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『Only your hero.』
虎噛 千颯aa0123)&紫 征四郎aa0076

 先の惨劇から数日が経過しても、HOPE内に漂う空気はどこか沈鬱だった。
 ……あるいは自分がそう感じているだけだろうか。件の惨劇を直接目にしていない自分でも、あの話を聞くのはひどく気分が悪かった。数日たった今でも引きずる程度には。

 HOPE本部の敷地内を歩いている自分の表情が、常になく苦いものであることを千颯は自覚していた。家に居ても腐るだけだからと、なにか依頼を受けようとここまでやってきたものの、どうにも気分が乗らず。広い敷地内を、人相の悪いまま、どこへ行くでもなく歩き回っている。

「……ん? あれは……」

 そんな折、日当たりの良いベンチに見知った顔を見つけた。
 小さな背丈と藤色の髪――征四郎だ。
 どこかぽやっとした表情で空を見上げる少女は、そういえばあの惨劇の中にいたのだと思い至って、千颯はなんだか無性に泣きたくなる。

「――よっ! こんなところでどうしたんだ?」

 そんな感傷を押し込めて、千颯は顔をくしゃくしゃにしながら征四郎に声をかけた。
 どこかぼんやりとした表情で千颯を見上げた征四郎は、不思議そうにぱちぱちと瞬きして。

「チハヤ……」

 へちゃり、と。
 今にも泣き出しそうに表情を歪めた。

 驚いたのは千颯である。
 目を丸くした千颯は、しかし一瞬でその表情を苦笑に変えて。

「……ちょっとオレちゃんとデートしない?」

 征四郎のまぁるい頭にやさしく手を置いた。



 千颯に買って貰った温かい飲み物を両手に抱えて、征四郎はほぅと息を吐き出した。
 デートしよう、なんてうそぶく千颯に連れてこられたのは、HOPE本部の敷地内にあるひとけのない東屋。日当たりも良く穏やかな場所だが、立地的に少々不便な場所にあるため、わざわざ訪れる人の少ない穴場的スポットだ。

「おいし?」
「……はい」

 某コーヒーチェーン店のロゴが印刷されたカップを傾けていた千颯が、征四郎が落ち着いたのを見計らって声をかける。今の征四郎にはその気遣いがありがたい。
 お互い無言のまま、飲み物をすする音が続く。

「…………チハヤは」
「ん?」

 会話の口火を切ったのは征四郎だった。

「チハヤは、もし、もしですよ? もしも、救助対象のどこかの誰かと、チヨ達と、どちらかしか助けられない、間に合わないような時があったとして、チハヤは選ぶことができますか?」

 思わず口から出た、と言った様子で、どことなくバツの悪そうな顔をする征四郎。なるほど、この子が悩んでいたのはこれだったかと、本人も気付いていない必死さを瞳に滲ませるまだまだ幼い少女を、ずるい大人である千颯は真っ正面から見つめた。

「そりゃあ、千代たちだな」
「え?」

 束の間も悩むそぶりを見せなかった千颯に、征四郎は「予想外だ」と言いたげに目をぱちくりさせる。
 まんまるに見開かれた目がおかしくて、千颯は思わず破顔した。

「意外だった?」
「――は、い。意外です。チハヤは、みんなのヒーロー、という感じでしたので」

 ぽかん、と口を開けて固まってしまった征四郎に笑いかければ、どこかぎこちない動きで肯定の意を示す。
 みんなのヒーロー。自分をそう表した征四郎に、千颯はどこか自嘲気味に笑ってみせる。

「ヒーローかー……。あー……うん、俺さ、ヒーローって嫌いなんだ」
「え……?」

 その言葉はきっと、普段の千颯からは想像できない一言だったのだろう。驚きに目を丸くした征四郎から穴が開くほど見つめられて、千颯は居心地の悪さに肩をすくめる。

「征四郎ちゃんはさ、ヒーローってどんな人だと思う?」

 そう問われて、征四郎は真剣に考えてみる。
 決して短くはない時間だったが、千颯は急かすことなく待っていてくれた。

「……自分を省みず、誰かを救うために尽くす人、でしょうか」

 結局、征四郎の口から出たのは、ありきたりな英雄像だった。――征四郎が今悩んでいる問題そのものでもある。

「確かに、ヒーローって聞きゃあそんな想像するよな」

 征四郎の言葉に肯定の意を示しながらも、どこか引っかかる物言いをする千颯。

「チハヤは違うのですか?」
「オレちゃん? オレちゃんはねぇ、ヒーローなんて自分勝手でどうしようもねぇワガママ野郎だと思ってる」
「へ……?」

 思いもよらなかった答えに、征四郎の目が点になる。
 今日は小さな同業者の驚いた顔がたくさん見えるな、なんて若干無責任なことを千颯は思った。

「ヒーローって言えば聞こえはいいけどさぁ、結局やってることは破壊活動と変わんないじゃん? 敵と戦って街を守る! なんて言いながら、その街を破壊してるのはヒーローもおんなじ。その後修復作業や復興作業を行うのはその街の人たちや国の人たちで、ヒーローが手伝うことはほとんどない。そんなの、見る人によっちゃあ、悪やヴィラン連中と何も変わらない」

 そう言う千颯の語調は、常になく深く、重い。どこか影の差す千颯の眼差しを、征四郎は何も言えずに見守っている。

「誰かを救うって言ったって、結局はその場限りだけのお気楽な関係でさ。その後救護対象者がどうなろうが関係ない。そもそも、助けを求められた相手しか助けないのに、何がヒーローだ。なにが、正義だ……――!」

 いつの間にか握りしめられていた千颯の拳がギチリと音を立てるのを、征四郎はおろおろとした様子で見守っている。声をかけようにも、見たことのない千颯の様子がなんだか怖くて躊躇してしまう。

「ち、ちは……」
「あ――……、ごめん、つい熱くなっちゃったわ」

 どこか泣きそうな様子で己を呼ぶ征四郎に気付いて、千颯はようやく冷静さを取り戻す。にへ、と常のような笑顔を見せる千颯に、征四郎も安堵した表情でほっと息を吐き出していた。
 幼気な少女にとんだものを見せてしまったと、千颯は笑顔の裏で小さく嘆息する。どうやら先日の件、自分が思っていたよりよほど堪えているらしい。

「つまり、だ。オレちゃん的に、正義のヒーローってのはどうもいけ好かないの。どう? 本当はこんな人間でがっかりした?」

 へらりと笑って肩をすくめて見せれば、純真な征四郎は「いいえ」と首を横に振る。

「びっくりはしましたけど、がっかりはしていません。チハヤの考えも、わかりますから」

 まぶたの裏に、今も鮮明に思い出す場景がある。おびただしい血、耳にこびりついて離れない悲鳴、大切な人たちが傷付けられる恐怖――。そのどれもが、征四郎を苛んで止まない。

 助けて、と。
 あの時、征四郎は確かに思ったのだ。
 誰か助けて。だれか、この地獄を終わらせて、と。

「……征四郎が、このまま、誰かのために剣を振るうことが、正しいのかどうか、わからなくなってしまいました」

 自分も「ヒーロー」を名乗るひとりだったのに。誰かを助けるために、頑張ってきたのに。
 力及ばず地に伏して、自分を犠牲にすることもできず、ただ事が終わることをひたすらに願って。
 あまつさえ、自分の大切な人が誰も犠牲にならなかったことに安堵して。

「…………あんなに、たくさんの人が亡くなって、たくさんの人が苦しんでいたのに、征四郎は、征四郎は確かに、ああ、みんなが無事でよかったって、思ってしまったのです」

 無事なものか、と征四郎は思う。
 あの惨劇で亡くなった人の数は両手で足らず、負傷者まで含めると、それこそ数え切れないほど。実際にあの場におらずとも、大切な人を亡くしたり、PTSDで苦しんでいる人だっているはずだ。
 それでも、誰も居なくならなくてよかったと、征四郎は思ってしまうのだ。

「せいしろうは、ひーろー、なのに……!!」

 泣くまい、と、征四郎はぐっと目頭に力を込めた。じぃっと、膝の上で握りしめた自分の拳を見つめる。じわじわと熱くなる目元と、ゆるゆると潤んでくる視界が、ただひたすらに情けなかった。

「こんなにも、よわい…………!!」
「弱くなんかねーよ」
「え」

 己の言葉に間髪入れず言い換えされて、征四郎の涙は思わず引っ込んだ。
 うつむいていた顔を上げれば、真剣な目をする千颯の視線とかちあって、知らず息をのんだ。

「あのな征四郎ちゃん。俺さっき言ったよな、どこかの誰かと千代たち、どっちかしか助けられないなら迷わず千代たちを助けるって」
「は、はい」
「なんでだかわかる?」
「え……。そ、それは、チハヤの大切な人だからでは……」
「その通り!」

 征四郎の答えに、ニカッと笑って少女の頭を撫でる千颯。乱暴な手つきに、征四郎は「わ、わっ」と慌てている。

「名前も知らない赤の他人より、顔も名前も性格も、好きなごはんや苦手なもの、よく口ずさむ鼻歌やちょっとした癖なんかを知ってる大切な人のほうを優先するのは、人として当たり前のことだぜ?」

 ぐしゃぐしゃと己の頭をかき回す千颯の顔を、征四郎は見ることができない。乱暴だけどなんだかあたたかいその手を振り払うこともできず、征四郎はただ穏やかな千颯の声を聞いた。

「俺たちはヒトだ。英雄と契約してるリンカーだけど、ただそれだけのヒトなんだ。おとぎ話に出てくるような英雄や、映画に出てくるヒーローみたいには、どうやったってなれない。俺はそれを知ってる。自分の両手に抱えれる分だけしか守れないけど、護るって決めたものは、たとえ俺の命と引き換えにしたって護る。……それくらい、大切なんだ」

 気が済むまで征四郎の髪の毛をぐちゃぐちゃにして、千颯はそのまろい頬を両手で包み込む。
 征四郎の瞳をまっすぐに覗き込む千颯の瞳は、どこか泣きそうな色をしていて、けれど痛いほどに真剣だった。それ故、千颯の言葉は征四郎の心にまっすぐと降り積もっていく。

「誰かのために振るう剣は強い。その『誰か』が自分の大切な人なら、きっとその剣は折れない。それが正しいかどうかなんか、俺は神様じゃないからわかんねーけど、少なくとも俺は正しいか正しくないかで武器を振るってるわけじゃない」
「……じゃあ、どうして、チハヤは戦うのですか」
「その理由はもう話したぜ?」

 笑いながらぐしゃぐしゃになった征四郎の髪を手櫛で梳く千颯の表情は、少なくとも征四郎の目にはいつも通りに見える。

「名前も知らない誰かのためじゃなくて、自分の大切な人のために。こんなんじゃ到底、ヒーローになんかなれないのさ。俺ちゃんがこんな人間でがっかりした?」

 見える程度に征四郎の髪を整えて、千颯は今まで征四郎が見たことのない顔で笑った。その笑顔は、いつもの太陽がはじけたようなそれではなかったけど、征四郎にはとても千颯らしいものに見えた。

「いいえ。……いいえ。がっかりなんてしません」

 離れていく手に一抹の寂しさを覚えながら、征四郎は静かに首を横に振る。
 いつの間にか、胸の奥で凝っていた冷たい塊はなくなっていた。まだまだ吹っ切れることはできないけれど、前を向くことはできそうだから。

「それでも、……いえ、だからこそ。チハヤは、征四郎にとってのヒーローですよ」

 途方に暮れる子供に手を差し伸べてくれたやさしい人。懐が広そうに見えて、大切なものとそれ以外の線引きがはっきりしている不器用な人。それでもやっぱり、困っている人は見捨てられない難儀な人。
 千颯は確かに、征四郎を救ってくれたヒーローだ。

「……そ? ありがと」

 征四郎の言葉に束の間虚を突かれたような顔をしていた千颯だったが、じわじわと布が色水を吸うように、はにかみを浮かべて頭をかいた。

「さーて! あんまりお姫様を独り占めしてちゃあ保護者殿にどやされるな! 送って行くぜ? 征四郎ちゃん」

 征四郎の言葉がよほど気恥ずかしかったのか、千颯はカップに残っていた飲み物を一気に飲み干して立ち上がった。
 それがなんだかわざとらしくて笑ってしまう。笑いながら、冷めてしまったそれを飲み干して立ち上がる。

「チハヤ」
「ん?」
「今日はありがとうございました!」

 数十分前には考えられなかった晴れやかな笑顔でそう言えば、千颯はまぶしいものを見るように目を細めて征四郎の頭を軽く撫でるのだった。



 わたしのヒーロー。
 願わくは、あなたの行く路に幸多からんことを。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0123/虎噛 千颯/男性/24歳/人間】
【aa0076/紫 征四郎/女/9歳/人間】
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2018年05月07日

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