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『【h/h】ショートケーキ 』
藤咲 仁菜aa3237)&九重 依aa3237hero002
 擬音が見える世界だったなら、藤咲 仁菜のまわりには「キラキラ」や「うおー!」なんて言葉が浮かんでいただろう。
 などと思いながら、九重 依は突進してくる仁菜に右手をかざしてみせ、視界を奪っておいて闘牛士よろしくひらりといなし、通り過ぎる仁菜を流し目で見送った後、静かに去って行った――
「去らせないよ!?」
 シャツの左袖をつかまれた依は振りほどくこともできず、ただただ途方に暮れる。
『これからいっしょに生きてる意味を探そう』
 今、ちょっと涙目で依の手を引っぱる少女は、あのとき彼にそう言って手を伸べた。
 正直なところ、生きる意味などに興味は持てない。生まれたときから他者に嗤われ、穢され、躙られるばかりだった。その生に“忌み”こそあれ、“意味”などあろうはずはなかった。
 なのに。
 仁菜はいつだってまっすぐ飛び込んできて、依の顔を見上げて言うのだ。
『行こう、依っ!』
 まったく、どこにも居場所のない俺をどこへ連れて行く気だ? 俺が戻る先なんて、戦場以外にありえないってのに。それよりも仁菜はどうして俺のことをこんなにかまう――
「ここに行こうよ! いっしょに!」
 我に返った依だが、その目に仁菜の顔は映らない。
 なぜならそう、仁菜の突き出したスマホの画面に目の前全部塞がれていたから。
「いや、見えないし行かないし」
 つかまれたままの左手は放棄し、彼は右手でスマホをそっと押し退けた。
 すると、今度こそ仁菜の顔――ぷぅっと膨れたほっぺた――が見えて。
「誘うならリオンにしとけ……」
 あらためて去ろうとする依。
「でもスイーツだよ!?」
 ぴくり。依の肩がほんのわずか、跳ねた。
 彼は息を吸い、吐いて、もう一度吸って、細く吹き抜いた。よし、これで落ち着いた。
「……甘いものなんて、好き、じゃない。俺はそんな、女しかいないような、白い店には、行かない」
 声音がぶれないよう意識しながら台詞を紡ぐ。
「私、白いお店なんてひと言も言ってないんだけど。どうしてここが白いって知ってるの?」
 ジト目を下からしゃくりあげる仁菜。
「女は白い店が好きなんだろう?」
 依は自然を装い、目を逸らして逃げた。しくじった。いや、まだ挽回できるはず。俺がその店のことをもう調べてるなんて、仁菜が知ってるはずないからな。
 押し詰まる沈黙。
 ジト目の仁菜はその重い空気を押し割って一歩、依へ迫る。
「ショートケーキの生クリーム、甘々なだけじゃなくて、手で泡立てたふわっふわ仕様だよ?」
 飲食店評価サイトの口コミをスクロールして見せた。
 まったくもうー。隠してるつもりなんだろうけど依、甘いもの食べるといつもすっごくいい顔するんだよ? ショートケーキのときは特にね!
「そんなの店員が書き込んでるんだろう」
 一歩下がり、依はかぶりを振った。
 俺は負けない。こんなことで俺が俺であることを放棄するわけにはいかないんだよ……!
「超大粒苺が大放出! ふわふわ生クリーム大胆トッピング! 限界極めちゃってるんだからね!?」
 なんだよ限界を極めるって。
 生クリーム――そんなものに俺が――ショートケーキ。ああ、別に好き嫌いじゃないさ。生クリームを極めるっていう、ありえない表現が少し気になるだけで。
 依は息をついて仁菜の手を袖から外し。
「ようするにおまえが行きたいんだろう? 今回だけは……付き添ってやる」
 付き合うではなく付き添うというあたり、せめてものプライドというやつだ。


「お天気よくてよかったねー」
 仁菜は後ろを振り返り、笑みを輝かせた。
「ああ。傘を拡げればそれだけ死角も拡がるからな」
 そっけなく答える依。
 仁菜の意識が届きにくい右斜め後ろへつき、プロフェッショナルなら容易く嗅ぎ取れるほどの殺気を張り巡らせてガードする彼なわけだが、足取りはシリアスの度合をそこそこ裏切って軽い。
 依、うきうきしてるね! いっつもむすーってしてて、三歩下がって私の影踏まない感じだけど、そういう人でいられるのは今日までなんだからね?
 放っておけないからなんて言わない。私が依に言うことはひとつ。
 放っておかない!
 依は怖いんだよね、誰かを信じたりすること。わかるよ。私もそういうとき、あったから。でも、私だけは絶対、依のこと遠くから見てるなんてしない。
 だって私たち、家族なんだから。
 依は私が考えつかないくらい辛いこと、たくさん経験してきたんだと思う。だから私、依がこれからそれ以上の「うれしい」を経験できるように、たくさん甘いものを食べさせてあげたい。それで私も同じものを食べて、ひとつずつ思い出作って――すっごくなかよくなりたいんだ。

 依は仁菜の笑顔から微妙に視線を逸らした。
 どうしてよく知りもしないはずの俺に、こいつはこれほどまっすぐ突っ込んでくる?
 まさか、俺が甘いもの好きだと――いや、それはない。俺は完璧に俺をコントロールしてる。だとすれば、俺がこの世界に馴染まないことを気にしているのか。
 申し訳ないが、なかなかに難しい問題だな。向こうとこちらでは勝手がちがいすぎる。同じなのは、俺がするべき“仕事”だけだ
 依は息をつき、辺りの気配を探る。
 殺気どころか、こちらへ意識を向けてくる者すら希だ。これほど無防備な女子に害意を持たないのが普通だなど、依の常識からしてありえないことだった。いや、それが世界のちがいなのだと頭では理解しているのだが、心がついてこない。
 結局、俺が納得できてないだけなんだ。一応の安全が保たれてる世界なんてものを信じたくなくて……これはこれで不幸自慢ってやつなのかもな。


 店は白壁に黒木の床で、意外なほどシックな風情を見せる。
 ただ、店内にいる客も順番待ちの列もほぼ女子で、わずかな男子ももれなく女子とペアで。
 結構な時間並んでようやく席についた依は、まわりに気づかれないよう視線を巡らせ、息をついた。まあ、俺も一応はバディを組んでるけどな。
 今度はあからさまに、向かいでうきうきとメニューをめくる仁菜へ目を向ける。
「もう頼んだのに、なんでメニュー見てるんだよ?」
 仁菜はきょとんと小首を傾げて。
「え、だって甘いもの見るのって楽しくない?」
 いや、俺は見てないから楽しくないだろ。いやいや、見たって楽しくは、ない。
 依が葛藤を噛み締める中、仁菜の表情がかすかに曇った。
 訊くべきか――依が踏み込めずにいるうち時間は流れ、仁菜の前に苺パフェが、依の前にショートケーキとウインナコーヒーが置かれたのだった。

「ふわふわっ! やーわーらーかーいーっ!」
 パフェの上に盛り上げられた生クリームを口に入れた仁菜。その、大きく開いた両目をきらきら、白いロップイヤーをじたじたさせる様を目の当たりにし、依は思う。女ってひとりでも姦しいのかよ。
 しかし、生クリーム推しの店なだけはある。口当たりが驚くほどかるい。
 俺が知ってるのは固くて口当たりの悪い、見るからにできそこないの――
 仁菜がこちらを見ていることに気づいて、依はさりげなく視線を逸らした。いけない。うっかり過去へ沈み込んでしまうところだった。
「依」
「……なんだ?」
「やさしい顔してる」
 思わず頬に手をやるが、別に彼は笑っているわけでもなく、だからこそ仁菜の言葉がわからなくて、いぶかしむ。
「さっきね、私、妹のこと思い出してた」
 表情を薄笑みの形に固めたまま、仁菜はどこも見ていない目を伏せ、言葉を継いだ。
「あの子甘いのがすっごく好きだから、話してあげたらうらやましくなるかなって。寝てる場合じゃないよーって」
 仁菜の妹のことは知っている。従魔から彼女をかばって傷を負い、今なお目覚めぬまま眠り続けているのだと。
 仁菜はその妹が目覚めるのを待ち続けている。汚い大人と契約し、エージェントとして前線に立ち続けているのもすべて、妹を生かし続けるためのものなのだ。
「楽しくない世界になんか帰ってきたくないもんね。だから私、いっぱい楽しもうって思うんだ。おいしいもの食べて、いろんな人と笑って、そういう世界を守り抜くの」
 すべては妹のために、か。
 いや、妹だけじゃないんだろう。仁菜に前を向かせたのは、この世界にあるいろいろな“いいもの”のおかげだ。だからこそ仁菜は妹に自信をもって言い続けることができる。「早く帰っておいで」と。
 依は仁菜の笑みの輝きと内に宿した決意の熱に打ち据えられた気分になった。だって俺にはなにもないから――いや、ひとつだけ、持ってきた思い出がある。
「俺を鍛えてくれた人がいた。戦場にしか居られない俺が刃弾で死なないように、忌み子の俺が誰かの悪意で殺されないように……兵器以上の価値を認められなかった俺を、まるで普通の子どもみたいに叱りつけて、殴って蹴りとばして、褒めてくれた」

 どれほど他人が彼を蔑んでも、その人だけは。
 そんなある日、その人はひとつの包みを彼に放り投げたのだ。
『なんだよ、これ?』
 その人は眉をひそめた依に思いきり、『はぁ?』。
『だっておまえ、誕生日なんだろ? めでたいときはクリームいっぱいのケーキ食うもんだって、噂を聞いたもんで買ってきてやったんだよ。いいから開けてみろ』
 包みを開ければ、そこにはぺしゃりと潰れたスポンジに固いクリームがべたべた塗りつけられただけのケーキのようなものが。
 見ればわかる。
 買ってきたものなんかじゃなく、その人が作ってくれたものなのだと。
 料理など、素材を丸ごと煮るか焼くかしかできないような人だ。それがなにを思ってこんなものを……
 いや、簡単な話だ。その人にケーキを売ってくれるような店はないのだ。忌み子を手元に置いて育てているその人は、それだけで恐れられ、疎まれているのだから。できもしない料理をしなければならないのも、すべては依のせい。
 それなのに、いや、だからこそ作ってくれたんだ。こんな俺の誕生日を祝ってくれるためだけに。
『あー、あんまいい店じゃなかったな。次はもっといい店でよ』
『俺はこれがいい』
 かぶりついたケーキはまるでうまくなかったけれど、甘くて。今まで食べてきたなによりもうれしくて。
『あ?』
『またこれが食いたい』
 それ以上なにを言っていいのかもわからなくて、必死で食べ続けた。
 明日も明後日もその先も生きて、次の“今日”が来るまで俺を繋ぐんだと心に決めて。

 話を聞き終えた仁菜は小さく息をつく。
 依のことを大事にしてくれた人がいた。きっとその人はもういなくて、だから彼は余計に自分を忌み子だと蔑んでしまうんだろう。
 でもね、その人は絶対、そんなことしてほしくないよ。私のお父さんとお母さんも、きっと。
 ふと。最後のひと口を噛み締めた依が仁菜を見ないまま言った。
「守りたい奴らがいるんだろう? もう忌み子の力もほとんど残ってないけど、手伝ってやるさ」
 少し口調が固くて言葉が速いのは、この世界にまで抱えてきた過去の記憶を語ってしまった気恥ずかしさのせいか。
 仁菜は強くうなずいて、まっすぐ依の横顔を見据えて返した。
「うん。どんな状況になっても逃げない、絶対守りぬくよ。それができなくちゃ、依がこれから出逢ういちばん大事なものも守れないから」
 思わず顔を向けた依に、仁菜は笑みかけて。
「約束したでしょ。これからいっしょに生きてる意味を探そうって」
 仁菜にはわかっている。この言葉は、誰よりも自分自身が大嫌いな依に届くまい。
 でも、私決めたんだ。今届かなくても、届くまで伝え続けるよ。言ったでしょ? どんな状況になっても逃げないって。私は依のことあきらめないから。依のこと守ってくれた人の思い出といっしょに、絶対守りぬくから。
「帰ったらケーキ焼こう、クリームいっぱいの!」
 わーっと手を広げる仁菜に、依は眉根をひそめて問う。
「今食ったばかりだろう。別に俺は」
「いいの! 私はケーキ食べてないし、うれしいのは何回続いてもうれしいんだから」
「意味がわからない」
「別にわかんなくてもいいですー」
 依はそれ以上問い詰めることもできずにコーヒーをひと口含む。
 生クリームの溶け込んだコーヒーは実に甘くまろやかで、気づけば彼はひそめた眉根を解いてしまっていた。
 おかしいな。甘いコーヒーなんか今までも普通に飲んできただろうに。
 ――もしかして俺は、うれしいのか?
 あのときのことを思い出したからなのだろうか。それとも別の思いからなのか。結局わからなかったが。
 それはこれから探せばいいさ。どうやら簡単には死なせてもらえないらしいしな。
 ロップイヤーの守護女神を見やり、薄笑んだ。


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2018年05月08日

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