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『【命】のために 』
藤咲 仁菜aa3237)&ナイチンゲールaa4840

●燻る赤
 藤咲 仁菜(aa3237)は一人、ギアナ支部の屋上に立つ。ジャングルの彼方が燃えるように赤く染まっている。ラグナロクが巨大な樹――アウタナを成長させ展開したドロップゾーンが成長し、強いライヴスを放っているらしい。欄干に寄りかかるように立ち、彼女は彼方の景色をじっと見つめていた。
 その赤い光を見ていると、嫌でも仁菜は思い出す。フレイヤと戦った日の事を。腕をわざと犠牲にして逃げ出した彼女。その時に飛び散った血の色は、今の空と同じ色をしていた。
 その光が、血の色が胸を痛くする。仁菜の頬にはらりと一粒、涙が伝って落ちた。
 ふと、背後でギィと鈍い音が響く。仁菜が振り向くと、鉄のドアを押し開いて少女――ナイチンゲール(aa4840)が屋上に顔を覗かせたところだった。
「……ごめんね。私から連絡したのに待たせちゃって」
 ナイチンゲールの表情は、暗闇に隠れてよく見えない。辛うじて月明かりに照らされた口元は、小さく結ばれていた。仁菜は欄干に背を預けると、笑みを繕う。
「ううん。全然待ってないよ。私も今来たところだし」
 ブーツの踵を鳴らして駆け寄るナイチンゲール。仁菜と向かい合ってようやく険しい顔を和らげたが、仁菜の頬に光るものに気付いて首を傾げる。
「泣いてた……?」
「え?」
 言われて初めて、仁菜は頬に涙が伝っている事に気付いた。ハンカチを取り出して慌てて拭うと、上ずった声で捲し立てる。
「や、やだなぁ。大丈夫。別に明日の戦いは怖くなんかないよ! ちょっと赤い光が眩しくて、目がちかちかしちゃっただけで、ね……」
 しかし、目の前のナイチンゲールは再び真剣そのものの顔になっていく。その有無を言わさぬ雰囲気に押されて、仁菜は次第に声を細らせた。ナイチンゲールは仁菜の頬に手を添えると、月明かりに照らされた彼女の眼を見つめる。うっすらと赤くなっていた。
「違う……でしょ。ニーナの眼、とっても不安そうで、哀しそうだから」
 ナイチンゲールに見つめられ、仁菜はふと眼を逸らす。しばらく言葉を詰まらせていた彼女はやがて力無く笑った。
「はは……なっちゃんには、バレちゃってるよね。だから電話したんだもんね」
 仁菜はナイチンゲールに背を向ける。その眼は、再び密林の彼方の光を捉えていた。
「前の戦いの時ね、私は、戦士として向かったの」
 ふと、仁菜はとつとつと話し始めた。
「フレイヤが私達を“エインヘリャル”、戦士とよんだから。仲間はフレイヤと話をするなら、話す間は攻撃しないようにしようか? って聞いてくれたけど……」
 事前の作戦会議で交わしたやり取りを思い出す。狂った指導者や粗暴な戦闘狂に混じっていた、一人の少女。彼女の本当の姿が知りたくて、仁菜は動き続けていた。
「私はそれを断ったの。戦場に戦士として立ってるのに、敵に武器を置いて話をしようなんて言われたら、私だったらきっと怒るなって。それに攻撃をやめるって事はその分こちらに隙が出来るから。……あの場にいた全員に私の我儘で命をかけさせるわけにはいかなかった」
 そして戦いの火蓋は切って落とされた。仲間達が素早くフレイヤに向かって攻めかかり、彼女の守りを押し切ったところで、仁菜達が鞭を振るってフレイヤを捉えた。氷のように冷たい言葉を浴びせられながら、仁菜は必死に問いかけた。
 その果てに、フレイヤは絶叫した。それはオルリアとしての断末魔だったのかもしれない。フレイを、兄を失った悲しみに心を砕かれた、か弱い少女としての。仁菜は唇を噛み、欄干を強く握り締めた。
「でもね、フレイヤは戦士じゃなかったんだよ。兄が大切な普通の女の子、オルリアだった」
 そんな女の子が、復讐の想念に心をも焼かれてしまった。今も苦しみ、果てもない世界への恨みに突き動かされている。
「だから、こんどは戦士としての私じゃなく、1人の女の子の私として会いに行くよ」
 戦士には、フレイヤを救えない気がした。同じ女の子として向かい合わなければ、フレイヤの苦しみは受け止められない気がしていた。
 彼方を見つめて語る仁菜の背を、ナイチンゲールはじっと見つめる。その背中は、小さく震えていた。怖がっているわけではない。恐れているのだ。
「……フレイヤの怒りも憎しみも受け止めて。オルリアの悲しみも辛さも受け止めて。一緒に生きる未来を掴むために……」
 仁菜は再びナイチンゲールに向き直る。彼女を真っ直ぐ見上げて、丸い眼を見張り訴える。
「誰かに命を背負わせる重さは分かってるから、死ぬ気もないし、なっちゃんを死なせる気もないけど…。凄く危険な戦いになるし、もしも…が起きるかもしれない」
 言葉が喉で詰まる。しかし躊躇ってはいられなかった。喉を震わせ、声を絞り出す。
「……だから」
 仁菜はふと目を閉じ、胸いっぱいに息を吸い込む。


なっちゃん…私と一緒に命をかけてもらえますか?


 しばしの沈黙。ナイチンゲールは仁菜の顔色を窺う。その言葉を口にするのに、どれほど苦しんだのだろうか。仁菜は肩で息をしていた。ナイチンゲールは歩み寄ると、仁菜を静かに抱き寄せた。震える仁菜の温もりを感じながら、ナイチンゲールは耳元で囁く。
「……私達、もっと早くにこの話をするべきだったね」
 ナイチンゲールもまた、仁菜の言葉を聞きながら心の奥底に閉じ込めていた一つの光景に直面していた。手を伸ばしてももう届かない、青年の柔らかな微笑みが、脳裏に張り付く。
「ニーナの後悔は、私がフレイの死に感じた負い目と全く一緒だから。独りで抱え込まずに分かち合えばよかったんだ」
 致命傷を負って倒れたフレイ。死を与えられる代わりに壊れ果てた生から解放されて、ようやく彼は本当の自分を取り戻した。愚神になってでも追い求めた本当の願いを取り戻し、消えた。
 ナイチンゲールは、心の奥底を抉って、痛みと共にその願いを刻み付けた。その痛みは刺々しく、今でも胸が張り裂けそうだ。
「でも、まだ終わりじゃない。彼の願いを私は身を以て知った。……それはオルリアの心からの笑顔。幸せ」
 決して笑おうとしない少女。絶望に心が凍り付いた少女。その心を救うためには、彼女を襲う運命から守り抜かなくてはいけない。仁菜の心の熱を確かめるように、ナイチンゲールはさらに強く彼女を抱きしめた。
「死んだら何もかも終わり。オルリアが笑顔に、幸せになるなんて、生きてないと絶対に果たせない。そしてニーナも、もちろん私も、彼女が生きることを望んでる。だから……」


一緒に行こう、ニーナ。


「そんなに固くならなくていいよ。だって、命を助ける為に命を懸けるのは当たり前のことだもの」
 肩に手を添えたまま、ナイチンゲールは一歩離れて仁菜の顔を見つめる。仁菜の眼は真ん丸に見開かれ、言葉さえ失っていた。ナイチンゲールは柔和に微笑み、仁菜の白い耳をそっと撫でる。
「いつだって私達はそうしてきたもの。ね、いつもと同じ」
 夜風が吹き抜け、木々を揺らす。ざらざらとした音が、胸の奥に刻まれた二人の傷を撫でる。ナイチンゲールは顔をふと曇らせながらも、仁菜の両肩に手を載せ、白い歯を見せた。
「だから……この戦いで何が起きても自分だけで苦しまないで。オルリアの前に立つ時、必ず隣に私がいるから」
「なっちゃん」
 呟く仁菜の眼に涙が浮かぶ。ナイチンゲールから伝わる優しさと熱が、仁菜の胸を熱くしていた。しかし、脳裏には紅い華の色が焼き付いている。オルリアが咲かせた、怒りと恨みに満ちた血の色が。
 不安に駆られる。結局自分はオルリアの事を救えないのではないのか。友達にも苦しい思いを押し付けるだけになってしまうのではないのか。何もかもが、絶望に塞がれただけに終わってしまうのではないのか。仁菜は恐れた。
 仁菜はナイチンゲールの青い瞳を見つめる。海のように深いその色を見つめていると、不思議とその恐れは引いていった。一筋の希望が見えた気がした。仁菜は浮かんだ涙を袖で拭うと、再びナイチンゲールの胸に寄り添った。


行こう、守るべき【命】を掲げて


……そう、【命】だ。その為に戦おう。


 夜空の彼方は紅く輝く。燃えるように明々と、抱きしめ合う二人の姿を照らし続けている。

 ぞっとするほど残酷で、冷笑的なこの世界も、この夜ばかりは黙り込んでいた。二人の少女の中に芽生えた希望を摘み取るほど、世界も愚かではなかった。


●たった一人の希望の為に
 数時間後、深紅の夜はひっそりと明けた。多数のエージェントの軍勢に紛れて、ナイチンゲールと仁菜は共鳴を終え、隣り合って互いに目配せする。
「準備はいい?」
「うん。……待っててね。オルリア」
 結晶の樹を砕き、ラグナロクの野望を断て。そうH.O.P.E.は命を下した。そのために、多くのエージェントが集まったのだ。しかし、二人の目的は違う。

 たった一人の少女を救うため、二人は全てを擲ちに行くのだ。

 Fin.




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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藤咲 仁菜(aa3237)
ナイチンゲール(aa4840)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
もう少し書けるかな……と思ったんですが、無理に膨らませずスパッとまとめる事にしました。申し訳ありません。何かありましたらリテイクをお願いします。
何かと頑張り屋なお二人には、カラダニキヲツケテネ! の言葉を贈っておきます。

では、また御縁がありましたら。

カゲエキガ

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2018年05月24日

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