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『血液の役割 』
ジュード・エアハートka0410)&エアルドフリスka1856

 目の前で切り刻まれる、腕、足、背、腹……。そこから流れる血のあたたかさは、本来ならば皮膚を通してしか感じられないもののはずで。皮膚を通して、自分に注がれるもののはずで。
 決して、決して、流れ落ちて大地に吸わせるためのものではない。
 だから。
「だからさ、ちゃんと俺に注いでもらわないと、ね」
 ジュード・エアハートは、片手にバスケット、片手に杖、という姿で、張り紙のされた扉に向かってそっと呟いた。そして、休業を知らせる文字に構わず、それを開いた。



 目の前で切り刻まれる、腕、足、背、胸……。すぐ傍で聞こえる、苦しげな呻き声。……そう、すぐ、傍で。
 先の大規模作戦でのあの瞬間を瞼の裏に映し出して、エアルドフリスはベッドに横たわったまま呻いた。
「不甲斐ない……。近くにいたってのに俺は何をやってるんだ」
 死んでいてもおかしくはなかった、と思うと全身から血の気が引く。大切な人を、喪う恐怖。エアルドフリスはそれをまざまざと思い出していた。
 敵にしてやられたのは、間違いなく警戒不足が原因だ。力いっぱい拳を握る力があればその拳で壁に穴のひとつでも空けてしまいたいほどの悔しさが腹にたまっているが、この重体の身では無理なことだ。だが、それよりもエアルドフリスの心をさいなむのは。
 大切な人を、守れなかったこと。
 大切な人──ジュードはきっと今、重い傷に苦しみながら自宅で療養しているだろう。エアルドフリスも負けず劣らずのひどい状態で、介抱してやりたくとも動くことができない……、と歯がゆく思っている、と。
「エアさーん、具合どう?」
 当のジュードがひょっこり顔を覗かせた。
「なっ、ジュード!?」
 いたるところに巻かれた包帯、体を支えるために持っている杖が痛々しいことこの上ない。そんな状態で、ここへやって来るなんて。
「寝てなきゃあ駄目だろう!」
 叫びながら勢いよく起き上がったエアルドフリスは。
「うっ!!」
 起き上がった拍子に鋭く痛んだ傷を押さえて再びベッドに沈んだ。
「エアさんてば、それお約束」
 ふふふ、と笑いながら、ジュードは猫のようにしなやかに、ベッドの上のエアルドフリスに寄り添った。無理な姿勢はジュードの体をきしませ、包帯の下の傷もうずかせたけれど、そんな痛みなど、愛しい人の隣に添いたいという気持ちよりははるかに弱い。
 ジュードは、エアルドフリスの体に手を当てた。包帯の下で皮膚が熱を持っているのがわかる。ここから、血が流れたのだ。
 エアルドフリスが重い傷を負うたび、ジュードはそれが早く治ってくれるようにと願う。慣れっこになってしまった、と言えば冷たいようだが、戦いの中に身を置く以上、仕方のないことだと理解しているからこそ、大げさに騒ぐことはもうしない。だけど、騒ぐことはしなくともいつもいつも願っている。どうか、無事で、と。
 ジュードは傷に障らぬようにそろりと、エアルドフリスの肩や腕、腹を撫でた。しっかりと筋肉のついた体に、ジュードは思わずうっとりしてしまう。ジュードの耳元でエアルドフリスが低く呻く。しかし、痛みによるものではない。
「ごめんね、痛かった?」
 痛みによる呻きではないと、もちろんわかった上でジュードはしっとりと悪戯っぽい上目づかいでエアルドフリスを見る。
「いや……」
 困ったように眉を下げ、エアルドフリスはジュードの艶やかな髪を優しく撫でた。ジュードはしばらく嬉しそうに撫でられていたけれど、そっと彼の手を取って、自分の胸……、包帯が巻かれた胸へと移動させた。手を引かれるままにジュードの胸に触れて、エアルドフリスがぎくりと全身を強張らせる。包帯の下には、当然、傷があるはずで。
「ジュード」
「ねえ、エアさん。俺、ちゃんと生きてるよ。エアさんも、ちゃんと、生きてる」
「……ああ」
 かろうじて、エアルドフリスはそう返事をした。ジュードはにっこりと笑顔をつくると、エアルドフリスの手を離し、ゆっくりゆっくり、身を起した。
「さて。生きてるからには何か食べなくちゃ! お茶淹れてよ、エアさん」



 ふたりとも安静が必要な重体の身でありながら、薬草のお茶を淹れ、りんごを剥いてティータイムと洒落込むこととなった。ジュードの提げていたバスケットに入っていたのは、りんごだったのである。果物ナイフを扱う手はいつものようななめらかな動きではなかったが、それでも器用に「うさぎさんりんご」にしていくジュードを、エアルドフリスは気遣わしげな視線で見守った。
「ジュード、無理をしないでくれよ」
 エアルドフリスにとって、重体は珍しい状態ではない。だが、ジュードはこれが初めてだ。
「大丈夫! これ、美味しそうなりんごでしょー? 具合の悪いときはりんごだよね。あれ? それって風邪のときだっけ? いいよね、怪我のときだって。元気が出そうだし」
 苦しそうにするどころか、上機嫌にすら聞こえるあっけらかんとしたジュードの口調。態度は明るくとも痛々しい姿であることに違いはない。こんな傷を負わせてしまうとは、と考えると、エアルドフリスの胸は傷よりも深く痛む。
「……すまない、ジュード」
 つい、口を突いた謝罪の言葉は。
「はい、エアさん。あーんして?」
 満面の笑みのジュードが差し出した「うさぎさんりんご」によって塞がれた。しゃくしゃく、とりんごをかみ砕く気の抜けた音がふたりの間に響く。
「美味しい?」
「あ、ああ。美味しいよ」
 誰より愛しい存在が剥いてくれて、手ずから食べさせてくれたりんごが美味しくないわけはない。だが、それでも晴れやかな笑顔にはならないエアルドフリスに、ジュードは少し苦笑した。彼が何を考えているかは、手に取るようにわかる。とてもとてもわかりやすくへこんでいる。エアルドフリスのその憂いはジュードを愛しているからこそだ。それがわかるから嬉しくもあるけれど、自分も傷を負っている上にジュードの傷の責任までも背負おうとしているのは、間違っている。だから。
 ジュードは、小さな子どもを諭すようにも聞こえる調子で、あのね、と口を開く。
「あのね、エアさん。エアさんは、俺を守れなかった、重体になったのは自分の所為だ、みたいに思ってるのかもしれないけど」
「え、いや……」
 図星を突かれて、エアルドフリスは口篭もる。
「そんなこと、あるわけないでしょう? 俺は、エアさんに守ってもらうだけの存在じゃないし、エアさんだって俺を守るだけに存在してるんじゃない。エアさんだって、わかってるでしょう?」
 そう、ふたりはそんな一方的な関係性ではない。共に戦う、対等な仲間だ。ジュードの言うとおり、エアルドフリスもそれはわかっていた。
「……ああ、わかってるさ。でも、ジュードが傷ついているのは、つらい」
「うん。そうだよね。俺が今までエアさんが無茶するたびどんな気持ちでいたか、ようやくわかってくれたみたいだね」
「う」
 エアルドフリスの感傷的なセリフに、ジュードはあっさりと、ちくちくした言葉の針を笑顔で刺す。
「俺だって、エアさんが傷ついているのはつらいんだよ? いつも、いつも」
 丁寧に言いなおして、ジュードが、ふ、と目元をやわらかくする。
「共に戦うことと、お互いの無事を祈ることは、矛盾しないよ、エアさん。だから、共に戦った末に、命を持って帰ることのできたことを喜ぼうよ。お互いに、さ」
「……そうだな」
 言い含めるように諭され、エアルドフリスはそのジュードの言葉のあたたかさと優しさに、ふわりと笑みを浮かべた。今日はじめて見せたエアルドフリスの心からの笑顔に、ジュードはたちまち嬉しくなる。
「生きていてよかった……、ジュード」
 万感の思いが、詰まった一言だった。ジュードの胸の奥が、じわりと熱くなる。これは決して、傷による熱ではない。
「うん。エアさんが、生きていてよかった」
 エアルドフリスに負けないくらい、ありったけの思いをこめて、ジュードは言葉を返した。お互いの視線が、甘く、重く、絡んで、たわんだ。どちらからともなく手が伸びて、いつもよりぎこちない動きの指が少しずつ近づいて、もつれるように結び合わされる。そこから伝わる互いの体温は、ふたりが、ふたりともが、生きていることをしっかりと教えていた。

 そう、これが、本来の、彼の血液の役割。皮膚を通して、感じるべきあたたかさ。今、ちゃんと、注がれている。彼の体温を、感じている。

 ジュードは満面の笑みをエアルドフリスに向けた。ちくちくした皮肉を言っていたときとは、まったく種類の違う笑顔だ。
「ねえ、もう一度言って?」
「うん? ……ジュードが、生きていてよかった」
 ジュードがねだると、エアルドフリスは少し恥ずかしそうにしつつもしっかりと声にしてくれた。嬉しくて、嬉しくて、ジュードの胸が、傷など忘れて跳ねる。
「うん! エアさんが、生きていてよかった!」
 こうやって生きていこう、と思う。こうやって、お互いの無事を喜び、祈り、願い、皮膚の下を流れる血液のあたたかさを確かめ合いながら。
「エアさん、りんご、もうひとつ食べる?」
「ああ、いただくよ」
 ジュードが新たにフォークに突き刺して差し出した、愛らしいうさぎ耳のりんご。
「はい、あーん」
 きっと、さっき食べたりんごよりも甘くて美味しいことだろう。目の前で嬉しそうに口を開く愛しい人を眺めながら、ジュードはそう確信した。



 ねえ、はやく元気になろう。
 元気になって、力いっぱい抱きしめあおう。そうしたらもっと強く、もっと深く、そのあたたかさを感じられる。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0410/ジュード・エアハート/男性/18/猟撃士(イェーガー)】
【ka1856/エアルドフリス/男性/29/魔術師(マギステル)】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
ふたりが慈しみあうひとときを書かせていただくことができ、大変光栄でございました。
甘い雰囲気の方がいいよなー、でもオトナな空気も出したいよなー、といろいろ言葉を選びながらの執筆は、大変悩みましたが、大変楽しかったです。
おふたりの思い出のページを増やすお手伝いができていたなら幸いです。
イベント交流ノベル -
紺堂カヤ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年05月25日

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