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『SENJO外伝 〜軍馬調教物語〜 』
リィェン・ユーaa0208)&CODENAME-Saa5043hero001)&ファリンaa3137
「『“NYA-RA”チャリティー寒中運動会』か」
 リィェン・ユーは説明口調でイベントの正式タイトルをつぶやいた。
 来年二月、某県K市の海岸で行われる某国の軍人アイドルの運動会は、愚神に今なお踏みしだかれる彼女たちの祖国奪還のための戦費調達を主旨としている。開催がなぜ二月なのかと言えば、無料で使用できる会場でホットスナックや防寒グッズをもりもり売りさばくための方策なわけだが、さておき。
 今は六月。八ヶ月前である。舞台設営にも金をかけない方針のイベントとしては早すぎるスタートだ。しかし。
「今からでも遅すぎるくらいだ。使い物になる“馬”を鍛えるにはな」
「一週間もあれば充分ではありませんの? 電気は文明と文化のお友だちですわよ?」
 と、小首を傾げるのはファリン。
 意味は不明瞭だが、そこそこ以上に酷いことを言っているのは、その笑顔の端に差した陰で知れる。そうでなくとも彼女、目的のためなら手段を選ばないマキャベリストだし。
「急造では宿らない鉄の心が必要だ。そのためにも“馬”の選考は慎重にしたい」
 かぶりを振るリィェンに、CODENAME-Sが伊達メガネをくいっと上げてみせた。
「私の厳し〜い眼でしっかりばっちり選んじゃいますから!」
 そういえば今日の彼女はいつもの黒ドレスならず、黒パンツスーツでかちっと決めている。面接官としての心意気ということなのだろう。
「よし。始めるか」
 K市の某出張所に間借りした面接会場のドアの鍵を開け、リィェンが開放した。
「それでは今から『“NYA-RA”チャリティー寒中運動会』で“NYA-RA”の騎馬戦用馬となりたい方の面接を開始しますわ。到着順に五名様ずつ入室してくださいませ」
 ドアの外にひしめく男どもへファリンが告げる。
 その横から顔をのぞかせたSは、自ら抱えた小さめのダンボール箱を示し。
「はーい、面接料は諭吉さんおひとり様でーす」
 かくてお引っ越しした諭吉氏、250人。結果、267グラムほど増量したダンボールには厳重な封印を施され、“P”の元へ運ばれることとなった。


「それでは、志望動機をお訊きしますね」
 Sに促された五人の男は、口々ににゃーたんとさーらんへの想いを語る。
「いちばん右と真ん中はだめだ。体軸がぶれてるし脚も細い。あれでは400キロを支えられん」
 リィェンの耳打ちにファリンが返す。
「左側のおふたりもだめですわね。わたくしなどの脚を気にされるようでは、大事なにゃーたん様とさーらん様を託すことなどできませんもの」
 Sは「んー」とかわいらしい眉をしかめ、ファリンをながめやる。
 ミニ丈ノースリーブのチャイナドレスをぐいーっと押し上げる、魅惑のナイスバディ。そこから伸び出した生脚を見るなというのは、なかなかに酷な話なんじゃないだろうか。いや、応募者が真摯な愛を貫けるだけの紳士かを計るつもりだったSが言うのはなんなんだが。
「ファリンさんは脚、隠すとか――」
「男は愚かしくて恐ろしい生き物なのですわーっ!」
 びくぅっ! ファリンの唐突な咆吼に、Sばかりか男たちもすくみあがった。
「男は誠実を騙って女子へ近づき、愛するのは生涯かけて君だけとか言いながら二股かけたりするのですわ!」
「えー、そういうダメな人って二股じゃなくて三股も四股も」
「二股です!! そう決まっているのです上海では! そしてさんざんほかの女子にも言い聞かせた甘い言葉でわたくしを……」
 あのときのわたくしは小娘で、ただただ泣き明かして家の者に仕置きを命じるのが精いっぱいでしたわ。
 涙ながらに語るファリンだったが、Sはカギカッコでくくられていない部分を無視できなかった。
「ファリンさんのお家の誰かがお仕置きって、ビンタとかデコピンとかいうレベルじゃないですよねぇ?」
 ファリンと同じ中国の出身で、その経歴から暗部に詳しいリィェンはなにも語らず、ただかぶりを振ってみせた。そこに深入りすると怖いことになるぞ。
「二股をかけられてしまうほど不器量なわたくしに色目をつかうような男は篩い落とすのです! そして躾けてさしあげるのですわ姫家の歴史に綴られたあれやこれやで! さあ、不合格のみなさまを暗くて窓のないお部屋にお連れくださいまし!」
 謎の黒服集団が不埒者も格闘不適正者もまとめて引っ立てていく中、Sは信じられない顔を左右に振り振り。
「ちょっとした人間凶器のくせに不器量とか言っちゃいますか。世の中の女子が憤死しちゃいますよ……それより効果的なトラップで男の人陥れてく男性不信美女とか怖すぎです」
「――ファリンの言うことには理がある」
「え?」
 固まるSにリィェンはしたり顔を向け、語ったものだ。
「ひとりの女性を愛し抜くことが男の本望であり、本懐だ。そのためなら俺は内臓全部鎖落ちようと、舌が爆ぜ飛ぼうとかまわん。それこそが男の誠であり、漢(おとこ)の実だ」
 うん、その女性って世界にひとりしかいないテの人ですよね!
 どうやらこの場にツッコミはいないらしい。Sは思い知りつつ、選考に残ったただひとりの男を見た。
 まっすぐ下へ向けられた、眼。
 彼は幻(み)ているんだろう。この世界にただひとりの、身長60センチの愛しい人を。
 それってファリンさんのことチラ見する人より危ないんじゃないでしょうか?
 Sは胸をぎゅっと寄せてちょこちょこ手を振ってみた。かわいい+色っぽいの必殺技だ。
 しかし男は小揺るぎもせず、幻のにゃーたんを見つめ続けていた。
 むぅ、だったら。胸ポケットに忍ばせていた写真を抜き出して、振り振り。この写真はにゃーたんのお着替えを隠し撮りしたもので、ほんの少しだけ脇が見えていたりする。
 するとほんのり、男が笑んだ。
 うーん、取り乱さない紳士なのはいいですけど、まさに本物っていうことですよね。それより私、かなり深刻にかわいいはずなのに無反応って赦されないですよね!?
 ちなみにこのとき、Sもリィェンもファリンも誰も気づいていなかった。この選別方法だと、さーらんのファンはまったく残らないという現実に。


 目隠しされた上でマイクロバスに押し込まれ、面接合格者たちが連れてこられたのは、某山の中域にあるK市の保養施設である。
 この度はPの暗躍とファリンの生家たる姫家の圧力により、馬候補生ご一行様の貸し切りとなっていた。……実質的にはただの軟禁なわけだが。
 わけもわからぬまま大広間に押し込まれた44人を見渡し、前に立ったリィェンが重々しく口を開いた。
「面接をくぐり抜け、合宿に残ったきみたちにまずはおめでとうと言っておこう。ただし現状、きみたちは素材として認められただけの物に過ぎない。物である以上、名乗ることを禁ずる。笑うことを禁ずる、泣くことを禁ずる。人のふりをすることを禁ずる。だが――」
 言い終えたリィェンが指を鳴らすと、山と盛られた豪華な料理、そして銘酒の数々が運び込まれる。
「今日だけは人として、選ばれし漢として喜びを噛み締めてくれ」
 それはまさに酒池肉林だった。
「どんどんお飲みくださいませね。お酌させていただきますわ」
 男たちの間にぬるりと割り込み、肢体をすりつけながら「あら、お見事な健啖ぶり、頼もしいですわね! ささ、わたくしのおすすめもどうぞ。あーん、ですわ」などと盛り上げる。
 さすがにここまで来た紳士たち、ファリンの色香に惑う者はなかったが……これまでの人生で他者、特に女性から褒められた経験がないので、乗せられるままに箸も杯もぐいぐい進む。
「リィェンさん、このご飯って」
「後で清算だ。宿代はタダだが、アゴ代は参加者持ちが鉄則だからな」
 Sに言っておいて、リィェンはファリンに目配せを送る。
 明日のことを考えず、鯨飲馬食に興じる輩をチェックしておいてくれ。
 心得ておりますわ。明日からの地獄でかわいがってさしあげませんと。
 満足げにうなずいたリィェンは自ら抱えてきた皿を宴席の中心に置く。かわいがるのはファリンとSに任せるとして、俺はひとつダメ押しをしておかんとな。
「これは俺と、世界に名高いジーニアスヒロインからの振る舞いだ。全員ひと口ずつでも味わってくれ」
 美味だけれども脂っこい宴席料理の中に颯爽と現われた、芝麻醤ソース代わりにさっぱりとした梅ソース使用の棒々鶏。箸休めには最適な一品だ。
「急がなくても逃げたりしませんよー。しっかり食べてくださいね♪」
「おかわりもいいですわよ!」
 殺到する男たちに棒々鶏の小皿を渡していくSとファリン。行き渡ったところで、とどめの「どうぞ召し上がれ」。
 果たして。
 梅の強酸に喉をかきむしられ、辣油及び花椒の灼熱に胃を焼かれた男たちが声もなくのたうちまわる。
「あれだけのことでここまでの天獄を顕現させるとは、さすがテだな」
 この料理は基本的にリィェンが作っているのだが、梅肉を刻む作業だけは例のジーニアスヒロインのテを借りていた。暗殺の業のひとつである毒を使えば模作は仕上げられる可能性なきにしもあらずだが、本物のテでなければ食した者の魂は削れない。
 惨状に向け、リィェンは低く告げた。
「この責め苦を憶えておけ。きみたちが“馬”を外れた行為に及んだ際は、同等もしくはそれ以上の天獄を味わってもらうことになる。……なぜ俺のテを分け与えてやらねばならんのだぁ!?」
「り、リィェンさん!? 独り占めしたらそれこそ天獄逝きですよ!? 落ち着くより正気に戻ってくださいー!!」
 Sと同じ“血の12月”の参加者であり、44枚の請求書へそこそことんでもない金額を書き込んでいたファリンは顔を上げ。
「美しい愛の形ですわ」
「どこがです!?」
 嫌な予感に一歩引くSを、ファリンの返答が追撃した。
「二股じゃないところがですわ!」
 そこですかー、と胸の内でツッコんだSは「あ」。リィェンの袖を引き。
「訓練のこと考えないでいっぱい食べたり飲んだりする人、明日とっちめるーって話でしたよね?」
「うむ、そのつもりだ」
「もうみなさんお腹の中にテ料理以外なんにも残ってないみたいですけど――フォアグラみたいに詰め込んじゃいます? そしたら全員とっちめられますよ?」
 さらりと酷いSの問い合わせに、応えることができないリィェンだった。


 翌朝。生気を八割方失った参加者――いや“馬”が、ボクシング映画式スタミナ朝食(生卵10個入りジョッキ)の後遺症で嘔吐きながら山中の集合ポイントに顔をそろえた。
「よく眠れたようでなによりだ」
 誰もテの後遺症で寝られていないのだが、リィェンに言い返す気力もないので結果的には肯定。
「まあ、テレビはもちろん、インターネット端末、電話、電信、狼煙に至るまで禁止しているからな。恋しい者を想いつつ枕を濡らすのがせいぜいか」
“馬”は笑わない。彼らはすでに飢え、餓えていたのだ。なにより恋しいにゃーたんの姿に、声に、においに。
「最初は100キロの岩担いでランニング42・194キロです! マラソンより距離短いですし、重さもにゃーたんの四分の一ですから楽勝ですよね」
 ジャージ姿のSが小首を傾げれば、同じくジャージ姿のファリンがバールのようなものをぶぉんと振り下ろす。中国史にも名高い打撃武器、“鞭(べん)”である。
「わたくしに追いつかれた方はお仕置きです。逃げる方はどこまでも追いかけます。ですからいつかかならずお仕置きですわ」
 そして理不尽!
「心配するな、俺が先導する。ついてきさえすればお仕置きされようもない」
 そして。
「にゃーたん貴様にピロートーク にゃーたん転がりささやいた 祖国 奪還するのである」
 海兵隊訓練歌の替え歌を口ずさみ、リィェンが駆ける。それはもう見事な加速と速度維持で。
「木の根っこにつまずいたらファリンさんにお仕置きされますからね。あ、そこ私が一生懸命掘った底なし沼ですー。あそこの火の輪くぐりスルーしたらお仕置きですよ。お歌もちゃんと歌ってくださいね。人の言葉でお話できる貴重なお時間ですから」
「S様、素質がおありのようですわね」
 鞭でもりもり“馬”を仕置くファリンがいい笑顔で語り。
「えー、私まだまだ未熟です!」
 倒れた“馬”の一匹をぎゅーっと踏んづけ、Sが照れ照れ。
 結局“馬”たちは200メートルの走破すらかなわず、全員が屍を晒すはめに陥った。

 昼は戦場――まあ、命がけなので似たようなものだろう――の習いで、噛まずに飲める粥が供されると同時、にゃーたんの歌が流される。ただし二番だけ、しかもサビの前で終了である。
「一番も聴きたい、なによりサビが聴きたい。その欲がさらに飢餓を高め、駄馬の心から余計なものを削ぎ落とす。――いい策だ」
 にゃーたんから“馬”を完全遮断するのは下策。そう主張したのはファリンだ。人は信心あってこそ強くなる。しかし満たしてしまえば鈍する。
「にゃーたん様とさーらん様に直接触れる“馬”であればこそ、そのときに暴走することなきよう厳しく調教する。そのための情報統制は必要不可欠ですけれど、届きそうで届かない“チラ見せ”を餌にすることで、あの方々の熱意を保つのですわ」
 この言葉にSはしたり顔をうなずかせ。
「次は“馬”のみなさんに格差づけですね」

 訓練でよい成績を出したものは、にゃーたんのライブ映像を三分間視聴させる。その餌は異様な効果を発揮した。
 そして、いくらか経った後に仮想通貨“にゃ”をツケ払いで販売。これを支払うことで映像視聴権やにゃーたんポテト・にゃーたん水を得られるシステムが導入されたことにより、合宿所に凄絶な不和がもたらされることとなる。
 自分だけがにゃーたんを得るべく互いに蹴落とし合い、陥れ合う。おかげで“馬”の数は短期間で一気に減った。
「今残っている馬は24。潮時だな」
「ですわね」
 それぞれ個室を与えられた“馬”は他の“馬”、そして情報から遮断されることとなった。
「にゃーたん、あなたに期待してるみたいですよー。『小官・を・さ・さ・える・のは・貴公・しか・いない』、ですって」
 切り貼りしたにゃーたんの“言葉”をSに聴かされた“馬”は、疑うことすらできぬまま奮起する。

 リィェンの鉄拳(物理)、SのS(意味深)、ファリンの鞭(あと財力)を軸に、コメディとは思えない八ヶ月が過ぎ。
「この日ここに立った貴様らは駄馬じゃあない。無駄を削ぎ落とし、無謀を駆け抜け、無理を突き通した軍馬だ」
 リィェンの言葉に「ぶひひん!」、二足歩行の“軍馬”16騎が応えた。
「さすがにお名残惜しいですわね」
 あちこちへこんだ鞭を手に、しみじみ言うファリン。ああ、これでみなさまと何度触れ合ったことでしょう……。
 それに続いてSが“軍馬”へ告げた。
「最後の試験はバトルロイヤルです。会場に行けるのは8頭だけですから――にゃーたんのために、ファイっ」
 こうして人を捨てし者どもの死闘が開始される中、リィェンがぽつり。
「いろいろとやりすぎたか」
 応える者はなく、そのつぶやきは風にさらわれ、いつしかかき消えるばかり。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【CODENAME-S(aa5043hero001) / 女性 / 15歳 / 共に進む永久の契り】
【ファリン(aa3137) / 女性 / 18歳 / 紫峰皇ペンギン】
 
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2018年05月29日

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