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『くすぶる心、過去に翔けゆく 』
来生・十四郎0883

 別に高尚な記事を書きたいとかそんなつもりは更々無い。

 元々、自分が記事を書いているのは『週刊民衆』――三流四流の更に下を行く五流の週刊誌。常日頃馴染みがあるのは下世話なネタから胡散臭いネタまで節操無く「何でもあり」のキワモノ揃いで、御高尚なネタなどとはそもそも端から縁遠い。
 とは言え。

「何でもあり」は「何でもいい」とは違う。

 ここのところ、来生十四郎はどうもその違いを痛感する羽目になっている。…次の記事にどうか、と睨んだネタをデスクの上司に持って行ってみればこれでもかとばかりに貶される。逆に自分の方でこれは却下だなと見ていたネタを何故かピンポイントで拾い上げられたかと思うと、どうしてここに行かない、と苛立ち混じりに怒鳴られ取材に追い立てられる。結果、渋々ながら改めてその一度却下したネタの取材に赴きはするが――どうも調子が狂って碌な記事が書けず(当然だ。技術の方でどれ程きっちり仕上げたとしても元々却下と思っていたネタなのだから記事執筆の情熱の方がすぐに追い付かない)また上司と角突き合わせる羽目になる――と、こんな碌でも無い繰り返しが続いている。…意見の食い違いも甚だしい。
 傍から見れば五流雑誌如きの記事にそれ程拘ってどうするとか思われそうだが、十四郎にしてみれば己のアイディンティティに関わる大問題である。全部丸ごとネタから任されたのなら――こちらの思うようにやらせて貰えたなら「使えるいい記事」を書ける自信も自負もあるのに、いちいち出鼻を挫かれ碌でもないネタを漁らされ、結果として記事の質を悪化させられ――そんな最近の俺の記事が元々乏しい売り上げの更なる低下に繋がっているとは上司の言だ。…言い掛かりである。丁重に反論しても当然、聞き入れられる事は無い。その内、丁重どころか殆ど喧嘩、悪態の応酬になり――それを切り上げる為だけに取材を口実に使わざるを得ない事すらある。そしてその取材も、前に自分が却下したネタの、となれば苛立ちの種にしかならない。
 それでも仕事である以上はきちんとこなす。…大事な仕事なのに、苦行に感じてしまう事自体が頭に来る――くそ、と毒づきつつがりがりと頭を掻き回す。ネタがネタだから案の定、今回もまた碌な取材が出来ていない。
 最悪の気分で帰途に就く。…編集部に立ち寄る気は無い。直帰だ――と。

 改めてそう思ったところで、何処からか掛け声のような伸びやかな…若く力強い声が聞こえた気がした。

 顔を上げる。声のした源の方を見る――思った通り、練習中の運動部のものと思しき独特のフレーズを重ねたり合いの手を入れる形の掛け声。応援でもあり、気合いでもあるそんな声――ああ、ここは高校だったな、とすぐに頭に浮かぶ。今の自分と特に縁は無い場所だが、つい、ふと気になってしまった。
 何故なら、グラウンドで練習しているその姿が――陸上部のものであったから。





 …ああ、と思う。





 理屈じゃない。
「久しぶり」に――何だか無性に、走ってみたくなった。



 俺が通っていたのは、国分寺の自宅に近い公立校。
 中学の頃から高校二年まで、短距離走の選手として陸上部に所属していた。…つまり、取材帰りに見掛けた高校のグラウンドでのあの姿は、学生時代の自分を思い出すもの、だった訳だ。そしてもう、走る事は己を形作る一部になってしまっていたらしい。そうでもなければ、今更走りたいなんて思う訳が無い。
 最悪の気分のまま帰宅する筈だったその足で、近場の市民運動公園にまで移動する。…心置きなく走れるようなところと考えて思い付いたのが、ここだった。
 夕暮れ時。それまでそこで何かしら運動をしていた人々も、そろそろ切り上げるだろう頃合いになっている。…まぁ、都合がいい。思いつつ、走る為の準備運動とストレッチを始めた。…やらなくなって久しいと言うのに、身体の方が型を覚えている。筋を伸ばす度、若干身体の方が悲鳴を上げている気もするが――まぁ、日頃のデスクワークと不摂生の賜物だろう。それでも、するのが嫌だとは思わない。

 ある程度体が解れ、温まって来たところで、位置につく。

 クラウチングスタート。構えて、スタートの合図を想定。張り詰める瞬間。今。一気に地面を蹴り、己の身体を正面前方に推進する――断続的に自分が地を蹴る音しか耳に入らなくなる。風を切る感覚、スピードが乗り切る――ゴールラインを越えるまで走り切る。走り切り、張り詰めたものが俄かに緩む。次、と思う。

 まだまだ、行けそうだ。





 …当時陸上を始めた理由は、何て事は無い。
 兄や妹同様に、父親に自分を認めて欲しかったから、である。逆を言えば、十四郎は父親に認められていない――とはっきりわかる子供時代を送っていた。ただの良くある親子の擦れ違い――では到底済まないレベルの話だったと思う。比較対象になるだろう兄や妹への対応を見ていれば嫌でもわかる。ただ疎まれている、と言うのとも何かが違う気がした。どういう訳か、十四郎だけが端から失望され諦められている、と言うのが近い。

 だから十四郎は、勉強も部活も頑張った。

 頑張ったけれど――それでもそんな父の態度が変わる事は無かった。学業・部活共にどれだけ努力し、あまつさえ結果を出しても父は興味を示さなかった。なんで、どうして、と何度も思った。無視をするな、と苛立ちもした。何をしても、まともに見て向き合ってさえくれない事に寂しさが募った。
 なんでだ。
 …何度も思った。

 思ったが、結局、最後まで答えは出ず終い。…だからこそ、今もその気持ちを引き摺っている、と言えばその通りになる。
 だが、それはそれとして――十四郎は部活動として選んだ陸上競技自体にも素直にのめり込んでいた。走る事自体や、勝負の楽しさに目覚めた。紙一重の秒数やコンマ以下の差に、部の仲間兼ライバルと一喜一憂しては競い合う。まともに見て向き合わないどころか、互いを確り見ての切磋琢磨。
 それらには張り合いがあった。…もどかしくてならない父への思いが、それなりに霞むくらいには。





 …まだ、行ける。
 連続ダッシュ。ルーティンは考えるまでもなく身体に染み付いている。走れば走る程、勘が戻って来るようで――やがて、「次が行けるかどうか」の己への問いすら消えた。
 頭の中は真っ白で、もう、ゴールしか見えなくなる。

 何度も何度もゴールラインまで走り切った最後には、脚の筋肉がパンパンで、殆ど棒のようになっていた。動かそうとして思うように動かなかった事で初めて、自分が疲れ果てている事にも気付く。幾ら事前に準備運動やストレッチを入念にしたとは言え、日々の練習など御無沙汰だったところでいきなりのこの走り方はさすがに無茶だったかもしれない。
 辺りはもう暗くなっており、十四郎以外誰も居なくなっていた。自分の息の弾み方がうるさい――かなり荒くなっている事にも今気が付いた。心臓もバクバク言っている。
 身体が重い。

 …ただ。

 そんな疲れで重くなった身体と反比例して、心の方は、何だか軽くなっていた。
 今、気まぐれで走ってみた事で、上手い事発散なり昇華なり出来ていたのかもしれない。

 クリアになった頭で、今日して来た取材の中身を改めて纏めてみる。
 問題無い――俺に出来ない訳は無い。





 ああ、そうだ。
 今度こそ、皆を唸らせる記事を書いてやる。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0883/来生・十四郎(きすぎ・としろう)/男/28歳/五流雑誌「週刊民衆」記者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 来生十四郎様にはいつもお世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。
 そして今回もまた期間いっぱいまでお待たせ致しました。

 内容ですが、上司さんとの意見の食い違いについてはこんな形にさせて頂きました。ノベル内割合として妙に描写が多めになってしまったような気がしますが、PC様の場合仕事の信頼度は基本的に高そうなのでそれで上手く行かない理由となるとどうなるだろう、と考えた結果です。

 あとこの場合、研究結果=PC様、との認識で合ってます…よね?
 キャラシや発注内容の設定上はその辺りについてはっきりした言及は特に無かったとお見受けするので、過去ノベル拝読させて頂きまして、そういう事だろうか、と思ったのですが。
 間違ってたら申し訳ありません。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルで。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年05月21日

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