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『重い/想い 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)
「お姉様ー、お茶お持ちしましたー」
 アフタヌーンティーセットを抱えてシリューナ・リュクテイアの書斎に足を踏み入れたファルス・ティレイラは、続く一歩をぴたりと止めて、眉根を引き下げため息をついた。
「どうしたの、ティレ?」
 奥に据えられたプレジデントデスクの向こうから笑みかけるシリューナ。いつもどおりの泰然であり、艶然である。……なにを考えていたところで、彼女がそれを漏らすはずもないのだが。
 とりあえずヒントを引き出そう。ティレイラは意を決し、眉をしかめたまま雇い主であり、師匠であり、なにより大切な姉的存在であるシリューナに問うた。
「お姉様……企んでますよね?」
 返ってきた言葉は「ええ」。だめだ、これじゃあヒントにならない。はい・いいえで答えられない“開かれた質問”で攻め込まなければ。
「私の前の、さあ踏みなさいって感じなこの板ってなんですか?」
 ティレイラの前に置かれた黒い金属板。それは、未だ火魔法以外は未熟の域にあるティレイラですら容易く感知できるほどの魔力を放っていた。
 それだけなら、たまたま置いてあるのだろうと思えないこともない。
 しかし、ティレイラがあと二歩踏み出せば見事に真ん中を踏むよう位置取りされている以上、たまたまであろうはずがないのだ。
「ティレがワゴンを押してきても、そのタイヤが踏んでしまわないように調整したのよ? 計算自体はすぐ済んだのだけれど、板の一辺の長さと含ませられる魔力量の兼ね合いにはそこそこ苦労したわ」
 なるほど。サービスワゴンを押してきていたら、それが邪魔になって見えなかったわけだ。位置取りの妙はティレイラの歩幅のみならず、視界にも作用していたわけか。だとすれば手で持ってきたことで、思わぬ幸運を拾ったことになる。
「私、お姉様の企み、越えちゃいました?」
「さあ、どうかしらね」
 どれだけ凝視してみたところで、シリューナの薄笑みの奥は見透かせない。
 そもそも目の前の金属板が囮で、本命の罠が用意されていないとは限らないのだ。
「とりあえずお茶淹れたほうがいいですよ、ねー?」
「ええ。ティレの淹れてくれたお茶を楽しむのは、私にとってなによりの楽しみですもの」
 探りを入れても反応はいつもと同じ。それどころか少しうれしくさせるようなことを織り交ぜてくる。
 シリューナがティレイラを騙すつもりなら、当然あの言葉は踏み出させるための誘いである。いや、実は思いつきでいたずらをしかけただけならば、からかった詫びも含めてのリップサービスということに。いやいや、さらっと本音を口にしただけという可能性だってなきにしもあらず!
 うー、わーかーんーなーいーっ!
 ティレイラはここで「はいっ」と挙手。シリューナの「はい、ティレ」の促しを受けてわーっと口を開いた。
「板踏まなければ大丈夫ですかっ!? ほかにトラップとかないですよね!?」
 もう探っている余裕なんてなかったから、剛速球をど真ん中に投げ込んだ。
「その金属板以外、この部屋にしかけはないわ。だから安心していらっしゃい」
 古竜の誓約を示す印を切り、シリューナが答えた。
 ただ言うばかりではなく、誓った。ということは――
「信じていいんですね、お姉様」
「竜の誓約を破ればすべての力を失うことになるのよ?」
「お姉様が私のこと板の上に追い詰めたり」
「この書斎に収められている魔法具、繊細なものも多いわ。それを壊してまでいたずらをしたいはずがないでしょう?」
 ここまで聞いて、ようやくティレイラは踏み出した。
 板を大きく避けてデスクの横まで至り、ティーポットからコゼーを外し、淹れる。
「あの板、なんなんですか?」
 ティレイラからカップを乗せたソーサーを受け取り、シリューナはおもしろくもなさげに答えた。
「よくある分子変換魔法具。先日の依頼で受け取った報酬の一部よ。込められた力はそれなり以上だけれど、芸術的価値があるものでもないから遊びに使おうかと思って」
 って、遊ばれる側はたまったものではないわけだが……まあ、今に始まったことでもなし、あきらめるよりない。他の誰かならともかく、ティレイラにとって特別な存在であるシリューナの「癖」なのだから。
「ああ、そういえば倉庫に届いた荷物を玄関まで運んでおいてくれる? かなり重いからその姿だと持ち上がらないかもしれないけど」
 能力は器に制限される。人間形態で発揮できる力――特に膂力はごく限られたものに留められるのだ。
 それを誰よりも理解しているシリューナが「重い」と言うなら、それは本性たる竜の力を解放しなければ太刀打ちできないものということになる。
「わかりました。お茶の道具を片づけたらすぐかかりますね」


 ティレイラは倉庫に鎮座するそれを見やり、まずうなずいた。
 これは人間形態では絶対運べない。
 一辺150センチほどの正方形をした“黒”。大きさはともかくとして、問題は密度だ。重力魔法で分子を圧縮して重ねた「重量物」。その重さを利した魔法具は様々な局面で重宝されるのだが……
「お姉様のお仕事とあんまり関係ないような?」
 魔法具に関係するシリューナの仕事は主に、アンティークの鑑定や修理である。が、思いつきであれこれ造ったりもするし、これも試作用の素材なのかもしれない。
 ティレイラは竜の力を一部開放し、角と翼、尾を呼び出した。本性を解放すれば廊下が通りづらくなるので、この半竜半人形態でなんとかなるなら。
「ふ、んんんんっ」
“黒”を抱えて力を込めた瞬間からびんと立っていた尻尾がしおしお垂れ下がる。だめだ。びくともしない。
 しかたない。ティレイラは今度こそ自らの力を解放した。その肢体を紫鱗が包み、少女だったものが形を変じて竜を成す。
 とめどなくあふれ出そうになる魔力をコントロール、筋力の補助に回し、ティレイラは“黒”を持ち上げた。それでも重い。
 廊下を踏み抜いてしまわないよう、固い竜麟で壁や天井を傷つけてしまわないよう注意しつつ、ゆっくり運んでいく。
「前見えない!」
 人間形態用に造られた廊下はそれほどの幅も高さもない。だから彼女は体をできうる限り縮こめているわけなのだが、その上で150センチの立方体をどこにもこすらないよう運ぶためには、捧げ持つ体勢を取らざるをえない。当然視界は制限されるわけだ。
「お姉様が運んでくれたらよかったのにぃ」
 シリューナが編んだ魔法術式なら、この程度のものを安全に運ぶなど容易いはずだ。いや、だからこそこんな下働きを自分で行う必要を感じないということなのかもしれないが。
「それはまあ、下働きは弟子の仕事だけどぉ」
 ぶつぶつ言いながら、ようやくティレイラは正面玄関までたどりついた。
「着いたぁー」
 玄関は美術品を飾ることもあるため、ちょっとしたホールになっている。
 おかげでようやく体を伸ばし、普通に歩くこともできる――カチリ。
「え?」
 妙な足触りに、ティレイラはざわりと泡だった。これはまさか、書斎にしかけられていた金属板!? と、思わず下を見た瞬間。
 抱えていた“黒”がこぼれ落ちて。
 足! 潰れちゃう! って、ええーっ!?
 あたふた考えている間に“黒”が解けて一枚の板となり。
 そのまま落下して、ティレイラの両足を押しつけ、玄関の床に貼りついた。
『よくある分子変換魔法具。先日の依頼で受け取った報酬の一部よ』
 足を封じられたティレイラの脳裏にシリューナの言葉が蘇る。
 報酬の一部とは、まさに言葉どおりのものだったのだ。残りの報酬はこの“黒”に封じられていた……!
 竜形態にならなければ運べない“黒”。廊下を通らせることで視界を制限、その上で竜形態のティレイラの歩幅に合わせて空のスイッチを配備し――結局のところ、ここまでの出来事すべてがシリューナのトラップだったのだ。
「あ、ああっ」
 板から這い出した魔力が竜鱗に食らいつき、その組成を変換する。こすれあう鱗――黒金のギシギシと耳障りな音から逃れようと、ティレイラは火魔法で“黒”ごと板を焼き払いにかかったが。
「その“重量物”は私が造ったものだから、ティレの魔力では対抗できないんじゃないかしら」
 玄関のドアを開け、外から入ってきたシリューナが小首を傾げた。
 その言葉どおり、ティレイラの炎をその“重さ”で吸い取った“黒”は、さらに勢いを増して彼女へへばりつき、変換を早める。
「お、姉様っ!? どうして」
「弟子の上達ぶりを確認するのは師匠の仕事だもの」
「それ建前ですよね!? 本音! 本音は!?」
「ティレで遊ぶのは私の趣味だもの」
 本音過ぎる!
 ありったけの対抗術式を編んでは無効化され、それでもあがき続けるティレイラ。もうしゃべっている暇もない。ティレイラとの力量差はシリューナ自身がいちばん知っているだろうに、これほど手の込んだことをする必要がいったいどこにある!?
 ティレイラの疑問を嗅ぎ取ったか、シリューナはすがめた両目で、固まりゆく弟子の顔を見上げ。
「手間を惜しんだりしない。大事なティレのためだもの」
「ぜんぜん私のためになってないんですけどーっ!?」
「愛は伝わらないものよね。押しつけ合うだけしかできなくて」
「押しつけ合ってないです! 私、一方的に押しつけられてばっかりです今すぐ押し潰されそうですぅっ!!」
 首元まで変換されたティレイラがわめく様を見やったシリューナは反対側に首を傾げて。
「私の愛は重いのよ」
 いつにない、美しい笑みを浮かべてみせたのだった。
 お姉様は邪竜オブ邪竜ですぅぅぅぅぅう!!
 大きく口を開けたまま、舌先まで黒金と化したティレイラは、絶叫の余韻ばかりを残してその意識ごと沈黙した。

「ティレが黒金になるのは初めてだったわね」
 家屋から迫り出す形で造られたエントランスに壁はなく、複数の窓が連なり覆っている。それを塞ぐカーテンを一気に引き開ければ、なだれ込んできた午後の日ざしを黒き竜が照り返し、虹を映してみせた。
「少女のなめらかさとは相反する強さ。無常の飴竜もよかったけれど、不変の金竜こそティレの本質を損なうことなく表現してくれる」
 ティレイラに這わせたシリューナの指先が切れ、血が滲む。
 竜麟とは竜の鎧であり、その体を傷つけんとする不埒者を拒む刃である。“黒”の魔力に抗おうとしたティレイラは戦闘態勢であり、鱗を立てていたから……シリューナをこうして拒むのだ。
「しかたないわよね。だって愛は一方的に押しつけるだけのものなんでしょう?」
 自らの血を黒金の舌先に吸わせ、シリューナは肌を掻かれることにもかまわずティレイラの背へ覆い被さった。
 黒金の冷えたなめらかさが、シリューナの傷ついた肌を心地よく冷ましていく。彼女は体を預け、血を預け、心を預けて酔いしれた。
 私の肉を傷つけて、私の心を癒やす。ティレは不思議ね、本当に――
 いつしか黒金はシリューナの熱を映し、ほのかなぬくもりを帯びていた。
 ああ、これではもう、生身も黒金もないわね。硬いかやわらかいか、重いか軽いか、それだけのちがいでしかない。
 思ってみて、シリューナは口の端をシニカルに吊り上げた。
 重いのはティレじゃない。私だわ。
「私の愛は、重いのよ」
 もう一度、先に聞かせた言葉を耳元でささやいた。
 だからしかたないのよ。もの言わぬあなたが私にどうされても、もの言わぬあなたに私がどう狂っても。それは全部、うたかたの夢。
 カーテンが一気に引かれ、シリューナとティレイラは闇の内に沈む。
 かくて、暗転。


「最近手口がひどいです……」
 黒金化を解かれたティレイラがぶつぶつ文句を垂れ流す。それでもシリューナの用意したミートパイを食べる手を止めないのは、分子変換の副作用でひどくお腹が空いているせいだ。
「入念な準備と緻密な計算が生む成果こそが、その後の愉しみをいや増してくれるのよ」
「本音すぎますーっ!」
 しれっと応えるシリューナに、キーっとティレイラが食ってかかった。
「建前は聞きたくないんでしょう? だからこれからは本音だけで」
「お姉様の本音は邪悪ですから聞きたくないですっ!」
 ぷりぷりとアイスティーを呷ったティレイラの細い喉をながめ、シリューナはひとり薄笑んだ。
 私の本当の本音を聞かせたら、ティレはどんな顔をするかしら?
「私があんなことをするのはティレだけなのに」
「え?」
 きょとんとしているわね。この続きが聞きたくてしかたないって顔。でも、これ以上は絶対言わないから。
 せめて考えて、思い悩んで。ティレのことを想う私の本音を。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シリューナ・リュクテイア(3785) / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
東京怪談ノベル(パーティ) -
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2018年05月09日

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