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『SENJO 〜小官と自分のアイドル運動会〜 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&月夜aa3591hero001)&ファリンaa3137)&迫間 央aa1445)&鬼灯 佐千子aa2526)&天城 稜aa0314)&リリア フォーゲルaa0314hero001)&リィェン・ユーaa0208)&サーラ・アートネットaa4973
 会議室には重い空気が押し詰められてた。
「バレンタインに合わせて会場で“NYA-RA”等身大(本人使用)チョコレートを売り出す……そこになんの不満が?」
 この場においては迫間さんや央ではなく、“P”と呼ばれる迫間 央が、ゲンドウポーズを決めて眼鏡を白く輝かせた。
「不満だらけであるが、なによりそのカッコ内だ」
 腕組みし、椅子の背もたれにその身を預けたソーニャ・デグチャレフが不機嫌な声で返す。
「ん、どこかおかしいところはあったかな――」
 とぼける央へ、ソーニャはテーブルの上にスライディングしながらくわっ。
「小官を使って型取りするのか!? それともチョコを小官に塗りたくるのか!? どちらにしても小官、生き恥どころではないのであるーっ!!」
「大丈夫! 旅の恥は掻き捨てだからね?」
 央の襟首を掴んでがっくんがっくんするソーニャ。
「世界中に販売とか配信とかされてしまったら捨て場がなかろうがぁ!」
 ここで部屋の隅から「僭越ながら、はいっ!」、サーラ・アートネットが手を挙げて。
「自分も上官殿と同じ心持ちでありまぁす! なぜなら自分は……って、なぜ自分からじりじり間合を取るのでありますか上官殿!?」
 テーブルの上を平泳ぎ、よちよちサーラから離れて行こうとしていたソーニャ。追いすがるサーラを蹴り離しながら絶叫した。
「同志は戦場では同志だが、それ以外で志を同じくした憶えはない! っていうか小官、同志の毒牙が恐ろしい!」
「いやいやいやいや! 自分はいつ何時も上官殿を敬愛し、いつしか敬が取れた愛を――」
「にぇぇぇぇぇっと!!」
「ロシア語で『いいえ』だったかな。にゃーたん、個性出してきたね」
 サムズアップする央をにゅうっと押し退け、場に登場したのはファリンである。
「まあ、愛! わたくし愛というものはよく存じ上げないのですけれど、いったいどういうものなのでしょう!?」
「え? ファリン殿、まさか今回ボケ役なのであるか!?」
 驚愕するソーニャにファリンは全力で。
「あら! なんのことですかしら!? わたくし生まれが少々高貴なもので! 娑婆のことはよくわからなくて!」
「娑婆とか言ってる時点で高貴さ激減だよ……」
 この場では数少ないツッコミという名の常識枠である天城 稜が静かにかぶりを振った。
「ファリンには別枠で動いてもらってたからな。そっちのノリがまだ抜けきってないのさ」
 言い置いて、リィェン・ユーは気配を殺してファリンに忍び寄り、両のうさ耳へカナル式のイヤホンをきゅっ。
「わたくしのお耳が混線――お兄様? おじ様? わたくし元気ですわ」
「ファリンさんはキャラ的に天然方向でボケるから……なんでやねん形式でツッコむだけじゃダメなんだなぁ」
 なぜか深く感心する稜に、傍らのリリア・フォーゲルがにこにこと。
「そうですね。やっぱり物事って柔軟に対処していくことが大事だなって思うんです」
 笑顔が不穏である。言葉に含みを感じる。きっと僕の契約英雄はなにか企んでる。
「リリア――某県のお菓子メーカーが売り出したちょっとお高いアイスモナカがあるんだけど。自白してくれたらあげるよ?」
 などと駆け引きが始まる横で、月夜は企画書の横に赤ボールペンでちっちゃな注釈を書き込んでいた。
「えーっと。みんな、こんにちは。元気(リアクションを待つ)? 寒いのに、集まってくれて、あ・りが・とう」
 1500文字ほど費やしている中でまだ本題にすら触れていない本作であるが、彼女はこの会議のタネであるところのイベント、その「司会のお姉さん」役なのだ。
「固いな」
 のぞき込んだリィェンが指摘し、月夜は「そうですよねぇ」としょんぼり。
「なんだろうな。月夜さんのにゃーたん・さーらんに対する素直な思いをそのままぶつけてあげればいいんじゃないかな」
 央がやさしく諭し。
「人は自分であることを辞められないし、超えられもしない。俺も――いや、それはいい。とにかくいつもの月夜でいいんだ」
 リィェンが強く諭す。
「そうですね……私らしく……」
 果たして。
「みんな元気だよね病気とかしてないよねだってにゃーたんさーらんと拝する日に病気とか赦されないもんねかしこむんだもんね命全部賭けなきゃ贖えないよね今日歩いて帰れる人とかいたら天誅で天罰だよね」
 おどろおどろおどろおどろ。
「去年の七月のネタを引っぱってきたか」
 懐かしげに語る央であった。
「あの。話が進まないから、そろそろまとめますね?」
 ここに来てついに本作唯一の絶対常識、鬼灯 佐千子が割り込んだ。
 ある作戦に従事した彼女は今、長かった髪をばっさり切り落としている。報告官的にはガチで昨日のことなので、特に記しておきたいところなんである。
 というわけで。佐千子はこほんと咳払い、一同に向きなおって語り始めた。
「二月十四日開催の『“NYA-RA”チャリティー寒中運動会』。売り上げは基本的に、カルハリニャタン共和国奪還の出兵費用に充てられます。……細かい企画は各々で詰めてもらうとして、会場側からAEDは20台で足りるかの問い合わせが来ていますね」
 そう。ようやく明らかにできたわけだがこの会議、寒中運動会の打ち合わせなのだ。
 目的は、現状で愚神の支配下にあるカルハリニャタン共和国を奪還するための戦費捻出。その旨はすでに観覧希望者向けのホームページで知らされている。
 ちなみに“寒中”となったのは会場費をケチるのとホットスナックの売り上げ確保のためなのだが、その代償は参加者の心不全率超激アツということに。
「Pとしてはアイドルに命を散らさせるつもりはないよ……でも換金率は高そうだな」
「ドラマチックですわよね。わたくし、“お友だち”に宣伝させていただきますわ。普通の競技観戦では満足できなくなった“暇”な方々に」
 ゆるい笑顔でとんでもないことを言い合う央とファリン。
「その人たちって、暇なだけじゃなくてお金も持て余してる人たちよね……ドレスに仮面とかつけてこっそり集まる類いの」
 佐千子の言葉は、エンタメ(銭)に魂を売り渡したPと権謀術数の暗がりを生き抜いてきたお嬢にはまったく届かなかったわけだが。
「ちょっと待ってください! 僕、軍人じゃ」
 たまらず口を挟もうとした稜の襟首をリリアがつまみ止めて。
「アイドルはいつでもどこでも笑顔で愛を振りまくのがお仕事ですよ! そしてもらうんです。みんなから愛(ス)を」
「今アイスって言った!? まさか僕とアイス、物々交換したんじゃ」
「落ち着け。後でシェイク差し入れてやるから」
 ぽんと肩を叩いたリィェンに、稜はいやいや!
「シェイクの原料ってアイスですよね!?」
「よくある偶然だな」、リィェンが普通に応え。
「せっかくだからシスターの手作りシェイクということで売ってみるのもいいね」、央が普通に添え。
「バニラはもれなく私がいただく契約ですから! 契約違反はバニラ二倍――二倍、ですか」、リリアが普通に悩み。
「あら、何倍でしたら稜様のお命を売っていただけますの?」、ファリンが普通に持ちかけて。
「話が普通に物騒なほうへ傾いてくのを誰か止めていただけませんか!?」、稜が絶叫する。
 で、月夜はおどろおどろしているし、サーラはすでに室から逃げ出したソーニャの追撃戦へと移行していて、この場にはいない。
 佐千子は喧噪というよりない状況をながめやり、それはもう重たいため息をついた。
「今回も生き地獄の予感がするわ」
 とりあえず、AEDの注文を30台に増やしておく警備兼裏方の佐千子なんであった。


『みんな元気ー?』
 いつもの狩衣ではなく、フリルとレースで飾りまくったピンキーな狩衣っぽいものをまとった月夜の声に、集まったファンが低い声で「おー」。
『あれ? まさか元気じゃない……のかな?』
 心の底から信じられない顔で月夜が人々を見渡した。
 今は2月14日、ここは某県K市の某海岸である。
 言ってしまえば寒い。気温も海風もテンションも、過ぎるほどに低い。そもそもここで運動会をやるという発想が信じられない。
「にゃーたんも大好きな“にゃーたんソーセージ”、さーらん御用達の“さーらん白湯”、販売中です!」
 央が声を張り上げ、芯から冷えた人々へ呼びかける。
 ちなみにソーセージは去年のデビューイベントで売っていたあれだし、白湯は同じイベントで“にゃーたん水”として出していたそれだ。……値段は冬期特別価格で二倍だが。
 群がる人々から目を逸らし、佐千子は眉間の皺を指先で伸ばす。
「チャリティーってこんなのだったかしら」
「レガトゥス級愚神を相手取ろうっていうんだ。資金はいくらあっても足りないよ」
 真面目な顔で応える央。
「すごい勢いで運営費という名の自治体の取り分より分けてなかったら信じられたんですけどね」
 一方、月夜は『とかいたら天誅で天罰だよね』とおどろおどろ。恐怖で人々から甲高い歓声(?)を引き出したりして。
『あ――ん、こほん。寒いけど、盛り上がっていこうね。じゃあ、ん、にゃーたんとさーらん、大きな声でよ、呼んであげよ?』
 我に返った月夜は緊張でつっかえたりしつつ、なんとか言い切った。そして。
『じゃあ、いっしょに。せぇーの』
 にゃーたーん!!
 さーらーん!!
 リィェンの無慈悲な発勁で海岸に突き出されたものは……ピンクに染め上げられた“慰問用制服600-N04”の上から荒縄でぐるぐる巻きにされたソーニャ改めにゃーたんと、イエローの“慰問用制服600-S02”を亀甲縛りで固められたサーラ改めさーらんであった。
「なぜ小官縛られねばならんのだぁ!?」
「お得意の転進をかまされては困るからだ」
「な、なぜ上官殿がぐるぐるで自分が亀甲なのでありますか!? 逆! 逆のほうが」
「そこまでだ。きみの背後からクレームがくる」
 リィェンに一蹴されたにゃーたんとさーらんはもぞもぞと起き上がり――かけて転ぶ。
 と。
 に ゃ ー た ん に ゃ っ に ゃ っ !!
 さ ー ら ん ら ん ら ん !!
 厚ぼったい防寒具を脱ぎ捨て、にゃーピンクとさーイエローの法被(税込8640円)姿となった紳士どもが咆吼した。
 にゃーたんがんばれ。さーらん負けるな。さーらんおはよう。んー、亀甲。にゃーたんかわいい。ぐるぐるのままお持ち帰り。にゃーたんさーらんにゃーさーたんらん。
 ところどころにHENTAIワードが混ざっているとか、そういう問題ではない。彼らの存在そのものが問題であり、案件だった。
「じょじょ上官殿ぉおおああああ! あいつらマジやべぇでありますぅぅぅう!」
「戦費を! 戦費を稼ぐためである! 小官らはやらねばならぬのだぁ!」
「やり遂げる前にすげぇ勢いでヤられちまいそうな感じでありますが!?」
 くくく。央が喉を鳴らして眼鏡をキラリ。
「当初の集金目標はにゃーたんの体重と同じだけの“諭吉”を積むことだったけど、それだと40億円近くになる(一万円の重さは一枚1.0682g)。ファンから全財産いただいても届かない」
 海岸の一角に置かれた、にゃーたんで型取りした実物大募金箱を指した。グッズ売り上げも投げ銭も、すべてそこに投じられる。
「あら、でしたらわたくしのお友だちにおふたりの身柄を――」
 提案しかけたファリンを止め、央は言葉を継いだ。
「だから硬貨も含めてのものに変更した。目標額3000万円、ふたりには稼ぎ出してもらわないと。ぽろりや身売りをしてでもね……ファリンさん、ちなみにそのお友だちとはすぐ連絡が?」
「おい迫間殿ぉぉぉ!!」
「そもそも自分たち、ぽろりするものが命以外見当たらないのでありますが!? 実にこう、いろいろなものが足りておりませんしね!」
 央はゆっくり笑みを巡らせ、にゃーたんを、さーらんを見下ろして。
「金銭的な都合だけじゃなく、ふたりがアイドル活動の中で楽しさや喜びを見つけてくれたらいい。俺はそう思うんだ」
「やってることと言ってることの差が酷すぎるのであるぅ!!」
「むしろこの設定で楽しいとか喜ばしいとか、無理がありすぎるであります……」
 頼みの月夜はすでに右の手と左の手にそれぞれ“にゃ〜”、“さ〜”と書かれた団扇を装備し、「にゃーたんにゃっにゃっ♪ さーらんらんらん♪」を唱和するのにいそがしい。
『はいはい、みなさん落ち着いてください。まだ競技も始まっていませんよ』
 にゃーたんとさーらんに詰め寄せようとした男たちの足元へ15式自動歩槍「小龍」をフルオートで撃ち込んでおいて、佐千子が拡声器から口を離した。
 精神的には胆が、物理的には体が冷えてしまった人々が思わず縮みあがる。寒い!
「早く始めないと死人が出そうです。相手チームのみなさんに登場していただきましょう」
「なにを言ってるんだい?」
 央が佐千子の肩に手を置いて。
「これから一時間半、グッズの宣伝を絡めたトークショーだ。これは株式会社メハナヤサイのウッドバレー社長が編み出したやりかたでね。コンサートの半分が宣伝という」
「な・に・を、言ってますか?」
「聞こえてるし了解したから、安全レバーは戻してもらっても?」

 なんてことがありつつ、相手チーム登場。
「寒ぅ! おかしいおかしい! 気候もファンも僕も!」
 鳥肌を鎮めたくて必死でさする稜。
「肉抜きしたブーメランパンツか女子用KAWAII水着、どっちにする?」と迫間Pに迫られたあげく、ハイネックビキニと水泳用ホットパンツを選ばされた彼である。普段ならこの男の娘具合に紳士ども大狂喜だが、今日ばかりはそうならなかった。なぜなら。
「歳が……」
「身長70センチ以上は受け付けぬぅ!」
 会場の反応に、稜は「あの人たちストライクゾーン低すぎる!」。
 三角ビキニという、この場にもっともそぐわない格好をしているはずのリリアは「うふふアイスうふふバニラうふふ」とほこほこ。稜の嘆きも寒さも完全無視の構えである。
「とにかくわたくしたち、にゃーたん様とさーらん様の敵チームということですわよね?」
 と、稜たちと共に登場したファリンはおっとり小首を傾げた。
 豊麗な肢体にまとうは白スクである。純白のニーハイと学校指定の上履き、そしてエンジェルウイングな赤ランドセル着用である。
 過ぎるほど狙い澄ましたアレなんである!
「あの、ファリン殿。どうしてそのチョイスを?」
 さーらんの質問に、ファリンは逆側へ小首を傾げ。
「正式な作法だと迫間様から教わりましたの。わたくしお勉強は家庭教師に習っていましたから、娑婆の常識には疎くって」
 残念ながら、この会場の紳士にファリンの魅力は届くまい。しかし娑婆へ配布されるブルーレイは、彼女目当ての普通の男子へかならず届く。
 すべては迫間Pの思惑どおり――!

『えーっと、文字数的にそろそろ競技に入らないとだめだから、海中騎馬戦から始めるよー』
 月夜のメタなアナウンスに紳士どもが「うおー」。都合よく盛り上がった。感謝。報告官として圧倒的感謝である。
「海中騎馬戦!? それってアイドル運動会にありがちな……そもそもあれは安全なプールでやるものではないのか!? それに小官、沈んでしまう」
 にゃーたんの重量は400キロ。しかしながらその重さだけならず、体内ライヴス循環不全のせいで水には絶対浮かないのだ。
「人工呼吸は自分にお任せを! あんなおぞましい奴らに触らせたりしないのであります!」
 亀甲縛りされたままのさーらんがいい笑顔で言い放つが、助けるとか支えるとかじゃなくていきなり人工呼吸を言い出すあたり、邪さだだ漏れだ。
「その心配は無用だ」
 と、場の空気を揺るがすリィェンの声音。
「貴様らは一介のファンを卒業する。貴様らはたった今から、隠されることなく剥き出され、その生身の熱をもって冷酷なる海の縛めと迫る雑兵から姫君を護り運ぶ馬脚だ」
 ウラー!! 後方より太い雄叫びをあげた男たちへ背中越しにうなずいてみせ、リィェンは組んでいた両腕を解いた。
「貴様らの愛するものはなんだ!?」
 にゃーたんにゃーたんにゃーたん!!
「姫君の愛するものはなんだ!?」
 祖国祖国祖国!!
「貴様らは姫君の愛する祖国を愛するか!?」
 ぶひひーん!!
「愛するものに捧げろ、貴様らの唯一絶対の愛を!!」
 ピンクとイエローの六尺褌できりりと決めた男たちがにゃーたんとさーらんへ駆け寄り、騎馬を組んでその上へ担ぎ上げた。
「リィェン殿、まさかこのようなものを用意していようとは……それよりもなぜこいつら全員角刈りなのだ? あと褌の意味と意義はなんだ?」
「上官殿、下からすごい勢いで鼻息が――生ぬるいでありますぅ!」
 姫君たちの不評は誰に届くことなく風にさらわれて。
 リィェンが突き上げた拳を振り下ろした。
「クリーク(騎馬戦)の始まりだ!!」


 モブなアイドルを含めた二チームが、海の上でぶつかり合う。
『にゃーたんに向かってるのは千客プロのワイルドブラッドアイドルチーム“E-mori”! あー、海水でやられちゃったねー』
 その間に、イモリのワイルドブラッド少女たちは悶絶しながら海へ沈んでいった。
「(命が)ぽろりですね……」
 これはちょっと素に戻っているリリアの談。彼女自身は騎馬の上でするする体を動かし、ハチマキを獲りに伸びてくる手を器用にかわして反撃を決めている。
「ぽろりはいいけど――よくないけど――ちょっと絵面が悪くない?」
 その下で騎馬の先頭を務める稜は、沈みゆく苦悶と怨嗟から顔を逸らしてため息をついた。
「すぐに向かいましょう」
「え? 助けるの?」
 ふるふるかぶりを振って、リリアが笑みを傾けた。
「ハチマキの回収です。一本につきアイス1ケースのボーナスがありますので!」
 稜の鳥肌が勢いを増したのは、けして寒気のせいだけじゃないのだった。

「まあ、クリーク! わたくしクリークは初めてですの! チャージ(突撃)、チャージですわー!」
 上履きの後ろに接合した拍車で馬をぐりぐり痛めつけ、ファリンが号令を下す。
 初めてのわりにずいぶんこなれてますねとか、なんで上履きに拍車ついてるんですかねとか、そんなことを訊く馬はいない。ファリンを上に乗せてしまったそのときから、人としての資格も権利も剥奪されているのだから。
「にゃーたん、お覚悟ですわ!」
 屈強な人馬に跨がるにゃーたん目がけ、波を蹴立てて突撃!
「ファリン殿!? その手のランスはもしや本物では!?」
「わたくしにゃーたん様とさーらん様のことを敬愛しておりますの。全力で挑ませていただきますわ!」
「いやいや! 小官共鳴してないわけで、それでチャージされたらぽろりどころかずぶしゃーっと」
「刺気滅気殺気ですわー!」
「もれなく小官の命をぽろりする気ばかりなのだが!?」
 と、ここでファリンは馬の脚を一度止めて。
「わたくしこうして撮っていただくのは初めてでよくわからないのですけれど……3カメ様?」
 ニーハイの食い込みをなおす体で絶対領域を入念にアピール。
「こちらあおり撮影でお願いいたしますわ。ええ、よくわからないのですけれど、こういうあざといのが円盤の売り上げに結びつくのですわよね。あとは……にゃーたん様にお命をぽろりしていただくだけですわね!」
「せめて言葉とライヴスを濁せぇぇぇえええ!!」

「上官殿に勝利を捧げるのであります! 勝利のお返しはもちろんアレであります!」
「うるちぇーでちゅ! なんであたちがこんなとこにおよばれしてんでちゅか!? って、そんなこたどうでもいいでちゅ! とっととぼかちんするでちゅうー!」
 さーらんとウーパールーパーのワイルドブラッド、ウー・ルー・パパは、互いの騎馬を横づけして一気討ち。
 ただ、さーらんには壊滅的に運動能力がなく、ウーには壊滅的にリーチがなく、延々と空振りをし続けていて……ついには両者共、ぐらり。
「服着たまま海に落ちたら溺れっ! 馬諸兄、自分のこと守」
「ぶひぃん?」
「なんでありますかその“こいつは不幸な事故なんだぜ?”的な顔! ま、まさか、自分を亡き者にして上官殿を……!?」
 そう。先のシーンでも、彼らはひと言だって「さーらん」の名は呼んでいなかった。
 すべてはリィェンの人選ミスなわけだが、しかたないのかもしれない。さーらんの熱狂的ファンをチョイスしてしまったら、それこそ大いなる力によって超リテイクを喰らうことになろうから。
「おのれぃ! てめぇらぜってぇ呪ってやぶぶべぼば」
 さーらん、沈没。
「あたちのせんちゃいなおはだにうみのおみずはがちやべぇでちゅ! いきもできないからしんじゃうでぶぼばばび」
 あっさりウーも沈没。
 AEDを小脇に抱えた月夜はとっとこ波打ち際まで近づいて、泡立つ海面に呼びかけた。
『元気ですかー?』
 ぼぶべばぶびぼぼ。
『AEDの電源入れて、貼る? んー、届かないから』
 きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん、きゅうきゅうにょりつりょうー。
 ほんわりした声で読み上げた月夜の右手に太い雷の槍――サンダーランスが顕われる。
『電気ならいいんだよね?』
 先ほどまでの彼女と同一人物とは思えない極冷のセリフを唱え、そして。
 泡の中心にランスを投げ込んだ。
 海水を伝って撒き散らされた電撃が、アイドルとその馬たちを差別も区別もなく撃ち据えて……ぷっかぷか。
 ここで央から月夜に連絡が入る。
『えっと、地元漁協の協力で救助船が出動? でもガソリン代とかいろいろお高いから、このままじゃ出らんない? ファンのみんなの善意がないと、みんな沈んじゃうんだね。困ったよね』
 訓練された紳士たち、にゃーたん型募金箱にお札をもりもりとイン!
 かくて投網で回収されたさーらんとアイドルたちは、今度こそAEDで黄泉還らせられるんであった。
「こ……これはマッチポンプというやつではないのでありますか」
 ぷぴー、水を噴いて起き上がったさーらん。
 しかし応える者はなく、さーらんは独りかぶりを振った。
 マッチポンプならまだしも、溺死電気はいただけないでありますよ……

「嫌な予感がするわ」
 ボランティアスタッフと共にAEDを繰る佐千子が静かに手を握り締めた。
 先に言っときます。正解です。

 かくて一騎残るはにゃーたんである。
「よく鍛えられた軍馬である。馬でいいのかという疑問はさておいて」
 と。
「このままじゃおもしろくないわよね。テレサ“ジーニアスヒロインバートレット”、参戦するわよ!」
 浜に飛びだしてきたテレサが辺りを見渡したが、肝心の馬になる男たちは全滅状態だ。
「きみがやるなら、その脚は俺が務めよう」
 颯爽と登場したリィェンがテレサを肩車し――一瞬で固まった。
「リィェン君? ねぇ、どうしたの?」
「……」
 にゃーたんは悟る。リィェン殿、想い人の感触で純情ブレーカーが落ちたんであるな。
 馬をゆっくり進めたにゃーたんは、リィェンを再起動しようとがんばっていたテレサをどんと押して落とし、あっさりと完全勝利を得た……。


『次のプログラムは海上お尻相撲だよ! でもそれだけだとおもしろくないからー、バトルロイヤルで!』
 主に文字数の問題なわけだが――競技前のシーンが長すぎたのだ。後悔はしていない――月夜の思いつきで尻相撲地獄が開幕した。
 予算削減のため、空のペットボトルを繋いで作ったステージを海上に浮かべ、そこに数十人が乗せられる。
「うわ、そっちに寄ると落ちるっ! 落ちたらまた心停止だよ!? ……月夜さん、これ本気でまずいと思うんですけど」
 稜のクレームに月夜はちょっと考え込んで。
『みんなが沈むとにゃーたんのお金が増えるんだよだから自分で沈むよね見事に散るよね本望だよね本懐だよね』
 おどろおどろおどろおどろ。
 その後ろでは、救助船を駆る漁協のみなさんが央から封筒を受け取りつつ「迫間さんもお上手ですなぁ!」、「いえいえ、組合長には及びませんよ」とか言い合ってたりして。
「うう、世知辛すぎる」
 頭を抱える稜のとなり、こっそりモブアイドルを死の海へ突き落としていたリリアがささやく。
「アイスが一本、アイスが二本」
「命ひとつがアイス一本!?」

「上官殿、コンビを組んで力を合わせ、他の連中を突き落としまくる作戦を進言するであります!」
 ステージのバランスを保つため、中心点に仁王立つにゃーたんがさーらんを手で止めた。なぜなら。
「小官では他の者の尻に尻が届かぬし、同志の筋力では他の者を押し退けられまいが」
 まったくもってそのとおりなのだが。
「ではしかたないのであります。敵の手に渡すくらいなら自分が上官殿を!」
「おいー! 小官のこと揺らすと全員沈没であるぞ!?」
「はい! いいえ! 上官殿の誇りと貞操は自分の――ものであります!」
「同志、なぜ一部省略するのだぁ!?」

「まあ、お尻相撲! わたくしお尻相撲は(ry」
 ランドセルでモブアイドルを突き飛ばし、ファリンはきゃーきゃー。
『あれは反則じゃないの?』
 フリーズしたままのリィェンを置き去り、解説席についたテレサが央に訊く。
『安全やモラルに問題ない範疇で楽しくケンカしてもらうのは問題ないですよ』
「迫間殿の安全とモラルの線引きはどこにあるのだぁ!!」
 さっそくツッコむにゃーたんだったが、央の笑顔は崩せない。
『大概はセーフ?』
 緩すぎる!
 しかし、いずれにしても海へ落ちれば命がぽろり。
 戦わなければ浜からサンダーランスで狙い撃ち。やっぱり命はぽろり。
 やるしかない。他の全員を蹴落とし、生き残るのだ。
 かくて戦いは尻相撲から理(り)が抜けた単なる死相撲へ。
 このお尻相撲が終わったら私、バニラアイス食べるんです。
 にゃーたんにゃっにゃっ♪ さーらんらんらん――らんらん、サンダーランス?
 テレサ……俺はきみの……
 なんとか上官殿に人工呼吸を! なんとしてでも上官殿に人工呼吸を!
 今回ブルマを履いていませんわ。勝負服だと教わったのですが……娑婆の常識は難しいですわねぇ。
 胸がぽろりできゃーって、僕男だし誰も見てやしないし客層がさぁ!
 にゃーたん、さーらん、俺がふたりを大事に思っていることだけは確かだよ。さあ、目標金額まであと1500万円だ。
 なぜ小官、決戦前に死地を踏んでいるのだ!? うぉぉ、ペットボトルがべこってなったではないか! 沈む沈む!
 人々の思いがあれこれ交錯する中で、絶対常識こと佐千子は思考する。
 戦場はぐだぐだで、誰も決定力を発揮できないまま無意味に押し合っているばかり。
 この世界を犯罪から、人々をその脅威から守るため、私は銃を取った。
 護りの銃は抑止力。このぐだぐだした争いを止めるには、私という弾丸が必要なんじゃないかなって思ったり。
 私は疲れたのよ。真面目な顔で常識を語ることに。AEDにありがとうって言い続けることに。だから……終わりにしましょう?
 どこからともなく佐千子の英雄が無表情ででっかい大砲を押してきて、彼女と共鳴。よくわからない透過光と男性裏声コーラス「ラージカール ウーウーアー ラージカール(ラージカール)」とかで包まれた。そして。
「不思議な大口径で絨毯爆撃! 滅殺の凶弾、爆撃乙女ラジカル★サチコ、爆・誕!」
 赤きミニスカ軍服姿となったショートカットの乙女(ギリギリアウトの20歳)が大砲にイン。自ら紐を引っぱってぼかんと射出された。
「ラジカル★グレネード、カーペット・ボンビング!」
 やけにゆっくり飛びながら、大量の手榴弾を投下。かけ声どおりの絨毯爆撃! 地上の央やリィェン、海上のアイドルをまとめて吹っ飛ばし。
「ラジカル★ショットシェル、シュート!」
 ショットガンが散弾を発射! ステージにしがみついたアイドルを撃ち散らし。
「ラジカル★ダムダム、ブルズアイ!」
 オートマチックから撃ち放たれた必殺の弾丸が、しぶとく生き残っていたにゃーたんをヘッドショット。
「ラジカル★SAYONARA!」
 とりあえずアイドルもステージも海の藻屑と変え、にゅーっと水平線の彼方へ消えて行った……


「ラジカル★サチコ? そんな人が現われたなんて……世界はラジカルでいっぱいね!」
 全力でとぼける佐千子。
 その前に立つ央は前髪をかき上げ、空振りした。さっきの爆撃でパンチパーマになっていたから。
「不足は大きかったけど、これでなんとかなりそうだ」
「え? まさか、ラジカル★サチコの――」
「いや、あれだ」
 央が指す先を佐千子が見れば、にゃーたんの馬脚が一本であったはずの男が猛烈な笑顔でファリン(アフロ)と語らっていて。
「ぶひひぶひひひ」
「まさか“香港の若様”がお馬をされていたなんて! ええ、それはもうご存分に。“にゃーたんと一日デート”、この姫華倫が全力でバックアップいたしますわ!」
「結局売られているではないか! せめて控えめに! 戦車ドライブとか兵站デートとかでぇぇぇえええ!」
 元のとおりぐるぐる巻きにされたにゃーたん(アフロ)がじったばった飛び跳ねるが。
「前向きに善処いたします所存ですわ?」
 にぇぇぇぇっと!!
「上官殿ぉ! 自分がお助けいたしますので人工呼吸を」
 割って入った亀甲縛りのさーらん(アフロ)はリィェンに掴みあげられて、ぶらり。
「きみはアイスランドの“旦那様”の家で24時間耐久鬼ごっこだ。捕まったら……なんだこの“豚骨ラーメン”というのは」
「昔テレビでやってたやつぅ! しかもなぜそれをアイスランドで!?」
 連行されるにゃーたんとさーらんをげんなり見送った稜(アフロ)は、バニラアイスを頬張るリリア(アフロ)に視線を移し。
「あの、そういえば僕って、どこかのご老体とかに売られたりしなくていいの?」
「アイス10本じゃ高いって言われたので……」
「僕の身柄安すぎだね!?」
 逆の意味で打ちひしがれるのだった。
『“NYA-RA”チャリティー寒中運動会、全プログラム終了したよー。最期じゃなくて最後はみんなで国歌斉唱しよう!』
 月夜の音頭で、集まった紳士たちが声を合わせる。

 今は戻れぬ 愛しき祖国

『えっと、みんなの祖国ってカルハリニャタンじゃないよね?』
 月夜のツッコミやにゃーたん・さーらんの犠牲ともあれ、にゃーたん募金箱には頭の先まで札と硬貨が詰まり。
 この後の通販売り上げを合わせた“戦費”によって、小規模ながらカルハリニャタン共和国への出兵準備が整うのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 鋼の決意】
【月夜(aa3591hero001) / 女性 / 16歳 / 黒に染まれ】
【ファリン(aa3137) / 女性 / 18歳 / 紫峰皇ペンギン】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】
【鬼灯 佐千子(aa2526) / 女性 / 21歳 / 潜伏の機兵】
【天城 稜(aa0314) / 男性 / 20歳 / 惑いの蒼】
【リリア フォーゲル(aa0314hero001) / 女性 / 20歳 / 癒やしの翠】
【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【サーラ・アートネット(aa4973) / 女性 / 16歳 / 我ら凍りの嵐を越え】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
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2018年05月23日

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