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『静心なく 』
サフィーアka6909


 囀る小鳥の声につられ、サフィーア(ka6909)は空を仰いだ。
 つい先日までは見かけなかった飴色の小鳥達が、しきりに鳴き交わしている。冬の間南方で過ごしていた渡り鳥だ。北から吹いていた冷たい風も、穏やかな東風に変わっていた。

「――もう季節が巡ったのね」

 常人ならば、この暖かな陽気に誘われてそぞろ歩くところだろうが、彼女の場合は少し違っていて。

(部屋に篭ってばかりいては身体が鈍る……そう思考して散歩へ出てみたけれど)

 自らを殺戮人形と自認する彼女。いつ何時も支障なく四肢を動かせるように……そんな風に考えての外出だったが、実に様々な変化に気付かされる。
 街路樹には新緑が芽吹き、下生えの草は鮮やかに萌え、ぬくまった風にそよいでいる。
 緑の匂いをいっぱいに含んだ風に背を押され歩いていくと、傍らの民家から赤子の泣き声が。

(……この家、赤ん坊が生まれたのね)

 生まれっ子特有の甲高い泣き声からそう推察していると、真新しいひさしを張り出した花屋を見つけた。

(この前通った時は空き家だったけれど……散歩道に花屋ができるのは良いことだと思考するわ。季節の花々を見知ることは教養を深めてくれると、何かの本で読んだもの)

 歩調を緩め、軒先の花々に目をやる。
 原色に近いチューリップ、芳しいバラの数々。フリンジ咲きのカーネーションに、控え目に咲くカスミ草――息を吸えば甘い香りが肺を満たし、胸の辺りがほぐされていくような感覚を覚えた。
 サフィーアはそっと胸へ手をあてがう。

(……また……)

 ハンターとして活動するようになってから、しばしば覚える似たような感覚。不思議な意思の揺らぎ。理屈や道理や合理性などといったものとは異なるところで生じる、不可解な思考の擦れ。
 それが何なのか、彼女は理解できずにいた。
 胸のそれが凪ぐのを待っていると、花屋の奥から若者が現れた。手には黄色いガーベラを一輪携えている。

「いらっしゃい」
「申し訳ないけれど、私、お客では……」
「良いんですよ。これ、オープン記念にお配りしてるんです」

 若者はそう言って、強引に彼女の手へガーベラを押し付ける。

「どうぞご贔屓に!」

 サフィーアはやや戸惑いながら会釈し、花屋の前を後にした。
 思わぬ道連れができたわと、花弁に鼻先を近寄せる。元気いっぱいな見た目に反し、案外慎ましく上品な香り。また胸の辺りがざわりと揺らぐのを感じ、振り切るよう足を早めた。




 無心で歩を進めるうち、いつしか街を抜け、郊外の森へやって来た。

(この先の池なら……)

 大樹の木陰にすっぽりと包まれるようにしてある池は、周囲を鬱蒼とした木々に囲まれているためか概ねひと気がない。静かな水辺はひとり思考を巡らせるのに丁度良く、彼女は何度か訪れたことがあった。
 ところが――

「……!」

 池の景色は、彼女が知るものと一変していた。
 大木も水面も、一面薄紅に染まっているのだ。
 夏には濃緑の葉を茂らせ、冬にはごつごつとした枝ばかりになっていた大樹は今、薄紅の小さな花をたたわに付け誇らしげに佇んでいる。水面はその姿を映し、しらしらと輝いているのだった。
 それは、梅雨時期に"目覚めた"サフィーアが、初めて目にする艶やかな春。
 大樹に近づき、幹に触れてみる。

「……『桜』という木だったのね。文献で読んだことがあるわ。東方から持ち込まれたものかしら……」

 最初はそんな風に考察していたが、自然と唇から言葉が失せる。
 視界を覆い尽くす桜花。重そうにたわめた枝は、風が吹く度はらはらと花弁を零す。下生えや水面を白く染め上げる花弁に、頭の中まで染められていくようで、言葉も思考も何もかもが霞んでしまう。初めて見る光景に、気付けば息さえ詰めていた。
 目にした瞬間、胸の辺りが大きく跳ねたような気がしたし、今ではきゅうっと締め付けられるような感覚がする。

(……これが『美しい』というものかしら……美の判断基準は、人により異なると言うけれど……)

 そう考えると、何故人により異なるのだろうという疑問に行き当たる。
 原因はきっと、思考する頭ではなく、胸の辺りにあるらしい『ココロ』というもの。
 時に人を動かす大きな原動力となり、時に指一本動かせぬようにしてしまう、そういった、もの。

(私には……――)

 両手で胸を押えてみる。携えていたガーベラが、彼女の顎をくすぐった。


 するとその時、風もないのに枝を離れた1枚の花弁が、ふぅわりと水面に落ちた。
 水に触れた途端、水面に幾重にも小さな輪を描き、その輪は徐々に広がっていく。
 水面を細かに揺るがす波紋に、不思議な意思の揺らぎを重ね見る。

 サフィーアはある依頼の記憶を辿った。

 蒼界での過酷な任務。迫りくる狂気感染した動物達に、不気味に蠢く藤の蔓。
 それらから建物を守り切ることは、ひとりでは到底なし得ぬことで、同行者達との連携が不可欠だった。

(協力することで、歪虚を一体でも多く殲滅できるのなら――それを円滑にするため、同行者との交流は必要……そう思考していたけれど)

 交流は他者と共闘するためのツール。
 歪虚撃破の効率を上げるために必要なこと。
 それ以外の特別な意味など、見出していなかったのに。

 『彼女』が『彼』だと分かった時の、一瞬思考が停止するような――胸が跳ね上がるような感覚。
 藤に捕らわれた少年を奪還した時の、思考がふと弛緩するような――張り詰めていた胸が解けるような感覚。
 少年の想像を絶する歌を聞いた時の、思考回路が麻痺するような――何とも言い表し難い感覚。


 そもそも、何故傷ついた少年のため、ポーションを持参したのだろう。
 ――何故?

(……回復手である彼に、少しでも長く立っていてもらうことは、戦線維持に有益だと考察したためよ)

 自問に即答する頭の隅で、後日少年に言われた言葉が蘇る。

『お仕事だから、なのかもしれないけど……でも、おねえさんの『優しさ』なんじゃないかなぁって』

(……仕事だから、よ……そのはずだわ)

 けれど考察に基づく彼女の中の声は、少しずつ頼りなくなっていき。


 水面へ視線を戻すと、先程の波紋がまだ残っていた。
 そこへ別の花弁がひらりと落ちる。新たに生まれる波紋。波紋同士が干渉し合い、真円の輪が少し歪んだ。互いが作った漣を触れ合わせ、形を変え、また落ちてきた花弁の波紋に影響を与え与えられながら、風に乗り少しずつ遠ざかっていく。
 その様は、交流することで互いに変化しつつ、時代という大きな流れに揺蕩う人々のようで。


(……どう、変わるのかしら。私は、どう変わっていくのかしら)


 "不思議"な意志の揺らぎ。
 予測できない変化。
 理知的に物事を判断する彼女にとって、不可思議なことや推測不能なことは、本来忌避するか警戒を覚えるところだろうが、何故だか嫌な心地は――嫌なものだという判断には至らなかった。
 この不思議な意志の揺らぎは、決して不快ではないからだ。

(この揺らぎがもたらす変化なら、きっと……そう不安視するものではない。そう推測す……"思う"わ)

 誰に聞き咎められるでもなし、普段使わない単語を用いてそう結ぶと、すっと肩が軽くなった気がした。
 瑠璃の瞳と黄金の花に見送られ、水面の桜達は風の吹くまま、池の奥へ流れていく。
 それらが見えなくなってしまうまで、サフィーアはいつまでも春の中に佇んでいた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6909/サフィーア/女性/21歳/ココロのありか】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。サフィーアさんの、とある春の日のお話をお届けします。
発注頂いた時は、久しぶりにサフィーアさんにお会いでき、とても嬉しく思いました。
(今はまた別シナリオでお預け頂いておりますが)ご縁いただいたPCさんに再びお会いできるのはとても嬉しいです。
また、発注文では当方の体調のことなど色々とお気遣いくださり、ありがとうございました。
貴重な文字数をいただいてしまい、有り難いやら申し訳ないやら……!
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
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2018年05月01日

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