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『八重と一重、咲き重ね・後編』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194


「さすがに人が多いな」
 満開の桜の下、不知火藤忠(jc2194)は恋人の手をしっかりと握り、人の流れに身を任せていた。
 妹分と親友の世話を焼くあまり、何か大事なことを忘れているーーそんな気はしていたのだ。
 ようやく気付いて連絡を取ろうとした矢先に彼女の方から誘いを受け、今ここに至る。
(「まさかあの二人と同じ日になるとは……」)
 顔を合わせるのは何となく気まずい気もするが、会場は広いし、これだけ人が多ければ鉢合わせすることもないだろうーー
 そう思いつつ、人混みを抜けて傍らの川にかかる赤い橋の上に逃れた直後。
「姫叔父ーーー!」
 遠くから自分を呼ぶ不知火あけび(jc1857)の声がする。
 どこだろうと見回すと、川の中ほどに浮かぶ小さな舟の上に、大きく手を振る人影が見えた。
 舳先に立つ船頭が棹を差して漕ぐ後ろに、並んで座る和装の二人。その姿はまるで時代劇の一場面のように、現実離れして見えた。
「なかなか絵になってるじゃないか」
 見れば、すぐそこに乗り場があるようだ。
 少し並ぶことになりそうだが、せっかくの機会だ。
 自分達も乗ってみようと、藤忠は恋人の手を引いて歩き出した。


「姫叔父も彼女と一緒に来てたんだね。言ってくれれば二人の分もお弁当用意したのに……仙寿様は知ってた?」
「いや……」
 言いかけたところに、べべんとひとつ三味線の音。
「奴にとっても急な話だったようだ」
 メールを見た仙寿之介は、その画面をあけびに向ける。
「これから舟に乗るそうだが、降りたら待ってみるか?」
「そうだね、せっかくだしダブルデートも良いかも!」
 両岸に並んだ桜の枝から舞い降りた花びらが川面を埋め尽くし、桜色の絨毯のようだ。
 その上を滑るように、小舟はゆっくりと進んで行く。
「花筏って言うんだよね。綺麗……」
 あけびが景色に見とれていると、船頭が声をかけてきた。
「お二人は新婚さんかね?」
 瞬間、あけびの顔が火を噴いた。
「ちっ、ちがっ、ちががががっ」
「違うのかね、お似合いの若夫婦だと思ったんだがねぇ」
「えっ、あの、まだって言うか、いずれは多分そういう……」
 仙寿之介の表情を伺ったあけびは、否定されたらどうしようと思いつつ、思い切って尋ねてみたーーただし蚊の鳴くような声で。
「そういうことに、なるんだよ……ね?」
「ああ、そうだな」
 その答えに、あけびは空気の漏れた風船のような溜息をつくと、仙寿之介の肩に身体を預けた。
「よかったぁ……」
「すまん、不安にさせていたか?」
「ううん、そんなこと……ある! あるよ!」
 寄りかかったまま、あけびは頭でぐいぐいと仙寿之介を押した。
「仙寿様そういうことなんにも言ってくれないし!」
 まるで猫が擦り寄るように、けれど勢いは角を突き合わせる猛牛のように。
「こらこら、そんなに押すな、落ちるだろう」
「大丈夫だよ、これくらいじゃビクともしないの知ってるし!」
 ぐいぐいぐい。
 互いの気持ちはわかっているし、信じてもいる。
 しかし、だからといって言葉が不要になるわけではないのだ。
「これからは気を付けよう。それで良いか?」
「うん、許す。でも後でとびきり美味しいクレープおごること!」
「わかった、覚えておこう」
 なんだかんだと仲睦まじい二人の様子に目を細めながら、船頭が言った。
「結婚式に花嫁舟はどうかね?」
 着物の似合う二人なら、きっと良い画になるだろう。


「良い雰囲気じゃないか、安心したぞ」
 舟を下りた藤忠が、待っていた仙寿之介の肩を軽く叩く。
「その調子で頑張れ、なんなら今夜は帰らなくても良いんだぞ?」
 その言葉に、仙寿之介は無言で腰の刀に手をかける。
「おっと、今度こそ本気で斬られそうだ。その前に退散するとしよう」
「姫叔父、お昼は? 一緒に食べようと思ったのに」
「いや、今日は元々邪魔をしないつもりだったしな。二人きりの時間を存分に楽しむと良い」
 そう言って、藤忠はほんのり桜色に染まった小さな酒瓶をあけびに手渡した。
 中では八重桜の花が何輪か、水中花のようにゆらりと揺れている。
「そこの屋台で売っていたものだ。味はどうか知らんが、雰囲気は良いだろう?」
「ほんと綺麗だね! それに、気を遣ってくれてありがとうね!」
 また今度、皆で来ようと言い残し、藤忠は恋人と肩を並べて人波の向こうへ消えていった。


「頑張って作ったんだよ、いっぱい食べてね!」
 桜でんぶでピンクに染まった俵おむすびに、黄色い卵焼き、真っ赤なプチトマト、緑色が鮮やかなブロッコリーやほうれん草のお浸し、そして花見には欠かせない三色団子。
 頭上の桜に負けないボリュームで、レジャーシートの上にも色とりどりの花が咲いていた。
「確かに、これは力作だ……いただきます」
 きちんと膝を揃えて背筋を伸ばした仙寿之介は、さっそく一番手前に置かれた料理に手を伸ばす。
「これは……鶏の唐揚げか?」
「残念、マグロだよ! マグロの竜田揚げ、食べたことない?」
「マグロは刺身で食べるものとばかり思っていたが」
 一口サイズのコロコロとした可愛い粒をひとつ、口に運ぶ。
「……酒が欲しくなる味だな」
「でしょ?」
 あけびはさっそく、藤忠にもらった桜酒を携帯用の酒器に注ぐ。
 器の底にも一輪の桜がふわりと咲いた。
「良い香りだ」
 酒そのものの質は並といったところだが、桜のフレーバーが効いて上品な味わいに仕上がっている。
「まるで春という季節をそのまま身体に流し込んでいるようだな……あけび、お前も飲め」
「うん、いただきます!」
 仙寿之介に注いでもらい、あけびも春を味わってみる。
「ほんと、美味しい! どこで売ってたんだろうね、気がつかなかったよ」
「後で藤忠に訊いてみるか。土産に何本か買って帰ろう」
「そうだね!」
 あけびは頬を上気させ、満面の笑みで答える。
 酒も美味いが、仙寿之介と一緒に飲めることが嬉しい。
 そして自分の作った料理を美味しそうに食べてくれることも嬉しい。
「私、今すっごく幸せだよ!」
「それは良かった……が、食べないとなくなるぞ?」
「あっ、うん!」
 そうだった、この人は見かけによらず大食いなのだ。
 気に入ったものは、あればあるだけ全部食べてしまい、なくなるまで手が止まらない。
 そして今日の弁当は仙寿之介の好物ばかりーーただし、苺はないけれど。
「これは違うのか?」
 仙寿之介は形も大きさも綺麗に揃った三色団子を指さした。
「このピンク色は……」
「苺だと思った?」
 しかし、それは食紅で色を付けただけの普通の団子。
「苺のお菓子ははまた今度ね!」
「ならば、今日は俺が代わりに提供しよう」
「え?」
 悪戯っぽく笑った仙寿之介が差し出したのは、四角い小箱。
 形と大きさはリングケースにも似ているが、素材は安っぽいボール紙だ。
 それでも僅かな期待と共に蓋を開けてみると……現れたのは真っ赤な大粒の苺がひとつ。
 真綿のクッションに包まれたそれは、宝石のようにツヤツヤと輝いていた。
「え、これって」
 仙寿之介が庭の温室で苺栽培に挑戦していることは知っていたし、もうすぐ収穫できると嬉しそうに言っていたのも覚えている。
 けれど、これは。
「初めての収穫だ。最初の一粒はお前に食べさせようと思って、採ってきた」
「いいの? だって仙寿様の一番の好物で、一生懸命に世話してて……そういうのって、自分が一番に食べたいんじゃないの?」
「だからこそ、お前に食べてほしい。それに、俺の一番の好物はお前だ」
 ーーボッ!
 効果音が目に見える勢いで、あけびの顔が赤くなる。
 だが仙寿之介は自分の放った言葉の意味に気付いていない様子で、平然と続けた。
「お前を一番に食うのも俺だ。だからこの一番は、お前にやる」
 その理屈はわかったような、わからないような。
 芯まで真っ赤に染まった苺は甘かった。
 甘すぎて味がわからなくなるほど、贅沢に甘かった。


 まだ口に残る苺の甘さと、耳に残る仙寿之介の声。
 その余韻に浸りながら、あけびはふわふわとした足取りで川沿いの遊歩道を歩いていた。
 なんとなく恥ずかしくなって、仙寿之介からは一歩引いた位置を保つ。
 目の前にある真っ直ぐに伸びた髪と背中は、夕暮れに出会ったあの時と少しも変わらないように見えた。
 本来なら、あの背中はこれからもずっと変わらないはずだった。
 それでも彼は、自分と共に時を進めると言ってくれた。
 まだ目には見えないが、いずれは歳月がその背に現れ始めるのだろう。
 そう思うとなんだか申し訳ない気がして、あけびは思わず歩みを止めた。
「どうした?」
 気付いた仙寿之介が振り返る。
「ううん、なんでもなーーあっ!」
 慌てて駆け出そうとして、お約束のように躓いた。
 倒れかかる身体を伸びて来た腕がしっかりと支える。
「あ……ありがとう、仙寿様」
「何をぼんやりしていた? それに、浮かない顔をしているようだが……」
「そんなことないよ! 大丈夫!」
 姿勢を起こし、あけびは目一杯の笑顔で答えて見せた。
 だが仙寿之介にはきっと見抜かれているのだろう。
(「稽古の時だって、私がちょっとでも心を揺らすと「集中しろ」って言われるし」)
 気がつけば花のトンネルも終わりにさしかかり、辺りには他に人影もない。
 少し前まで高い位置にあった太陽は、もう夕暮れの色に染まり始めていた。
「いつの間にかこんな外れまで来ちゃったね。そろそろ戻ろうか」
「そうだな、この辺りはまだ花の時期には早いようだし」
 見渡せば、周囲の木々は先程までとは種類が違っていた。
「この幹の感じは八重桜だね。あっ、でも見て! 少しだけど咲いてる木もある!」
 花手毬のように丸くなった房の間で、いくつかの蕾がほころんでいる。
 染井吉野よりも遅咲きの、少し色の濃い花。
「仙寿様みたいだね」
 ぽつりと呟いたあけびの声に、仙寿之介は視線だけで理由を問う。
「うん、なんて言うか……他の桜が先に咲いて、散ってしまっても一人で咲き誇れる強さ……みたいなところ、かな」
「俺はそんなに強くない」
「知ってる。でもイメージって言うか、そうあってほしいなっていう私の勝手な希望って言うか。それに、仙寿様は一人じゃないもんね!」
「そうだな、俺は子沢山になる予定なのだろう?」
「そうだよ! それに私だって、うんと長生きするんだから!」
 あけびは手の届く高さの房に手を伸ばし、そっと支えるように掌に乗せた。
 幾重にも重なる花弁がずしりと重い。
「私もこの花びらの一枚になって、仙寿様を支えられたらいいな」
「お前はもう、充分に支えてくれている」
 その背中から、仙寿之介はそっと腕を回した。
「それにお前は……染井吉野だ」
「先に散ってしまうから?」
「それもある、が……」
 最初は小さく頼りなかった苗木が、いつの間にか枝振りも見事な大樹に成長し、溢れんばかりの花を咲かせていた。
 その鮮烈な印象は、花が散った後でも色褪せはしない。
 その存在はいつまでも心に生き続けるだろう、花のない時期にも桜が桜であり続けるように。
 仙寿之介は回した腕に力を込めた。
「今の名を自分で付けるまで、俺はただの記号だった。俺の本名が意味するものは数字の1、その家で最初に生まれたからという、ただそれだけのものだ」
「太郎とか次郎とか、そういう?」
「もっと軽い、ただの管理番号だ。俺が生まれた地域は、特に階級の上下関係が厳しくてな。意味のある名も結婚相手も、戦功の報酬として上位の天使から与えられるものだった。お前を使徒にすることが出来ていれば、俺にも与えられるはずだったのだが……」
「後悔、してる?」
 仙寿之介は黙って首を振る。
「あけび、俺の名に新たな意味を与えてくれないか。お前が呼んでくれるなら、それはただの記号や数字ではなくなる。意味のある、大切な名前になる」
 腕の中で向きを変えたあけびは、そっと耳元に囁いた。

「アディーエ、私の八重桜」

 寂しがりやだが、一人で立つ強さも持ち合わせた遅咲きの花。
 染井吉野は先に散ってしまうけれど、それでもこうして束の間でも同じ時を咲くことが出来る。
「大好きだよ」
 どちらからともなく、引き寄せられるように唇を重ねる。
 愛していると言うのは、まだ少し照れくさかった。

「そろそろ屋台を見て回るか」
「うん、ライトアップも始まるころだね」
 二人の手は何の躊躇いもなく、しっかりと繋ぎ合わされた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢20歳/鮮烈の染井吉野】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢26歳/縁結ぶ藤】

【NPC/日暮 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/孤高の八重桜】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

前後編になりました。
強敵(ジスウセイゲーン)と戦いつつ目一杯書かせていただきましたが、お楽しみいただけたでしょうか。

誤字脱字、口調や設定等に齟齬がありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2018年05月31日

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