“神様”は顔をしかめた。それにしてもなんと都合のいい設定だ。いや、我らが与えてきたものはこれにも勝るご都合ではあったが……ともあれ、こやつが入れ込んだものとなることで、その行動は制限できるはず。誰しも愛したものを無碍にはできぬものゆえな。
 あとは環境か。整え過ぎても飽食の絶望に向かうばかりであるゆえ、とりあえずはこの「女神」にこやつが与えていたものを用意し、こやつが自らを「女神」と自覚したときに顕現させる。それまでは前世の持ち物を持たせておいてやれば、転生の心情的負担を減らすこともできよう。
 こうして“神様”はすべての作業を終え、魂をその手に乗せた。
「不都合あれば後にまた手を入れてやろうが、まずは旅立つがよい。“カムバック特典つきのワールド変更”へ」
 慣れぬゲーム用語を交えて言い聞かせた“神様”が、螺旋の流れに魂を放つ。
 とりあえずは見守ろう。おまえ――スノーフィア・スターフィルドが歩むβ版の生を。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
【神様 / ? / ? / NPC】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年04月26日

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