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『ささやかなる祝福 』
狒村 緋十郎aa3678)&アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001)&日暮仙寿aa4519
 丘の上に立てられたカフェ。
 テラス席からは東京湾が、そして湾のただ中に浮かぶメガフロートがよく見える。
「だからって“メガフロートが見える丘公園”ってのは安直すぎないか?」
 日暮仙寿はいちばん隅っこにあるテラス席で体を縮め、同じように体を縮こめている狒村 緋十郎にささやきかけた。
「まったくもって同感だが、むしろこの場にいることがたまらん」
 景色と小洒落を求めてわざわざ郊外の公園まで登ってくるのは、ようするにまあ女子や女子だった女性。
 そんな場所で男がふたりで肩を寄せ合っているこの状況、はっきり言えば案件である。
 まわりから飛んでくる視線は当然、非好意的なものばかりで――そうかと思えば結構な数、好意とは別の熱っぽい視線が少なからず混じっている。
 ああ、まるで熊か豹にでも狙われているようだ!
「っ、アルヴィナさんはまだ戻らんのか!」
 無声音でこっそり叫ぶ緋十郎に仙寿は哀しげな顔を振り振り。
「まだかかるだろうな。なにせ、あれだから」
 店内のカウンターでは、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカが店員の笑顔にそれはそれは長い究極呪文を唱えている真っ最中だ。
 いや、内容は「トールサイズの本日の紅茶をソイミルクでチャイにしてからシナモンバニラシロップで甘みを加えてシェイクにしてホイップクリームを山盛りにしたあげくチャイニーズスパイシーパウダー散らしてクッキーチップで飾って」というだけのものらしい……それだけのものなのかという疑問はさておいて。
「俺と緋十郎のは普通、だったよな?」
「とても普通にアイスコーヒーを頼んでくれるとは思えん……」
 残念ながら、緋十郎の予想は正解であった。

「お待たせ。最近図書館の帰りに寄ってるお店なんだけど、結構いい感じじゃない? それからこれがおすすめの――って、どうしたの?」
 テーブルに突っ伏して動かない緋十郎と仙寿の後頭部を見下ろし、アルヴィナがきょとんと声をあげた。
 ちなみに今日の彼女はいつもの扇情的な羽衣ならず、図書館に出入りできるレベルの軽装である。それでもまさに女神! という肢体の完成度は、男女問わず目を惹きつけられてしまうほどのものなわけだが。
「……俺たちは敗北者だ。このお洒落空間に打ちのめされ、這うばかりの……」
「視線で殺された……じっとり湿った生暖かい、全部わきまえていながら万にひとつを期待し、強いてくる女の眼に……」
 ふたりの返事はさっぱり理解できなかったが、ドリンクで満ちたプラスチックのカップをそれぞれの前に置き、アルヴィナは自分のスパイシー・チャイ・シェイクをひと口。うん、おいしい。
「ふたりも氷が溶けちゃわないうちにどうぞ?」
 とりあえず復活した緋十郎がアイスコーヒーをストローで吸い上げた。む、苦みが強い。それでいてキレがいい。これはまさか……まったくわからん!
 アルヴィナのおかげで腐った眼が遠のいた――猛烈な舌打ちが聞こえたのはきっと気のせいだろう――ことに勇気づけられ、緋十郎に続いて蘇った仙寿はアイスコーヒーを口で転がし。
「エスプレッソをドリップコーヒーに混ぜてあるのか。濃過ぎないから飲みやすいな」
 なるほど、そういうことか。さすがだな日暮! 息をついた緋十郎はあらためてアルヴィナへと向きなおった。
「それにしても、わざわざこんなところでしたい話というのはなんだ?」
「ああ。話を早くすませて、できれば店を変えよう」
 詰め寄ってくる男ふたりを指先であしらい、アルヴィナは艶然と笑みを傾けて。
「せっかちな男は怖がられて嫌われるわよ? 特に11歳とか12歳の、多感なお歳頃の女子には、ね」
 ぎくり。思い当たる節がありすぎる男たちがそろって動きを止めた。
「どうして私がこういうこと言ったかわかる?」
「はい! いいえ! 不肖狒村 緋十郎、まるでわからんです!」
「日暮仙寿、右に同じく。だな」
 アルヴィナは深いため息をつき、かぶりを振った。
 そりゃそうよね。ふたりともわかってないから無邪気な顔であんなことできるんだものね。
「緋十郎、あなた雪娘に和装のひと揃い、贈ったのよね?」
「ん? おお。せっかくこの日本に来てくれたんだ。友好の証にな。よくあるだろう? 民族衣装を贈るなんてのは。実にタイミングよく簪と振袖、下駄が見つかったもんでな、雪娘の体に合わせてあつらえなおしてもらった」
 はいはい、確かにあるわねそういうの。ほかの誰でもない、あなたが渡したんじゃなければなんの問題もなかったんだけどね。
「仙寿、うちの子にもなにかくれたわよね?」
「ああ。緋十郎が雪娘に渡した簪をうらやましがってたと聞いたから、それならと思ってな」
 白銀の雪輪に金の八重桜を透かし彫りした簪だったわね。あの子、ほんとに喜んでた。おかげで着物のカタログ集めが趣味みたいになっちゃったけど……。そんなこと、あなたからもらったんじゃなきゃありえないわよ。
 胸中に靄めくなんともいえない薄暗さを払い退け、アルヴィナは白魚がごとき人差し指を立ててみせる。
「ふたりのセリフに同じものが出てきたわよね? それはなに?」
 緋十郎と仙寿は顔を見合わせ、互いに首を傾げ合った。
 ああああ、もう! なんでわからないのよ!? 男って体ばっかり大きくなるくせに、中身はほんとガキのままなんだから!
 すべてをあきらめたアルヴィナが中指を追加し、二本指にして正解を発表する。
「雪華の簪、でしょ」
 おお。ああ。ふたりはようやく思い至り、相好を崩して語り出した。
「素材のことはよくわからんのだが、雪娘の髪と肌に映える透け感が欲しくてな。ずいぶん無理を言って調達してもらった。いや、結晶を連ねるのは少しばかり派手かとも思ったんだが、彼女の華はそれに負けるような代物じゃあない」
「出入りの呉服屋に頼んで職人を紹介してもらったんだが、餅は餅屋とはよく言ったものだ。こちらの注文をかるく超えるものを仕上げてくれた。あいつは華やかというよりしとやかだからな。品がなければ互いに殺し合うだけだ」
 かくて互いがそれぞれの相手へ贈った簪を褒め合いだす男ども。
 その暑苦しい友情の有様に、アルヴィナはあきれたため息を漏らした。昔の日本人は玉露で酔っ払ったって話、読んだことあるけど――コーヒーで酔っ払うとかあるのかしらね。
 こう見えて、アルヴィナは読書家だ。暇な時間があれば図書館へ通い、この世界の知識を得ている。もっとも、知識の幅に制限をつけていないため、妙な雑学も大量に取り込んでいたりもするわけだが。
 と、いうわけで。
 アルヴィナはこほん。男どもを咳払いで止めた。
「まず訊きたいんだけど、ふたりとも簪を女に贈る意味は知ってる?」
 返事はない。見事なまでに「はい?」という顔を並べている。
 はいはい、わかってたわ。知ってるはずないわよね。
 しかたないから説明してあげるけど……うーん、ちょっと楽しそう。ふたりがどんな顔して言い訳するのか。言いふらすような野暮はしないけど、そのくらいは、ね。
「簪ってね、江戸時代には今の指輪と同じ意味があったそうよ」
「指輪というと……装備品のか?」
 んー。そこのさんじゅうななさい、本気で言ってるわけ?
「ちょっと待て――指輪ってまさか」
 ああ、いいわねじゅうななさいのほう! それよそれ、その反応が正解!
 アルヴィナは37歳をほったらかし、17歳に笑みを傾げてみせて。
「そう。結婚指輪。お嫁さんになってくださいっていう、アレよ」
 ここでようやく気づいた緋十郎がびよんと立ち上がり、絶叫。
「そっちかあああああ!?」
「むしろ37にもなってそっちを思いつかないほうが信じられないわよ」
 硬直する緋十郎へ、手の内に生み出した氷の欠片をぶつけて落ち着かせるアルヴィナ。
 と。仙寿はテーブルを乗り越える勢いで彼女に迫り。
「あ、あいつにも……それを教えたり、した、のか!?」
「そこまで鬼じゃないわよ。ただ、“おまえの綺麗な髪をかき乱したい”って意味もあるのよねーってだけ」
 十二分に鬼だろうが! 仙寿は頭を抱えてうずくまる。
 俺は本当にそんなことを考えていたわけじゃない。善性愚神を信じたい、そう言ったあいつの強い心を尊重して、それを支えたいっていう俺の気持ちを伝えたかっただけで。
 ああ、でもあいつ、最近髪に触ってばかりいるな! まさか、ぐしゃぐしゃにされる準備をしてるのか!? いや、俺に触らせないよう警戒してるだけなのかも――って、どっちにしてもやばくねーか、これ!?
 悩める17歳に対し、愚直な37歳はあれだ。
 左右の鼻の穴から見事に同じ量の鼻血を噴き、今もなおだくだく流し続けながら放心である。
「俺はただ雪娘にきっと似合うだろうと贈ったまでで喜んでもらえれば僥倖とそれだけのことでいや俺が生まれ育ってきた日本がこれまで伝えてきた衣装を身につけてもらえればこの国とそこに生きる人々すなわちその内のひとりであるところの俺を理解してもらえるきっかけになるのではないかと愚考した次第で」
「聞き取りづらいし読みづらいからそのくらいにしといてもらえる?」
 アルヴィナは思い知る。おっさんのど純情はまったく笑えないのだということを。そして――
 緋十郎が赤黒く染まった面をギギギと傾げてアルヴィナへ。
「着物にもなにか暗喩があったりするんだろうか?」
「え? ああ、“この着物を脱がせたい”って意味もあるとか……」
「下駄は!? 下駄はどうだ!?」
「ちょ、怖い怖い! 鼻息で鼻血がこっちに――ああもう! 踏んで欲しいとかそういうのありそうよね!」
 オダイカンサマ!! 謎単語を吐き散らし、緋十郎が猛烈な勢いでぶっ倒れた。
「っ、緋十郎!?」
 怖っ、とか思いつつも駆け寄ろうとしたアルヴィナの腕を、いつになく不審な仙寿ががっしと掴み止め。
「なな、なぁ、アるヴィな。その、き着物の話はは、ほほ本当にそその、あれ、ななのか?」
 なにこの動揺。まさか仙寿?
「……うちのあの子に、着物も贈るつもりだったとか?」
「いや! そうじゃない! あいつにだ! 日頃の礼に、振袖を……いやいや、振袖なのはまだあいつが未婚だからで、別にそれ以外でもそれ以上でもなくて」
 名前が出てこないほどうろたえてくれるのはおもしろいけど、ここまでだとさすがに引くわねぇ。
 どうどう。仙寿をなだめながらアルヴィナは言い添える。
「まだそういう気持ちが整ってないなら、簪と着物と紅の三点セットはやめておきなさいね。“あなたのすべてが欲しい”になるみたいだから」
「なんだとおおおおお!?」
 ワイヤーアクションさながらの不自然な挙動で起き上がった緋十郎が濁った咆吼をあげた。
「なにも知らなかったとはいえ俺はなんてことを……!!」
 せっかく立ち上がったはずの緋十郎はテラスに突っ伏し、悔恨を握り込んだ拳で木床を躙る。
 くそ! 俺はなんて馬鹿なんだ!! 初めから知っていさえすれば、こんなまちがいをしでかしたりしなかったのに!!
「念のために訊いておきたいんだけど、その後悔ってどっち方向?」
 アルヴィナの問いに緋十郎はくわっと顔を振り向け。
「この狒村 緋十郎! 全身全霊でそのような気持ちを雪娘に抱いているっ!! 踏んで欲しいあたりは特に――それなのに俺は、自らの無知で紅を贈ることかなわず、千載一遇を逃した!! 無知な俺に鞭までいただけたかもしれん好機を!!」
 あー、そういえばこの人、狂おしいくらい変態だったんだったわね。まあ、趣味の合う相手とならいくらでもどうぞ?
 このあたりは女神の寛容というものなのだろうが、緋十郎の交友に「雪娘似」として挙げられている契約主だけは絶対に守り抜こうと心に決めるアルヴィナだった。
「で、紅なんだが、色によって意味が変わったりはするんだろうか? できれば“俺をののしりたい”とか、そういうのがいいんだが」
「どうしてあなた限定なのかわからないけど……それは直接交渉するところなんじゃないかしらね」
「でも、着物だけ贈るのは片手落ちじゃないか? 帯も履き物も含めて装飾具をそろえたほうが、相手にとっていい気が――」
「妙なところで生真面目な男気発揮するのもやめてもらえる? 話がややこしくなるから」
 緋十郎と仙寿の本気ボケを順に斬り落とし、アルヴィナは盛大にため息をついたのだった。

 盛大に人目を集めた大騒ぎがようやく収まって、三人はなんとか着席するところまでこぎつけていた。
「ちょっとからかえたらおもしろいなって思っただけなんだけど、それどころじゃなかったわ……」
 すっかりぬるくなってゆるんでしまったシェイクを飲んで、アルヴィナはげんなりと眉根をしかめた。
 失敗だったのは、からかう相手を見誤ったこと。ガチな変態と実はお坊ちゃん、最悪の組み合わせじゃないか。
「緋十郎はとにかく、俺にそんなつもりはなかったからな。ああ、緋十郎はとにかく」
 二回繰り返したのは仙寿なりの矜持というものなんだろう。
「近いうち、アルヴィナにもなにか贈らせてもらう」
「あら、私の髪も乱したいのかしら?」
 仙寿は薄笑み、かぶりを振ってみせる。
「そうじゃないし、贈る相手を増やしてごまかそうってことでもない。相手に似合うと思ったものを贈りたい、それは近しい友人として当然の欲だろう?」
 アルヴィナの下がっていた眉根が跳ねる。
 そういうの、自分の欲って言っちゃうわけ。今まで気づかなかったけど仙寿って実は天然たらし? 女子人気高いの、顔の綺麗さだけじゃないのね。
 続いて緋十郎もまたかぶりを振って。
「すまん。俺はアルヴィナさんになにを贈ることもできん」
 夢見るようにすがめた眼を空に向け、語る。
「俺が想いを伝えたとき、あの娘は――人の恋情が未だ理解できぬゆえ、返事を待って欲しいと、そう語ってくれた。知らぬはずの誠意を、精いっぱいに演じてだ。ゆえにこそ俺はいつまでも待つ、そう決めたんだ。……俺がなにかを捧げる相手は、なにより大切な雪娘以外にありえない」
 狂おしいのは訂正しないけど、ひとつ加えさせてもらうわね。緋十郎は狂おしいくらい一途な変態だわ。
「そして雪娘が返答をくれるそのときまで、俺はこの劣情すべてを封じてみせる!」
 うん、意外なくらいいい感じだったけどツッコんでおくわね。それはぜんぜんできてないわよ。だだ漏れてるから。
 でも。そういうものなのよね。男の子が好きな女の子に触れたいなんてあたりまえのことで、女の子が好きな男の子に触れてほしいのもあたりまえのこと。
「ふたりの行く先に幸あらんことを」
 アルヴィナの言葉に緋十郎と仙寿がわけのわからない顔をする。
 そんな顔しなくていいわ。深い意味なんかない。これは先の見えない恋路を手探りで進むあなたたちに、女神だった私が贈るささやかな祝福――それだけのものなんだから。
 男どもの疑問に応えることなく高みよりただ見下ろして、アルヴィナはやわらかく笑んだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【狒村 緋十郎(aa3678) / 男性 / 37歳 / 緋色の猿王】
【アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001) / 女性 / 18歳 / シベリアの女神】
【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 17歳 / 守護者の光】
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2018年05月28日

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