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『生者の義務 』
近衛 惣助ka0510

――“これは夢だ”。そう理解したまま見る夢を、明晰夢という。

 LH044の守備隊に志願したのは当然、VOIDの脅威から人々を守りたいと思ったからだ。
 宇宙からやってくると言う敵はコロニーにとって明確な危機であり、対決は避けて通れない存在。
 だから常日頃肉体を鍛え、VOIDとの戦いに備えていた。なのに――。
「惣助、こっちだ! まだ生存者がいる!」
 焦りを隠せない仲間の呼び声に応じ、硬いアスファルトを蹴り続ける。
 街は燃えていた。スタンフォード・トーラス型が作る偽物の空には無数のVOIDが飛びまわり、あちこちで銃声や悲鳴が聞こえていた。
 戦場――掛け値なしの戦場だ。
 仲間に続いて路地を曲がる。壁に突っ込んだ乗用車が巻き上げる黒煙の向こうから触手が飛び出し、仲間の首に絡みつく。
 すぐさまアサルトライフルを構え、引き金を引いた。
 得体の知れない宇宙人共にも鉛球は通用する。浮遊する眼球が吹き飛ばされ、触手が力なくほどけた。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ……助かったよ。クソッ、こいつら倒すと消えやがる……一体なんなんだ!?」
 苛立った様子で触手の残骸を蹴り飛ばすと、まるで砂でも蹴ったかのように風に散る。
 異様だった。生物の死に方ではない。
 触手での攻撃だけではなく、この目玉の化け物は光線まで放つ。
 直視していると気分が悪くなるから、かなり接近して確実に命中できる距離からアサルトライフルで吹き飛ばすしかない。
「二人共モタモタするな! 俺のケツにつけ!」
 分隊長の声に続き、惣助は再び地を蹴る。
 疲労感ばかりが加速度的に強くなる。肺が苦しいのは、コロニーの空気漏れだけが原因ではないだろう。
 大規模なVOIDとの“撤退戦”の中で、惣助は崩れてく自分の常識と戦っていた。

 西暦2013年、10月16日。
 LH044は超大型個体を含む多数のVOIDによる襲撃を受けた。
 防衛部隊の抵抗も虚しく、ほどなくしてLH044の放棄が決定される。
 偶然付近を航行中であったサルヴァトーレ級一番艦が救助に駆け付けることになるも、民間人を脱出させるためには、ロッソの連絡艇を受け入れられる中央管制ブロックの宇宙港まで護送する必要があった。
「GOGOGOGO!!」
 仲間の援護を受け、ガードレールを飛び越える。
 間一髪のタイミングで民間人の子供に迫るVOIDを撃破し、素早くクリアリングを行う。
「もう大丈夫だ。怪我はないかい?」
「お母さんは?」
 質問への答えより先に、別の質問。顔をくしゃくしゃにした少女の言葉に、惣助は息を呑む。
 少女の背後には同行者らしい民間人の集団が倒れている。その中に彼女の母親がいてもおかしくなかった。
「……きっと先に宇宙港に避難しているさ。そこまで俺たちが送ってあげるよ」
「でも……」
「任せろ、お兄さん達は最強のチームだぞ。君も、君のお母さんも必ず助ける。約束だ」
 大人の男でも、身体を鍛えた兵士でも、強い武器を手にしていても、不安だった。
 “VOIDに勝てない”。だから逃げ出すのだ。そこに“絶対”なんてあるものか。
 わかっている。だがそれでも、今は少女を安心させたかった。
「よし、生存者を連れて移動する! 惣助、その子を頼む!」
「はい!」
 怪我をした少女では、大人の移動速度についていけない。
 惣助は銃を肩から掛け、少女を抱え上げて走り出した。
 宇宙港へ続くストリートには人間が集まる。故にVOIDも押し寄せていた。
 配備された数少ないCAMが巨大な薬莢をばらまいている。下手をすれば民間人に当たりかねないが、そんなことを咎めている状況ではなかった。
「こっちだ、急げ!」
 背後から迫ってくるVOIDを友軍が銃撃で薙ぎ払う。
 息は合っている。仲間たちの体力もギリギリだが、絶対に民間人を守り抜くという決意に満ちていた。
「もう少しだからな……!」
 宇宙港はもうすぐそこだ。
 状況は最悪だが、不思議と希望があった。
 最強のチームと言ったが、あながち軽口でもない。
 少なくとも自分にとっては、最高の仲間たちなのだから――。

「――惣助、伏せろぉぉぉおおおっ!!」
「えっ?」

 その時の事はよく覚えていない。
 だからこれは、夢の中で保管された――恐らくこうだろう、という空想だ。

 大型のVOIDが突然降ってきて、図太い触手で地表を薙ぎ払った。
 一機のCAMがなぎ倒されて、あらぬ方向に曲がった腕でアサルトライフルを発射し続けた。
 もう一機のCAMが銃撃を浴びせている間にも触手は人波をさらって、ぱっと何かが空に舞い上がった。
 人間だ。人間がまるで塵か何かのように空に吹っ飛んで、嫌な音を立ててアスファルトに叩きつけられている。
 絶叫が聞こえた。頭で理解するより早く少女の身体を抱きしめ、言われた通りに伏せようとした。
 だがそれでは触手を避けられない。そこで――ああ。上手く逃げられたらよかったのに。
 その時惣助にできたのは、せめて少女だけはと身体を丸め、彼女を包むことだけだった。
 次の瞬間衝撃と共に重力が迷子になり、どこを打ったのかもわからない、強い衝撃が全身に伝わった。
 下を向いて倒れたはずなのに――いつの間にか惣助の瞳には壊れた空が映っていた。

「――は、――きろ」
 なんだって?
「お前は……きて……民間人を――れ」
 よく聞こえない。
 嫌というほど訓練でどやされた分隊長の声は、もっと大きかった気がする。
「お前は……生きて……民間人を……守れ」
 身体が浮いた。担架に乗せられているのだ。
 仲間たちの背中が離れていく。
 待ってくれ。どうして置いていくんだ?
 俺も残る! 俺もまだ戦える!
 叫んだつもりだった。どうせ夢なんだ、声くらい出たっていいだろう?
 なのにどうしてあの時のように――何も言えないんだ!!

「……ってくれ……俺も……俺も…………っ!」

 吸い込んだ息を吐くように、覚醒は自然に訪れた。
 ゆっくりとベッドに寝そべった上体を起こし、深く息を吐く。
「……まだこの夢を見るなんてな」
 枕元に置いていたバンダナを手に取る。
 惣助の左側頭部には、今も消えない傷が残されていた。
 LH044は、間もなく崩壊した。
 仲間たちは最後まで遅滞戦闘を続け、帰還したという報告はない。
 直後にクリムゾンウェストへ転移してしまった惣助は、結局仲間を看取る事も、弔う事も許されなかった。
「結局、俺は……」
 あの少女さえ、護れなかったのだろうか。
 同じ釜の飯を食い、バカな話ばかりだったけれど、命を賭けて人々を護ろうとした彼らに報いているのだろうか。
 あの戦いからもう4年が経った。
 世界は変わっていく。リアルブルーへの帰還も時間の問題だし、今は世界を超えてVOIDと戦うご時世だ。
 何度も戦ったし、何度も護ったし、何度も救ったはずだ。
 それなのにまだ、惣助の心はあの日の戦場に囚われている。
「どうすればいい?」
 自問自答する。答えが欲しかった。
「俺に何ができる?」
 満たされない想いは脅迫観念となって男を苦しめていた。
 でも、もう分かっている。この苦しみから逃れる方法などないのだと。
 生き残ったからには、“生き続ける”しかない。
 そして――誰かを救い続けるしかないのだ。
 バンダナをぎゅっと額に巻き付け、もう一度深呼吸してみる。
 半端に開いたカーテンの隙間からは、新鮮な光が差し込んでいた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0510/近衛 惣助/男性/28/猟撃士(イェーガー)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注いただきましてまことにありがとうございました。
LH044での戦い、プレゲームからもう4年ですね。
最近はあまりシナリオを出せていませんが、近衛 惣助というキャラクターとのお付き合いも長くなります。
たぶんお付き合い自体はCTSからでしょうから、それも含めると随分長らくPCをお預かりしている気もしますが……。
何はともあれファナティックブラッドも4周年。
ぜひ最後までお付き合いの程よろしくお願いいたします。
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2018年06月01日

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