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『私の奮闘? 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 ここがどこかはわからない。
 今がいつかもわからない。
 だから“私”はあたりをきょろきょろと見回した。
 直管型LEDランプに照らされる、雑然としたオフィス。“私”は入口――はどこにも見当たらなかったが、そんな感じだった――へ向いたカウンターに、オフィスと対面していた。実に安っぽい五本足の事務用椅子に座して。
 区役所の受付みたいだな、そう思ったとき。
「はいはい、お待たせしましたー」
 狂おしいほどメタボリックで、ままならないほど地味地味なおっさんが、クールビズ姿で現われた。
「まあ、役所ってのはまちがっちゃないですけどねー。無理矢理名前つけるんなら、天国役所の転生する課ってことで」
 天国? 転生する課? 首を傾げる“私”にカウンター越し、おっさんが苦い顔を向ける。
「あたしね、あんたのこと担当してる神様なんですけどね」
「神様?」
 思わず声が出た。
 いやだって、神様って神様でしょう? それがどうしてこんな(自主規制)ちらかしたおっさん?
「あんたの想像力が及ぶとこで、不用意に萎縮させない格好と場所、選んでみたんですよ。まー、ちょっとだけ神威とか見せときます?」
 すごい勢いでおっさんの頭が光った……。
「し、しあがってます、ね?」
 しかし、普通の人にできることじゃないのは確かなので、とりあえず人じゃないんだなと納得した。
 途端。
「ふむ、認識は少し改まったようだ」
 おっさんが、スーツ姿のナイスミドルに変貌した。
「あ、あの、あなた、ほんとに」
「神様だよ。まあ、それはいい。ここに来たことは憶えていられないだろうが、とりあえず君には説明しておくことがある」
 カウンターに書類の束を置き、神は綺麗に刈り込んだ鼻髭をこする。
「君というものを成す魂は非常に大きな問題を抱えている。君は他の魂に比べてあらゆる耐性に劣り、いくら優れた才を与えたところでそれを無為にして早々、死へと至る。いわゆる無能というやつだ」
 流麗にこき下ろされ、“私”はうろたえることすらできずにうなずいた。
 いや、確かに自分はダメな気がする。どうダメなのかは思い出せなかったが、こう言われても当然なくらいダメだったんだろうと思う。
「ダメ人間、でしたか」
「人を超える存在となってもね。同じように無能であり続け、さまざまな因果を死という結果に結びつけ続けた」
 神はうなずき、今この場にある情景をため息で吹き消した。

 茫洋とした薄暗がりのただ中へ放り出された“私”。その前に、神は複数の地図のようななにかを拡げてみせる。
「地図という認識でかまわない。これは君が転生した一部の世界の有り様を示すものだからね。見えるだろう、平らかな世界に刻まれたへこみが。これは君が神意に背いて死んだことでつけられた傷痕だ」
 完全なる平面でなければならないはずの世界にある小さなへこみ。これをつけたのが“私”の死?
「多くの神が君に生を全うさせようという一意をもって奮闘してきたよ。しかし君はそのことごとくを退け、不条理に死に続けた」
 だとすれば、なぜ世界に傷をつける“私”を神がそれほど気にし続けるのか。
「まあ、この程度の傷痕はいずれ自然に修復されるものではあるから心配はいらないが、君という存在の不条理はそうしたものだ。だからなのだろうね、私が君に拘るのは」
「それはどういう」
 反射的に聞き返した“私”に神はしかめ面を向けて。
「このまま君を“処分”してしまっては、私の負けを認めることになるだろう!」
 あ、口髭が消えて顔がかっこよくなくなった。
「認識ぃ〜! ごっさやばいとこやった自分のことぉ助けたったんワシぃ〜!」
 ああ、そうか。処分って“私”、魂を消滅させられるところだったんだ。それを救ってくれたのは神様。南無南無……でも、“私”が消えたところで誰も困らないんじゃないだろうか。むしろ世界のためにはそのほうがよかったのでは? ほら、わからないうちに滅べば痛くも怖くもないだろうし。
「神さんなめとったらあかんでぇ〜。自分らぁに寿命全うさせるんがワシらの仕事やしの〜」
“私”はようやく理解した。命とは定められた寿命を全うすることを義務づけられている。その理を破るからこそ“私”はダメで、神様は“私”に拘るのだ。
「あ、じゃあ、生まれてすぐ死ぬことにしてもらえれば」
「自分、おとんとおかんがどんだけ泣くか考えや」
 関西弁だからということではなかろうが、意外に人情派。まあ、そうでなければ拘る前にあっさり処分されていたんだろう。また認識をあらためた。
「とにかく、君のために用意した。君が唯一思い入れた形とそこに宿る力とを。思惑はあるがあえて語りはすまい。どうせ忘れ去るのだからね。しかし君は今度こそ正しく生を全うするのだ。理解できたかね、スノーフィア・スターフィルド?」
 ようやく美貌を取り戻した神が“私”に突きつけた名前――スノーフィア・スターフィルド。
 ああ。その名前を、“私”は識っている。
“私”が唯一心を許した異世界の女神の名。
 最初はおとなしいばかりの子だと思い込んでいた。
 しかし多くの冒険を共にする中で、そればかりの存在ではないと……他の女騎士や女魔法使いとはまるでちがう強さを、たおやかさの内に秘めていることを思い知った。
 そして。魔王と対するころには、パートナーとして背中を預けられるのは彼女だけだと思い定めていた。
 まあ、すべてはゲームの中での話なのだが。
 って、これだと“私”、ものすごくダメ人間みたいだ……いや、神様がムキになるくらいダメ人間だったらしいけど。そこのところは憶えてなくてほんとによかった。
 などとダメなことを考えていた“私”はふと思い至った。
「“私”がスノーフィアになったということは、その、世界を救ったりしないとだめなんでしょうか? どこかにいる魔王と戦ったり?」
 スノーフィア・スターフィルドとなって、彼女が成してきたように世界を救う。それこそ、“私”が傷つけた世界への贖い――
「そういうことはなにもない」
 神様、“私”のセンチメンタルを一刀両断。
「でも、“私”にはスノーフィアの力があるんです、よね?」
 一応聞き返してみたが、神の顔は小揺るぎもせず、そのままあっさり言の葉の刃を返され、斬り捨てられた。
「倒すべき敵もいないし、踏破すべき迷宮もない。君はただただ生を全うしてくれればいい。むしろそれ以外のことはしないでくれたまえ。世界が迷惑するからね」
 ええー? “私”は思わずうろたえる。それならスノーフィアの姿と力、いらないんじゃないでしょうか?
「細かくは言えないが、君がまた死んでしまわないようにかけた保険だよ。女神だから死なない。いいね?」
「え、あー、でも」
「復唱してみようか! ほら、言霊というだろう? 口にした言葉はそれだけで力を持つものだよ! ――ああ、それはいいな。上書きしておこう」
 なにを言っているのかわからなかったが、神威に押されて渋々“私”は復唱した。
「女神だから、死なない、です」
「よし! その誓い、たとえ忘れても憶えておいてくれたまえよ――」


 目を醒ましたスノーフィアはふかふかベッドの上で眉根をしかめた。
 なにか夢を見ていたような……だめだ、思い出せない。
「だめだ、ですか」
 なぜだろう、妙に馴染み深いワードのような気がするのは。
 が、そんなことを悩むより、起きたからにはまず今日という日を始めなければ。
 起き出したスノーフィアは洗顔しながら考える。
 さて、今日はどうやって生きようか?


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
【神様 / ? / ? / NPC】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年04月26日

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