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『八重と一重、咲き重ね・前編』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194


「すまん仙寿」
 アパート風雲荘の一角。
 フローリングの洋室に三枚の畳を敷いたスペースで、同年代と見える二人の男が一升瓶を間に向き合っている。
「もう一度言ってくれ」
 不知火藤忠(jc2194)は目の前の親友に、つい先程言ったばかりの同じ台詞を繰り返した。
 乞われた日暮仙寿之介もまた、律儀に同じ台詞を返して寄越す。

「あけびをどう扱えばいいのか、わからないのだ」

 さすがにもう一度聞き返すのは躊躇われる。
 だが何度聞いてもわからない。いや、言葉としては理解できるが意味がわからない。
「それは扱いにくいということか?」
「違う」
「まあ、そうだろうな」
 妹分の不知火あけび(jc1857)は忍びの家系に生まれた。
 それだけでも、世に言う真っ当な女子とは些か趣の異なる面があるだろう。
 幼少期を世間と隔絶された環境で過ごしていたため、二十歳になった今でもその名残が「世間知らず」という形で顔を出すこともある。
 しかし性格は素直で明るく、朝日のようにまっすぐに天を目指して駆け上るような気持ちのいい子だーーたま〜に、まっすぐ突き進んでいるかと思いきや実は斜め45度に突っ込んでいた、などということもないではないが。
「じゃあ何が問題なんだ、まさか気持ちが離れたというわけでもあるまい?」
「無論だ」
 仙寿之介は心底「心外だ」と言うように藤忠を見返した。
「ああ、すまん……そうだよな」
 そんなことではないというのは、見ていればわかる。
 多分その逆だ。想いが深まりすぎて、それをどう表現すればいいかわからないのだろう。
(「こいつ刀を振り回す以外はてんで不器用だからな……」)
 恋愛に関しては自分も器用とは言いがたいが、その目から見ても不器用さが目に余る。
 二人が互いの想いを確かめたのが昨年のハロウィンのころ。
 すぐさま結婚かと思いきや、いつまで経っても中学生カップルのように初々しく清らかで……ああ、じれったい。
 もどかしくて、あちこち痒くなりそうだ。
「恋人なら恋人らしく扱えば何も問題はないだろうに」
「それは、そうなのだが」
 背筋をぴんと伸ばして正座した仙寿之介の腰が、居心地悪そうにもぞりと浮き上がる。
 表情は冷静かつ平静を装ってはいるが、動揺を隠そうとする試みは徒労に終わっていた。
「その、恋人らしくというのは、どうすれば良いのだ」
 真剣な眼差しが藤忠の目を真っ向から見据える。
 まるでこれから決闘を挑もうとするサムライのようだ。
 笑ってはいけない。
 いけないとは思うが、こみ上げる笑いの波を抑え込むのは至難の業だった。
「何がおかしい」
 肩を震わせる藤忠の前で、仙寿之介は憮然とした表情で酒を煽る。
 しかし頬がほんのり赤いのは、酒のせいではあるまい。
「いや、すまん」
 まだ肩を震わせながら、藤忠は目尻に滲んだ雫を指で拭った。
「しかし可愛いな、お前」
「斬るぞ」
「そうするとお前は貴重なアドバイスをくれる唯一の親友を永久に失うことになるが、良いのか?」
「助言の内容による」
 仙寿之介は片膝を立て、今にも鯉口を切りそうな勢いで腰の物に手をかける。
「わかったわかった……では、心して聞くように」
 前置きをして、藤忠はこほんとひとつ咳払い。
 ひと呼吸置いて、厳かに告げた。

「押し倒せ」

 ーーキンッ!
 仙寿之介の手元で音がしたかと思うと、殆ど同時に藤忠の鼻先で風が唸りを上げた。
 藤色の前髪が一本、はらりと落ちる。
「次は月代にするぞ」
「それは遠慮する、俺は今の髪型が気に入ってるんでな」
「ならば真面目に答えろ」
 そう言いつつ、仙寿之介は耳まで赤くなっている。
 要するに奥手なのだ。
「俺は充分、真面目に答えたつもりなんだが」
 やれやれと溜息をつき、藤忠は目の前で揺れている刀を無造作に払いのけた。
 中学生レベルの男に大人の話をしても始まらない、まずは順を追って段階を踏ませることが重要だ。
「とりあえず、花見デートでもして来い」
 スマートフォンを取り出した藤忠は、慣れた手つきで画面を操作する。
「お前もスマホくらい使えるだろ」
「ああ、まあ……」
「あけびの好きそうな場所を見繕ってデータを送っておいた。あとは自分でどうにかしろ」
「どうにか、とは……」
 べべん、と短い三味線の音が響いて、仙寿之介のスマホが着信を知らせる。
 羽織の袂からそれを取り出し、人差し指でちまちまと画面をタップするその背中は、我知らずくるりと丸まっていた。
「この時期、どこもかしこもカップルだらけだ。剣術も恋愛ごとも、最初は手本の真似から入るという基本は変わらんだろう……おい、仙寿」
「何だ」
「その格好、あけびが見たら泣くぞ?」
 笑いの滲む声で言われ、仙寿之介は慌てて姿勢を正すのだった。


「お花見!? もちろん行くよ!」
 部屋を訪ねた仙寿之介の誘いに、あけびは待ってましたとばかりに飛び付いた。
 実際、今か今かと待っていたのだ。
 桜の便りが聞こえ始めても、近所の桜が満開になっても、仙寿之介は一向に誘って来ない。
 このままでは今年の桜はテレビの中だけで終わってしまうのか、それともまた北海道あたりまで前線を追いかけていくことになるのか、いっそ自分から誘ってしまおうかーーそんなことを考えつつ、そわそわしていた矢先のことだった。
「あ、姫叔父も一緒? 三人で行くんだよね?」
「いや、俺と二人だ……嫌か?」
 少し不安そうに問い返す仙寿之介に、あけびの首は高速で左右に振れる。
「嫌なわけない! もちろん三人でっていうのも良いけど、仙寿様と二人きりも嬉しいよ!」
 二人きり、というフレーズを心の中で繰り返し、あけびは仙寿之介には見えないように小さくガッツポーズを決めた。
「それで、どこに行くの? もう場所は決まってる?」
「ああ、ここにしようと思う」
 スマートフォンをスマートに取り出した仙寿之介は、それを片手で華麗に操ってみせる。
 あれから藤忠に指南を受け、格好いいスマホの持ち方をマスターした仙寿之介の背中は、今や自信たっぷりにピンと伸びていた。
 画面に呼び出されたのは、川沿いの遊歩道が桜で埋め尽くされた公園の写真。
「うわぁ、すごく綺麗なところだね!」
「今は桜祭りの最中らしい、屋台も出て賑やかそうだ」
「あっ、舟遊びも出来るって! やってみたい!」
「よし、では今から行くぞ」
「今から!?」
「どうした、今日は都合が悪いのか」
「そうじゃないけど、今からじゃお弁当作れないよ?」
 言われて、仙寿之介ははたと気付いた。
 せっかくの花見に弁当がないのは寂しい、いや、それよりもあけびの手作り弁当が食べられる絶好の機会を逃す手はない。
「では、明日以降にするか」
「うーん、でも今日はお天気も良いし……ねえ、屋台も出てるんだよね? 仙寿様はお弁当と屋台のご飯、どっちが良い?」
「問うまでもなかろう」
「うんっ!!」
 瞳の中に答えを見て、今年で二十歳になる娘は出会った頃とそっくり同じように、満面の笑みと共に鼻の穴をぷっくりと膨らませた。
「でもせっかくだし、こっちの世界のお祭も楽しんでほしいな」
「祭なら他にもあるだろう、夏祭りでも秋祭りでも」
「そうだけど、桜祭りにしか出てない屋台もあるかもしれないよ?」
「やけに拘るな」
「だって仙寿様には色んなことたくさん楽しんで欲しいから!」
「ふむ、ならばこうしよう」
 仙寿之介はあけびの頭をぽんぽんと叩いて、視線を合わせるように背を屈めた。
「昼は弁当、夜は屋台。夜桜を見ながら屋台を回るというのはどうだ?」
「う、うん」
 飛び跳ねる心臓を宥めつつ、あけびはそっと視線を外す。
 その近さと、引き込まれるような瞳の深さには、未だに慣れることが出来なかった。
 しかし慣れるなんて勿体ない、むしろ一生このままでいい。
「じゃ、明日ね! 楽しみにしてて、とびっきり美味しいお弁当作るから!」
「期待しておこう。ならば俺は、てるてる坊主でも作っておくか」
「えっ」
「なんだ、それがこの世界における晴天祈願の正式な作法ではないのか?」
 それは単なるおまじないの類にすぎないものだが、場面に即した行動として間違ってはいない。
 間違ってはいないのだが……可愛い。なんだか遠足や運動会を楽しみに待つ幼稚園児のようだ。
「私も一緒に作るね! いっぱい作って、軒下にずらっと並べよう!」


 軒下を埋め尽くしたてるてる軍団の御利益か、はたまた「明ける日」たるあけびの晴れ女属性のゆえか。
 翌日も朝からカラリとした青空が広がっていた。
 透き通るような青に、淡く紅を流した桜色がよく映える。
「良い天気でよかったね、仙寿様!」
 弾む足取りで先を行くあけびの髪にも、木通と共に桜の簪が揺れていた。
「見て見て、桜のトンネル! 写真で見るよりずっと綺麗だね!」
 後ろからゆっくりと歩いて来る仙寿之介を振り返る。
 桜色に溢れる景色の中、白銀の髪を風になびかせる彼の周囲だけが、別世界のように冴えた輝きを放っていた。
(「仙寿様、やっぱり綺麗だなぁ……」)
 見慣れていても、ついつい見とれてしまう。
 周囲にはカップルや家族連れがひしめいていたが、あけびの目には桜と仙寿之介の姿しか入らなかった。
「あけび、どうした?」
 そうしているうちに追い付いて来た仙寿之介が不思議そうに首を傾げる。
「ううん、なんでもない。ほんとに綺麗だなって思って!」
 仙寿之介はそれを桜のことだと思ったらしい。
「ああ、本当に美しい」
 そう言って視線を上げた。
「これは染井吉野と言うのだろう?」
「正解! すごいね仙寿様、ちゃんと見分けられるようになったんだ!」
 初めて会った頃の彼は、春先に花を咲かせる似たような木はすべて桜だと思い込んでいた。
 桜にそっくりなアーモンドの花は仕方がないにしても、梅や桃、林檎や梨の花まで同じものだと思っていたらしい。
「雪柳さえ、枝垂れ桜の一種だと思っていたぞ」
「えっ、それは初めて聞いた!」
「天界にも花は咲くが、それほど種類はなかったからな。馴染みの薄いものは、どれも同じに見えてしまうのだ」
「そっか、私がクルマって言ったら普通の乗用車とバスとトラックしか区別つかなかったのと一緒だね!」
 昔のことを思い出し、仙寿之介もその頃の自分と同じような経験をしていたのかと思うと、思わず微笑ましい気分になる。
「あっ、私だって今はちゃんとわかるよ! 軽自動車とか4WDとか、黒塗りの高級車とか!」
「牛車や大八車もあるな」
「そうそうリヤカーとか! ってちがーーーう!」
 そんな他愛もない話に笑い合いながら、二人はゆっくりと桜並木を歩く。
 少しばかり盛りを過ぎた枝からは、はらりはらりと花びらが舞い降りていた。
 やがてさりげないふうを装って、あけびが切り出す。
「ねえ仙寿様、私たちって……どう見えるかな?」
「どう、とは……」
 そこで仙寿之介は思い出した、この花見に科せられた己の重大ミッションを。
「いや、そうか、そうだな……」
 周りを見れば、明らかにカップルとわかる者達ばかり。
 何をもってそう判断しているか、その基準はやはり二人の距離だ。
 手を繋いだり、腕を組んだり、腰に腕を回したりーー絡まり合ってキスをしながら歩いている、あれはやりすぎだと思うが。
 仙寿之介は返事の代わりに、すっと手を差し出してみた。
「え、なに?」
 しかし、あけびもまた仙寿之介に劣らぬ奥手の部類、その返事は予想の斜め上を行っていた。
「そろそろお腹すいた? おやつもあるけど、もうお弁当にする?」
「いや、そうではなく……手を、繋いでみるのはどうかと……思ったのだが」
「えぇっ!?」
 あけびは慌てて両手をぶんぶん振ると、掌を袴でゴシゴシ擦る。
 が、そうして差し出すのかと思いきや、そのまま後ろに引っ込めてしまった。
「どうした?」
「その、なんだか畏れ多くて……!」
「何だそれは」
 思わず噴き出した仙寿之介は、肩を震わせながら今度は肘を突き出してみた。
「俺は神でも精霊でもない、天使ではあるがヒトと同様の存在なのだがな。では、これならどうだ」
「それはわかってるけど……っ、うん、それなら……」
 仙寿之介の顔をつとめて見ないようにしながら、あけびはその腕に両手でしがみつく。
「もう、意地悪なんだから」
「何がだ」
「なんでもないっ」
 肩口に顔を埋めたあけびの髪に、花びらが一枚そっと舞い降りた。


 ーーつづく

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢20歳/リヤカーはクルマ】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢26歳/愛のキューピッドふたたび】

【NPC/日暮 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/雪柳は桜】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

続きます!
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エリュシオン
2018年05月31日

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