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『【任説】迫間央とマイヤ サーアの場合 』
迫間 央aa1445)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001

 央はしがない文官である。
 毎日面白くもない紙の束とにらめっこし、インクで手を汚し、「それ俺の仕事じゃねーだろ」と言いたくなるような雑用に走り回る、どこにでもいる文官である。
 今日も今日とて、威張り散らすだけが能のクソ野郎――もとい権威あるお貴族様からの命令で、とある屋敷に重要な書類、というか手紙を届けに来ていた。なお私信であり、央が万が一にも内容を見てしまうと物理的に首が飛ぶ代物である。控えめに言ってクソな仕事だ。

「はぁー、しんど……」

 本日何度目かもわからないため息を吐き出し、央は馬車の背もたれに身体を預ける。
 現在、央はとあるお貴族様のお屋敷前でかれこれ数十分は待機していた。繁雑な手続きや面倒なチェックが諸々混み合って、手紙一つ届けるだけでも無駄に時間がかかるのだ。民間には手紙を届ける専門の業者もあるのだが、手順としきたりを尊ぶお貴族様はどうもお気に召されないらしい。こちとらまだ平常業務が残っている中でのこの仕打ち、控えめに言って死んでほしい。

「手紙渡すのなんざ一瞬だろうに……お貴族様ってなァ随分と優雅なこって」

 普段から紙を多く扱っている央でも滅多と見られない上質の紙を使って、央にはよくわからない意匠を施した封蝋を押した私信。それを弄ぶようにひらひらと矯めつ眇めつして、興味を無くしたようにぱったりと手を膝に落とす。さすがに地面に落とすようなヘマはしない。

「あー……」

 どうせこの手紙の内容もロクなものではないのだ。この国の上層部ははっきり言って腐っている。だからこそ、この国出身ではない央が文官勤めなどできているのだが――。

「ん?」

 と。
 馬車の小窓から見慣れない意匠の鎧を着込んだ騎士を見つけ、央は背もたれから身体を起こす。

 これでも文官、近隣諸国の軍から各貴族の私兵まで、主要な騎士団の服は頭に叩き込んでいる。が、央の乗った馬車を素通りして件の貴族邸へ入っていく騎士団のそれを央は知らない。となれば央の知らないほど遠い国の騎士団か……。なんにせよきな臭い案件の気配がプンプンしている。

 騎士団の紋章に見覚えがあるような気がして、どこの所属だと思考を巡らせようとし――その人物を見た瞬間、央の思考が止まった。

 日常で身につけるにはあまりにも繊細な白の衣装と、その内面を余すことなく写し取ったかのように癖無くつややかな青の髪。
 薄いベールに覆われて判然としないが、同色の睫毛に彩られた黄金に輝く瞳は憂いを帯びて伏せられており、しかしそれがまた彼女のうつくしさを殊の外引き立てている。
 まるで無理矢理地上へと引きずり落とされた天使であるかのようにうつくしい女性。これほどまでにうつくしい人を、央は今までみたことがなかった。

 その人は、騎士に周囲を取り囲まれ、まるで連行されるかのように――実際は彼女の護衛なのだろうが央にはそう見えた――屋敷の中へと消えていった。

「大変お待たせいたしました。中で担当の――文官殿?」
「えっ、ああ、いや、なんでもありません。大変失礼いたしました」

 央の放心は屋敷の取り次ぎに声をかけられるまで続いた。
 慌てて馬車から外に出て、取り次ぎに対して礼を正す。仕事に私情を挟まないのが面倒事を回避する鉄則だが――今の央は少々平静を欠いていた。

「あの……先ほどの騎士団は……?」
「騎士……? ああ、聖女マイヤ様の守護騎士ですか」
「聖女様、ですか?」

 聞き慣れない単語に、央はついと首をかしげる。それほどご大層な存在が居れば、文官である央が知らぬはずはないのだが。
 不躾ともとれる央の言葉に、なぜか機嫌の良さそうな取り次ぎが胸を張った。
 厄介事の気配。だが今の央はそれでも「聖女様」の情報がほしかった。

「ええ、つい先日、教会のほうで選出されたそうです。我が屋敷にはいち早く慰問に訪れてくださったのですよ」
「……それは、大変に名誉なことでございますね」

 なるほど、教会。
 愛想よく取り次ぎの男に相槌を打ちながら、央はようやく再回転し始めた思考を巡らせる。教会と貴族の癒着問題は、末端文官の央もよく耳にする。件の「聖女様」も、教会の権威付けかなにかのために利用されるのだろう。
 ご苦労なことだ、と央は思う。上機嫌で「我が家がいかに国と教会に貢献しているか」を語り出した取り次ぎの男に適当な相槌を打ちながら、央が思うのは先ほどの「聖女様」。

(聖女マイヤ、か)

 どうしてか脳裏に焼き付いて離れない憂い顔が、何故だかどうしようもなく切ない感情を央に抱かせるのだ。



 さて、央が聖女マイヤに接触する機会は思いのほか早く訪れた。
 教会が王城に聖女様の教育係を打診してきたのだ。それにご指名をいただいたのが央。
 首をかしげながら指定された場所に向かえば、そこに居たのは護衛に囲まれた聖女様で。

 結論から言えば、聖女マイヤの要望は、なんのことはない世間話をすることだった。

 世間話、というと語弊がある。
 聖女が望んだのは、この国の民草の生活や、下町で流行っている民話や寓話といった、平民の情報。

「……私は聖女として教会で祈りを捧げる身。ですが、民草のため祈りを捧げる私が、民草のことを何も知らないというのは、褒められたものではありませんから」

 つまりは世論を学びたい、とのこと。
 聞けばマイヤはどこぞの貴族の御落胤らしい。今まで周りの視線から隠れるように生活していたため、世間に関して無知に近い。憂いを帯びた瞳にほんのりと自虐を滲ませるのを、央は痛ましい思いで見つめたものだ。

「そういうことでしたら、微力ながらお力添えをさせていただきます」

 央は文官ではあるが、出身はドのつく平民である。民草の話しには事欠かない。

 交流の始まりは、そんなものだった。

「お待たせ、マイヤ」
「いらっしゃい、央。今日はお茶請けに焼き菓子をいただいたのよ」

 軽い調子で片手をあげる央に、マイヤがどこか安堵したような表情で席を勧める。
 王都の教会、関係者以外立ち入り禁止の荘厳な中庭。日当たりのいいその場所には、居心地よく整えられた空間が広がっている。

 央が聖女の教育係とは名ばかりの茶飲み友達となって数ヶ月。
 ふたりはすっかり打ち解けていた。

 相変わらずマイヤの周りには護衛が盛り沢山であるし、央もしがない文官のまま。
 茶飲み友達、と表現したが、厳密に言えば「個人授業」の延長でしかない。
 央もマイヤも生活では制約ばかりが課せられる中、「仕事」としてだが気の置けないやりとりをできるこの時間が、何よりも楽しみになっていた。

「それで、今日はどんなお話をワタシに聞かせてくれるの?」
「そうだな。最近どうもキナ臭い雰囲気がしてるから、明るい話でもしようか」

 最近、どうも城下が物騒なのだ。
 腐敗しきった貴族共に、溜まりに溜まった民草の不満が爆発寸前。街では革命だの粛正だの、物騒な言葉が飛び交っている。
 貴族と癒着している教会周辺も何かと物騒で、聖女たるマイヤは教会の広告塔として、日々民草の怒りを受け止めている有様。罪のないマイヤを矢面に立たせる教会のやり方に思うところは多々あるが、しがない聖女の茶飲み友達である央にはどうにもしてやれなかった。
 マイヤの瞳に過ぎる憂いが、日に日に昏く深いものに変わっていくのを、央はただ見ていることしかできない。

 少しでも気が紛れればいい。
 そう思いながら、央がマイヤに最近民草の間で流行っているいたずらウサギと農民の壮絶バトルを題材とした童話の話しをしていると。

 突然、地面が揺れるような轟音が響いた。

「なんだ?!」

 聖女付きの護衛が一斉にマイヤの周囲を固める。央は護衛の包囲網からはじき出された形で立ち上がり、音の正体を探ろうと周囲を見回していた。

「せ、聖女さま!! お逃げください!!」

 中庭に走り込んできたのは、妙にボロボロの若い神官。その様子からただ事ではないと察し、護衛たちはマイヤを安全な場所に移動させようと動き出したのだが。

『おおおおおおおおおお!!』

 一足遅かった。
 いや、相手が早すぎた、と言うべきか。

 音割れするほどの地鳴りの正体は、暴徒と化した民衆であった。
 国から、貴族から、権力から弾圧され続けてきた彼らが、ついに武装蜂起したのである。

 暴徒らはその数の暴力で以て王都の貴族邸を襲撃。豪邸を打ち壊して勢い付いたまま、権威の象徴である王城、そして教会にまでやってきたのである。
 ――教会上層部の汚職話は、広く民草にも知れ渡っていた。

「――ッマイヤ!!」

 その時、央の脳裏を占めていたのは、マイヤを安全な場所へ逃がさなくてはという思い、ただそれだけだった。
 暴徒と化した民はすぐそこまで迫っている。
 理性を蒸発させてしまったような憤怒と憎悪の表情も、血に濡れた生活道具も、暴走を抑えようとして弾き飛ばされ、暴徒の波に飲まれていく衛士たちも、すべて鮮明に見えている。

 忠誠心の欠片もない守護騎士たちはとうの昔に逃げおおせ、残ったものたちだけでは手が足りない。
 マイヤは何かを諦めたようにただ静かに座している。

 もしかしたら、マイヤはここで果てることを望んでいるのかも知れない。命の危機にさらされながらも、凪いだようにただ憂いを帯びるだけの瞳を見て、央は自分の身勝手を思う。
 それでも、央はマイヤに生きていてほしかった。
 たとえそれをマイヤが望んでおらずとも。

「――――央?」

 その時初めて、央はマイヤの肌に触れた。

 マイヤの頭を抱えるように抱きすくめた身体は華奢で、ともすれば非力な央でも手折ってしまえそうなほど。
 体温は央よりずっと低く、けれどなめらかな肌は吸い付くようで。
 抱きすくめる自分の身体を押し戻そうともがくけれど、その細腕では曲がりなりにも男である央には敵わなくて。
 聖女の象徴である、その身体を包んだ純白の衣装が汚れてしまうのに、ほのかな征服欲を満たされながら。

「――央。ねえ、央」

 驚きに目を丸くするさますら可憐。
 色の薄い唇が己の名を紡ぐのを見るのが、央は殊の外愛おしくて好きだった。
 央の、この国の誰も持ち得ない黒い瞳が緩やかな弧を描く。初めて見るマイヤの表情に、どうしてか心が満たされるような気がした。

「――マイヤ」
「…………なに?」

 その金の瞳が泣きそうに歪むのを、思っていたより凪いだ気持ちで見つめていた。

「俺のことは、どうか、忘れてほしい」

 そう言えば、マイヤの瞳に傷付いたような色が浮かぶのを、央はうれしく思う。

 どうかこの美しい人がこれ以上傷付くことのないように。
 どうかこの儚い人に抱えきれないほどのさいわいが来たるように。
 どうかこのやさしい人が、自分のことを気に病まず生きられるように。

 この世の何よりも大切な人が、もうこれ以上傷付かないように腕の内で護りながら、央は最初で最期のぬくもりを味わった。
 背中を襲う打撃音と、耳を塞ぎたくなるような暴言と、どうにかして止めようと悲痛に叫ぶ声が、分厚い膜を隔てたように遠くの方で聞こえている。
 ただ腕に抱えたマイヤの息遣いだけが鮮明で、ピンボケした視界で目を見開いたまま涙を流す様が痛ましくて。

「――笑ってくれ」

 マイヤの、その痛ましいほどに美しい顔が、悲痛にくしゃりと歪むのを、少しだけ残念に思った。



「――嗚呼」

 自分の吐き出した吐息が殊の外大きく聞こえて、シーツに沈む手を億劫に持ち上げ両手で顔を覆う。

 初夏の候、段々と気温の高くなる中、けれどエアコンを付けるほどでもなく。
 十センチほど隙間を開けた窓から、早朝の薄青い空気が涼やかに部屋を駆け抜ける。夜明け頃、この時間帯は少し肌寒い。

「――夢で、よかった」

 少しだけ震える声でそう言って、マイヤはシーツに散った青い髪に顔を埋めるように丸くなった。

 夜が明ける。
 また、新しい朝が来る。

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2018年05月28日

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