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『フルメタルジャケット 』
鬼灯 佐千子aa2526
 アメリカのとある閑静な住宅街。その景観に溶け込んだ低層ビルの小洒落た自動ドアを蹴り壊し、私は踏み込んだ。
 弁償の必要性? ここはヴィランズのアジトで、どれだけ壊しても弁護士に押しかけられたりはしない。だから。
 飛びだしてきた“社員”を小口径高速弾で撃ち据えても、平気。

『H14(エイチワンフォー)は確保済み。速やかに移動する……電源を丸っとぶっ壊しちまったんで、生憎の山下りになっちまったがな』
 ライヴス通信機から潜入捜査官の声が流れ出す。
 HはHostage(人質)を、14は人数を指す。ヴィランズの商品素材として拉致された14人の少女は、二ヶ月の潜入生活をやり遂げたタフなNARC(ナーク。元は麻薬捜査に携わる潜入捜査官を指す)の尽力で無事保護されたわけだ。
「第一、第二班はNARCのバックアップに回る。第三班は――」
 私に続いて入ってきたエージェントのリーダーが私を見て、口の端を吊り上げた。
「思いっきり頼む」
 唯一の第三班員である私は、15式自動歩槍「小龍」に新しいマガジンを叩き込んだ。
「了解」
 私の名前は鬼灯 佐千子。H.O.P.E.東京海上支部のエージェントで、本救出作戦における役割は陽動と殲滅だ。

 NARCと人質は最上階である四階から下りてくる。
 第一と第二班は彼らの護衛に向かったけれど、問題は帰り道。なにせ敵はヴィランで、私たちと同じライヴスリンカーだから。
「Bitch the fucking hope!」
 ヴィランたちがリボルバーをブルズアイを乗せて撃ち込んできた。でもだめだ。練度がまるで足りてないし、それに。
「Oh my!? Holy shit!!」
 私は十字に組んだ腕へ食い込んだ弾を抜き取って、床に投げ捨てた。
 コツリ。床に跳ねた固い音を置き去り、跳んだ私は肩口からヴィランのひとりに突っ込んだ。ブギグヂギリ――肉の内でへし折れた骨が押し潰されてさらに細かく折れ砕ける音が伝わってくる。が、顔をしかめている暇はない。くの字に折れ曲がって硬直したヴィランの肩に「小龍」の銃身を押しつけてフルオート、ぐるりと銃弾の円を描いた。もちろんその間にもたっぷり撃ち込まれたけど、結果はさっきと同じ。
「Damn!!」
 仲間の影に入っていたおかげで助かったらしいヴィランがわめき、跳びかかってきた。
 鋭い回し蹴りが私の腿に食い込むけれど、弾かれてよろめくのはヴィランのほうだ。
「Who the fuck!?」
 微動だにしない私へ、今さら何者かと訊いてくるヴィラン。売女呼ばわりしてくれたのはそっちでしょうに。
 ――私の腕と脚、それどころか脊椎とそれを支える骨までもが、機械。
 あなたたちと同じヴィランが引き起こした事故でぐしゃぐしゃになった私をこの世界へ引き戻すには、それだけの生身が喪われる必要があった。
 厳しいリハビリを経て、ようやく動けるようになった私は、歩くだけで体のあちらこちらから上がる駆動音を共連れH.O.P.E.へ向かった。
 そして私を売りつけたのだ。
 そう、私は弾だ。ヴィランのばらまく凶弾から誰かを守り、その理不尽を撃ち抜く、393キロの弾丸。

『現在三階と二階の間でビバーク中。悪いが吹雪をなんとかしてくれないか?』
 NARCの要請を受けた私は、制圧を済ませた一階から二階へ向かった。
 でも残念ながら、多人数を一気に制圧できるスキルは持ち合わせていなくて、だから。
 階段の踊り場に陣取り、人質を守るエージェントをカバーするため、騒がしく音をたてて敵の後方から突っ込んだのだ。
「You guys!」
 私の声にヴィランたちが振り向いた。ただし後衛だけ。前衛は階段上のエージェントに攻撃を加え続けている。人質をこちらが確保しているおかげで突撃はできないようだけど……なんとか奴ら全員の注意を私に向けさせないと。
 私は一階のヴィランからもらってきた手榴弾のピンを抜き、投げる。
 すぐに敵の盾持ち三人がこれをカット、爆風から仲間を守った。ブレイブナイトか。これでは銃撃に切り替えたところで大きな効果は期待できまい。
 それなら。
 私は左手に握り込んだもうひとつの手榴弾を見せつけながらピンを抜き。投げずに駆け出した。向かうのはもちろん、敵のまっただ中。
 私が一歩を刻むごとに、ひとり、またひとりと振り向いて、あわてて銃弾と遠距離攻撃スキルをぶつけてきた。
 私の腕が、脚が、機械が削れていく。でも、私は止まらない。右腕の下に左手を隠し、重い体を前へ倒し込んだ落下力を利して加速する。
「っ!」
 盾の壁にぶち当たり、この体の重さと硬さで三人をよろめかせておいて、起爆。
 Nuts――爆音の向こうからそんな声が聞こえた。狂ってるとかいかれてるとか、そんなスラングか。
 別におかしくなったわけじゃなくて、それ以外に手を思いつかなかったから実行しただけなんだけど。確かに生身の人間には信じられないやりかたでしょうね。
 私は吹っ飛んだ左手をそのままに「今!」、叫んだ。
「危ない!!」
 予想外の返事が聞こえた瞬間。
 私は吹き飛ばされて、すぐにがくりと引き戻された。
 髪を掴まれている。ただひとり爆発を耐え抜いたヴィランの、鋼鉄の手で。
 防御特化型アイアンパンク――事前に渡されていた資料になかった存在。いや、これはあらゆる事態を想定していなかった私の迂闊だ。
「Kiss my black ass」
 地獄に落ちろ。アイアンパンクがささやき、機関砲の引き金を引いた。
 騒音が私をかき回すけど、でも。
 強化内骨格で守られた心臓は、今も鼓動を刻んでいる。
「硬さ比べなら負けませんよ」
 私は血と笑みをこぼし、左腕の傷口から噴く電気を掴まれた髪に押し当てた。電気に含まれた熱が赤い髪を焼き切り、私を縛めから放つ。
 壊れかけた右手でオートマチック「ヴァローナNQ-38」を抜き、銃口をアイアンパンクの肩へ押しつけた。どれほど私が壊れていても、これなら外す心配はないから。
 あとはただ撃ち抜くだけの、簡単なお仕事だ。

 ビルの外に横づけられた救急車に、少女たちが親族に付き添われ、乗り込んでいく。
 と、その内のひとりが私を見た。
 私はあわてて機械が剥き出された自分の体を隠そうとしたけど、なにもなくて……せいぜい縮こまることしかできなくて。
 そんな私に、彼女はおそるおそると。
「あの、治るんですか?」
「あ、ええ。大丈夫です。機械ですから……」
 過去、ずいぶんと好奇の目に晒されてきた。人の範疇を超えた力に恐怖されたことも、「人形女」と嗤われたことも数え切れない。その記憶が、私をさらに縮こまらせた。
 少女が再び口を開こうとする。きっと私は打ちのめされる。
「でも髪は、伸びるのに時間かかりますよね?」
 え?
 ああ、今さらながら気づいた。そういえば私、髪を切ってしまったんだった――
「そんなケガして、髪まで犠牲にして、それでも助けてくれて、ありがとうございました」
 少女は病院へと搬送されていった。
 残された私は呆然と考える。
 機械だからこそできることがある。
 髪が長いからこそできたこともある。
 私が私だったからこそ、救えた命がある。
「そういうことよね」
 機械であることを誇れはしないけど、恥じることはもうやめよう。
 なぜなら私は誰かを守る、ただそれだけのためにこそこの身を機械で鎧ったのだから。

 私は弾だ。
 これまでも、これからも。私は犯罪者の理不尽を撃ち抜く一発のフルメタルジャケット弾として世界に在る。


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【鬼灯 佐千子(aa2526) / 女性 / 21歳 / 潜伏の機兵】
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2018年05月21日

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