▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『【任説】柳生楓の場合 』
柳生 楓aa3403

「お集まりいただいた紳士淑女の皆様!! 並びに坊ちゃんお嬢ちゃんたち!!」

 スポットライトに照らされた舞台の中央に一人の青年が浮かび上がる。
 キザなタキシード、目元を覆う仮面、芝居がかった口調と態度。その全てが胡散臭く、だからこそ見るものをどこか興奮させる雰囲気をまとっている。

「今宵は我がサーカスへようこそ! 俗世の煩わしい喧噪から逃れ、ひとときの夢をどうぞご覧あれ!!」

 そう言って、仮面の青年は大仰な仕草で一礼する。
 青年が頭を下げてきっかり3秒。舞台を照らしていたライトが一斉に消え――華やかな音楽と共に、色とりどりの衣装を身にまとった軽業師たちが舞台へと踊り出してきた。

 ここはひとときの幻想を提供する場所。
 サーカスの幕が今、上がる。


 燃えさかる火の輪を潜る猛獣。
 磔にされた人のすぐそばに突き刺さるナイフ。
 高所にぶら下げられた鉄棒を操って人が飛び、顔にペイントを塗りたくった道化がひょうきんな仕草で大玉から転げ落ちる。

 数々のショーを繰り広げ、サーカスはついに終盤戦。

「さあさあ皆様お立ち会い。今宵のSHOWを締めくくるのは、不思議な不思議なマリオネット……」

 冒頭にもいた司会らしき青年が、そんなことを言いながらキャストたちの出入り口を手で示す。

 観客たちの視線が幕に覆われたそこに向いたとき――ミステリアスな音楽と共に登場したのは、無骨な鋼の寝台に寝かされた一体の人形だった。

 大きさは、近くに居るキャストと比較して、十代後半の少女と同程度。操り人形にしてはかなり大きい。
 そんなマリオネットが、フリルたっぷりの貴族の娘が着るような豪奢なドレスに身を包み、顔は黒と金で装飾が成された白い仮面で隠されている。美しく整えられた姿で寝台に寝そべるマリオネットからは、何本ものワイヤー線が延びていた。

 何が始まるのか。
 観客が固唾をのんで見守る中、数秒間音楽が途切れ――次いで、アップテンポな曲と共に巨大なピエロを模したハリボテが天井付近から降りてきた。
 ……公演開始直後から、むしろ観客が会場入りした瞬間からやたらと存在感を放っていたそれは、どうやら単なるオブジェではなかったらしい。

 さて、やたら軽快な音楽と共に天井から降りてきたピエロのオブジェだが。
 前奏とも言えるような音楽の中、マリオネットに覆い被さるような状態になったと思ったら――待ち構えていたスタッフによって、指部分にワイヤーをセットされる。
 キャストの一人が「OK!」とでも言うような仕草をすれば、「わかった!」とでも言うように、巨大ピエロの指がワイヤーの装着具合を確かめるかのようにうごめいた。

 この時点で観客から感嘆の声が漏れる。
 ハリボテのわりに、なめらかな動きだったのだ。

 しかしこれで終わりのはずがない。
 指にワイヤーを装着されたピエロは、またゆっくりと上昇していき。

 マリオネットが、立ち上がる。

「さあさご覧あれ! 不思議な不思議なマリオネット、またの名を――生き人形と申します」

 舞台上のキャストがはけ、司会の青年がそう言った瞬間。
 会場を揺るがすような音楽が始まった。

 ハリボテピエロに吊されたマリオネットは、まさしく「糸で吊られた人形」そのものであった。
 それが、音楽が始まった瞬間、まるで生きているかのように生き生きとした踊りを見せ始めたのである。

 音楽に合わせて右へ、左へ、身体を揺らし。
 糸に操られるまま腕を伸ばし。
 時には糸に吊されているのをいいことに、高くジャンプして宙空で踊ってみたり。
 指の先、髪の毛の先まで計算されたような動きをしたと思えば、到底年頃の娘がするとは思えないような奇抜な動きを見せて観客を笑わせた。

 時間にすればわずか数分。
 その短い時間、マリオネットは観客の視線を集めに集めた。
 マリオネットだけではない。ハリボテピエロの指使いも素晴らしいもので、このサーカス団の技術力の高さを存分に知らしめていた。

 だが、たのしい時間は終わりを告げる。

 ぷつん。

 そんな効果音がした瞬間、マリオネットにつながれていた糸が一本千切れてしまう。
 千切れた、というか外れたのは右手につながれていたワイヤー。効果音がしたのだからこれも予定調和なのだろうが、右手が使えないまま踊りを続けるマリオネットの姿は圧巻であった。

 生き人形、と言うのだから、このマリオネットも少女が演じているのだろう。
 そう考えていた観客をあざ笑うかのように、少女の右手はものの見事に脱力して動かない。

 ぷつん。

 ぷつん。

 糸はどんどん切れていく。

 右手の次は頭の糸。
 その次は左足。左手。
 マリオネットを操っていた糸が切れるたび、マリオネットの身体が少しずつ動かなくなっていく。
 それでもマリオネットは踊り続ける。当然だ、彼女は操りマリオネットなのだから。

 ついにマリオネットにつながっている糸は腰と右脚だけで――とうとう腰につながっていた糸も切れてしまい、マリオネットの身体が逆さ吊りになり。

 スカートの下から、白く無機質な球体関節が覗いた。

 観客が息をのむ音がする。
 そうして、ついに音楽のクライマックスが訪れた。

 すぽん。

 そんな軽い効果音と共に、『マリオネットの足が抜ける』。
 『右脚を失ったマリオネット』は、人形らしく舞台上でピクリとも動かない。

 ハリボテピエロが抜けてしまった足を見て肩をすくめた。
 そうして、その大きな腕と身体で以て、観客に向かってお辞儀をしたのである。

 同時に、音楽が終わる。
 一瞬の静寂。

 直後、会場を揺るがすほどの歓声が沸き立つのだった。



 こつり、こつり。
 固い床を、固い靴底が叩く音がする。

 こつり、こつり、こつん。
 「私」のすぐそばで足音が止まる。

「……おつかれさま、ワタシのDOLL」

 横たわった私の髪を、手袋をまとった指がやわく撫でている。
 満足するまで私の髪を撫で、その人は未だ舞台上に倒れ伏す私を軽々と抱き上げた。

「今日の舞台も大成功だったね。さすがワタシの可愛いDOLLだ」

 こつ、こつ、こつ。
 私を抱き上げていても一切体幹のブレていない足音が、誰も居なくなった舞台に響く。

 たどり着いたのは私のお部屋。
 フリルと、レースと、かわいいぬいぐるみで埋め尽くされた、私をいっとう可愛く飾れる場所。

 飾り立てられた部屋の中央。ふかふかクッションのお椅子に、私をそっと下ろして、その人は私の顔を覆っていた白いお面をゆっくりと取り去った。

「おはよう、ワタシのDOLL」
「…………おはようございます、にいさま」

 とろけるような笑顔を私に向けるにいさまに、やっと自分から手を伸ばせる。

 私は生きたマリオネット。
 今日もにいさまのためだけに、いっとうかわいらしく微笑むのだ。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【aa3403/柳生 楓/女/18歳/アイアンパンク】
シングルノベル この商品を注文する
クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年05月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.