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『女神選択 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 この世界には神様がいる。
 なにせスノーフィア・スターフィルド自身が女神だし、そもそもスノーフィアを“彼”から“彼女”に変えたうえ、ゲームキャラの設定をそのまま当てはめて女神に転生させた存在があるわけだ。だから、繰り返し言う。
 この世界には神様がいるのだ。
 ただし。未だに女神としてなにをすればいいのかわからない。神様もこちらの思惑無視で転生させるなら、目的くらいは設定しておいてほしかった……。
「そしたら攻略もできたでしょうに」
 あー、でも攻略本とかないんですよね。そうなると全部自力攻略? うーん、継続力とか忍耐力にはある程度自信ありますけど、閃きや機転についてはあまり――ですし。
 困りながら冷蔵庫を開けて、アイスコーヒーのペットボトルを取り出した。こういうときにとりあえずアイスコーヒーなのは、おっさん時代の習慣なんだろう。
「……そろそろ買いだしにもいかないとですね」
 この冷蔵庫、食料はスノーフィアの好みに応じて沸いてくる感じである。つまりは引きこもっていてもなんの問題もなし。ただ、だからってこの白壁の部屋にいるばかりでは、なんというか人としても女神としてもよろしくない気がする。
 というわけで彼女は、この世界でも浮かないだろう衣服を装備――もちろんファンタジー系の装備なので浮きまくり。あと、頭・胴・腕・脚とかに分かれていて、バフ(ステータス上昇効果)のバランス調整がめんどくさい――し、外へと向かったのだった。


 格好については外国人だからとなまぬるくスルーされつつ、どこから資金が補充されているのか知れないブラックカードで無事買いだしをすませたスノーフィアは、大きなレジ袋を両手に持ったままマンションのエレベーター前にたどりつき。
 荷物下ろさないとボタンが押せません……!
 いや、そんなに打ちひしがれるようなことでもないか。片方の袋を一度下ろそうとした、そのとき。
「荷物大変そうですね」
 やけに爽やかなテナーボイスが追いついてきて、エレベーターのドアを開けてくれたのだ。
 声の主は、音に負けないくらい爽やかな青年。黒いスキニーパンツにロング丈の白Tシャツと麻のジャケット……大学生だろうか? 若くないとこういうさっぱりしたコーデは辛いものだから。
「あ、ありがとう、ござい、ます」
 お礼を言ってエレベーターに乗り込めば、続けて彼も入ってきて「何階ですか?」。
 けして荷物を持つと手を出したり、こちらを無遠慮に見てくるとかはしない。若いのにそつのない男の子ですねぇ、なんて思ったスノーフィアだったが。
 ピコン。彼女の頭の中で高い電子音が弾けた。
 ゲーマー時代、それこそ無数に聞いてきたこの音はまさか。まさかまさかまさか!?
 焦りながら脳内に展開したスノーフィア・スターフィルドのステータス画面。その左下の“好意度”を見れば――
 本当に点いてますよ“好きランプ”が!
 それは『英雄幻想戦記』シリーズに共通する、ヒロインとの会話シーンで三つの選択肢から正しいものを選んだ際に点く、ヒロインの好意値上昇を示す電球アイコンの俗称だ。
 ちなみに狙っていないヒロインの場合、選択をスキップすることもできる親切設計……などと言っている場合じゃない。
 これが点いたということは、青年がスノーフィアの好意値を上げたい意図があったということで、それはつまりいわゆるその、恋愛感情があるということで。
 いやいやいやいや! 私、元々おっさんですし! いくらイケメンだからって、攻略されたい気持ちなんかまったくありませんし!


 自室へ戻ったスノーフィアは、暇に飽かせて煮込み中の角煮(酒の肴)の鍋に向かい、眉をしかめた。
 角煮が仕上がったら煮汁を冷まして煮卵(酒の肴)も仕込むつもりですけど。これってお礼とか言ってお裾分けしたりしないといけない流れなんでしょうか?
『角煮ですか。いつか僕もあなたの料理、食べてみたいですね』
 爽やかに言い置いていってくれたし。
 でも、そんなことをしたらさらに好意値が上がるわけで。繰り返していけば攻略されかねない。
 女神の“言霊”を使えば回避できるんだろうか? あ、いつの間にかステータス画面の確認ができるようになってましたね。って、そんなこと考えてる場合じゃありませんよ私!
 ぐるぐるしながら思い出す。そういえば角煮といっしょにいただくビールがありませんでした。あの冷蔵庫、なぜかビールとか珍味とかのお洒落じゃないものは補充してくれないんですよね。
 一旦鍋の火を止め、しかたなく部屋を出ると。
「っ! あぶねーだろが!」
 尖ったバリトンが浴びせかけられて、驚いたスノーフィアはかくりと転んでしまいそうになるが。危ういところで引っぱり止められた。
「左右確認は配送トラックだけの義務じゃねーんだぜ? 気ーつけろよ」
 運送屋の制服をある意味器用に着崩したワイルド系男子が、彼女の腕を掴んでほっと息をついたのだ。
「驚かせちまって悪かったな。なんだったらクレーム入れてくれていいぜ」
 そしたらさ、もう一回あんたに逢えんだろ?
 ひまわりみたいに笑んで駆け去っていった。――ピコン。
 好意値上がりました!? え、今ので!? これってまさか、ギャップ萌え!?
 ここはひとつ落ち着きましょう。とりあえず部屋に帰って。そうだ、景色なんて見ながら深呼吸!
 なんて胸中で唱えつつ、リビングへ戻って窓を開け、春風をいっぱいに吸い込んで……
「今日の風、気持ちいいよねぇ。たんぽぽみたいに飛んでいけたらいいのにって、ごめんなさい。オレ、子どもみたいだ」
 となりの部屋の住人と思しき、「病弱です! 自宅療養してばっかりで学校なんか行けてません!」と主張するかのようなパジャマ姿の少年が、弱々しく苦笑した。
「元気がでる食べ物が食べたいなぁ。そしたらオレ、また学校に戻れるんじゃないかなって、そんな気がするんだぁ」
 ピコン。
 いやいや、さすがにこれはありえないでしょう? セリフがあまりにも説明ですし、角煮食べるか訊けっていうシチュエーションすぎますし。
 スノーフィアは「元気になれるといいですねー」と言いつつゆっくり顔を引っ込め、窓を閉めた。もちろん“言霊”は発動していない。そんなことをすれば、少年に対する好意値が跳ね上がってしまいそうだから。

 先のSFでわかっていたはずだ。世界観は現在選択している『英雄幻想戦記』のナンバリングに合わせて上書きされるのだと。
 だとすれば、最新作のセーブデータに合わせたこのスノーフィアは、すさまじい力を持つと同時にプレイヤーの攻略対象でもあるわけで……いや、どのナンバリングでも攻略対象なわけだが、ともあれ。
 この世界にはプレイヤー的男子がひしめいている。
「ということは、私の選択肢ってひとつですよね」
 スノーフィアは息をつき、冷蔵庫から赤ワインを引き抜いた。ここにバニラシロップを加え、ミント入りの炭酸水で割れば、小洒落たカクテル的なもののできあがり。
「神様、ぜひこの冷蔵庫にビールと珍味をお与えください! そしたら外に出なくてもやっていけますから!」
 まだ味の染みていない角煮をもそもそ食べながらスノーフィアは祈る。
 かくて無職というばかりでなく、完全引きこもりの女神がここに生誕したのであった。
 ――元の年齢考えると“ニート”すら名乗れないあたりが悲しいところなんですけど。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年05月28日

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