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『鎮魂歌は要らない 』
鹿羽根・ミオモ8912

 とある地方都市に、潰れた遊園地がある。アトラクションだけでなくピクニックの出来る広場などもあり、小さな子供のいる家庭を中心に人気だったスポットだ。しかし、かつては賑わっていたであろうその場所も、閉鎖されてから何年も経過した今では見る影もない。
 役目を忘れたアトラクションは撤去されないまま放置されたせいで錆びつき、広場の噴水は枯れ果てている。かつては綺麗に清掃されていたはずの道は、ひび割れて雑草が生い茂っていた。
 人々から忘れられた楽園は、当時の賑やかさとの落差も相まって痛々しいほどに寂しげであり、不気味な雰囲気を纏っている。
 しかし、だからこそ時折一部の者達の間で話題にあがった。あそこには――"出る"のだ、と。

 ◆

 廃墟となったその場所に、人けはない。立ち入りは許されていない上に、深夜ともなれば殊更だ。
 しかし、男にはここにこなければならない理由があった。それが男の仕事だったからだ。

 夜の潰れた遊園地は恐ろしい程に静かであり、聞こえる音といえば男の呼吸音くらいである。だから、不意に男の耳をくすぐったその音は、思いの外辺りによく響いた。
 聞こえてきたのは、何かが歩く音――足音だ。男のものではないゆったりとした足音が、暗闇から迫ってくる。ごくりと息をのみ、男は物陰で身を潜め様子を伺う。
「大きな観覧車ね。また、いつかきた時は、二人で一緒に乗りましょうね」
 誰もいないはずのその場所に優しく穏やかな声が響いたのは、その直後だ。男は暗闇に慣れた目をこらし、声の主を探す。
 そこにいたのは、女だった。一人……否、彼女の腹は膨らんでおり、その中にもう一つの命があるという事を主張しているので、正確には二人だろう。穏やかな表情を浮かべる妊婦。何にせよ、こんな寂れた場所にいるには場違いな存在である事には違いない。
 しかし、男はすぐに気付いた。彼女が、ただの女ではない事に。
(当たりだ)
 男はそう思い、武器を構える。近頃この近辺で見かけたという噂が本当だった事に、自然と口元は笑みを象った。
 不意に、その女は振り返った。男の気配に気付いたのだろうか。闇夜に浮かぶ緑色の瞳が、じっと男の事を見つめている。
 血の気のない肌に、輝きを失った瞳。それは彼女が生きていない事を無言で肯定していた。
 この遊園地は、そういったものを引き寄せる。出るのである。何が? 命を失った者が。幽霊が。あるいは――
「あら、あなたは……どちらさま?」
 ――ゾンビが。
 穏やかな様子で声をかけてきた不死者の女に、ゾンビハンターである男は返事の代わりに銃を突きつけた。

 ◆

 突然の襲撃に、自然と鹿羽根・ミオモの唇からは引きつった悲鳴がこぼれ落ちた。咄嗟に彼女はその銃弾を霊力で弾き返したが、殆ど反射で防いだようなものなので次いで繰り出された一撃をその身に受けてしまい、小さく悲鳴をあげる。不死者である彼女の肉体は頑丈であり銃弾一つでは大した傷にはならないが、死した今も正常に機能している痛覚が彼女を苛むのだ。
「いや、ど、どうして……?」
 問いかけに、彼女を襲った男は答えない。
 ただ一つ分かる事は、この男はミオモの敵だという事だ。このままでは、自分とこの子の身が危ない。ならば、ミオモは戦うしかない。
 ミオモは、思わず自らの腹へと手を添える。大きく膨らんだそこには、彼女の子が宿っていた。
 身重のゾンビが振り上げた拳が、男へと繰り出される。男は突然の反撃に一瞬たじろいだようだが、その攻撃を銃を盾にする事でなんとか防いでみせた。
 再び攻撃しようと男は銃を構え、すぐに違和感に気付くと舌打ちをする。持っていた銃は、先程のミオモの攻撃を受け折れ曲がってしまっていた。不死者であるミオモの力は、生者の力では出来ないであろう事も軽くやってのけるのだ。
 ゾンビハンターである男にとって、このような事は予想の範囲内だったのだろう。すぐに隠し持っていたナイフを取り出し、その切っ先をミオモへと向ける。ミオモは、腹へと手をやりながらも生者の身では繰り出せぬ威力を持った攻撃を繰り出し続けた。
 だが、女の生気を失ったその右手は自らの腹から離れる事がない。
 ミオモが腹を庇って戦っている事は、はたから見ても明らかであった。故に、男は思ったのだろう。そこが彼女の弱点なのだろう、と。
 男はミオモの腹へと狙いを定め、ナイフを振り上げる。相手の狙いに気付いたミオモの、悲痛な悲鳴が同時に辺りへと響き渡った。
「この子に……この子に触らないでっ!」
 ――鮮血の花が、夜に咲く。色を失った廃墟に、鮮やかな彩りを添える。
 しかし、その赤はミオモから溢れたものではない。

 子を守らなくてはならないと思った瞬間、彼女の手は自然と敵に向かい伸びていた。男の体を掴んだ彼女の力は、先程までのミオモよりもずっと強い……相手を永遠の眠りにつかせる事など、たやすいくらいには。
 響いたのは、鈍い音。何かを引きちぎるような、音。
 ミオモは自らの近くにある血溜まりを見下ろす。悲鳴すらあげる間もなく倒れ伏したゾンビハンターは、生気を失った瞳でミオモの事を見上げていた。

 ◆

 辺りは、先程までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。しん、という音が耳に痛い程の静寂を、優しげな女の声が切り裂く。
「怖かった? ごめんね……もう大丈夫よ。怖い人は、もういなくなったからね」
 ミオモは、腹を撫でるとそこにいるはずの胎児へとゆったりとした声色で語りかけた。その生気のない唇は、次いで小さな歌を口ずさみ始める。
 死した男の耳にも、その歌声は届く。けれど、それは鎮魂歌ではない。ミオモの子に危害を加えようとしたもののために、歌ってやる歌などはないのだ。
 鎮魂歌は要らない。この男にも――ミオモにも、そしてこの子にも。
 ゾンビ妊婦は眠らない。永遠の眠りにはつかず、生を求めこの世をさ迷い続ける。
 故に、彼女が奏でるのはゆったりとした曲調の、子守唄だ。穏やかで優しげな歌声が、夜の街に染み入るように溶けていく。
 彼女は自らの腹を撫でながら、子をあやすための歌を口ずさみ続けた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8912/鹿羽根・ミオモ/女/30/リビングデッド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年04月27日

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