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『勲章菊 』
御子神 藍jb8679)&祭乃守 夏折ja0559


 その日の午後は、勿忘草の花束のような夏の空だった。

**

「……は?」



 御子神 流架(jz0111)は出汁巻き卵を箸で摘まんだままの姿勢で、婚約者である木嶋 藍(のちの御子神 藍(jb8679))に驚目を瞠らせた。

 景色はラベンダー畑。
 二人の好物を詰めた重箱を間に置き、ベンチに並んで腰を掛けていた。

 花の薫りを帯びた風が、暢々とした空気を攫っていく。

 彼に、ずっと聞きたいことがあった。
 最近まで無意識だったそれが、今は意識をしなくても、脳裏を過ぎっていく。

 だから、彼の心に――“十字架”に、問いかけた。



「――流架。
 あなたに“ネックレス”をくれた子の話を聞かせて。
 あなたの大切なひとのことをちゃんと知りたいの」



 彼の指先は一瞬、移り箸にするか迷い、結局口へ入れた。

 二の句を継げずとも、流架の心中は物語っていた。甘く仕上げた出汁巻き卵を、苦り切った表情で食べていたから。

 流架は箸を据えると、膝に肘をつき、右の掌で前髪を掻き上げる。そして、そのままの体勢で、全身を古革のように強張らせてしまった。

「(流架……)」

 詳細は知らない。
 しかし、“わかって”はいた。

 今、彼は最も牽引したくない後悔の糸を辿っているのだろう。
 一旦、意識をしてしまえば、昔味わった感覚は津波のように襲ってくる。

 その過去は彼にとって罪であり、苦悶の念に苛まれる、不甲斐なさの記憶なのだということを。

 彼は、堪えるように息を詰めていた。その気配に、藍の胸は締め付けられる。
 けれど、こんなにも誰かを想ったことはなかった。愛しさを重ね、深く支えると決めた。だから、彼からも、彼の過去からも、目を逸らしたくはなかった。

「……ごめん。でも、知りたいの。欲張りだけど、好きな人の、旦那様の、家族の――あなたのことをたくさん知りたいから」

 その切なる言葉が後押しとなったのか、それは定かではない。

 右腕を力なく下ろした流架は、首をひとふりして、乱れた前髪を払う。
 目の前の景色へ睫毛を上げたその眼差しは、何処か弱ったような、観念したかのような色で、紫に染まる海を蒼く白ませた。





 零された吐息は、深く――ひとつ。流架は遠くを見つめながら、独白するかのように語り始めた。




「……あ?」



 ダイナマ 伊藤(jz0126)はクレープを頬張ろうと大口を開けたまま、鳩が豆鉄砲を食ったような面差しで、夏雄(のちの祭乃守 夏折(ja0559))に目をやった。

 景色は商店街。
 ひと買い物を終えた二人は、様々なキッチンカーが出店されている通りの端で、クレープ片手に立ち並んでいた。

 夏の湿気と甘い香りを帯びた風が、二人の間を吹き抜ける。

 彼に、訊いてみたいことがあった。
 最近までポケットに仕舞い込んでいた“それ”を、今日は本音と共に表へ出す。

 そして、彼の心に――“宝物”に、問いかけた。



「――ダイナマ君。
 なぜこれは君の宝物なんだい?
 宝には宝たる所以が付きものだ。差し支えなければ、教えてくれるかい?」



 夏雄の手許には、ある一つの宝がある。

「(懐中時計の首飾り――これは、彼の宝物らしい)」

 だが、夏雄はその理由を知らない。
 彼等との付き合いは浅い方ではない。しかし、元よりこの半裸保険医や菓子妖怪は、語らないことの方が多いのだ。ならば、言葉をかければいい。

 夏雄の手の中で時を刻むそれは、あくまで“夏雄が所持する彼の宝”。

 規則正しい時計の音は、夏雄の耳に優しく響く。
 だが、聞き馴染むには、性急すぎる。
 何故なら、この宝が簡単に夏雄の宝になるわけではない。この宝は、彼の宝であることに変わりはないのだから。

「(私は単に宝と言われる物の所持者でしかない。……なんてことだ。人、私これを不完全燃焼と言おう)」

 つまり、夏雄は知らなければならないのだ。

 ――ということで。

 思い立ったら吉日。要点を簡潔に述べて、彼を呼び出した。
 その用件とは、何ら不思議ではない。首飾りのチェーンのスペアを購入する為に、彼の意見を仰ぐのはごく自然なことなのだから。

「別に、大した理由なんかねぇわよ」

 ダイナマが残りのイチゴホイップを口へ放り込んだ。

「それでもいいさ。語られることに、意味があるんだ」

 夏雄はクレープの包装紙を手の中で丸め、バナナチョコをぱくりと食べた。

「その懐中時計の蓋に鈴蘭の装飾が彫ってあんの、気づいたか?」
「ん? あー、本当だね」
「それな、オレの女が好きな花だったんだ」
「おや」
「何時か、プロポーズの時に渡そうと思ってたんだけどな。渡す前に、死んじまったわ」
「……うん」
「だから――かしら」
「……ん?」
「何だよ、納得いかねぇか?」
「いや。そんなことはないさ。この懐中時計はダイナマ君が亡き恋人さんに贈ろうとしていたもので、それはそれは、大切なものだったんだろう」
「おう」
「これは、君の宝物だね」
「もうオレのもんじゃねぇぜ」
「うん。今、この宝の在処は、私――かな?」
「疑問系で言うんじゃねーよ」
「あ、はい」
「……」
「ん? 気に障ったかい?」
「お前も何時か、花嫁になる日が来るんだろうなーってよ」
「何だい、藪から棒に。まあ、このしがない忍軍も一応、女だからね。花婿でないのは確かだ」
「……」
「……何なんだい。私の顔にチョコソースでも付いているかい?」
「バーカ」
「?」
「全くよー。あの日、お前が“宝探し”なんかしてなかったら、その懐中時計は今も静かに眠ってたんだぜ?」
「そうとも言えるね」
「そうとしか言えねぇだろ。……まあ、見つけてくれたんがお前でよかったわ」
「ふむ。どういたしまして?」
「だから疑問系で――、……。夏雄」
「ん?」
「オレが選んでやったチェーンのスペア、気に入ったか?」
「うん? そうだね。長さも調整出来るし、傷も付きにくいみたいだし、軽いし。良いものを選んでもらったと思うよ」
「そりゃ、何よりだわ。大切にしてやってくれな」
「ああ、大切にするよ」
「――んじゃ、そろそろ場所変えようぜ」

 明るい陽射しを浴びながら、ダイナマが歩き出す。そして、ふと、何とはなしに振り返り――

「今度はイチゴホイップのクレープ、奢ってやっからな」

 屈託のない双眸を細くして、彼は満足そうに笑った。

「うん」

 こくり――風に吹かれた鈴蘭が花冠を垂れるように、夏雄が頷く。





 どうしてか、忘れかけていた夏の薫りがした。




「強い子だったよ」

 流架は言葉少なげに呟いた。

「俺なんかよりも、ずっと」

 藍は優しく呼吸をしていた。彼の言葉の全てに身を浸すような意識で、耳を傾けていた。

「兎のような可愛らしい足音で、よく俺の周りを走っていたんだ」
「……そうなんだね」
「野菊の似合う子で、髪に挿してあげると、笑いかけてくれた」
「うん」
「俺のお嫁さんになる、って……幸せそうに、笑っていたんだ」
「……うん」
「俺が無事に帰って来るように、守ってくれるようにと、ネックレスに、十字架に祈ってくれた。こんな……こんな、俺を」
「流架……」
「俺は、彼女を守りたかったんだ」
「……」
「あの子に、会いたいよ」
「……」
「……」
「ねえ、流架」
「……ん?」
「その子はきっと、“今”も、流架のことを見守っていると思うよ」
「……何故、わかるんだい?」
「私はその子に会ったことがないけど、もしその子が私だったら……大好きな人に、悲しんで欲しくない。笑っていて欲しい。幸せになって欲しい。だから、かな」
「……」
「私ね、その子に伝えたいことがあるの。あなたの“心”と生きるりっちゃんも、あなたの”心“を繋いだダイ先生も、今、笑ってるよ――って」
「……」
「流架のことは、あなたの一番大好きな人は、これからも、たくさんたくさん倖せにするね。だから、大丈夫だよ、大丈夫。きっと最後、心配だったよね……って」
「藍……」
「えへへ。私ね、流架がそのネックレスをとても大切にしてるの、わかってたから……少し、嫉妬してたの。好きすぎて、やきもち焼きになってしまうんだ……」
「……ん」
「自己満足だけど……いつか、彼女の墓前で伝えたいの」
「ああ」
「流架、ずっと一緒に歩いて行こうね。私があげられるものすべて、流架から貰ったものすべて、優しく抱えて……失った人の分まで、倖せに生きていこうね」

 翼のある“青い鳥”と、角のない“桜の隠”。惹かれ合う双眸が心を灯し、互いの笑顔が心に満たされる。





 離れた所で、耳馴染んだ二人の呼び声がした。
 一人は彼、もう一人は彼女だろう。

 大切な、仲間。





「これからもみんなでいっぱい、笑おうね」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8679 / 御子神 藍 / 女性 / 外見年齢:20歳 / 草木萌動】
【ja0559 / 祭乃守 夏折 / 女性 / 外見年齢:21歳 / 菜虫化蝶】
【jz0111 / 御子神 流架 / 男性 / 外見年齢:26歳 / 桜始開】
【jz0126 / ダイナマ 伊藤 / 男性 / 外見年齢:30歳 / 牡丹華】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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平素よりお世話になっております、愁水です。
彼等が語る、彼等の宝。各々の応えと共に、お届け致します。

時系列は「心結ビ」の後ということで、名前の表記は以前の名前にさせて頂いております。
ご期待に添えられていない部分がありましたら、申し訳ありません。
藍様と流架、夏雄様とダイナマ、共に、自然な会話が交わせていますように。

此度も貴いご縁をありがとうございました。
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エリュシオン
2018年05月10日

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