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『戯れの口付け 』
天谷悠里ja0115)&シルヴィア・エインズワースja4157

 夜特有の静けさの中、二人は薔薇園を進む。

 月明かりに照らされるシルヴィア・エインズワース(ja4157)を改めて見て天谷悠里(ja0115)は、ほぅとため息をつく。

 闇に溶けるような黒いドレスは勿論、施された化粧、纏う香り、彼女が纏うものは全てあの小さな黒の女王の見立てなのだろう。

「どうかなさいましたか?」

 恭しく尋ねるその言葉にかつてあった愛の響きはなく、悠里を見つめる熱を帯びない瞳は真紅に染め上げたその心が漆黒に染め直されていることを意味していた。
 かつてとはいえ、一度は愛し忠誠を誓った女王を前にしても揺るぐことのない、今の女王への絶対の愛と忠誠は理想の姫とも思える。

「いいえ。美しくなった、と思って。それだけよ」

「過分なお言葉をありがとうございます」

 近づきの印にと、そっと差し出した悠里の手の甲。
 許す。という悠里の言葉にシルヴィアは恭しく頭を垂れ口付けた。
 繊細なレースの長手袋は微かにかつての姫の体温を伝えるが、ただそれだけだった。
 その口付けはあくまで数多いる貴婦人への敬意を示しただけ。ただの社交辞令であるこの行為を別の女王に求められれば、今と同じように何事もないかのように行うだろう。

 添えられた左手に光るのは知らない指輪。
 姫の頭上を飾るティアラも自分が飾った物とは違う物になっている。

「そのティアラと指輪は、女王からの頂き物?」

「はい。我が女王より賜ったものでございます」

 そっと愛おしそうに指輪を撫でると自然な仕草で口付ける。
 指輪をもらった時のことを思い出しているのか、少しだけ頬が紅潮している。

「ずいぶんと愛されているのね」

 それは明確な揶揄だった。
 どんな表情を、反応をするのか見たい為だけに紡がれた言葉に黒の姫は、はい。と頷き、己の女王を称え賛美する言葉を口にする。

「女王は……あの方はこの世で最も私を愛してくださっています」

 女王からの愛を口にした時だった。
 頬がわずかに紅潮するだけだった姫の表情が変わったのは。
 艶を帯び、甘い息が漏れる口元には幸せそうな笑みが浮かんでいる。

 自分でもそのことに気が付いたのだろう、少しだけ恥ずかしそうにしながら首ごと視線をそらす彼女の肌に小さなキスの痕跡が見えた。

「あらあら、お熱いことだわ」

 悠里は、目の前の姫の全てに満足していた。
 その態度も、言葉も、今の回答も女王を満足させるに足る、いやそれ以上だった。
 だからこそ、その鉄壁ともいえる愛と忠誠の揺らぎを見たいと心から感じた。

「……私からも口づけをあげる。愛してあげるわ」

 姫を抱き寄せると、耳元に誘惑のキスと甘い囁きを落とす。
 以前の、愛し合う前の姫であったとしても、頬を染め甘い吐息を吐いていただろうその言葉に対する反応はない。

『面白い』

 目を細めながら、紅の女王は内心で笑みをこぼす。

「私からでは駄目なのかしら?」

 残念そうに囁き喉元へ欲求のキス。

 耳元、喉元で感じる唇の温かさ、言葉と共に体内に入ってくる甘い息。
 だが、シルヴィアがそれらになにか思うことはない。
 風が肌を撫でる様に、物質が肌に触れる様に、生理的な感覚以上には何も感じない。

「お戯れはお止め下さい」

 唇同士が触れ合うまであと少しと言うところでシルヴィアが声を上げた。
 その言葉こそ柔らかく丁寧で、最大限の敬意を払ったものであるが、声は冷たく、そこには明確な拒絶がある。

「あら?ごめんなさい」

 余裕を崩さないままに、強引にするつもりはなかったの。と離れる悠里に、申し訳ありません。とシルヴィアは頭を下げる。

「黒の女王以外と唇を重ねる以上の行為は自らに禁じております」

「気にしなくていいのに。口をきくものは私と貴女しか見ていないのだから」

 そう、そそのかしてみるが、騎士の血がそうさせるのか、固い忠誠がそうさせるのか、シルヴィアが首を縦に振る気配はない。

『素晴らしい……』

 何度も交わしたキスだ。
 その意味を知らないはずがない。
 にも、関わらず揺るがない黒の姫を見てその忠誠と愛の深さを思い知る。
 姿や態度を見れば見るほど、言葉を交わせば交わすほど、彼女は悠里の理想の姫だった。
 
 白から真紅に染まった経緯を、染め上げた後の姫を知っているからこそ、今の姫がより美しく感じる。

「そろそろ戻りましょう。お風邪を召しては大変です」

 シルヴィアの声を後押しするように少しだけ冷たい風が一陣吹いた。

「そうね」

『あぁ、本当に素晴らしいわ』
 隣を歩きながら、悠里は心からそう感じていた。
 かつての恋人がここまで素晴らしくなるなどと、愛を語り合ったあの時は思っていなかった。
 勿論、あの時も素晴らしかったが、それ以上に今の彼女は素晴らしい。

 他人の姫を愛する背徳も、一度真紅に染め上げた心が他者によって漆黒に染められた今の様も女王にとっては愉悦であった。
 このまま理想の黒の姫としてあり続けるもよし、黒の女王に向いている絶対的な感情が自分に向くもよし。どの様に転んだとしても、紅の女王にとって悪くなる余地はなかった。

『さて、これからどうしようかしら』

 黒の姫にエスコートされながら宴の会場へ戻る道すがら悠里はそのことばかり考えていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja0115 / 天谷 悠里 / 女性 / 18歳 / 女王は笑み 】

【 ja4157 / シルヴィア・エインズワース / 女性 / 23歳 / 姫は冷ややかに 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは。
 今回もご依頼頂き本当にありがとうございます。

 以前とはかなり違うお二人の関係に、書いている身ではありますが、今後お二人がどうなっていくのか楽しみにしながら書いておりました。

 お気に召されましたら幸いですが、もしお気に召さない部分がありましたら何なりとお申し付けください。

 今回はご縁を頂き本当にありがとうございました。
 またお会いできる事を心からお待ちしております。
WTアナザーストーリーノベル(特別編) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年05月15日

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