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『雨天も晴天、表も裏 』
鞍馬 真ka5819

 その日は、雨が降っていた。雨粒は細く、人気のない石畳の道を音もなく濡らした。灰色の雲が太陽の光を遮って視界は悪く、足元も滑りやすい悪条件の中、そいつは現れた。
 ぼわぼわと黒い瘴気を纏う、雑魔。全身のフォルムから、もともとはクマだったのではないかとかろうじてわかるものの、もういまさら、もとの姿を想像しても何の役にもたたない。
「……どうやら、アレがそうみたいだな」
「そのようだ」
 呟きに返事があったかと思うと、隣で鋭く闘志が立ち上った。ハッとして思わず大きく首を動かし、隣を見た。ハンターとしてはあるまじきことだが、目の前の雑魔から完全に意識を逸らしてしまう。それほどに、隣に立つ男の放つ気配は鮮烈だった。
 鋭い、だけではない。澄んでいるとすら感じる、純粋な苛烈さ。触れれば切れてしまいそうだ、というのはおそらくこういうことを言うのだろう。
 すらり、と鞘を払われ、構えられた刃の輝きは、彼の持つ雰囲気に同調しているようにも見えた。
 そして、彼は。
「ハァアあああああぁああああっ!!!!!」
 その場のすべてを震え上がらせてしまえそうな闘志で、おそろしく凶暴な……、しかしおそろしく美しい一閃を雑魔に見舞ったのであった。



 その日は、晴れていた。空は青く、賑やかな商店街をさらに沸き立たせるかのように照らした。白く薄い雲がゆったりとたなびいて、春の終わりをのどかに演出している。
 眠くなってしまいそうだなあ、と青年は思い、そう思った直後に、ふわり、とあくびが出た。
 青年は、暇だった。いや、ようやく暇になった、というのが正しい。
 ここのところ立て続けに依頼をこなし、忙しくしていたので、しばらくのんびりしようと思っていたところだった。忙しくしていただけのことはあって懐もあたたかいし、いつもは敬遠してしまう観光地のたぐいにでも、思い切って足を伸ばそうかと考える。が、いかんせん観光地には詳しくないので、どこがいいものかよくわからない。酒場にでも行って情報収集するか、と周囲を見回すと。
「あ、こんにちは」
 柔らかな声に呼び止められた。
「このあいだは、どうも」
 呼び止めた声の主は、そう続けてぺこりと会釈する。艶やかな髪を長く伸ばした男だった。歳の頃は、青年と同じくらいに見える。が。この間、という言葉に青年は首を傾げた。誰だっただろうか、と懸命に思い出す。こんなにこやかな笑顔の、上品な男性が知り合いにいただろうか。
「えっと、このあいだの任務でご一緒させていただいた鞍馬真です。人違いだったのかな……、すみません」
「……あっ!!」
 青年は大きな声を上げ、慌てて口を手で押さえた。思い出した、彼は、あのときの。
「人違いじゃありません。すみません、すぐわからなくて。このあいだは、お世話になりました」
「いえ、こちらこそ」
 恐縮して頭を下げる青年に、男性──真は気にしたふうもなくにこにこと笑っている。青年は、その穏やかな笑顔をしげしげと眺めてしまった。姿かたちは、確かにあのときの、あの雨の日の依頼を共にした彼と同じだ。しかし、雰囲気はまるで違う。正反対と言ってもいいくらいだ。
「まるで、別人ですね……」
 気がついたら、考えていたことを口に出してしまっていた。え、と真が目を丸くする。そんな表情はあどけなさすら感じるほど、人畜無害だ。
「ああ、すみません。依頼をこなしていたとき……、雑魔と戦っていたときとは、だいぶ雰囲気が違うな、と思いまして」
 青年が慌ててそう付け加えると、真は、ああ、と息を吐いて苦笑した。
「そう、かな? 自分ではあまり変えているつもりがないんだけどね……」
 こてん、と首をかしげ、人前だというのに考え込んでしまう真は、いかにもマイペースで、青年はついくすくすと笑ってしまった。それを見て、真も釣られたようにくすくす笑う。青年が何をおもしろがっているのか、真はきっとわかっていない。
「今日は? また何か、違う任務についているのかな?」
「いえ、今は何も。少しばかり、休暇を取ろうかと」
「ああ、そうかぁ」
 真は目を細めてにこにこと頷いた。なんとも柔らかくてあたたかな笑顔だ、と青年は思う。本当に同一人物だろうか、とまた考えてしまう。
「のんびりできるといいね」
「はい、そう願います」
 のんびり、という言葉がここまでのんびり聞こえるものだとは思わなかった、と青年はおかしくなる。自分も、釣られて口調がのんびりしてきたような気がしていた。
「お天気も、いいしねえ」
「そうですね、いい天気です」
 そう言いながら、のどかに晴れた空を、男ふたりで見上げる。ちちち、と小鳥のさえずりが聞こえた。
「ごめん、折角の休暇に呼び止めてしまって」
「いいえ、大丈夫です。嬉しかったですよ」
「そう? なら、よかった」
 真はにっこりした。よく笑うひとだ、と青年は思いながら笑い返す。
「またどこかで、一緒に仕事をすることもあるかもね。そのときは、よろしく」
「はい、こちらこそ」
 青年はぺこりと一礼して、立ち去る真を見送った。歩いて行く足どりは口調と同じくのんびりしていたけれど、すっと伸びた背筋や体重移動の無駄のなさなどは腕利きの剣士そのものだ。雑魔に対峙していたときの苛烈さを思い出し、そして先ほどまでの穏やかな会話を思い出し……、青年はあらためて、真に対して空恐ろしいものを感じた。
「あんなひとも、いるんだなあ」
 戦うときとまったく同じ態度の人もそうはいないだろうが、あそこまでギャップがあるのも珍しいのではないだろうか。あの人は、どちらが「本当」なんだろう。どっちが表で、どっちが裏なんだろう。そう考えてみたけれど、青年は答えを出すのをやめた。きっと、どちらも「本当」なのだろうから。恐ろしい、でも、面白い人だ、と思って青年はひとりでくすくすと笑った。出会うことができてよかった。今日一日が「ただの天気の良い日」にならずに済んだ。
「また、どこかで」
 真には届かないであろうほどの小さな声で呟くと、青年は酒場さがしを再開した。いい休暇になりそうな、そんな予感がしていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819/鞍馬 真/男性/22/闇狩人(エンフォーサー)】
【ゲストNPC/青年(ハンター)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
ギャップは、いいですよねえ(しみじみ)。
モブ視点で、とのご指定でございましたので、名もなき青年ハンターに私がなったかのような気持ちでうきうき執筆させていただきました。
お気に召すものになっておりましたら、有難く存じます。
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ファナティックブラッド
2018年05月25日

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