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『神様の木の上で』
ファルス・ティレイラ3733


 多くの人間は、この「空を飛ぶ」という行為に、過剰な憧れを抱いているようである。
「ドヤ顔で否定しようって気はありませんけどね……言われてるほど、お気楽なものじゃないって事はわかって欲しいかなって……あー、しんど」
 皮膜の翼を背中で一生懸命はためかせながらファルス・ティレイラは、ふらふらと空を飛んでいた。
 仕事帰りである。
 いつも通り、基本的には物を運ぶだけの仕事だった。
 物が、しかし今回はいささか曰く付きで、妨害者が次から次へと現れ襲いかかって来た。
 全て振りきり、あるいは撃退し、物を受取人に届けたところである。
 よろよろと墜落しそうな飛び方をしながらティレは、スマートフォンを取り出した。
「成功報酬……うん、振り込まれてる振り込まれてる。もうちょっと、ふっかけても良かったかなぁ」
 このところ危険な仕事が増えてきた。不景気知らず、と言っても良いのだろうか。
 とにかく、疲れた。魔力もほとんど残っていない。
「駄目、ちょっと休まないと落っこちる……えーと、どっか安全そうな場所」
 片手をひさしにして、ティレは空中から地上の風景を見渡した。
 山間部の、森林地帯である。
 ティレの眼下に広がる、その圧倒的な緑色が一部、山のように盛り上がっていた。
 緑色の山岳、と見紛うほど巨大な樹木。
「枝の上で、一眠りしたら……気持ち良さそう……」
 まるで花の蜜に引き寄せられる羽虫の如く、ふらふらとティレは巨木に向かった。
 近付きながら、ティレは圧倒されていった。
 こんなふうに飛んで近付く事など、許されないのではないか。そんな事をティレは思い始めていた。地に降りて、ひれ伏すべきなのではないか、とも。
 ひたすら巨大。動植物は、それだけで神聖性を帯びてくるものだ。樹木は、特にそうである。
「この木……何千年、何万年? 生えてるのかな……」
 木造の城郭にも似た幹に、これもまた恐ろしく巨大な注連縄が巻かれている。
 世界樹を思わせる、この巨木を、やはり神聖な存在と認識した人々がいるのだ。
 ティレだけではなかった。
 様々な、空を飛ぶものたちが、巨木の周囲を飛び回っている。あるいは枝に止まり、翼を休めている。
 小鳥。燕に烏に猛禽類。蝙蝠。妖精、有翼人。ガーゴイルやグリフォン、ワイバーン。
 凶暴な魔獣たちでさえ凶暴さを忘れ、この神聖な巨木の樹上で安息に身を委ねているのだ。
 地に降りてひれ伏す必要などない。
 古の時代より存在し続けている、この巨大樹木は、羽虫の如くせわしなく飛び回る自分のような卑小なる者を、ことごとく受け入れてくれる。
 ティレは確信し、まるで縄文杉の幹のような小枝に降り立った。
 そして、見上げてみる。
 先程から、気になっていた事があるのだ。
 様々な空飛ぶものたちの中に1つ、不穏な人影がある。
 空中でひらひらと愉しげに舞い踊る妖精たちに、紛れ込むようにして、その人影は巨木の枝に着地していた。
 ティレと同じような姿をしていた。皮膜の翼を背中に生やした少女。ティレよりも凹凸のくっきりとした身体に、水着のような際どい衣装を貼り付けている。
 可愛らしい顔立ちに、しかし隠しようもなく邪悪なものが滲み出ているのを、ティレは見て取った。
 その少女が、巨木の枝……ティレの腰掛けている場所から幾度も枝分かれした先の、最も細い部分を1本、折り取った。
 最も細い、と言っても槍ほどの大きさである。
 それを携え、飛び去って行こうとする彼女に、ティレは声を投げた。
「待ちなさい! あなた魔族ね!?」
 魔族の少女が、舌打ちをしながら振り返り、睨みつけてくる。
 邪悪な眼差しを正面から受け止め、ティレは言った。
「この神聖な木の、枝を盗んで行こうなんて……」
「かてぇコト言うなよ。こんなクソでけえ木の、枝の先っちょの1本や2本」
 魔族の少女が、にやりと美貌を歪める。
「大神木の枝だぜえ。先っちょの1本だけでも、ユニコーンの角並の力がある……やっぱ5本くれぇもらってこーっと」
「させない!」
 叫びと共に、ティレは炎を吐いた。竜少女の可憐な唇から、高速の火球が迸る。
 魔族の少女が、それを翼で弾いた。火の粉が散った。
「こんな線香花火でよォ、アタシを止められるとでも思ってんのかぁ?」
「くっ……今の魔力じゃ……」
 疲労困憊の身体に鞭打って、ティレは羽ばたき跳躍した。こうなれば飛びかかって捕まえるしかない。
 だが、それは出来なかった。
 羽ばたこうとした翼に、跳躍しようとした足に、緑色の蛇のようなものが絡み付いている。
 蔓植物、であった。足場である、巨大な枝から生えて来ている。
 魔族の少女も、同じ事になっていた。やかましく悪態をつき、喚き散らしながら、毒蛇のような蔓植物の群れにぐるぐると巻き取られてゆく。
 声がした。
「とりあえず火を使う。敵対者を焼き払って、物事を解決しようとする……貴女たち竜族の方々の、そういうところは実に良くないと思いますよ」
 和装の若い女性が1人、いつの間にか、そこに立っていた。巫女装束と黒髪の取り合わせが、実に美しい。
 絡み付く蔓植物の群れの中、弱々しく身悶えをしながら、ティレは問いかけた。
「あのう……あ、あなたは……」
「大神木の精霊です。いけませんよ、ここは火気厳禁なんですから」
「で、ですよねー……だけどその、私は……」
 枝を盗んだ魔族の少女を、捕らえようとして。
 そんな言い訳を、ティレは呑み込んだ。いかなる理由があろうと、この場所で火など使って許されるわけがないのだ。
 魔族の少女を完全に呑み込んだ蔓植物の群れが、めきめきと音を立てて樹木化してゆく。
 魔族の少女は、今や巨大な枝の一部と化しつつあった。
「彼女には、このまま大神木の養分になってもらいます」
 精霊が、容赦のない事を言いながらティレを見る。
「……貴女が、盗人を捕らえようとしてくれた事はわかります。ですが火を使った事は許せません。美味しそうなので養分にしたいところですが、それは勘弁してあげましょう」
 ティレもまた、神木の一部と化しつつあった。全身が、蔓植物もろとも樹木化してゆく。
 小麦色の健やかな肌も、元気よく跳ねる黒髪も、固い樹皮に変わっていった。見開かれた瞳もだ。
 もはや目が見えない。耳は、聞こえる。
「大神木の枝の隆起物として、しばらく過ごしなさい。貴女が良い子なら、いずれ誰か助けに来てくれるでしょう。十年後か、百年後か」
(そ、そりゃあ……貴女にしてみれば、明日か明後日みたいな感覚でしょうけどぉ……)
 ティレは思うが、もはや言葉を発する事も出来ない。
 小洒落た髪飾りのような角も、はためく翼も、うねる尻尾も、躍動感を維持したまま樹皮の塊と化している。
 そこに小鳥たちが止まり、楽しげに、幸せそうに、さえずり続けた。


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登場人物一覧
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(何でも屋さん)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年05月11日

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