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『探偵、捨て子を拾う』
工藤・勇太1122


 人を外見で判断してはいけない、とは言われる。
 だが探偵は、人を外見で判断するのが仕事のようなものだ。
 今回の依頼人は一見、まっとうな勤め人のようだった。堅い会社の営業サラリーマンで、きっちりとスーツを着こなしている。
 妻が誘拐された。警察に知らせたら殺す、と言われている。
 どうか妻を助けて欲しい。取り戻して欲しい。
 そう語る依頼人の口調は真剣かつ深刻で、眼差しも真摯そのものだった。
 自分の妻を、本気で心配し、愛している。その思いに嘘はない、と俺は判断した。
 だから依頼を受け、誘拐されたという妻君の行方を探った。
 結果を今日、報告しなければならない。
 雇われた立場の俺が本来は出向くべきなのだが、依頼人はわざわざ当興信所まで足を運んでくれた。
 こちらも誠実な対応をしなければならない。だから俺は、はっきりと言った。
「あんた、俺に嘘をついたね」
 ソファーの上で、依頼人の身体が硬直した。きっちりとスーツを着こなした全身から、怯えに近いものが滲み出てくる。
「奥さんは誘拐されたんじゃない……駆け落ちだよ。あんたにしてみりゃ、まあ同じようなものか」
「……どこに……いるんです……」
 依頼人の声が、顔が、痙攣している。
 取り澄ました営業サラリーマンの仮面の下から、本当の顔が現れようとしている。
「妻は……どこに……それも調べてくれたんでしょう……?」
「あんた、奥さんを刺し殺して自分も死ぬつもりだろう」
 依頼人が、俺を睨んだ。
 見開かれた両眼に、隠しようもない凶暴性が漲っている。見てわかるほどにだ。
 やはり、と俺は思う。人は、外見で判断出来るものだ。
「あんたが常日頃、奥さんにどんな仕打ちをしていたのか……その目を見れば、わかるな」
 俺は言った。
「家庭の崩壊ってのは、そのうち絶対、仕事に響いてくる。あんたは、だから家庭なんてもの最初から持たない方がいい。正式に離婚してバツイチの独身貴族を通しなよ。その方が向いてるぜ」
「……誰が……俺の事を、調べろと言った……ぁああ? このクソ探偵があああああああああッッ!」
 依頼人が、殴りかかって来た。
 この男は本当に、自分の妻を愛している。所有物として、だ。
 それを奪われたのだから、哀れと言えば哀れである。
 1発くらい殴られてやってもいいか、と俺は思ったが、男は吹っ飛んで壁に激突していた。
 俺は、何もしていない。
 俺の近くに、いつの間にか勇太が立っていた。
「……何故……こんな奴が、いる……?」
 緑色の両眼が、燃え上がるように発光している。
「こんな奴が、のうのうと生きていられる世の中……どうして、まだ滅びていない……?」
「……引っ込んでろ、勇太」
 俺は溜め息をついた。
「最初に言ったぞ。俺の事なんて、別に守らなくていい」
「あんたなんて誰が守るかよ。俺は、そいつが許せないだけだ」
 知り合いから預かった、居候である。
 工藤勇太、17歳。だが高校へは行っていない。義務教育も一切、受けていない。
「許せない……救いようがない……だから、殺す。新たなる霊的進化への道を、歩ませてやるのさ」
 学校へ行く代わりに、虚無の境界の思想を植え付けられてきた少年である。
「おい勇太。お前が本当に殺したいのは、こんなつまらん奴じゃあないだろう」
 俺は言った。
「大物がいるんだろう。そいつを思い浮かべろ。そいつを、頭の中で何回でも殺せ」
「あいつ……!」
 勇太の瞳が、緑色に燃え上がる。
「俺と、同じ顔をした……あいつ!」
「今のうちに逃げろ、ぐずぐずするな」
 俺は、依頼人に声を投げた。
「……あんたの奥さんはな、今は幸せに暮らしてる。男なら、それを祝福してやれ。陰でな」
「も、もうテメエになんざぁ頼らねえよ。あの女ぁ俺が自力で捜してやる。見つけて、ぶっ殺す!」
 黙って逃げればいいものを、男が余計な事を喚いたせいで、勇太がいよいよ止まらなくなった。
 咆哮と共に、エメラルドグリーンの眼光が迸る。
 念動力の塊が、依頼人を直撃した。
 否。依頼人の眼前に飛び込んだ細身の人影を、直撃していた。
 様々なものが、応接室全域にぶちまけられた。
 辛うじて原形をとどめた生首が、俺の足元に転がり、微笑む。
「ごめんなさい所長……お部屋が、汚れてしまいました……すぐに、お掃除しますから……」
「……うん、まあ出来れば、そうしてくれ」
 人のいる所では、俺を所長と呼ぶ。
 当興信所で俺の助手のような事をしている娘だが、実は俺の妹である。そういう戸籍を作ったのが、つい最近だ。
 勇太が、へなへなと床に座り込んで呆然とする。
 依頼人は、尻餅をついて泣きじゃくっている。
 2人の視界の中、部屋中にぶちまけられたものが、無数のナメクジの如く蠢き這い、1カ所に集まって融合し、優美な細身の人型を取り戻してゆく。そして生首を拾い上げる。
 まあ、こういう妹なのだ。
「奥さんを殺して、自分も死ぬ……そんな事をしたら私、貴方を取り込みますよ」
 泣きじゃくる依頼人に向かって、妹が冷たく言い放つ。
「天国へも地獄へも行けないまま、貴方は永遠に存在し続けるんです。私の道具である、怨霊として……ね。死んで逃げようなんて甘いですよ」
 泣きじゃくりながら、男は泡を吹いて気絶していた。
 座り込んだ勇太が、同じように泣き出している。
「あ……あぁう……あぐっう……」
「泣かないで勇太君、私は大丈夫……私は、ね」
 全身をグジュグジュと再生復元しながら、妹は微笑みかけた。
「ね、勇太君。貴方の力を人にぶつけると、こうなります。ほとんどの人は、私と違って元には戻れません。泣いても怒っても絶対、元には戻れないんです。忘れないで」
「うあああ……ひぐぅ、うわぁああああん……」
 泣き叫ぶ勇太の頭を撫でようとして、妹は躊躇った。手が、血まみれなのだ。
 仕方がないので、俺が撫でてやった。


『君には面倒をかけて申し訳ない、と思ってる』
「本当ですよ、まったく。あんたの頼みでなけりゃ、引き受けたりしなかった」
 受話器に向かって、俺は苦笑した。
「あんたが忙しくてガキの面倒見るどころじゃないのは、わかりますけどね。何だって俺が」
『いつまでもIO2の施設に居させておいたら、間違いなく実験動物にされるからね。君もIO2関係者なら、わかるだろう?』
「……俺は、しがない私立探偵ですよ。IO2なんて恐い人たちとは何の関わりもない」
 俺は咳払いをした。
「まさか、とは思いますけどね。これから先も」
『確かに君には、まず彼女の身元引受人になってもらった。だからと言って、これから先なし崩しに危険人物を押しつけていこうという気はないよ。少なくとも僕には、ね』
「……俺は、子育てに関しちゃ全くの素人です。色々こじれた17歳の小僧を真人間に作り直す、なんて事は出来ませんよ」
『君を、近くで見ている。それだけで、あいつにとっては学びになるさ』
「あんたの役目じゃないんですか、それは。まあ今も言った通り、忙しいんでしょうけど……1度くらい、会いに来てやったらどうです」
 いくらか無責任な事を、俺は言った。
「口で言うほど、あいつはあんたを嫌っちゃいないと思いますよ」
『……僕に、その資格はない。だから君に押し付けたんだ。勇太の事、これからも頼むよ』
「色々こじらせてるのは……あんたの方、かも知れませんね」
 電話は、すでに切れていた。


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登場人物一覧
【1122/工藤・勇太/男/17歳/超能力高校生】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年04月27日

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