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『家路 』
真壁 久朗aa0032


 桜の花が、曇天に白く映える。
 トンと穴が開いたように気温の下がる日を『花冷えというのだよ』と、実父が教えてくれた気がする。
(……天気予報では夕方から雨だったか)
 降られる前に、買い物を済ませて帰宅しないと。
 『自分の口に入る物は自分で作りなさい』そう言って、料理を教えてくれたのは実母。
 そんな実父も実母も他界してしまった。

 高校生とはいえ、真壁 久朗が1人暮らしを始めて3度目の春だった。




 シンとした自宅へ帰ると、孤独よりも安堵が強い。
 解放されたと実感する。
 叔父に保証人になってもらっての『1人暮らし』だが、彼らの家で期間を思えば『解放』という言葉がしっくりくる。
 キッチンへ買い物袋を置いて振り返ると、リビングの窓の向こうから静かに雨が降り出していた。
「あの日も、雨……だったろうか」
 独特な、湿った匂い。温度。冷たくて、何処か生ぬるい。居心地が悪い。
 自分が生きているのか、これは自分の感覚なのか、境界が非常に曖昧になる薄暗さ。


 ――お別れを
 そう促したのは、誰だっただろう。
 幼い久朗は、声に背を押され、ゆるゆると歩き出す。
 並べられた2つの棺には、両親が目を閉じて横たわっている。
 小さな指を、のばす。触れる。
 父も母も、白い花に囲まれ、目を閉じたまま。
 ゾッとするほど冷たくて、乾燥していて、それでいてぶよぶよとしている。
(……鶏肉)
 ある日、夕飯の下拵えの手伝いをした。その時に触れた、鶏肉を思わせた。
 それを言葉には出さなかったけれど、幼いながらも久朗は確信したのだ。

 父も、母も、今はもう『人』ではない、と。


「鶏肉」
 寒いから、体が暖まるものを。簡単に作れるものを。
 それだけの理由でシチューを作ろうと考えたのだが。
 薄ぼんやりとした記憶の中ではっきりしている感触が蘇り、久朗は袋から出した鶏もも肉のパックを手に、しばし硬直した。
 なんとも間が悪い。




 間が良いことなどあっただろうか。
 鶏肉の下処理を終え、野菜を手際よく刻みながら幼い頃を思い出す。
 幸い両親が久朗へ多くの金銭を残してくれたおかげで、そのことで困ることはなかった。けれど。

 両親を亡くした久朗を引き取ったのは、母の妹――叔母の家だった。
 親戚づきあいで顔合わせするのと共に暮らすのとでは、距離感が違う。
 小学校へ上がる前の幼児でありながら、久朗なりに手探りで従兄達とも仲良くなろうと必死だった。
 この先も、この家で暮らしていくのだから、と。

 包丁がまな板を鳴らす。
 あの日も、同じ音が響いていた気がする。
 小学校の期末テストが返ってきた日。
 従兄達と点数を見せ合って、笑ったり小突いたり、賑やかに帰宅して。
 こどもたちは、だれもが無邪気だった。
 優劣なんて気に留めないで、揃って叔母へ差し出した。
 それから、異変に気付いた。
 そして、異変が始まった。


(どんな経緯でも、結果は変わらなかっただろうけど)
 鍋で鶏肉を炒め、玉ねぎを炒め――ではなく、フライパンで炒めるようにしたら焦げつかず作れるようになった。
 とはいっても、シチューはシチューだ。
 同様に、久朗が叔母から冷遇されるのは、叔母にとって必然だったのかもしれない。
 従兄達も、だんだんに察していって叔母の側に着くようになった。
 従兄達が悪いとは思わない。子である以上、親へ逆らわない・逆らいたくないというのは当然だろうから。

 


 1人分のシチューは煮込む時間も短い。
 合間にサラダを用意し、ドレッシングを作る。
 そうこうしているところへ、珍しくスマホが鳴動した。
『あ、真壁? 俺だけど――』
 クラス委員からだった。連絡網で、明日の予定が変更になるということ。
「ああ、わかった」
 メールで済みそうな内容だが、メールアドレスは教えていなかったことを思い出す。
 『真壁』という姓も、不思議なもので、気づけば親が遺してくれたものの1つとなっていた。
 叔母一家とは、姓が違う。
 引き取った段階で、養子にするのなら姓も変えられているはずだった。


 違和感を抱いたのは、中学へ上がってからだ。周囲が恋だのなんだの色めきだす年頃。
 従兄達がもらす愚痴がひっかかり、それとなく気に懸けるようになり――
(たぶん、叔父さんは叔母さんへの感情は無かった……冷めただけかもしれないけど)
 結婚当初は幸せだったのか。
 最初から、情のない結婚だったのか。
 そこまでは、子供たちにもわからない。
 ただ、叔父が叔母へ愛情らしいものを示すことはなかった……と久朗なりに解釈している。
 当時の久朗は叔母から冷遇されることが当たり前になっていたし、夫婦の不和について憶測で従兄を不安にさせたくないから彼らへ伝えなかったが。
 そして同時に、どうやら叔母が久朗の母に対し良い感情を持っていなかったということも察する年齢になっていた。
(どうして、俺を引き取ったんだろう)
 養子にはしない。
 冷遇はするが、家を追い出すまではしない。
 久朗へ遺された金銭へ手を付ける風でもない。
(どうして、俺は『真壁』なんだろう)
 ひとつ屋根の下で暮らしながら、消しようのない異物。
 疑問に思っても、答えは見つからないし誰かへ問うこともできない。
「先生……」
 直接、問うことはできないけれど。
 修学旅行費の積み立て案内を機に、久朗は担任の女性教諭へ声を掛けた。
 『保護者の方へ伝えて下さいね』
 何も知らない彼女は、悪気のない笑顔でプリントを配布していて。
「どうしたの、真壁君?」
「……えっと」
 どう話せばいいだろう。
 どう伝えれば理解してもらえるだろう。
 久朗少年は言葉を選び、考え、けれど――
「そういう家庭の事情なら仕方がないわね。積み立ては強制ではないし、旅行の時に支払うことが出来れば大丈夫よ」
 真っ当な返答だった。それと同時に、久朗は落胆した。
 落胆して、初めて気づいた。
(先生に、説得して欲しかったのか)

 なんと言って?
 久朗だけに冷たく当たるのをやめてって?
 久朗の母を悪し様に言うのをやめてって?

 しがない中学校教諭へ、願えることだろうか。
 少年の世界は狭くて。
 『頼れる大人』の数は、限られていて。
 縋りたかった藁は、眼前の川を静かに流れて行った。




 『檻』だと思うようになった。
 こどもという『檻』に閉じ込められている。


 冷たいサラダをテーブルに置いて、次に深皿へシチューを盛り付ける。熱い。
 湯気が頬を暖め、花冷え特有の寂しさも散らすようだ。


 『檻』を出るのは、簡単なことだった。


 高校へ入ったら、1人暮らしをしたい。
 志望校のA判定と共に差し出した久朗の要望は、意外にもあっさりと承諾された。
 遺産には余裕があったし、義務教育を終えれば世間にも面目が立つ。
 叔母は一度だけ、何かを言い掛けてうつむいた。
 元気で、と言ったのは叔父だった。
 その頃には久朗と彼らは食卓を共にすることすらなくなっていて、同じ箱の中で寝起きしているだけの空気ともいえる状態だった。
 久朗の申し出は、彼らにとっても『檻からの解放』だったのかもしれない。




 久朗のスマホは、めったに鳴らない。
 8割は詐欺で、1割は勧誘で、残る1割は学校などの事務的なもの。
 ――何かあったら
 叔母の家へ、番号を記した書置きをしてきたが、着信履歴に載ることは一度としてなかった。


「……上出来だ」
 檻を出て、自分の為だけの生活をする。
 無理に殺さなくても、すでに感情は些細なことでは動かなくなっていた。
 鳴らないスマホを傍らに、久朗は熱いシチューをスプーンですくった。




【家路 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0032  / 真壁 久朗  / 男 / アイアンパンク 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
高校3年当時の視点で、過去を振り返るエピソードをお届けいたします。
かつて幸せだった『家』
檻のようだった『家』
孤独ながらも誰にも侵されない『家』
そして、未来に待つ帰るべき『家』への途中として、タイトルをつけました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
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2018年05月31日

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